Menu環境.資源.未来工学環境・生態系(海洋研究所)メタンハイドレート/ハイドレートの発見
    wpeC.jpg (50407 バイト)    メタンハイドレートの発見   

          21世紀の豊富な資源か・・・・・地球温暖化の元凶か? 

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 トップページHot SpotMenu最新のアップロード            担当 : 堀内 秀雄  /白石 夏美

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プロローグ   2000.3.17
No.1 <1>メタンハイドレートの構造 2000.3.17
No.2     メタンハイドレート層の分析 2000.3.31
No.3 <2> 大規模なメタン放出と気象変動  <対話形式> 2000.4.14
No.4 <3> エネルギー資源としてのメタンハイドレート 2000.4.22
ミミちゃんガイド     フラーレンの入れ子構造  2000.3.31

 

    

    参考文献:  

                            日経サイエンス 2000年3月号                                      

               深海底の“燃える氷”メタンハイドレート   

                                       E..シュース/G.ボーマン/J.グレイナート/E.ローシュ

                                       (ドイツ・クリスチャン・アルブレヒト大学海洋地球科学研究センター)

                        資源開発の道を模索する日本

                                            中島林彦(編集部)

            東京新聞 2000年1月29日                                        

               海底天然ガス「メタンハイドレート」

                     

 

  プロローグ              

 

 メタンハイドレート とは、“ 大量のメタンを内包した氷 ”です。

 

  最近、海底に眠るメタンハイドレートが脚光を浴び始めています。人類がこの海底

のメタンハイドレートに気付いたのは、1970年代だといわれます。しかし、その最初

のサンプルが深海底から採取されたのは、わずか数年前の1996年です。それ以

降、この深海底に眠るメタンハイドレートの実態が急速に明らかになってきています。

 

  まず、このメタンハイドレートの総量が、膨大なものだということが分かってきまし

た。専門家によれば、既知の全地球における天然ガス、石油、石炭の総埋蔵量の、

2倍以上(炭素換算)といわれます。したがって、もしこの深海底のメタンハイドレートの

採掘技術が確立すれば、人類は新たな燃料供給源を確保することになります。もっ

とも、これ以上化石燃料を燃やすことの是非、温室効果ガス騒ぎの真偽について

は、別問題となります。

 

   一方、海洋調査が進むにつれて、このメタンハイドレートにはもう一つの厄介な側

面があることが分かってきました。それは、この深海底に眠るメタンハイドレートは、

かなり不安定なものだということです。

  最初に記したように、このメタンハイドレートは“大量のメタンを内包した氷”のこと

ですが、これは周囲の温度が氷点よりも数度上がるだけで不安定になります。また、

水深約500m相当の圧力より低くなった場合、これも不安定になるのです。さらに、

この程度の不安定の発現は、自然サイクルのメカニズムの中で、容易に起こりうると

いうことです。これは、大自然の中で大量のメタンガスが、海水を通って大気中に放

出されてきたことを意味するわけです。

 

  さて、ここで大問題が浮上してきます。問題は 、まさに大気中に放出される、大量

のメタンガスです。この炭素原子1個、水素原子4個からなるメタンガス分子(CH4

は、大気中の自由酸素と結合し、二酸化炭素になってしまうということです。そして、

この二酸化炭素こそ、まさに現代文明が最大の課題としている温室効果ガスそのも

のなのです。海底の地すべりや地殻変動などで、大量のメタンハイドレートが不安定

になった場合、地球規模の気象変動にまで影響を与えることが予想されます。事

実、過去の大規模な海底の地すべりが、地球の温暖化に大きく寄与したことが証明

されつつあるようです。

 

「こうした深海底のメタンハイドレートが大規模に動いた場合、人類文明が

規制する二酸化炭素排出規制は、どのように位置付けられるのでしょう

か...無論、これ以上の地球環境の破壊は、許されるはずもないのです

が...」

 

「私は、このメタンハイドレートは、地球生命圏の巨大な恒常性メカニズム

の一つではないかと考えています。つまり、単なるメタンガスの収納と放出

というレベルを超えた、地球生命圏としての意思と方向があるのではない

かと...無論、これは、科学者ではない者の、かって気ままな想像です

が...

