理想と魔術を司る女神リレミアーナ。

 人々に理想を叶える為の力、魔術を与え、いずこへともなく姿を消した。

 それから、1700年あまりの時が過ぎ、魔術文化全盛の時代。

 大陸最大の国家リレミア帝国の帝都リレミリアは繁栄の極みにあった。

 ある日、一人の魔術師が帝国を去った。

 彼の名はディアス=グランバード。

 その才気は、帝国一の才女セレネ=グレースをも超えるといわれていた天才だった。

 彼が去った原因は不明のままだ。

 そして、その事件から、3年の歳月が過ぎようとしていた。

 街の活気は人間一人がいなくなることぐらいでは変わりようもなかった。

 

 

 その日の天気

晴れ

のち

【少女】

 

 

 

 

 


続・副神殿長の弟

作:エル


 

 お久しぶりです。リンネです。

 今日はボクは帝都最大のデパート『女神の百貨店』に来ています。

 目の前では、凄まじい激闘が繰り広げられています。

 何でも、『ばーげん』という儀式だそうです。

 姉さんが以前、一緒に買物に来た時に教えてくれました。

 何でも、女性と女性による神聖な決闘方法だとか。

 はい、凄い迫力です。

 …でも、凄すぎて…ちょっと、圧倒されちゃってたりして…。

 あ、ルッカが戻って来ます。

 ルッカですか?

 ルッカ=ルカルカ。

 前も言ったと思いますけど、ボクの恋人です。

 いつもは酒場でピアノ弾きをしてます。

 めちゃくちゃ、美人ですけど、今は、『ばーげん』の乱戦後なので、髪の毛は乱れてるし…ものすごい形相です。

 今なら、たぶん、凶悪なダークエルフも真っ青です。

 ちょっと、引いちゃったりしてして…ドキドキ。

 会計を終えて、ルッカが走ってきます。

 荒い息をつきながら、戦利品の入った紙袋を抱き締めています。

「はぁ…、はぁ…、終わったわ、リンリン」

「うん」

 ボクたちはデパートを出て、街道に出ました。

 道は、『ばーげん』目当ての女性でいっぱいです。

「裏道行こっか?」

「うん」

 ルッカの提案に乗って、裏道には入りました。

 店がほとんどないので、表通りと違って人の姿がほとんどありません。

 森林の小道と入った所で、時折、おじいさんやおばあさん、犬の散歩の人などとすれ違います。

 ルッカはこういう静かな道をよく知っています。

「見て、このドレス! スカーフ、靴、リボン!! まさに完璧な組み合わせ!」

「うん」

「きちんと酒場のピアノとの色合いも考えて選んだんだのよ♪」

「うん」

「…ねえ、リンリン? 『うん。うん』って、聞いてるの?」

「うん」

「あ、あのねえ…」

「ルッカは可憐だから何を着ても似合うよ」

「!!」

「……?」

 どうしたんでしょうか?

 ルッカは顔を赤らめています。

 怒っているのでしょうか?

「リ、リンリン」

 ルッカが、潤んだ瞳で見つめてきます。

 ルッカと視線を合わせます。

「な、何…?」

 もし、ルッカが怒っているなら目を逸らせてはいけません。

 誠意をもって謝るしか…

 

 あっ…

 

 ボクは目を逸らしました。

 

「リンリン…?」

 ルッカが不審そうにボクの視線を追います。

 怒ってはいないようです。

「あっ…?」

 ルッカも、『それ』を見つけて驚きの声をあげました。

 

 『それ』は唐突に降ってきました。

 天気予報大はずれです。

 晴れのち曇りではありません。

 晴れのち『少女』です!

 空から女の子が降ってきます!

 急降下ではありません。

 ひらひらと降ってきます。

 

 しかし…

 

 ゴンッ!!

 

「!?」

 あ、ああああああああああああっ!?

 頭から落ちました!

「ちょっ…ヤバいんじゃない!?」

 ルッカが焦って叫びます。

 ボクも焦ってます。

「と、とにかく! 助けにいかないと!」

「あっ、リンリン待って!!」

 少女の無事を確かめに走り、ルッカも急いで追ってきます。

 

「うっ…」

 少女の頭から血がドクドクと流れ出しています。

 見た感じでは、幸い頭蓋骨に異常はないようですが、額が切れてすごい出血です。

「治癒を…」

 ボクは少女の額に手を翳します。

 これでも一応、ボクも大神殿の副神殿長の弟です。

 治癒魔術くらいは使えます。

 少しづつですが、傷が塞がっていきます。

 一安心ですが、応急処置を施さなくてはいけません。

 とりあえず今、手元にあるのは『ばーげん』の戦利品だけです。

「つ、使って良いよね?」

「仕方ないわよ」

 少女の出血大サービスの額に、『ばーげん』で手に入れたルッカのスカーフを巻き付けます。

「どこかで休ませないと」

「この近くなら…アイネさんのお屋敷は?」

「お師匠さまの…うん。連れていこう」

 ボクとルッカは少女を抱き上げます。

 そして、刺激を与えないように慎重に運びます。

 ボクのお師匠さま。

 アイネ=バロッグの館に。

 

