仏道清安寺・談話室1人称の世界.“あなた”は居ない

                雪 の 清 安 寺         

                一人称の世界 ・・・ “あなた”は居ない ・・・

               

  トップページHot SpotMenu最新のアップロード    担当 :  高杉 光一、響子、良安 (清安寺の修行僧) 

 INDEX                                             

No.1   雪の清安寺 2001. 1.15 
No.2    智慧の道、信仰の道、儀礼の道  2001. 1.15
No.3  一人称の世界を歩む  2001. 2. 1
No.4   ポン助のおでんや   《 雪の清安寺》  2001. 3.12
No.5   “あなた”は居ない/“水の心”、“風の心”   2001. 4. 6

 

 

 
 
(1)雪の清安寺           

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  響子は、カーキ色のトックリ首のセーターの上に、カスリの綿入れハンテンを羽織

り、談話室に入ってきた。談話室には、ミケと寺の子猫がいるだけだった。響子は、

火鉢のそばにいる二匹の子猫を膝の上に乗せ、頭をなでた。

「ええ...里中響子です。

  2000年の大晦日に清安寺を訪れてから、半月になります...その、2001年の

1月の半ば...寺の境内が、雪に埋もれた世界に一変しているので驚きました。山

を背にした高台にある清安寺は、まさに鹿村の中でも陸の孤島のようでした。かすか

に、村へ下る細い雪道が一本確認できます。しかし、ほとんど人の往来もない様子で

す。

  もちろん、サイバースペースで活動する私たちは、電話回線のインターネット経由

でやって来ました。また、衛星回線もすでに確保してあり、さらに高速大容量の光

ファイバー・ケーブルも、来年の春には開通する予定です。

 

  ええと、それから、前回訪れた時に、私達は境内に基地局を設置しています。最

初は、現在使われていない、古い僧坊の一部を改造する計画でした。ところが、外

壁も柱も想像以上に風化していていました。そこで、急遽、小さなプレハブ式の小屋

を組み立てることにしました。また、雪に備えて構造材を補強し、断熱材を入れ、窓

ガラスも二重のものにしました。私は今、この新しく設置した談話室に居ます。

                                                                

  ミケも、清安寺を訪れるのは2度目になるので、寺の子猫とはすっかり仲良しに

なっています。窓の外はすでに暗く、再び深々と雪が降り始めています...」

                                 

 
 
(2)智慧の道、信仰の道、儀礼の道

                         

「さあ、さっそく今回のテーマに入ろうと思います。良安さん、よろしいかしら?」

「はい。後で、一真が茶の用意をします」

「はい。いつも、ありがとうございます。ええ、高杉塾長、今回のテーマに入る前に、

1つ質問をしたいのですが、」

「うむ、」高杉は、自分のノートパソコンから顔を上げた。「何かね?」

「禅は、仏教ですよね?」響子は、真っ直ぐに高杉を見、かすかに微笑した。

「ええ...もちろんです、」

「それなのに、ここでは信仰心がほとんど問題にされていないのは、何故かしら?」

「うむ...」高杉は、座卓の上で両手を合わせた。「そのことは、私も気にしていま

す。まあ、いずれは私も、そうした信仰心が芽生えて来ることを期待しています」

「はい...それだけでしょうか?」

  高杉は、雪の張り付いた夜の窓を眺めた。

「そうですねえ...宗教には、“智慧の道”と、“儀礼の道”と、“信仰の道”があると

言われます。まあ...様々な宗教が、この3つの道のどれかに属するというのでは

なく、これらのうちの1つが、強く強調されるということですね」

「...」響子は、黙って、唇を引き結んでうなづいた。

「例えば、“信仰の道”といえば、キリスト教が思い浮かびます。それから、“儀礼の

道”で思い浮かぶのは、日本の神社などの神道があります。いわゆる、儀式にのっと

り、きっちりと礼拝する道です。そして、“智慧の道”といわれるのが、いわゆる禅宗

どがそれに当たると思います。あるいは、釈尊が存命中の頃の原始仏教なども、こ

“智慧の道”に入るのだと思います...」

「はい...」

「釈尊が出家し、空前絶後といわれるほどの苦行をされ...菩提樹の下で、明けの

明星を見て“覚醒”したといわれる...

          ...“涅槃“涅槃(ねはん)の境地”...

                  つまり、禅とは、簡単に言ってしまえば...

                         この“涅槃の境地”を体現するものだと思います...


  ...」

「ふーん...そう言われると、よく分ります」

「私は、宗教を分類したり、比較したり、あるいは各種の宗教の歴史を研究してきた

わけではありません。したがって、詳しいことは分りませんが...しかし、同じ仏教で

も、“密教”“禅宗”とはずいぶん違います。というのも、“密教”は、どちらかと言うと、

“信仰の道”かも知れません...

