夢幻の記憶
幕末編
東の祖先より【旋風編】



「これ何の本なの?」
「うん?」
「ああこれは東家の祖先に関する本だよ」
「ふ〜ん……」


 ゴールデンウィーク真っ最中。
 京と琴美の二人は京の家でくつろいでいる。
 両親も誰もいないためにドキドキな展開が待ってもよさそうだが……。
 と、二人は互いに思っていたのは内緒だ。


「へぇ……日本古来から東は草薙の力を使っていたんだね」
「神代の血を守ることが使命だったからね」
「ちとせ先輩の血筋を……」
「朝比奈と東。そして神代。三種の神器とも呼ばれていた時代もあったらしいよ」
「なんかそう言われているとかっこよく感じるね」
「はは……そうだね」


 パラパラと書物をめくっていた琴美の指が止まる。
 興味深そうに書物を見ている。
 京はその様子に気付き不思議そうに覗き込む。


「どうしたの?」
「う〜ん……この時代は幕末よね」
「……そうみたいだね」
「この絵草子を見ていると弱そうに見えて」
「東家……千八百六十八年……ちょうど鳥羽・伏見の戦いの時……」
「ねっ、弱そうでしょう?」
「……たしか祖先の名は……(かい)
「海? 強そうな名前だね。弱そうな人に強い名前か……」
「……この人はね……」


−江戸−


 鳥羽・伏見の戦いが始まろうとしていた時期。
 すでに動乱の中にいた日本。
 たった一隻の黒船が世の中を混乱に落とし入れた。
 攘夷や開国派などに分かれて戦う毎日。
 それも己の信念を貫き通す熱き時代。


 そのような時代に東家の祖先は長屋にいた。
 名は、(かい)
 海のような男になってくれと親がつけたらしい。


「なぁまだ京都で戦争があっているんの?」
「ああ新政府軍と将軍様が戦っているそうだよ」
「噂では五分五分の戦いというじゃないか」


「……まだ戦争しているのか。早く終わればいいのに……この時代……戦争している暇なんて……」
「海〜!!」
「なんだ……松美ちゃんじゃないか」
「この歳になってちゃんづけで呼ばないでよ」
「ごめんごめん」


 同じ長屋に住んでいる松美という女性。
 海とは小さいころから知り合いであり、一緒に遊んだ中である。
 十七歳になった現在ではなかなか遊ぶということはしなくなっている。


「どうしたんだい?」
「今日も……長屋で狼藉者が……」
「新政府のやつらか?」
「多分……」


 大政奉還……徳川慶喜が実行したのは有名である。
 実権を朝廷に返すという方法。
 これにより慶喜は幕府の体制を立て直そうと考えていた。
 実際、朝廷には政治を行う力などなかったので現実には幕府が引き続き行う。
 暗黙の了解であり、慶喜もそれがわかっていたので実行していたのである。
 これに対して焦ったのが薩摩と長州であった。
 なんとしても幕府討伐を狙っていた薩長は強引な方法を使った。
 強盗、火事などなど。
 幕府を何度も挑発するのであった。


「新しい政府といってもこれじゃあ今までと一緒じゃない!!」
「幕府もまんまと挑発に乗ってしまったからね。まだ残党がいたんだ」
「そうみたい」


−夜中−


 海は胸騒ぎがして目がさめる。
 何か音がする。
 そう思い障子の前に身を隠す。


「まさか……やつらか?」


 神代家は……関係ないはず……あの人なら……わかってくれるはず。
 朝比奈家は……徳川を守る戦いに参加しているはずだし。


 右手に黒い布製の手袋をはめる。
 そして紐を何重に巻きつけて固定する。
 明かりを消した海は人の気配を探る。


 どこかを目指して走っているようだ。


「三人か。……この方向は……まさか?!」


 外に出る。
 勝手知ったる道を走っていく!!
 この方向にある家には見覚えがある……そう松美の家だ。


 海は、走る……走る……走る……。
 呼吸できないほど走る。
 咳き込みそうになるが気にしない。

 それほど焦っていた。

 目の前に広がる光景。
 それは焼き尽くされた長屋の一角。
 かつていつも遊んでいた場所。


 見事に燃えている……何も残っていない。
 そして……。


「松美!!」


 野次馬や火消したちが辺りに群がっている。
 が、そんなことをお構いなしに長屋に突っ込む。


「おい!!」
「あっ……海……来てくれたんだ……」
「!?」


 血にまみれた部屋。
 その光景が海の目にとまる。
 松美の肩に刀の傷跡が痛々しい。
 赤く染まってる。
 誰も生きてはいない。
 松美も死ぬ寸前の状態。


「誰がやったんだ……こんな酷いこと……くそ!!」
「……わからない……でも……よかった……。海……無事だったから……」
「喋るな!! 今、手当てしてやるから!!」
「ううん……いいの……助からないってわかるし……」


 空が赤く燃え上がる。
 どこかで火事がまた起こっている。
 そんなことをお構いなしに松美の体を抱えて海は自分の家に帰る。
 家に着き布団に寝かす。


 そっと手を添えて看病する。
 松美は気絶したままずっと喋ることもない。


「旦那」


 陽気な声で障子を開けて入ってくる女性。
 佳代という情報屋であった。
 お金さえ与えれば何でも調べてくれる便利屋だ。


「あんたかい。……なんだ?」
「いい話あるんだけど」
「出て行ってくれ。今は何もしたくない」
「旦那の恋人を殺害しようとした犯人の情報なんだけどな」


 その言葉に反応する海。
 床に一両小判を投げる。
 佳代は嬉しそうにその小判を拾う。
 着物の裾に入れて立ち上がる。
 真面目な顔をして事の内容を話しはじめる。


「先日から新政府を装った悪党がこの事件の犯人さ」
「誰だ?」
「徳米という両替商と勘定奉行所の一人」
「で?」
「徳米のほうは私のほうがなんとかする。お前さんは奉行所の同心を一人退治してくれればいい」
「自分向けの仕事か……」
「任せたわよ」