 

 

「うっ…う…ん…」

 小さくうめいて、少女は微かに目を開きました。

「目が覚めたかね?」

 ベッドの傍らにいた男性、ボクの師匠アイネ=バロッグが少女に声をかけました。

 師匠は女性と今違うような美貌の青年です。

 銀色の髪。

 黄金色の瞳。

 見かけは二十代半ばなのですが、実年齢は不明です。

「ここ…は…?」

「ここは帝都のはずれよ。変わりものの魔術師アイネ=バロッグの館っていったらけっこう有名かしら?」

 師匠の横から、美しい女性が口を挟みます。

「変わりものって…メディア。私が変わりものなら、キミも変わりものだろう」

「それもいいんじゃないの?」

 メディア=メディアさん。

 勝気そうな瞳が印象的な女性です。

 職業は魔術学院の教師ですが、帝国騎士団団長の一人娘で、剣の腕もたつという凄い人です。

 師匠と中が良いのか、いつも一緒にいます。

 今日も師匠の館で昼間からお酒を飲んでいたらしいのは…秘密です。

「ア…イネ…?」

 少女は何度か師匠の名を繰り返していましたが、首を横に振りました。

 知らないみたいですね。

「私はどうしてここに…」

「何でも、空から降ってきたそうだ」

 師匠が言います。

「空…から…」

「転移魔法の失敗かと思うが」

「転移魔法…?」

 少女は自分の掌を見つめます。

 自分にそんな力があると信じられないようです。

「こっちのリンネとルッカくんが怪我をしていたキミを介抱して、ここに連れてきてくれたんだが」

「はい、ボクがリンネです。意識が戻って良かったですね」

 ボクが微笑みます。

「私がルッカ。あなたの名前は?」

「名…前…?」

 少女は、はっとしたような表情を見せました。

 そして、呪詛のように言葉を繰り返します。

「私の名前…私の…名前…」

「……?」

「私は…ロ…、うっ…痛い…頭が…思い出せない…私…自分の名前が…わからない…」

「ふむ…」

 アイネ師匠は腕組をすると、メディアさんに目をやりました。

「う〜ん、これは記憶喪失ね」

 メディアさんが顎に手を当てたまま、難しい顔で言いました。

「記憶…喪失…」

 ボクが口の中で反芻します。

「そんな…」

 ルッカは口元に手をあてて、驚いています。

「記憶喪失…」

 少女は茫然自失と入った状態です。

 師匠とメディアさんは全然動じていません。

 さすが、というか、何というか、です。

「アイネ、この娘の記憶が戻るまで面倒みてあげたら? あなた暇でしょ」

「えっ? でも、そんな…これ以上、ご迷惑を…」

 少女が苦しそうにいます。

「頭の傷も完治したわけでもないからね」

「そうそう、ここでゆっくりしていれば、そのうち記憶も戻るでしょ」

「す、すみません…私…何て言ったらいいか…」

「イイのよ。この男は暇人だからね」

「そこまで言うな、メディア。私だってリンネの子守りとかで忙しい」

「し、師匠〜」

「冗談だ」

「リンリン、かわいそう…」

「まぁ、少し騒がしいでしょうけど、皆良い人だから、ゆっくりしていきなさい」

 メディアさんは優しい笑みを少女に向けるて、ウィンクしました。

「はい…」

 少女は微笑んで応じました。

 

 

 

 リア・カステラーデ。

 記憶喪失の少女は、そう名前を与えられた。

 由来は、アイネ師匠が以前飼っていた猫の名前がリア…秘密です。

 そして、メディアさんの好きな食べ物がカステラ…これも秘密です。

 

 とにかく、リアさんは、アイネ師匠の家に厄介になることになりました。

 まだ記憶は戻っていないけど、ボクはリアさんに新しい思い出をたくさん作って欲しいと思っています。

 

 

 

 

 

 リレミア帝国帝都リレミリア。

 その繁栄は魔術文化がもたらしただけではない。

 人が去り、人が来る。

 その繰り返しが、街を活気付かせる。

 

 ただ、人々はまだ、天才魔術師グランバードが帝国を去った理由を知らない。

 リアと名付けられた記憶喪失の少女が帝国に来た理由も知らない。

 

 

 

-The END-


 あとがき

 はは、続きです。続き。RPGツクールで作ったゲームの(笑)