 学僧の空海(後の弘法大師)が、中国から日本に移入した“密教”は、インドにおいて、

ヒンズー教と仏教が融合したもののようです。曼荼羅(まんだら)に描かれている様々な神

々も、ヒンズー教に通じる神々と聞きます。したがって、“密教”は、そうした神々に帰

(きえ)する“信仰の道”と言えるのではないでしょうか。

  一方、“禅宗”は、インド人の菩提達磨(ボダイダルマ)が、海路より中国に渡り、中国の

大地で開花した宗派です。海路といっても、当時は未開の海であり、3年にも及ぶ苦

しい航海だったと言われます。

  その初祖・菩提達磨は、3年後に中国の広州にたどり着き、(りょう)の武帝(ぶてい)

に会っています。それから、密かに北方の(ぎ)の国に入っています。以後、そこの

嵩山(すうざん)少林寺で、9年間もの間、壁に向かって座禅をしていたと記録されて

います。しかし、この間に、二祖・慧可(『無門関』第四十一則/“達磨安心”)を得ています」

(ぎ)の国、嵩山(すうざん)の、少林寺ですか...」

「そうです...(ぎ)の国と言えば、『三国志』を思い浮かべる人もいるのではないで

しょうか。あの劉備玄徳諸葛孔明が出てくる、有名な時代です。したがって、中国

全土で、中国文化としての禅宗が大きく開花するのは、密教の伝来よりも後の時代

になります。また、初祖・達磨以降の禅宗の系譜も、しっかりと残っています」

「日本に禅宗が伝来するのは、鎌倉時代ですものね...」響子は、自分のノートパソ

コンをのぞきながら言った。「栄西(えいさい/最初に天台密教を究め、後に臨済禅を究めています)や、

道元・禅師が中国に渡ったのは、宋の時代ですし...」

「まあ、中国で禅宗が隆盛してくるのは、唐の末期になります。『無門関(宋の時代に編

集)“第一則”に出てくる趙州・禅師も、この唐末期の時代の人物です」

「はい、」

「いずれにしても...

  初祖・菩提達磨は、座禅“涅槃の境地”を教えたわけです。つまり、“智慧の道”

を教えたのであって、“信仰の道”を説いたのではなかったということです。 また、

それは、『正法眼蔵』『無門関』などを読んでも分るように、そこでは“信仰の道”

や、“儀礼の道”は全く説かれていないわけです。これは、響子さんも承知だと思い

ますが、」

「はい。確かに、『正法眼蔵』『無門関』で説かれているのは、“智慧の道”です。

では、まずは、ここでは...この“智慧の道”を究めるということでしょうか?」

「そういうことですね...

 

  密教が説かれている状況の中で、なぜ初祖・菩提達磨は、あえて“禅の道”を説い

たのか?また、それが何故、中国文化の中で大きく開花し、日本文化の中でも、これ

ほどまで深く受け入れられたのか...

 

  ...これは、私があれこれと言うよりも、大きな歴史的事実の示す所と思います」

「はい。よく分かりました。だから、この“智慧の道”を歩むということですね、」

「はい」

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                                                           (2001.3.12)

  ポン助のおでん屋 <雪の清安寺> wpe86.jpg (6318 バイト)

        wpe97.jpg (51585 バイト)     db3542.jpg (1701 バイト)     wpeA1.jpg (10743 バイト)        wpe5.jpg (38338 バイト)                                                                 

  ハイパーリンクを通り抜け、ポン助とP公が、おでんの屋台を引いて来

た。めずらしく、タマも一緒についてきている。タマは、のっそりとストーブの

方へ行くと、その前で丸くなった。

「相変わらず元気だな、ポン助...」高杉は、あたりを見回しているポン助

に言った。「衛星の打ち上げでは、ご苦労だったな...あの衛星は、何と

言ったかな?」

生態系監視衛星......“ガイア・21”...」

「うーむ...順調に飛行しているのか?」

「夏美が調整してるよな...2ヶ月で、本格的な稼動態勢に入るって言っ

てたぞ」

「うーむ...すると、5月には動くわけか...5月になれば、ハイパーリン

クで“ガイア・21”にジャンプできるわけか、」

「...夏美に聞いた方がいいよな、」

「うむ、そうしよう」

「あら、ポンちゃん、ご苦労様!」響子が談話室から出てきて言った。「少し

早かったんじゃないかしら?」

「仕込みが、早く上がったからよう」ポン助は、手ぬぐいをキリキリと巻き、

それでネジリ鉢巻を頭に結んだ。

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  ポン助たちは、すぐにおでんの支度を始めた。高杉と響子は、熱燗を一

