副神殿長の弟

−寝起き魔法大戦−

作:エル


 

 魔術と理想を司りし女神リレミアーナの名を冠した、大陸最大の国家リレミア帝国。

 その帝都リレミリアは、女神の聖地である大陸の3分の2にあたるほどの巨大な湖『女神の鏡』を見下ろせる高台に位地し、世界最大の人口と、世界で最も美しい建築物といわれる帝城『ウィッチ・クラフト』、そして世界中のリレミアーナ信者を束ねる大神殿を有していた。

 リレミアーナ教は、帝国の国教であり、その頂点に立つ大神殿長は皇帝に次ぐ権力を有するといわれる。

 しかし、現大神殿長セルウィック・バイスターは、病床にあり、実質の指導は、副神殿長セレネ・グレースがあたっていた。

 彼女は、女神の生まれ変わりとまで謳われる才能と美貌の持ち主であり、若干20歳にして、大神殿の副神殿長にまで上り詰めた。

 そして、次期大神殿長には、彼女が就任するのは確実といわれている。

 

 

 

 

 

「ふわぁぁ…」

 ボクは、眠気を抑えきれずに大きな欠伸をしてしまいました。

 昨日、夜遅くまで魔法書を読んでいたが悪かったみたいです。

 やっぱり、夜更かしは良くないですね。

 などと考えながら、フライパンの上のホットケーキを皿に移します。

 朝食の用意は完全に整いました。

 さぁ、戦闘準備です。

 え? なんで、朝食を作って戦闘準備かですって?

 これから、姉さんを起こしに行くからなのです。

 姉さんは、寝起きが悪いですから。

 命がけです、ホント。

 そうそう、このまま、姉さんを起こすの失敗して昇天しちゃったら哀しいから、自己紹介をしておきます。

 ボクの名前は、リンネ・グレース。

 リレミアーナ大神殿の副神殿長セレネ・グレースの弟です。

 姉さんと同居しながら、国立魔術学園に通ってます。

 両親は、ボクたちを帝都に残して、「これからは若いもんの時代ぢゃ」とか、よくわからないことをいって、片田舎に引っ込んじゃいました。

 まあ、親がいないので気楽といえば気楽です。

 

 と、姉さんの部屋の前に到着しました。

 ドキドキ。

 心臓の鼓動が激しくなります。

 扉を開けていないからといって油断はいけません。

 先日、ノックした瞬間に、寝ぼけた姉さんの爆砕魔法で扉ごと吹き飛ばされかけましたから。

 では、呼吸を整えて、ノックです。

 ドンドン…。

 ……。

 ………。

 …………。

 無反応です。

 とりあえず、爆砕は逃れました。

「姉さん、入りますよぉ」

 カチャッ。

 扉を開けます。

 ベッドで寝ている姉さんの姿が目には入ります。

 一応、扉を開けた瞬間に火炎魔法ということも逃れたようです。

 姉さんは、いつも通りネグリジェで寝ています。

 色っぽいです。

 いや、姉さんに見とれている場合ではありません。

 油断大敵です。

 危ない危ない。

 これからが細心の注意を要します。

「姉さん、朝だよ」

「…う…ん…」

 姉さんが微かに声を漏らします。

 このまま起きてくれれば、OKですが、そんなことは滅多にありません。

「朝だよ」

 ボクは、仕方なく姉さんの肩を揺すります。

「う…んんん…」

 姉さんが寝返りをうちます。

 一瞬、冷結魔法の印のように手が動いたので、ヒヤッとしましたが大丈夫だったようです。

 これで起きないとなると、強行手段しかありません。

 ボクは大きく息を吸い込みました。

姉さん、起きる時間だよっ!!

 部屋中に響くような渾身の一撃です。

 反撃はすぐに来ました。

むにゃぁ! うるしゃぁぁぁぁぁいっ!!

 しまった!?

 起きあがると同時に枕投げ攻撃です!

 ボスッ…!!

「ぐはあ!?」

 魔法を警戒していたボクは避け損なってしまいました。

 顔面ヒットです。

 よろけたボクに連撃が来ます。

 重力魔法です!

