ここは、猫ヶ崎高校のとある部室。
まだ昼なのに、暗幕を掛け、部屋の電気を消していた。
中央には円形の大きなテーブルが置いてあり、その上にはなぜかロウソクが灯っていた。
テーブルを囲み、数人の男たちが座っていた。
はっきり言って、警察にガサ入れなどされた日には有無を言わさず逮捕されそうな雰囲気である。
部屋の中は沈黙に包まれていた。
そのような異様な集団の中で、おそらく一番地位が高いと思われる男がおもむろに口を開いた。
男「今日、君たちに集まってもらったのは他でも無い。例の計画を実行に移すときが来たからである。」
男は、ゆっくりと周りを見渡し、それぞれと目を合わせながら話した。
男「詳しくは、手元にある資料に目を通してもらいたい。」
そう男が言うと、周りの者たちは一斉に自分の目の前に置いてあった資料をめくった。
紙が擦れる音が部屋に響き渡る。
そして、その資料の最初のページには、シンプルなデザインでこう書かれていた。
ぱっと見中学生のようなタイトルだった。
だが、他の者たちは誰一人笑うことなく、真剣な眼差しで次のページを開いた。
そこには、決行日時案・実行部隊案・逃走ルート案・商品流通経路案等、怪しげな単語が並んでいた。
だが、やはり真剣にそれらを読む者たち。
皆が一通り読み終わった頃、男はまた話し始めた。
男「では、これらの案の確実性を検証していきたいと思う。まずは、決行日時担当の山口君。」
山口「はい。部長。」
男改め部長「そこに書いてある決行日時案は、明日の午後6時。他の部活が終わる頃なのだが、君が調べてきたデータからはどう思う?」
山口「そうですね……私が入手したデータによると、その時間にはまだターゲットは現れない可能性が高いです。ターゲットは意図的に時間を遅らせる傾向にあるようですね。」
山口がそう言うと、部長と呼ばれた男は少し考え、そして立ち上がり背後にあったホワイトボードに何かを書き始めた。
部長「そうか……ならこの時間はどうかな?」
そう言って、部長は
明日午後6時→明日午後6時30分
と書いた。
それを見て、山口は再び思案した後、答えた。
山口「うーん、時間的に考えればあと10分早くしても大丈夫だと思います。いや、その方が丁度いい時間でしょう。」
部長「よし、では決行日時は明日午後6時20分とする。みんな忘れるなよ。」
そう部長が言うと、皆は各自手帳やノートを開き始め、決行日時を書き込んだ。
一体、彼らは何の作戦を話し合っているのだろうか。
それは、彼ら以外知ることは無かった。
この時点では……
決行日時=明日午後6時20分
部長「では次に実行部隊だが……まず、私は確実にここに入る必要があるだろう。あの作戦は私の頭脳無しでは不可能だろう。で、他のメンバーなのだが……まずは岩本君。」
岩本「はい。」
部長「君には、機材担当として同行してもらいたい。この中で最もあの機材に精通しているのは君だろうからね。」
岩本「そうですね……僕は元々その部に所属していましたしね。」
部長「そういう事だ。他のものも異存は無いな?」
部屋の中は沈黙で包まれた。
誰も、何も言う様子は無かった。
そう、この部屋の中では沈黙をもって肯定を表わすのであった。
部長「では、他のメンバーなのだが、元陸上部の塩田君、元天体観測部の秋山君、そして元人生裏街道部の影城君、この3人に頼もうかと思っているのだが、どうだろうか?」
部屋の中は、また沈黙。
だが、それを破って一人の男が口を開いた。
男「部長、そのメンバーには少し疑問があります。」
部長「なんだね、荒木君。君の意見を言ってみてくれたまえ。」
荒木「はい。まず、塩田・秋山に関しては異存はありません。だがしかし、影城には少々この任は重すぎるのではないでしょうか。」
部長「ふむ……して、その理由は何だ。」
荒木「影城は確かにそういう時にその場でつかまった場合、言い訳がしやすいでしょう。しかし、やはりそれでも我らの部と関係ある者がつかまる状況は確実に避けるべきだと思います。」
部長「どうやら、君は私の意図を理解していないようだな。いいか、影城を実行部隊に入れる本当の理由は、彼の危険を察知する能力のためだ。彼は、裏街道を走ってきただけあって、そういう関係に対する事に関しては我が部で一番だ。今回の作戦、危険な状況になったらできるだけ早く撤収する必要があるしな。」
荒木「な、なるほど……さすが部長。そこまで読み取れないとは、私もまだまだ未熟ですね……」
部長「まあ、君のいいところはそう意見を率先して言ってくれる事なんだ。あまり落胆するなよ。」
荒木「は、はい……」
部長「それに、君にはこの作戦の最も重要なことを任せるのだからね。」
荒木「はい!」
部長が荒木の肩をたたき、そう言って励ました。
