「ええ、今回は医療方面の話になりますので、“生活”担当主任の白石
夏美さんに来ていただきました。ええ...夏美さん、今回は、ひとつよろ
しくお願いします」堀内は、白石夏美に軽く頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」夏美も、長い髪を揺らし、頭を下げ
た。「でも、私に辛口が出来るかしら?学生時代は、マチコと一緒に言い
たい放題でしたけど、最近は...」
「ああ、それは大丈夫です」津田は、ピンと上を向いた唐辛子の赤い実を
つついた。「辛口の方は、私が責任をもちますから。夏美さんは、日頃思
っていることを言ってくれればけっこうです」
「はい、分りました。それじゃあ、」夏美も、鉢植えの唐辛子を、トントン、
とつついた。
「マチコは、学生時代とあまり変わらんのですか?」
「ええ。私の方はは、自分は変わったな思うんですけど、」
「ハッハッハ、」



「ええ...さてと...上記の東京新聞によれば、医療費の不正請求の
実態は、驚くべきものがあるといいます。厚生省が不正または不当と
し、医療機関に返還を命じたものが、総額58億5000万円(1998年度)に
上るといいます。この中には、単純ミスも含まれますが、この数字は氷
山の一角だといいます。
一方、保健組合の財政は、しばらく前から破綻寸前だと報道されてい
ます。もちろん、財政破綻の原因は、こうした不正支出が主因でないと
は思います。コスト意識のない患者の対応や、老人医療への膨大な持
ち出し等が大きいようです。しかし、こうした構造的な問題の一角に、確
かに病院側の架空請求や水増し請求の実態があるようです。おそらく、
何割かの責任はあるということでしょうか...
まさに...国家が衰退し始めているという、この国の縮図の様な風景
です、」
「ふーん...すごい規模ですねえ!」
「技術先進国の日本で、この程度のことが、何故しっかりと管理できない
のでしょうかね。これは、まさに、犯罪なのだから...」
「でも、これは政治的に甘い配慮がなされているということでしょうか?」
「おそらく、そういう面はあると思います。消費税が導入された時も、キチ
ッとした伝票どうしを突き合わせる方式ではなく、帳簿方式でわざと灰色
部分の曖昧さを残しました。結局、それは、多少ごまかしてもいいという
ことで、業界に配慮したわけです。そして、未だにこのインチキは是正さ
れていない。消費税が3%から5%になった現在でも、その“業界の既得
権”は残っています。医療費の不正請求の土壌も、まさにこの類ではな
いかと思いますね」
「でも、それは、悪いことというか、犯罪なのでしょう!」
「確かに、悪いことだし、犯罪でもある。しかし、“そこをうまくやって、儲
けろ”という意図がある。また、多少は、目をつむるということでもあるの
でしょうか、」
「それが、政治的に?」
「そういうことだと思います...ただし、私にはそれが政治的配慮かどう
かを証明する資料がない。しかし、支払いはクレジットカードか医療用の
プリペイドカードで、キチッと保健組合と“オンライン化”すると言えば、た
ぶん業界は反対するだろうねえ。つまり、旨味がなくなってしまう。
ただ、このインターネットの時代に、いつまでもオンライン化しないとい
うわけにも行かんでしょうが...」
「ふーん...医療費の不正請求の実態というのは、官僚や特殊法人の
乱脈ぶりと似ていないかしら?」
「うん...構造的で大規模だということでは、よく似ていると思う。衆議院
の予算委員会ですら、“無駄な公共事業は確かにある”と、閣僚が答弁
していた。首相も、はっきりと、“無駄づかいはある”と認めているしね。し
かし、これは、とんでもない話だと思う。税金は国民の貴重な財産であ
り、無駄と分ったものに対しては、しっかりと責任追及し、厳罰に処すべ
きだと思う。医療費の不正請求の実態も、まさにこれと同じかもしれない
ね。
まあ、こんなことをやっているわけだから、国家財政も、保健財政も、
まさに破綻寸前の状況というわけだ...」
「どうしたらいいのかしら?」
「まず、私が言いたいのは...まさに、国家の基幹システムで、この様
なインチキが大っぴらにまかり通っているという、“この国の姿”を問題に
したいね。私たちは“この国の姿”をキチッと鏡に映し出し、21世紀の日
本はいったいどうしたらいいのか、しっかりと考えていくべきだと思う。こ
の国の社会システムの緩みの方には、まさに戦慄さえおぼえるね」
「はい。でも、私の知っているだけでも、立派なお医者さんはたくさんいま
す。それに、病院経営というのも、けっこう倒産もあると聞きます。経営
は、それほど簡単ではないようですが、」
「官僚機構でもそうだが、立派な人間も、確かに大勢いる。しかし、組織
として後ろ指をさされるというのは、やはり異常と言わなければならんだ
ろう。国民の健康をあずかる医療システムでも、それは同じだと思う。い
ずれにしても、保健財政も国家財政も、破綻寸前の状況なわけだしね」
「医療レベルの問題はどうかしら。過剰な医療で、保健財政を圧迫して
いるということは?」
「うむ!それはあると思う。しかし、その問題の議論は難しいですね。そ
れに、この第1編集室のOPINION(No.9)でも書きましたが、それを言う
なら私は、保健医療行政の大転換が必要だと思う。
つまり、“健康志向型の予防医療”へのシフトの問題です。病気になる
のを待つという現在の仕組みから、健康の指導と維持を主体とした、積
極的な保健医療行政へ大転換すべきだということです」
「はい...ええ、ともかく、架空請求や水増し請求は、犯罪行為というこ
とですね。それから、医師の所得水準は、国民の平均から見れば、ずば
抜けて高いとも聞きます。このことについては、」
「厚生省が返還を命じた58億円が、氷山の一角だとすれば、莫大な金
額が我々の保健組合から不当に支出されていることになる。こうなってく
ると、現在の保健支払いシステムそのものが重大な欠陥をはらんでいる
と言わざるを得ないですねえ...