「うわああ!?」

 天才副神殿長の魔法です!

 食らったら一溜りもありません!!

 間一髪、転がってかわします。

 ボクがいた場所の床が重力変化によって粉砕されました。

「朝御飯できてるよ!」

 反撃にショック魔法を唱えます。

 錯乱や魅了された人を正気に戻す精神魔法です。

「後5分!!」

 姉さんが半開きの目でボクを睨みつけます。

 あの目は、まだ、寝ています。

 ああ!?

 寝ぼけながら切っているあの魔法の印は!?

「『メギドの炎』!?」

 やばいです!

 姉さんの最強魔法です!!

 館ごと吹き飛ばされます!!

 ボクは急いでショック魔法を姉さんに向かって放ちました。

 抵抗されたらお終いです。

 皆さんともこれで、さよならになってしまいます。

「むにゃぁ?」

 姉さんは、寝ぼけ眼のまま、首を傾げます。

 効いてません!!

 あの目は、夢の中です!!

 ちなみにボクの今の情況は、in nightmareです!

 ニヘラと笑いました。

 すべてを浄化する炎の魔法がやってくるに違いありません!!

 皆さん、お別れです。

 ボクは観念して目を閉じました。

 ああ、もう一度、ルッカに会いたかったです。

 ルッカって誰ですかって?

 恋人です。

 とてもやさしい娘でした。

 などと考えている時間があるのはどういうことでしょう?

「リンく〜ん、おはよ」

 姉さんの声が、聞こえてきました。

「ふわぁぁ…そんなトコで目瞑って何やってんの?」

 そっと、目を開くと、姉さんが大きな欠伸をしていました。

 どうやら、最後のショック魔法は効いていたようです。

「オホホ…起こしに来てくれたんでしょ? でも、姉さんがいくら魅力的だからって見とれてちゃダメよ」

 そういって、姉さんはウインクするとボクの顔に自分の顔を寄せてきました。

 姉さんの息遣いが聞こえます。

 姉さんは、ボクの唇に、そっとキスをしてきました。

 ああ!? トロけそうです!!

 顔が真っ赤になるのがわかります!!

 姉さんはゆっくりと離れました。

「ふわぁぁ…朝御飯できてる?」

 また、大きな欠伸です。

 姉さんには、さっきのキスも夢の中みたいなものなんです。

 弟を誘惑するのはやめて欲しいです。

 ルッカに怒られてしまいます。

「ねぇ、できてるわよね?」

 ボクが返事をしないでいると、姉さんの視線が険しくなって来ます。

 朝御飯ができていない時に起こされると機嫌は最悪です。

 ボクは即座に答えました。

「もちろんできてるよ」

「じゃ、さっさと食べよ」

 姉さんは、にこやかな笑みを湛えてネグリジェの上に上着を羽織ると、食堂に向かって部屋を出ていきました。

 ボクは、姉さんの重力魔法で壊れた床を見ながら、安堵の溜め息を漏らします。

 今日も生き残ることができました。

 リレミアーナ様、ありがとうございます!

 ちゃんと、女神様への御礼は忘れません。

 それから、再び、壊れた床に目を戻して、もう一度溜め息をつきました。

「あ〜あ、やっぱり、ボクが直すのかなぁ?」

 

 

 

 

 

 リレミアーナ大神殿副神殿長セレネ・グレース。

 帝国随一と呼ばれる才女。

 優れた政治手腕と圧倒的な魔力の持ち主。

 ただ、寝起きが悪く、朝食抜きの時は、ひたすら機嫌が悪い。

 そんな彼女には、人知れず彼女を影から支える健気な弟がいる。

 彼の苦労のおかげで、今日もリレミア帝国は平和であることを忘れてはいけない。

 

 

 

-The END-


 あとがき

 その昔、RPGツクールで作った『女神のロングバケーション』というゲームの最初のイベントだったり(謎)

 このあとリンネくんは、セレネお姉さんに付き従って旅に出たりしますが、

 ずっとセレネや、恋人のルッカにこき使われるという内容のゲームでした(笑)