そして、荒木はゆっくりと自分の席に着き、部長は決定事項をホワイトボードに書き込んだ。
実行部隊=私、岩本、塩田、秋山、影城
部長「次は、逃走ルート検証だ。担当の大村君、頼むよ。」
大村「はい、分かりました。」
大村と呼ばれた男は、メガネを掛け直し、手に持った資料を開いて話し始めた。
大村「まず、手元にある資料より、目標である運動系部室周辺の地図をご覧下さい。」
部屋の中に、紙の擦れる音が響く。
誰一人、しゃべる者はいなかった。
ただ、じっと資料を見て次の説明を待っているのだった。
ここに集まっている者たちには、完璧に近い統率性があった。
大村「まず、北ルートでの逃走プランなのですが、これは途中で体育教官室の前を通る事になるので却下させてもらいます。ただでさえ体育教官達に目を付けられている我々が、その近くで事を起こすというのは非常に危険だからであります。」
部長「最もな意見だな。次のプランの説明に移ってくれたまえ。」
大村「はい。で、次の西ルート逃走プランは、同じように職員室近辺になるので、これも駄目です。あと、南ルートは、学校の壁に阻まれていて逃走は不可能と思われます。」
部長「では、残った東ルートと言うことになるのかな?」
大村「いえ、それも無理です。東にはグラウンドしかないので、逃走する様子がばれてしまいます。」
部長「ふむ……それではどのような逃走ルートになるのかな?」
大村「はい、そこで私が提案したいのは『中央逃走ルート』です。これは、一旦どこかの運動部部室に身を隠し、目標が追撃に移りいなくなった後に安全なルートで逃走すると言うものです。」
部長「それは……そうだな、それが最も安全な策かもしれんな。よし、その案で行こう。皆、異存は?」
無言。
皆は肯定の意を表わした。
もっとも、部長の決定した事項に反対すものはそういないが。
逃走ルート=中央逃走ルート
部長「最後に、商品流通経路案なのだが……これは、この計画の最も重要な事と言えるだろう。何しろ、この為に今回の作戦を実行するのだからな。」
部長は、今までより真剣な顔つきで皆を見回した。
皆もまた、真剣な顔つきで部長を見返していた。
そこには、ある種『男たちの挽歌』状態だった。
部長「で、具体的な案なのだが……荒木君、ここで君の出番だ。」
そう言われた荒木は、待ってましたとばかりの顔で部長を見た。
荒木「はい、何なりとおっしゃって下さい。」
部長「荒木君、君はその性格から様々なネットワークを持っているのだったな。そこで、そのネットワークを使い、今回のブツを売りさばいて欲しい。」
荒木「了解しました。任せてください。」
部長「うむ、ただし流通経路は単純にするんじゃないぞ。なるべく出所が知られないようにするんだ。」
荒木「おまかせを……私のネットワーク『黒い欲望』を使えば簡単なことですよ。」
部長「分かった、期待しているぞ。」
荒木「はい!」
そう言って、部長は妖しく笑った。
それは、とてもすがすがしい笑みに見えたという。他の者には。
商品流通経路=荒木ネットワーク『黒い欲望』
部長「さて、これで全て計画は整った。後は実行に移すのみだ。」
皆「はい!」
部長「皆、我が部のため、そして人類の為に力を合わせて頑張ろう。」
皆「はい!!」
部長「よし、それでは今日はこれで『物理研究部定例会議』を解散とする。皆明日に備えて今日はゆっくりと休んでもらいたい。以上だ。」
皆「物研!オー!!」
そんな感じで、物理研究部は解散した。
なぜ皆このように燃えているのか。
そして、ペットボトルロケット大作戦とは一体何なのか。
それは、全て明日判明することだった。
翌々日、職員室では物理研究部のメンバーが職員室で説教を受けていた。
それはなぜか。
それは、前日女子テニス部の着替えを覗いていたところを見つかり、捕まったからだった。
だが不思議なことに、なぜか部長である如月雅志の姿はそこに無かった。
なぜらな、雅志は一足先に他の部員を犠牲にして逃げ延びたのだった。
鬼である。
普通の人なら、そんなことをしても結局はばれてしまうであろう。
しかし、なぜか雅志はその覗いていた時に完璧なアリバイがあったのだ。
そう、雅志はもし万が一作戦が失敗した時のため、アリバイ工作をしていたのだ。
鬼である。
しかし、これが如月雅志その人なのだ。
決行日時=6時20分
女子テニス部は、他の部より着替えが遅い傾向にある為
実行部隊=私、岩本、塩田、秋山、影城
私=風を計算し、ロケットの弾道を計算する
岩本=ロケットに装着したカメラ担当
塩田=逃走時の機材輸送
秋山=気象から風の動きを読む
影城=危険察知
逃走ルート=中央逃走ルート
不在の他運動部部室に隠れた後逃走
商品流通経路=荒木ネットワーク『黒い欲望』
女子テニス部を崇拝する者たちへの着替えシーン写真販売
以上