  それにしても、生物体は、生存していくための“個体”としての戦術を持

ちますが、同時に“種”として繁栄していくための戦略を持ちます。そして、

その上位には“生態系”として、さらにその上位には“生命圏”としての安

定性と進化の大戦略があるものと思います。私たち人間のレベルからは、

上位レベルの大戦略はなかなか見えにくいものがありますが、広く地球の

深海底に眠る膨大な量のメタンハイグレートは、その一端を覗かせている

のではないでしょうか...つまり、ダイナミックに変動する、生きている地

球生命圏としての一端です...」

                house5.114.2.jpg (1340 バイト)  < 担当: 堀内 秀雄 /談 >    wpe74.jpg (13742 バイト)

 

  いずれにせよ、地球規模でのメタンハイドレートの研究はまだ始まったばかりであ

り、確実なことの言える段階ではないようです。また、エネルギー資源としての開発

は、日本が最も熱心といわれますが、これも深海底の底をさらに数百メートルから数

キロメートルも掘削するもので、かなりの困難が予想されます。このあたりのことは、

最終章でレポートします。

 

 

<1> メタンハイドレートの構造    

 

   メタン分子(CH4)は、1個の炭素と4個の水素原子で構成されています。ここか

ら炭素原子()が剥ぎ取られ、大気中の自由酸素()と結合し、二酸化炭素

CO)ができるわけです。この二酸化炭素が、あの悪名高い温室効果ガスです。

  

  それから、メタンハイドレートは、“大量のメタンを内包した氷”と言いましたが、こ

れは凍った水分子でできた結晶の“かご”中に、メタン分子が捕捉された状態にあり

ます。

  この不思議な“氷の結晶”については、深海底のメタンハイドレートが問題になる

以前に、ガス・パイプラインや石油・パイプラインの目詰まり現象、“ガスハイドレート”

としてよく知られていたようです。そしてこの種の研究から、ある種のガスハイドレート

は、凍った水分子の“かご”のような結晶構造をしていて、その中にメタン、二酸化炭

素、硫化水素等の小さなガス分子を閉じ込めることが分かっていました。つまり、そ

のカゴのような氷の結晶の中に、メタンが閉じ込められたのがメタンハイドレートだっ

たのです。

 

 

<研究の推移>                          

 

   1930年代 ... パイプラインで、ガスハイドレートが見つかる。

   1960年代 ... 永久凍土の中で、天然のガスハイドレート堆積層が見つか

             る。             

   1970年代 ... メタンハイドレート層が、深海底の地下数百メートルに存在

             することを予測。

               この時の音波探査の状況が、海底下にさらにもう一つの海

             底があるような反射を示したことから、これを“海底疑似反射

             面”と呼びます。この疑似反射面は、上にメタンハイドレート層

             があり、下側にはメタンガスの層があります。つまり、この層の

             境界が特異な反射面となり、メタンハイドレート層の確認が可

             能になったわけです。             

               以後、この“海底疑似反射面”は、世界各地の海域で発見さ

             れ、メタンハイドレートの膨大な総量が計測されました。

   1996年7月12日 ...

               北米オレゴン州の沖約100キロメートルの深海底から、メタ

             ンハイドレートのサンプルを採取。本格的な研究が始まる。

         

<サンプルの分析>                   

  

   さて、この膨大な量のメタンハイドレート(炭素換算で、既知の石油・石炭・天然ガスの総量の2倍以

上)は、一体何に由来しているのでしょうか。結論から言えば、このメタンは海底堆積

物中の有機物(生物・生物の屍骸/炭素原子を含む)を、微生物が分解することによって生成さ

れました。では、サンプルの分析から、このメタンが有機物に由来していると何故分

かるのでしょうか。それは、炭素12(陽子6個と中性子6個/普通の炭素原子で、自然界の大部分を占め

る)と、その同位体である炭素13(中性子が、普通の炭素原子より1個多い)の比率“炭素の同位

対比”で分かります。

 

  一般的に、海底火山などから出てくる“無機的なメタン”は、炭素13が占める割合が

普通より高いといいます。一方、有機物などを分解する際に生じる“有機的なメタン”は、

炭素13が少なく、自然界の大部分を占める炭素12の割合が高いといいます。

 

 

                                                                                                         ( 2000.3.31 )

