極楽を貪るもの


 

「ちょっと、良いかしら?」
 音無(おとなし) スーは、その声に振り返った。
 今は、猫ヶ崎高校の昼休み。
 最近、ドイツから日本へ帰ってきたばかりの彼女だが、すっかりとは言えないが、だいぶ学校には馴染んでいた。
 だから、目の前に立っている女生徒の事も知っていた。
 天之川(あまのがわ) 香澄(かすみ)
 比較的に仲は良い方だ。
 と、スーの方は思っている。
 時々、不安になるコトはあるけど。
 何といっても、香澄は、あまり喜怒哀楽を表に出さないから。
 反対に、スーは、よく笑うし、よく怒る。
「あ、香澄。何か用?」
「ええ。実は、頼みがあるのですけれど」
 頼み?
 香澄が、あたしに?
 天之川香澄は、人に頼み事をすることが滅多にない。
 だから、スーは、意外に思った。
「香澄が? 珍しいわね」
「そうですか?」
「うん、何でも自分でやっちゃうでしょ? 香澄って」
「……」
「ん? 気に障ったら、謝るわ」
「いいえ、では、本題の方には入りますけど?」
「ええ……」
 スーは、腕輪をいじくりながら頷いた。
「実は……」

「ねっ、桜子(さくらこ)ちゃん」
 姫野(かげの) 桜子(さくらこ)は、その声に振り返った。
 今は、猫ヶ崎高校の昼休み。
 馴れ馴れしい声と馴れ馴れしい口調で話し掛けて来る女生徒は、ただ一人。
 神代(かみしろ) ちとせ。
 仲は良いような悪いような――ちとせと仲の悪い生徒は見たことないが……。
「やほっ!」
 振り返った桜子に、ニパッと笑ってみせるちとせ。
 何か企んでる。
 桜子の本能がそう告げる。
 彼女は、トレジャーハンターを自称している。
 実際、高校生でありながら、大学の発掘チームによる遺跡の発掘にも関わっている。
 才能は申し分ないのだが歴史的価値の発掘よりも、トレジャーハンターの名の通りに財宝を目当てにしていることがあからさまで、最近は重要遺跡の発掘の作業があっても声を掛けられなくなってきているのが悩みの種だった。
 彼女のトレジャーハンターとしての本能が、ちとせの笑みに何かを感じる。
「ちとせ、何か用?」
「うん。ちょっと、桜子ちゃんに頼みごとがあるんだ」
「依頼料は?」
「ケチッ!!」
「何と言われようと、タダじゃ頼みは聞けないわね」
「じゃ、身体で払います」
「ご、ゴメン。依頼料なしでいいわよ」
「実はね」

「この橋にオバケが出るっていうの?」
 スーが、目の前の橋に視線を向けながら、香澄に尋ねた。
「ええ、夜な夜な黄金色の光が、ここを漂っているそうです」
「蛍かなんかじゃないの?」
「いいえ。妖しげな声が聞こえたり、襲われた人もいるんですよ」
「襲われた?」