本作ってもらい、それをゆっくりと呑みながらポン助達の仕事を眺めた。支

度ができると、高杉は玄信和尚も、屋台に来るように誘った。が、和尚は、

ようやく風邪が抜けた所で、もうしばらくは大事を取ると伝えてきた。それ

で、一真が、おでんを一皿奥へ持って行った。

  高杉と良安と響子は、燗酒をすすりながらおでんをつついた。一真は、

しっかり酒を飲みながら、何かと和尚の所へ足を運んでいる。それから、高

校生になった玄海が、久しぶりに寺に帰っていた。玄海は、彼等と一緒に

おでんを食べ、響子から宿題の分らない所を聞いていた。

 
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「うーん、お餅が少し足りないわねえ、」響子が言った。「もうないの、ポン

ちゃん?」

「おう...どうだい、P公?」ネジリ鉢巻をしたポン助が、P公を振り返った。

「うん...もう、ないよ、」

「あ...餅なら、持ってきます」玄海が、サッと立ち上がった。「どのぐらい

持ってきますか?」

「ざるに1つだ」良安が言った。

「はい!」

  ポン助は、一息つき、窓の外の雪に埋まった境内を眺めた。3月の半ば

になっても、境内はまだ厚い雪に埋まり、空からもチラチラと雪が舞い落ち

ている。

「やっぱり、田舎はいいよな...」

「ポンちゃんは、こういう所が似合っているわね」響子が、餅をひっくり返しな

がら言った。

「おう。懐かしいよな、」

「田舎には、田舎の苦労もあります」良安が杯を持ちながら言った。「人が

いれば、争いもあります。まあ、それが人の世というものですが...しか

し、つまらないことで、威張りたがる人がいましてね...まあ、それはそれ

で、人の世の面白さなのですが、それをひどく嫌う人もいましてね...」

「ふーん...」響子は、深くうなづいた。「全ては、同じ1つのものなのに

ね...」

「そう、言える人ばかりではないのです、」

「田舎には、大自然の摂理があるでしょう」高杉が言った。「都会には、そ

れが見えなくなってきています」

「ははあ...そうですか...21世紀は、大変な時代になりそうですねえ」

「ええ...戦争のような馬鹿なことは、もうあまりできないでしょう。しかし、

環境問題は人類にとってそれ以上の大きな課題になってきています。いっ

たい人類は、これ以上の人口増加経済発展を続けて行ってもいいものな

のかどうか...それから、人類文明が、巨大な単一社会に収束していくこ

が、はたしていいことなのかどうか。

  巨大な単一社会というのは、実は非常に脆弱だという側面を持つからで

す。HIV(エイズウイルス)エボラ出血熱の様なウイルスでも、文明全体の崩

壊が起こりうるからです。むろん、目に見えない危険性は、あらゆるレベル

で、いたるところに潜んでいるわけです」

「では、どうすればいいのです?」

「独立性の強い文明圏を、計画的に創出していくことかしら」響子が言っ

た。「例えば、19世紀の世界の様な」

「うーむ...」

「まあ、このあたりの方向性を、今のうちにしっかりと研究し、もっと強力に

打ち出していく必要がありますね。ともかく、人類の手によって、地球生命

圏から多様性がどんどん失われつつあります。これは非常に危険なことで

す。人類文明が、いっきに崩壊してしまう危険性も内包しています」

「うーむ...もう、そこまで来ていますか...」良安は、ゆっくりと息を吐き

出し、唇をかたく引き結んだ。

「21世紀に入って、世界的にある種の緊張感が緩んでいるような気がしま

すわ。そうじゃないでしょうか?」響子は、高杉の顔を見た。

「うむ。まさにその通りだ。特に日本は、政治的にも、経済的にも、文化的

にも、再構築が必要だ。ところが、これになかなか手がつかない。既得権

を持つ勢力が、それを手放そうとしないからです」

「なるほど。どうすればいいのでしょうか?」

「これから先は、“国民の直接行動”が起こってくると思いますね。もう、黙

ってはいられないでしょう」

「我慢の限界ということですね」響子が言った。

「我慢の限界というよりも、国家が潰れてしまう」

「うーむ...」良安は、長い溜息をついた。

  玄海が、竹のザルに餅を高く積み上げて戻ってきた。

                                       

  

                                                (2001. 4. 6)

  (4)“あなた”は居ない            


水の心”・・・“風の心”               

「響子です。

  さあ、季節はまた春が巡ってきました。清安寺のある鹿村も雪解けが進み、小川

のほとりには猫柳が顔を出して来ました。ガサッ、と雪の落ちた日当たりのいい水田

の土手には、フキノトウも見えます。鹿村にも、本格的な春がもうすぐやってきま

す...