 任せるか……だが……松美を一人にすることはできない。
 これが……運命から逃げ出した結果か?
 血の束縛を弟に押し付けて……そして……逃げていった自分の……。
 血は……争いを求める。
 血は血を求める……か……。


「……松美」

「……」

「もう……君とは会えない……みたいだ。さようなら……生きて……君だけは幸せに……」


 海の背中に赤き翼が広がる。
 炎とともに広がる羽がはばたく時に奇跡は起きる。
 松美を包む炎は赤から白へと変化していく。
 やがてその炎が消えた時、血も傷も何もかもなくなっていた。
 蘇生した……というべきだろう。
 それを見た海は微笑み、外に出て行く。
 与えられた仕事するために。


−勘定奉行所−


 あちらこちらに見張りがいる。
 厳重にあちこちにいるのはそれだけ重要な人物が来ているからであるとわかる。
 その中に海は一人……門を目指して歩いていた。


「新政府軍のやつらのおかげであちこちから盗みでお金が蓄えられるな」
「そうですな。勘定奉行様、これからは刀の時代ではなくお金の時代でございます」
「もう徳川の敗北は目に見えている」
「我々がこれからはお金で新政府に支援していき、上を目指す」
「次はどちらをやりますか?」


「次はない」


 役人は炎に包まれてあっという間に炭になる。
 海は左手で炭と化した役人を持って放り投げる。
 勘定奉行はあまりの出来事に動くこともできない。


「つまらない出世欲のために……あいつを……。必死に主義思想を信じて戦っているやつらを……」
「何奴!!」
「うるさい。誰がお前に教えるか」
「曲者じゃ。であえ、であえ!!」
「……あんたは寄生虫だよ……この世の中のな!!」


 勘定奉行の口を塞ぎ、言葉を言えなくする海。
 苦しむ姿を見ながら冷酷に息を止めていく。
 右手で首元を押さえて高く持ち上げる。
 今度は首が絞められて苦しみだす勘定奉行。


「た……助けてくれ!!」
「何人の死んだ人間の魂がそう言っていたと思うか? あんただけ死なないのは駄目だよな」


 右手に集中する海。
 炎に包まれる勘定奉行。
 さらに凄い勢いで炎を出す……海の後ろに鳳凰の姿までが見えてくる。
 奉行所自体火事となっていく。
 すでに勘定奉行は骨も何もかもなくなっている。
 だが、海は燃やす……燃やしてすべてを廃墟とかす。
 海の隠れた本性が現れそうになってくる。


 破壊破壊破壊破壊
 暴走暴走暴走暴走
 血を見る喜び
 本能のままの殺人
 快楽快楽快楽快楽
 殺人中毒中毒中毒中毒中毒
 孤独によるさみしさの脱却


「……だから神代から逃げて……はは」
「あなたが逃げているだけでしょう」
「誰だ?」
「あたしよ」
「夢」


 炎の中から現れた一人の少女。
 海のよく知っている人物だった。
 その姿を無視して立ち去ろうとする。
 しかし夢は歩みを邪魔する。


「朝比奈家としてあなたを許すことはできないのよ」
「陸がいる。あいつなら三種の神器を守れる」
「神代家はあなたの力を求めています。歴代の東家の中で四聖である鳳凰を自由に操ることができるあなたを」
「……」


 焼けている屋敷の中で二人は立ち止まる。
 木材が倒れてくるが器用に二人を避けていく。
 夢は札を取り出す。


「今日のところはおとなしく帰るわ」
「俺は本当に助けを求めている人を助けてあげたいだけだ」
「無理よ。あなたの本性を抑えることができるのはお姉さまだけ」
「抑えてみせる。……必ず」


 札を投げると同時に夢はここから消え去る。
 海も炎の中を歩き、ここから脱出する。
 その背中はさびしげに見える。
 一度だけ後ろを振り向く。
 もう誰もいない……赤く燃え上がる木材と煙だけが視界に見えるだけ。


「……その後どうなったの?」
「彼の姿を見たことはないって」
「行方不明?」
「う〜ん……どうなんだろう?」
「どちらかというと……また江戸に戻ってきたような気がする」
「どうして?」
「そうだな。血の宿命というやつかな」
「何それ?」


 笑ってごまかす京。
 彼は知っていたのだった。
 海の結末を。
 それは血で汚れた自分と一緒だった。
 神代という血族を守るために最後は戻ってきたこと。
 松美という存在を忘れることができなかったこと。
 鳳凰は人を狂わす。
 鳳凰は人に巨大な力をもたらす。
 そして鳳凰はすべてを燃やし再生する。
 鳳凰を操るものはそれを覚悟しておかなければならない……そうおじいさんから習った。
 幕末より長生きしてきたおじいさんはもういない。
 また旅に出かけていったからだ。
 二百歳を過ぎても元気に動いているおじいさん。
 今日も困った人を助けにいくのであろう。


>> INDEX



後書き
もう何も言わないでください(汗)
こんばんは、ブギーです。
夢幻を書かずにこんなものを書いていました。
そういえばどんどん短編ばっかり増えていると最近気づきました(汗)
いやはや……必殺はいいよ(謎)