こうした上に立って、医師の高い所得水準が維持されているとしたら、
それはやはり社会的な大問題だと思う。また、その一方で、看護婦の労
働環境は良くないとも聞きますし...」
「はい、」
「まあ、私はここで、医師の所得がどうこうと言うつもりはありません。とも
かく、不正や不当な請求はイカンと言いたいわけです。夏美さんの言うよ
うに、問題は単純ではないでしょうが、不正や不当なことがまかり通って
いるようでは、患者としては、医療行為そのものに不安を抱いてしまいま
す」
「はい...」
「こうした日本中に蔓延している、不明朗な社会システムや不明朗な行
政システムが、国民全体の活気を奪っているような気がします」津田は、
椅子の上で背を伸ばし、深く腕組みをした。「ともかく、金融や経済の上
層部で、国民の税金がジャブジャブと不当に投入されています。また、
ゼロ金利政策で、金利がずいぶんと金融機関に食われてしまいました。
しかし、そうした失政や経営失敗の責任の所在が一向にはっきりして
来ない。そして結局、処罰も、ごく表面的に何人かを吊るし上げてお茶を
濁している。しかし、こうした社会的なインチキや不透明さが、まさにこの
国の活気を奪っています。
ところが、肝心の政治は何をしているのかというと、参議員選挙の比
例代表のことで、国会が完全に空洞化してしまっています。つまり、彼等
には、この国が現在どのような状況にあるか、この国の危機が分ってい
ないのではないでしょうか!分っていたら、こんな“幼稚園の砂遊び”の
ようなことを、やっているはずがないのですが!」
「うーん、景気がいっこうに回復して来ないのも、こうした所に原因がある
のでしょうか?」
「私は、そう思っています。私はかねてから、この国の政治は幼稚化しつ
つあると言ってきましたが、とうとうこんな状態になってしまいました...
まあ、政治の話はこれくらいにしておきますか...」
「はい。ええ、それでは、どうしたらいいのでしょうか?」
「医療現場での不正請求に関しては、とりあえず、カード・システムの導
入を急ぐべきだと思います。カルテの記入できるICカードなら、ずいぶん
と進化したものになります。しかし、不正請求に関してだけなら、クレジッ
トカードか、銀行のキャッシュカードを使えばいいと思います。あるいは鉄
道のようなプリペイドカードで、医療プリペイドカードを作ってもいいんじゃ
ないでしょうか。ともかく...
データをオンライン化し、灰色部分をなくすことが必要だと思います。
様々な圧力があるにしても、国民の殆どがそれを望むなら、それは必ず
実現します。何故ならこの国は、国民主権の民主主義国家なのですか
ら...
それから、医療問題ばかりでなく、政治・行政・教育等すべての面で、
国民は積極的に、強力な支持や意思を表明して行くべきだと思います。
そうしなければ、まさに、この国は大混乱に陥ってしまいます...
さあ、この言葉を、今回のまとめにしよう」
「はい!ともかく、国民がしっかりしなければならないということです
ね!」
「そうですね。そして、様々な局面で、具体的かつ強力な意思表示を展
開していくべきだということです。それが、メールであってもいいし、ファ
ックスであってもいいし、デモ行進であってもいいと思います」
「はい。ともかく、“国民全体が動けば、この国は容易に変わりうる”とい
うことでしょうか?」
「そういうことです!」
「ええ、それでは...今回は、ここまでとします」