  散歩が好きな私は、毎日、雪解けの始まった鹿村の水田地帯を歩き回っていま

す。本格的に雪解けの水が集まる頃になると、小川は水量も増え、深く速くなり、とて

も危険なのだそうです。でも、今はまだ小川は水量も少なく、長い雪のトンネルになっ

ています...」

                                                       

 

  小川が流れ込む大川まで出ると、川幅も広くなり、雪のトンネルもなかった。水量も

だいぶ多い。響子は、その川のほとりで、猫柳を見つめていた。陽光の中で、柔らか

な猫柳の小枝が、小さく風に震えている。彼女は、ボンヤリと、いつまでもその風に

震える猫柳の小枝を見つめていた...

  しかし、彼女は、ただ見つめているのではなかった。彼女は、“無心”で集中し、猫

柳の小枝を見ながら、禅定に入っていたのである....

  風に震える小枝に目を当ててはいたが、彼女はそこを見ていたのではなかった。

彼女の心は、風の心を見つめ、大地の心を見つめ、この世界の心を見つめていたの

である。そして、心が心を見つめ、ただそれそのものになりきり、“無心”になってい

た...

 

 大道無門........

         千差道あり........

 

  要するに、どのように禅定に入ろうとかまわない。ただ、彼女の場合は、そうした小

枝や木の葉が小さく揺れているのを、無心に見つめているのが好きなようだった。彼

女は、鹿村では自由な時間の中で、誰に束縛されることもなく、好きなだけこうした時

間を楽しんでいた...

  しばらくして、彼女は再び春の雪道を歩き出した。やがて、景色の開けた所で、今

度は川の広くなった浅瀬が見えて来た。水辺に、セリが生えている。命の輝く、緑の

陽光が反射し、美しかった。その緑の先の方は、ゆるいカーブを描き、さらに浅くなっ

ている...

 

  そのあたりは、微細に川面が反射し...光が柔らかに溶け...色彩と時間が溶溶

け...めくりめく“今の瞬間”が“永遠”に流れ込んでいく...

 

  彼女は再び“無心”に入っていた。この“無心”は、印象派の画家モネが、睡蓮

の連作の中に描きこんだ“今”と似ている、と思う...

 

  睡蓮...光...永遠の今...無心の今....

 

  彼女は、陽光の中で“無心”に目を細め、一歩一歩雪道を下った...歩くことが

命...歩くことが大地...歩くことが心...

  それから彼女は、浅瀬の水中に、美しい水草を見つけた。そして、それをジッと観

察していた。彼女は、今度はその水草の緑をしっかりと見つめながら、その緑の時間

の中に溶け込んでいった...

                                                       

 

「ええ...私は、先ほども言いましたように、野山を跋渉するのがとても好きです。そ

して、最近では、歩きながら数息観観(座禅の呼吸/ゆっくりと数を数える腹式呼吸)をやり、禅を究

ることを始めています。

  非常に気分のいい時や、気持ちの乗っている時は、今日のように風に揺れる猫柳

の小枝を見つめて、禅定に入ることができるようになりました。特に、今日などは、川

面の水の反射や、水中の水草の緑とも、一体になることができました。

  でも、いつもは、こんなにうまくは行きません。全く気分の乗らないこともしばしばあ

りますし...そう...それでも、少しづつ慣れてきているのかしら...このような禅

定というものに...最近は、そうした修行の成果を感じるようになってきた自分を、自

覚しています。

  高杉塾長は、このような中途半端もまた、“真”だと言います...うーん... 

あ、そうそう、高杉塾長は、最近私にこうアドバイスしていました...」

 

「ただ、風景を見ながら、野山を歩いてはいけない...それでは、単なる

画家の目でしかない...いいかね、歩行禅 においては、“大地の心”、

“水の心”、“風の心”、“空の心”、を見つめながら歩くぐらいがいい...そ

れが、入り口だ...その、目には見えない抽象を見つめ、それと一体とな

り、“禅定”に入って行くといい...

  道端に転がっている石ころを見つめ、その“小石の心”を見つめるの

だ...いいかね、それでどうなのだ、などと考える必要はない...その、

真の意味も、悟りの風景も、それはおのずと分かって来るものだから

だ...」

 

「塾長は、非常に親切に教えてくれたと思います...そして、塾長のこの言葉が、少

しづつ分ってきている、今日この頃です...」

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