メタンハイドレート層の分析>                 

 

   メタンハイドレート層は、海底に露出している例もあるようですが、一般的には深海

底のさらに地下数百メートルあたりにある、海底疑似反射面”の上側にあるようで

す。そして、この“海底疑似反射面”の下側には、メタンガス層があります。したがっ

て、この地中の密度や特性の変化が境界面となり、探査する音波がまるで海底がも

うひとつあるように反射するといいます。

  また、このメタンハイドレートは、層状や塊状などさまざまな形態で観測されます

が、かなり不安定なものと言われます。いずれにしても、この深海底のメタンハイドレ

ート層は、世界の海に広く分布し、総量も膨大なもののため、本格的な研究はこれか

らということになります。しかし、その特性というものも、少しづつ明らかになって

いますので、ここでいくらかその概略を述べてみます。

 

  まず、よく知られているように、大きな陸地付近の海は大陸棚呼ばれ、比較的浅い

平坦な海底が広がっています。そして、その大陸棚の先の方は大陸斜面と呼ばれ、

いっきに太洋低(海洋の主要部を構成する深海底)まで落ち込んでいます。つまり、水深百数十

メートルの大陸棚の海底が、急に数キロメートルの深さにまで落ち込んでいるわけで

す。そして、メタンハイドレートは、どうやらこの大陸斜面のふもとに形成される傾向

があるといわれます。つまり、急に深くなった太洋底の付け根です。しかも、その海

底のさらに地下数百メートルの領域に蓄積しているようです。エネルギー資源として

の開発が難しいと言われる理由も、まさにここにあるわけです。

 

  ところで、1996年に北米オレゴン州の沖約100キロメートルの深海底で、最初の

メタンハイドレートのサンプルが採取されました。そしてこの場所は、ずばり“ハイドレ

ート海嶺”と名づけられました。詳しいことはよく分かりませんが、周囲の海底は、延

べ数百uにわたり、ハイドレート層で覆われていることが確認されたといいます。

                     (ここでは、ライトに照らされた、海底にむき出しの白い氷が撮影されています。

                      最初のサンプルは、メタンを内包するこの白い氷を削り取ってきたものです。)

   このハイドレート海嶺は、“ファン・デ・フーカプレート”と呼ばれる巨大なプレートの

上に載る形になっています。そしてこのプレートは、年間4.5cmの速度で非常にゆっ

くりと東へ移動し、北米大陸の下に沈みこんでいます。したがって、上に載っている

ハイドレート層は剥ぎ取られ、北米大陸の大陸斜面のふもとに押し付けられ、そこに

堆積していくことになります。むろん、そこに押し付けられるのは堆積層そのものであ

り、激しく褶曲した海嶺が形成されるわけです。

 

 

メタンハイドレート層の形成過程>                 

 

  メタンハイドレートの深海底からの最初のサンプルは、このハイドレート海嶺で、

深785mの泥の中から採取されたといいます。また、暗黒の冷たい深海底の底で、

それはライトに照らされて白い斑点のように見えたといいます。

 繰り返しになりますが、メタンハイドレートは、水圧が500m以下になると不安定に

なります。また、周囲の温度が氷点よりも数度上がると不安定になります。つまり、ガ

スとしては水圧が、氷としては氷点が絡んでくるのでしょうか。したがって、サンプル

を引き上げてくる時は、それは急速に失われることになります。ドイツの海洋調査船

“ゾンネ”が、この最初のサンプルを特別容器に回収できたのはごくわずかでした。

 

  さあ、それにしても、なぜ深海底にこのような大量のメタンが蓄積されたのでしょうか。また、それ

は生態系やグローバルな地球環境に、どのような影響を与えてきたのでしょうか...

 

  まず、前にも述べましたように、このメタンは海底堆積物中の有機物を、微生物が

分解することによって生成されました。これは“炭素の同位対比/炭素12と炭素13の比率

からも、このメタンのルーツが、海底堆積物中の有機物であることが確認されていま

す。

  現在の海洋を見ても、生物や微生物の量はかなりなものですが、それが何十億年

も降り積もれば、その堆積物というのは相当な厚さになるわけです。そうした場所で

発生したメタンガスは、次第に上昇していき、海底表層の密度の高い泥の層の下側

に蓄積すると言います。そして、このあたりの凍りそうな水と、高い水圧のもとで相互

作用し、ハイドレート層が形成されるということです...

