プロローグ　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

　

「お久しぶりです。白石夏美です．．．この“人類文明の新しい形態”は､およそ１年

ぶりの掲載になるでしょうか．．．

　 ええ、高杉塾長､堀内さん、よろしくお願いします｣

「はい、」堀内秀雄が言った。「ええ．．．さっそくですが､高杉さん､いよいよ機が熟し

てきたということでしょうか？」

「そうですねえ。まさに、現在の日本においては､“景気対策”、“雇用創出”、“最先端

技術開発”、“国家及び社会の未来像を描く”という意味からも､是非とも検討して欲し

いビッグ・プロジェクトです。

　 これはまさに、“新世紀・日本列島改造論”の名にふさわしいものだと思います

ね。まあ．．．故・田中角栄首相が提唱した“日本列島改造論”とは、正反対の流れ

になるものですが､」

「なるほど．．．で、この資本投下は､全く無駄にならないということでしょうか？」

「はい。これは、国民への未来型都市の提供であり､日本の生態系の原始への回帰

のプロジェクトです。したがって、これは必ず､この国の貴重な財産となっていくもので

す｣

「なるほど。きわめて、意欲的なプロジェクトということですね､｣

「はい．．．まずは、この地球生態系における、人類の未来型都市のプロトタイプ（原

型、見本）を創出していくことになります。おそらくこの段階から､非常に多くのものを学び

取っていくことになると思います。

　 アポロ計画（月に人類を送り込んだ計画）や国際宇宙ステーション計画（現在進行中）よりも､よほ

ど地に足のついたものではないでしょうか。だから私は､あえてアメリカのルーズベル

ト大統領の、テネシー川総合開発計画（世界大恐慌の時に､アメリカのとった国策事業）をサブタイト

ルに入れたのです。そして､これが､やがて地球規模に展開していくことを願っていま

す」

「はい！むろん、私も大賛成です．．．で、プロトタイプ（原型）の規模､場所､スケールな

どは､何かお考えはあるのでしょうか？」

「まあ､私たちは経済学者でもないし､ゼネコンの社員を経験したわけでもありませ

ん。具体性という意味では､もっとも弱いところですね、」

「はっはっはっ、」堀内は、体を後ろに引いた。「それを言ったら、まさに何もないです

が．．．しかし、だからこそ、言えるのです。高杉さん､知り過ぎていては､何も動かん

ですよ｣

「まあ、同意見ですがね．．．」

　

《 人類と地球生態系のために残された時間は、　　

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　もうあとわずかです．．．》　　　

　 高杉は､テーブルの上のコードレス・マウスを取りった。それから、幾つかクリックを

打った。ミミちゃんとチーコちゃんが､パソコンの画像を、正面のプレゼンテーション・ス

クリーンに映し出した。大きな日本地図が出た．．．

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

「まあ、場所は､北海道でも、日本の中央部の長野県でも．．．あるいは海に面した地

域でもいいわけです．．．プロトタイプですから､人口もそれほど．．．｣

「あの、」と、白石夏美がいった。「その前にもう一度､人類文明をシフトする、“コンパ

クトな、高機能・地下都市空間”のメリットを確認しておきたいのですが､」

「ああ、そうだな．．．」高杉は言った。「じゃ、そっちの方を､｣

「はい。ええ、それでは、プレゼンテーション・スクリーンに重ねて表示します．．．｣

　 夏美は､日本地図の上に､文字情報を落としていった．．．

　

＜第１のメリット＞

　 地中は１年を通して、温度が非常に安定しています。これはいわば、冷

房と暖房のエネルギーがほとんどいらない、という事を意味しています。ま

た、昼の光は集光ミラーと光ファイバーで、地上から簡単に供給できます。

　 したがって、その他の電力も、太陽光や風力等の、クリーンエネルギー

で十分にカバーできるものと考えます。むろん、地下都市は、圧縮されたコ

ンパクトな高機能空間であり、こうした意味からも、エネルギー効率はきわ

めて良好になります．．．

　

＜第２のメリット＞

　 地下都市では、最初から車社会を想定していません。個人的機動力と

しては、自転車のレベルを想定しています。もちろん、人工都市ですから平

坦ですし、上下移動にはエレベーターを使います。また、一般的交通手段

としては、リニアモーターカーのようなものになるでしょうか。それと、輸送

チューブと、エネルギーチューブ．．．

　

＜第３のメリット＞

　 独立性の高い地下都市を想定すれば、人類社会の多様性が高まること

が期待されます。これは、人類という“種の安定”に、大きく寄与するものと

思われます。

　 人類社会はこれまで、交通や輸送、情報技術の発達で、巨大な単一社

会へ向かってきました。もちろん、現在もこの傾向にあります。しかし、これ

はある意味では非常に危険なことです。また、ある側面では、非常に脆弱

でもあります。例えば、

　

あらゆるレベルでの、バイオハザード、テロ、情報テロ．．．

あらゆるレベルでの、人類の構築した巨大システムの危機．．．

　

　 その他、あらゆる犯罪に対しても、則、人類社会全体の危機に直面して

しまいます。これは、決していいことではないでしょう。人類全体として、危

機を分散する基本システムを組み込んでおく必要があります．．．

　

＜第４のメリット＞

　 地下都市からは､何処からでも、直上に、広大な屋外スペースが隣接し

ています。これは、これまで以上に、大自然の原野が身近に迫ったことを

意味します。したがって、自然を大切にしつつ､より密接な関係を保つこと

が出来ます。

　

＜第５のメリット＞

　 １つのコンパクトな高機能／閉鎖空間とすることで､予想不可能な危機

に対し､かなり高度な対処が可能になります。物理的なもの､気象的なも

の､バイオハザード､その他の生物的なもの､天体現象等々．．．

　

＜第６のメリット＞

　 人類文明の展開可能なスペースは､宇宙空間や海底にもあります。そう

した中で､何故、地下都市空間なのか？

　 それは、宇宙コロニーや、海底都市では、開発に時間がかかり過ぎると

いうことです。また、生物学的にも技術的にも、まだ不確実な要素が多く残

っています。しかも、数十億という人口を、安全に、確実に、速やかにシフト

できるのは、巨大な地下都市空間以外にはないのです。

　

　 人類と、地球生態系のために残された時間は、もうあとわずかです。こ

の時機を逸すれば、地球生態系は急速に崩れ始め、縮小と衰退に向かっ

て行きます．．．

　

「．．．以上です」夏美が言った。「ええと．．．それでは､プロローグは、これで終了と

いう事でよろしいでしょうか？」

「はい」堀内が言った。

「それじゃ､ミミちゃん､チーコちゃん､小休止よ｣

「うん！」

「はーい！」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

　

　                                                　高台、人工的高台