「ええ、ちょっと、押されたり、引っ張られたりするだけだそうですが」
「ふぅん。で、それを退治するのを手伝って欲しいってわけね」
「ええ。私一人でもよかったのですけど。スーさんが幽霊退治が得意だと聞いていたので。ちとせか、悠樹さんに声をかけても良かったのですが、なかなか捉まらなくて」
 スーには橋から霊気の類は感じられなかった。
「夜にならなきゃ、出て来ないのかしら。そのオバケ」
 橋の傍らに越しかけ、スーが腕を組む。
「む? 香澄ちゃんじゃん。それに、スーちゃん」
 妙に明るい声が、スーたちの後ろから聞こえてきた。
「あら、ちとせさん。それに姫野さん」
 香澄が、声の主を確認した。
 ちとせと、桜子だった。
「こんにちは、ちとせさんに桜子さん」
「こんちわ。っと、ちとせ! オバケなんていないじゃないの!」
「そりゃそうだよ。オバケは夜に出るんだもん」
「夜まで待たせる気?」
 桜子が不機嫌そうに、ちとせに詰め寄る。
 話の内容からして、スーたちと同じく橋のオバケ退治に来たのだろう。
「ちとせさんたちもオバケ退治に来たのですか?」
 香澄が二人に話しかけると、ちとせは笑って頷いた。
「そだよ。桜子ちゃんがどうしてもっていうから」
「頼んできたのはアンタでしょっ!」
「そうだっけ?」
「そうよ!」
 漫才のようなやり取りを見つめる香澄の視線が冷たい。
 スーはため息を吐き、橋を見つめ直した。
 夜まではまだ時間がある。
 スーたちは下見に来たのだけなのだが、桜子たちはずっと夜まで粘っているつもりなのだろうか。
「スーさん、そろそろ、帰りましょうか」
「そうね。クロも連れてきたほうが良いかもしれないし……」
 スーは、立ち上がると、騒いでいるちとせたちに声をかけた。
「ねえ、夜までずっといるつもり? 私たちは一度、家に帰るけど?」
「ボクたちも一回帰るよ。ねっ、桜子ちゃん。あっ、残りたかったら、残ってもいいよ。一人で」
「帰るわよっ!」
 ちとせの言葉に、桜子が怒鳴り返す。
「じゃあさ。どうせだから、夜も一緒に、オバケ退治に来ようよ?」
 スーが、オバケ退治の共同作業を提案する。
「それもそだね。人数が多いほうがおもしろそう」
 ちとせは、嬉しそうに頷いた。
 「楽そう」だとか「効率が良さそう」ではなく、「おもしろそう」だというところが、ちとせがちとせたる所以だった。
「私は、かまわないよ。労力は少ない方がいいからね」
 桜子もウインクしながら同意した。
 香澄も依存はないようであった。
「では、今夜八時に、大通りの信号の前で待ち合わせしましょう」
 四人は頷き合うと、それぞれの家に帰っていった。
 彼女たちを影から見つめる視線があることには気がつかなかった。
 影は、クククッと喉を鳴らして笑った。

