Happy birthday


 
 ファリスは、明かりが消えたままの自室に入ると、ベッドに転がり込んだ。
 パーティー用の豪奢なドレスに皺が寄るが、そんなことはどうでもよかった。
 今日は、彼女の誕生日だった。
 タイクーン城内では、盛大なパーティーが催され、各国の高官や大臣たちが山ほど訪れて来た。
 妹のレナや親友のクルルの心からの祝辞にファリスは感謝した。
 それでも、どこか物足りなかった。
 なぜだろう……。
 ファリスは一応、ここタイクーンの姫ということになっている。
 それは事実だし、妹のレナ姫もここに確かにいる。
 複雑な過去があり、サリサというのが本名だが、今は、ファリスで通している。
 「幸せか?」と聞かれれば、「幸せだ」と答えられるぐらいには「幸せ」だった。
 ……。
「はぁ……」
 それでも、口からは溜め息が漏れた。
 ベッドの枕元に写真立てがある。
 それは、かけがえのない旅の記念写真だった。
 ファリスはその写真を見つめながら奇妙な感覚に襲われた。
 少女が三人、少年が一人、写っていた。
 左端の少女は、クルル。
 友人であり、恩人であり、勇敢な戦士だったガラフの孫娘。
 その隣は、妹のレナ。
 慈愛に溢れた瞳の示す通りの清純で強い少女だ。
 そして、右端のファリスと肩を組んでいる中央の少年。
「……」
 辛くて長い旅だった。
 世界を救う旅。
 そんな現実離れした旅になるとは、はじめは思っていなかった。
 ファリスはその時、海賊だった。
 一国の姫が、昔、海賊だったというのは、珍しいだろうな。
 ファリスは、少し気分が楽しくなってきた。
 そうだ。
 あの旅は辛かったけど、楽しかった。
 仲間がいて、海賊としての自分がいたから。
 レナ、クルル、星になってしまったガラフ、そして……。
 でも、今は、あの頃のような不思議な気分になることは少なかった。
 また、少し気分が沈む。
 ファリスは、写真の少年を見つめた。
「何で来てくれないんだよ」
 小さく呟く。
 クルルも、レナも祝ってくれた。
 でも、彼はファリスの誕生パーティーに姿すら見せてくれなかった。
 それどころか、消息すらわからなかった。
 ……。
「……ふぅ」
 ファリスは、何度目かの溜め息をつく。
 
 ガタン。
 
「!? 誰だ!?」
 物音に驚いて、ファリスはベッドから跳ね起きる。
 そして、立てかけてあった長剣を抜いた。
 窓の側に影が立っている。
「よっ!」
 影は、片手を上げて挨拶してきた。
「バッツ!?」
「元気そうだな」
 バッツは、ファリスの剣を見ながら笑いかけてきた。
「な、何で?」
 ファリスは目の前のことが理解できていない。
 バッツに来て欲しいとは思っていたが、なぜ、彼がここにいるのだろうか。
「誕生日のお祝いに来たんだけど?」
「夜に俺の部屋に忍び込んでか?」
 ファリスが、信じられないという風に目を丸くする。
「"俺"なんて言うなよ。お姫さまがさ」
「俺の勝手だろ。それより、誕生日を祝ってくれるなら、何でパーティーに来てくれなかったんだ」
 ファリスが、剣を納めながら尋ねる。
 不機嫌そうな声を隠そうともしない。
「バッツは世界を救った英雄だぞ。それに大臣も顔を知ってるはずだし、招待状だっていったはずだ」
「どうもパーティーとかは苦手でさ」
 バッツが頭を掻く。
「だからって、夜中に『お姫様』の部屋に忍び込むか?」
 ファリスが呆れたように言う。
「まあな。一応、レナとクルルには言っといたんだけど、聞いてなかった?」
 バッツが、言い訳する。
「……」
 アイツら一言も……。
 レナもクルルもパーティーの時にそんなことは一言も言っていない。
「そう怒らないでくれよ」
 なだめるようにバッツが言う。
 そして、咳払いすると表情を変えた。
「バッツ?」
「ファリス」
 バッツは、ファリスに近寄ると、後ろに隠していたモノを突き出した。
 花束。
「……?」
「誕生日おめでとう」
 バッツの頬が赤く染まっている。
 ファリスの頬も赤く染まった。
「奇麗だ」
 ファリスは、花束を抱き締める。
「ありがとう」
 ファリスの瞳が潤む。
 慌てて、ファリスは花束で顔を隠した。
「喜んでくれて嬉しいよ」
 バッツは、気恥ずかしそうに頬を指で掻く。
「バッツ」
「ファリス」
「……」
「……」
 二人の距離が縮まる。
 二人は、目を閉じる。
 そして唇が……。
 
 ガタン!!
 
「!?」
「!?」
 突然の物音に、二人は、跳び退いた。
「何だ!?」
「誰だ!?」
 ファリスが長剣を再び抜き、バッツも身構える。
 その先に蠢く二つの影。
「レナ!?」
「クルル!?」
 影は、レナとクルルで、クルルがレナの下敷きになっていた。
「ばれちゃったね」
 クルルが、レナの下から這いずり出る。
「……」
 真っ赤な顔で、レナは沈黙を守っている。
「覗いてたのか?」
 ファリスが、顔を真っ赤にして言う。
 怒っているというより、恥ずかしがっているようだ。
「バッツがなかなか、出て来ないからさぁ」
 クルルが言い訳がましく説明する。
「海賊さんたちも待ちくたびれてるよ。きっと……」
「海賊!? もしかして……」
「ファリスの元手下だよ。特別にファリスのお誕生パーティーをやろうってことでさ」
 クルルが、ここぞとばかりに、早口に説明する。
 レナは、まだ真っ赤で、バッツは頭を掻いていた。
「で、抜け出す手はずに、バッツが迎えに来てくれたわけ。ね?」
 クルルが、バッツに振る。
「あ、ああ。もちろん行くだろ?」
 バッツの問いに、ファリスは、微笑んだ。
「当たり前だぜ」
 そして、剣を振るうと、自分のドレスの裾を短く斬ってしまった。
「おい!?」
「ファリス!?」
「姉さん!?」
 三人が驚いて声をあげる。
「フッ、アレじゃあ、動きにくいからな」
 ファリスはそう言うと驚いている三人を尻目に、窓際に移動した。
 窓のところに、ロープがかかっている。
 バッツが上ってきた時に使ったのだろう。
 ファリスはそれを確認すると、振り返った。
「さぁ、行くぜ。今夜はトコトン楽しめそうだ」
 嬉しそうに、まだ固まっている三人に笑いかけると、ファリスは窓から飛び出して行った。
「あ、ファリス。待ってよ!」
「姉さんたら」
 クルルと、レナがそれに続く。
 バッツは、「しょうがないな」と呟くと自分も窓から飛び出して行った。
 開けっぱなしの窓から、夜風が部屋に流れ込む。
 ベッドの上の写真立てが、星の輝きを淡く反射していた。


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