「――で、夜八時になりましたっと」
 ちとせが信号機の設置された柱の上から、くるくると回りながら飛び降りる。
「ちとせ……、アンタ、サーカスに入れば?」
 顔を引き攣らせながら、桜子がちとせに言った。
「高いトコから、飛び降りるのは、正義の味方のお約束登場シーンだよ」
「そ、そうなの?」
 桜子が疑問の声をあげる。
「そう! その通りっ!!」
 声は、道路脇の大木の上から聞こえた。
 その下で、香澄が額に手を当てている。
「もしかして、スーちゃん!?」
「止めたのですけれど……」
 香澄は頭痛がするらしい。
 見上げると、木の枝の上に立っているスーの姿が見えた。
 肩に、黒猫らしきものが乗っている。
天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ!!
「……」
 香澄の頭痛は酷いらしい。
 桜子もこめかみを抑えている。
「をを、カッコイイ!! しかも、クロちゃんかわいいっ!!」
 ちとせは、ノリノリだった。
愛と勇気と希望の霊能者! 音無スー推参!
「ひ、昼間と性格、違うくないか?」
 桜子が、香澄に尋ねる。
「……お払いの前は、ああいうふうに豹変するらしいです」
「そ、そうなのか……?」
「トウッ!!」
 スーは、大木から飛び降りた。
 クルクルクルクルクルクルクル……スタッ!
 華麗だ。
 まさに、華麗の一言につきる優雅な着地だった。
「うにゃあああああ!?」
 猫が降ってこなければ。
 肩に座っていた猫は体勢を崩して、スーの真上に降ってきた。
 だが、そこは猫。
 無様に転落はしない。
 スーの頭に見事着地した。
「……」
「……」
「……」
「……」
「クロ!! それじゃ、格好がつかないじゃない!!」
「うにゃ、いきなり飛び降りるスーが悪いにゃ」
 黒猫が前足で頬を掻きながら言った。
 クロは、スーの使い魔で、人語を喋ることができるのだ。
 無論、その程度では、猫ヶ崎高校生は驚いたりしない。
「わぁ、クロちゃん、相変わらずの毛並みの良さだね」
 猫好きのちとせが大喜びして、クロを抱き抱える。
「ニャ!」
「フフフ、私たち『猫ヶ崎戦隊ネコレンジャー』のマスコットですもの可愛くて当然よ」
 スーが腕を組みながら不敵に笑う。
 桜子のこめかみに冷たいものが流れた。
「猫ヶ崎戦隊ネコレンジャー?」
「そう! 今ここに結成されたのです!」
「それって、もしかして、私たちのこと……?」
「もちろんです! 私がリーダーのネコネコレッド! ちとせはネコネコブルー、香澄はネコネコイエロー、桜子さんはネコネコピンクよ!」
「何、ソレ!?」
 桜子が絶叫する。
「ネコネコ……イエロー……?」
 香澄は凍った。
 白い。
 真っ白。
 たぶん、叩いたら割れるだろう。
「正義の味方といえば、戦隊モノでしょう!」
「待ってよ、スーちゃん!」
 ちとせが、スーを止めた。
 顔が、いつになく深刻だ。
「そうよ、待ちなさいよ」
 桜子も同調した。
 意味不明な戦隊にされてはたまらない。
「何?」
 スーが怪訝そうに、ちとせに聞き返す。
 スーは自分の名案にいたく満足しているようである。
 ちとせは、人差し指を立てた。
「戦隊は五人いないとダメだと思うわ」
「なるほど! うかつだったわ!」
 ちとせの指摘に、スーは手をポンと叩いた後、「しまったな!」というポーズを取った。
「そういう問題なの!?」
 桜子の絶叫は先程よりも大きかった。
 香澄は頭を抑えてしゃがみ込んだ。
 頭に響いたらしい。
「誰か、最後の一人ネコネコブラックをやってくれる人はいないかしら?」
「う〜ん……」
「悩まないでよ! ていうか、ネコレンジャーはすでに決定事項!?」
 桜子は無視された。
「スパコンくんはどうかしら?」
「却下! スパコンくんは最終決戦の時の巨大ロボに使った方がいいと思う」
「名案ね、ちとせ!」
 科学部秘蔵の猫ヶ崎高校治安維持機動兵器スパコンくん。
 別に巨大ではないが、能力的には、戦隊モノの巨大ロボをはるかに凌駕するかもしれない。
「ふふっ、で、ほまれ先輩が悪の組織の女幹部ってのは?」
「似合いすぎ!」
 生徒会長を務める吾妻ほまれは、生まれながらにしての女王さまという性格である。
 それに、ボディラインも悩ましいから、恐ろしく似合う。
 高飛車生徒会長のボンテージルックに鞭という装備を想像して、スーは喜んだ。
「あの、それより、オバケ退治を……」
 香澄が、ゆらりと立ちあがって、提案した。
 目が座っている。
 というより、虚ろだ。
 ものすごく恐い。
「え、あ? ああ、オバケ退治ね! わかってるって!」
「うん、うん、オバケ退治はちゃんとするってば!」
 スーとちとせは顔を引き攣らせながら、頷いた。
「香澄恐いニャ。スーも、ちとせも悪ノリしすぎたみたいだニャ」
 クロが怯えたように呟く。
「さ、とっとと始めましょう」
 氷点下より低い声で促すと、香澄は、件の橋に向かって歩き始めた。
 香澄の後ろを、しぶしぶといった感じで、ちとせとスーが並び、桜子が「この依頼を受けたのは失敗だったみたい」と思いながら続いた。
 そして、クロはその最後尾に付きながら呟いた。
「ネコネコブラックじゃ、アタシになっちゃうかもニャア」

 ネコレンジャーもとい神代ちとせ一行は橋に到着した。
 昼間は日光を受けて輝いていた橋の素材の赤煉瓦も今は、淡い月の光を浴びて微かに闇に浮かんでいるだけだ。
 猫背橋(ねこぜばし)というのが、この橋の正式名称だった。
 それほど大きな橋ではなく、緩やかなアーチを描いている姿が、その名の通り、猫の背のように見える。
「オバケ出ないね」
 スーがつまらなそうにちとせに話しかける。
「そだね、霊気も感じないし」
「空振りかしらね」
「う〜ん」
 ちとせが腕を組む。
 せっかく勇んできたのに、空振りと言うのも情けない。
 しかし、ちとせたちとしては、待つしかない。
 橋に出没する『オバケ』の正体がわからない以上、待つしかない。
 習性もわからなければ、生態もわからない。
 生き物なのか、本当に幽霊なのかすら不明なのだ。
 四人と一匹は全身に緊張を保ったまま、時を待っていた。
 夜風が冷たい。
 雲が流れ、月を隠す。
 辺りを淡く照らしていた月光が遮られ、闇が世界を支配する。
 そして、それは起こった。

「きゃあああああっ!」
 絹を引き裂くような悲鳴が上がった。
 一行の一番後ろを歩いていた香澄の声だ。
「香澄ちゃん!?」
 ちとせが慌てて、振り返った。
 見れば、香澄が顔を真っ赤に染めて胸を押さえている。
 ちとせの胸に異様な感触。
 むにむにっ。
 胸を揉まれた。
「きゃああっ!」
 ちとせも悲鳴を上げ、両胸を抑えて屈み込む。
「香澄、ちとせ!」
 桜子が仲間の異変に表情を硬くする。
 香澄は一行の一番後ろ、ちとせは一番前だ。
 それをほとんど同時に襲っている。
 相手は複数いるのか、それとも凄まじい使い手か。
 持って来たモデルガンを構える。
 相手が霊でも効果を発揮するように、ちとせに弾丸へ霊気を注入してもらっている。
 だが。
「きゃあああああっ!」
 桜子も悲鳴を上げ、飛び上がった。
 尻を撫でるように触られた。
「これは……!」
 一行の中心にいたスーの目が鋭く光る。
 その瞳に映るのは、騒ぐ女子たち。
 そして、闇に蠢く影。
 それは次の獲物をスーと決めたようだ。
 真っ直ぐスーへと近づいてくる。
 スーはゆっくりと両目を閉じた。
「我が身すでに鋼なり」
 スーの手に不可視の力が収束する。
「我が心すでに無なり」
 霊気で形成された棒――霊気棒――が生まれる。
 スーが跳ぶ。
「妖魔滅却!」
 霊気棒が一閃する。
 確かな手応え。
 ぱきんっ。
 金属が割れるような音が響き、地面に二つに折られた物体が転がった。
 大きく息を吐き出して、後ろを振り返るスー。
 その視線の先に映ったものは意外なものだった。
「マジックハンド?」
 棒の先に手のようなものがついた玩具である。
 指の部分がむにむにと動き、手のひらを開閉している。
 大きい。
 かなりの大きさだ。
 これが宙を自在に舞って、破廉恥な行為をしていたようだ。
 スーに折られた柄の部分から、バチバチッと火花が飛び散る。
 そして、ボンッと破裂音を立てて爆発した。
「ぬおわあっ!」
 その爆発の中から、一人の男が転がり出た。
 月の光反射して淡い金色を放つ美しい金髪。
 端正な顔立ち。
 顔だけ見れば、美青年だ。
 だが、服装は、ファンタジーに出てくる怪しげ魔術師が着ていそうなローブ。
「ああっ!?」
「猫ヶ崎高校三年にして唯一の魔術部員!」
「鈴木 四郎!」
「セラヴィーと呼べ!」
 金髪魔術師セラヴィーと名乗る男――本名、鈴木 四郎――が怒鳴る。
 が。
「ううっ、しまった!」
 美少女達の険悪な目つきに囲まれ、すぐに顔色が青くなる。
「シロー先輩見損なったよ!」
「なぬ!?」
「まさか犯罪行為をするなんて!」
「ま、待ちたまえ、誤解だ。私は魔術の儀式に必要な女性フェロモンを摂取していたのだ」
 慌てて弁解を図るセラヴィー。
「はあっ?」
「ホムンクルス生成のために必要なフェロモンを集めるためには、どうしても必要だったのだよ」
「ホムンクルス?」
「人造人間というヤツだ。まあ、ゴーレムみたいなものだ。これを作るためには、どうしてもフェロモンが必要でマジックハンドに身を変えて細々と集めていたのだ」
「何で、そんなものが欲しいの?」
「ホムンクルスは魔術師のブランドなのだ」
「はた迷惑な!」
 セラヴィーは大真面目である。
「むうっ、しかしだな。ホムンクルスは一流の魔術師の証であると同時に有能で便利な存在のだぞ。どうしても作ってみたいではないか。美少女ホムンクルスには美少女のフェロモンが必要なのだ」
「そのホムンクルスが美少女である必要は?」
 ちとせがにっこりと微笑みながら、セラヴィーの肩に手を置く。
「趣味だ」
 セラヴィー、即答。
「……」
「……」
 沈黙。
「あのさ、先輩」
「何だ?」
「成敗するわ!」
「やはり天才は理解されないものなのか!」
「誰が天才よ! この色ボケ魔術師!」
「仕方アリマセ〜ン、魔術で記憶を奪わせてモライマ〜ス!」
「うわっ、中途半端に片言だし!? もしかして、今更、クオーターを気取ってる!?」
 ちとせがセラヴィーの怪しさ大爆発のしゃべりにツッコミを入れる。
「おのれ、言ってはならんことを!」
 セラヴィーが眉を跳ね上げる。
 怒鳴ったり慌てたり、忙しい男である。
「だって、ねえ?」
「そうそう怪しすぎるもんね」
 ちとせに同意を求められて桜子が大きく頷く。
 ちとせもそれに頷き返す。
「魔術師に見えないし、シロー先輩」
「うぬぬっ、我が大魔術、とくと見せてくれよう!」
 セラヴィーの全身から凄まじい魔力が開放される。
「奥義! 美雨(ビューティフル・レイン)!」
 セラヴィーが両腕を振り上げる。
 同時に猫背橋の両脇から水柱が上がった。
 ばしゃあっと大量の水が少女たちに降りかかり、全員の制服を濡らす。
「きゃああっ!?」
 濡れた制服が身体に張り付き、四人の美少女の身体のラインを露わにする。
 それを見て、セラヴィーは満足げに頷いた。
「うむ、素晴らしい眺めだ。このような美しい光景の前では、ミロのヴィーナスも裸足だろう」
「何カッコつけてんのよ、制服がびしょ濡れだわ。クリーニング代よこしなさいよ」
「ミロのヴィーナスは元々裸足です」
 桜子が怒りに肩を震わせ、香澄が平板な声で冷静な一言を浴びせる。
「むっ、濡れ濡れの良さがわからんとは」
 一人で何やら語り出すセラヴィー。
「そもそも濡れ濡れとは古代ローマ帝国の魔術師キューイーディーがその祖とされ……」
 だが、それは怒り心頭の乙女たちには火に油を注ぐだけの行為であった。
「意味不明なことを言ってごまかさないでよ!」
 ちとせが扇、香澄が竹刀、桜子がモデルガンを手にして、じりじりとセラヴィーに迫る。
 スーはその場に立ったまま腰に手を当て、大きく息を吸い込んだ。
「成敗!」
 スーが掛け声をかけると、残りの三人の思い思いの武器がセラヴィーを取り囲んだ。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!」
 哀れ、野望を背負った怨念の断末魔が響く。
 猫背橋の怪異はこうして乙女たちにより浄化された。
「ネコレンジャーの初勝利だわ!」
 スーが甚く満足げに叫ぶ。
「やっぱりネコレンジャーニャのね」
 クロが溜め息を吐く。
 今のスーには何を言っても無駄だ。
「ウニャア、それにしても毛皮が台無しだニャア」
「クロちゃん、うち来る?」
「ニャ?」
「姉さんがきっと洗濯してくれるよ☆」
 クロは自分が泡だらけになっている図を想像して硬直した。
 ちとせはそれを同意と取ったのか大きく頷いて拳を振り上げた。
「ということで、これからうちで宴会よ! クロちゃんキレイさっぱり☆ そして、ボクたちは、お酒でゆったり☆」
「なるほど。事件解決の宴としては良い感じね」
 桜子もほくそ笑んだ。
「ふっふっふっ、明日は土曜で学校は休みだし、今日は朝まで飲み明かすわよぉ」
「お酒はダメです。お茶にしましょう」
 香澄が冷徹な視線を一同に浴びせながら平板な口調で嗜める。
 しまった、香澄は公序良俗には融通が利かないんだった。
 怒らせると怖い。
 という顔で、ちとせと桜子が顔を見合わせる。
「香澄」
 スーが腰に手を当てて、香澄の顔を覗き込む。
「なんですか、スーさん。未成年のお酒は許されませんよ?」
「わかってるわ。そのことじゃないの」
「では、なんです?」
「香澄はネコネコイエローよ。だから、お茶じゃなくて、カレーなの。カレーでなくてはいけないのよ!」
「カ、カレー……」
「ということで、今日はカレーパーティよ!」
 スーが宣言する。
「ふははっ! では私が秘伝の特製スパイスを伝授いたしましょう!」
 高笑いを上げて復活するセラヴィー。
「これで、皆さんも夢のようなボディラインが……」
 再生セラヴィーは途中で言葉を飲み込んだ。
「まだ生きてたのね」
「色情魔……」
「エロ魔道士!」
「地獄へ落ちなさ〜い!」
「ちょっ、お嬢さんたち。軽いジョークじゃないですか、はははっ……」
 後ろに後ずさる再生セラヴィー。
 しかし、乙女たちの進軍は止まらない。
「いや、ちょっと……、ぎゃあああああああああああああ!」

 悪の大魔道士セラヴィーはその日、星になった。
 だが、ネコレンジャーの戦いは終わらない。
 行け、ネコレンジャー。
 悪を打ち砕くその日まで、信じた道を走り続けろ!


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