 

  いずれにしても、本格的な研究開発は、これからになります...

 

 

メタンの大気中への散逸 ・・・・・>                 

 

  “ハイドレート海嶺”のような暗黒の深海底では、いったいどのような風景が展開し

ているのでしょうか。まず、ガスや水が湧き出している場所では、“チムニー”が見ら

れるといいます。これは、湧き出したガスや水の中に含まれる鉱物が、周囲に沈殿

し、長い年月のうちに煙突のような形になったものをいいます。こうしたチムニーは、

プレートが沈み込む海嶺で見られますが、プレートが生み出される太洋中央海嶺(大西

洋の中央部、太平洋やインド洋を走る長大な海嶺)でも見られるようです。

  ただ、ハイドレート層のある海域では冷湧水のようですが、プレートが生み出され

ている太洋中央海嶺では、高温の熱水が噴き出している所もあります。黒い鉱物を噴

き出しているものは、ブラックスモーカーなどとも呼ばれ、しばしば雑誌などで見かけ

ることがあります。

 

  冷湧水にしろ熱水にしろ、こうしたチムニーの周囲には、微生物がたくさん集まっ

てきていて、コロニーを形成しています。彼らは、こうした所で発生している化学反応

エネルギーを利用して生息しているのです。また、ブラックスモーカー近くの熱水は

350℃にも達しますが、そうした付近でも好熱菌の古細菌が生息しています。そし

て、さらにそれらを餌としている生物種も集まってきて、太陽光を必要としない、独立

した生態系を形成しているようです。

                ( 非常に興味深い話ですが、これは別の機会に譲ることにします。)

 

  さて、冷湧水の湧き出している口を、冷湧水孔といいます。この冷湧水が下の方

から湧き出してくる過程で、ハイドレート層の下部に達し、わずかな熱量の影響で、

メタンガスを作るといいます。つまり、下から上がってきたこの冷たい湧き水が、

メタンハイドレートの下部を解かすわけです。

  この時、塩水でなく真水になるのは、ハイドレートは塩類を含まないからです。そし

て、これらは上の方へ行き、再び冷やされてハイドレートになります。このメカニズム

は、プレートの沈み込み領域においては、ハイドレート層は上方へ移動することを示

しています。

 

  こうした過程で、メタンガスは少しづつ冷湧水孔から外へ散逸して行きます。しか

し、こうしたメタンは酸化によって重炭酸となり、これが海水中のカルシウムイオンと

結びつくと炭酸カルシウム(石灰岩)になります。したがって、冷湧水孔の周囲や内

壁は、こうした石灰岩で覆われることになります。つまり、ここから漏れてくるメタン

は、微生物が形成するコロニーのエネルギー源になったり、石灰岩のもとになったり

しているわけです。

  しかし、こうしたメカニズムが働いているにもかかわらず、相当量のメタンが海水中

に溶け出していると言われます。また、海水中に溶け出しているメタンの、どのぐらい

の割合が大気中に散逸しているのか...これは、まだ十分には把握されていな

いと言います。

 

  しかし、大気中へ放出されるメタンは、あの悪名高い温室効果ガス、CO(二酸化炭素)

になるわけであり、人類にとってはいかにも気にかかるポイントです。

 

  一方、オホーツク海のサハリン沖で見つかっているハイドレート層からは、大量の

メタンが大気中に放出されている兆候が見られます。これは、海中で酸化されなかっ

たメタンが、多数の気泡となって海面へ上昇していくもので、“メタンプルーム”と呼ば

れています。オホーツク海で見つかったメタンプルームは、高さ500メートルにも達

し、まるで柱のように立ち上っていると言います。これもまた、大気中の酸素と結合し

COに変わり、温室効果ガスとして作用していくわけです。

    

  

 

 <2> 大規模なメタン放出と気象変動   (2000.4.14)

 

 index.1102.1.jpg (3137 バイト) wpe89.jpg (15483 バイト) house5.114.2.jpg (1340 バイト)  < 対話形式 > wpe74.jpg (13742 バイト)

    (白石 夏美) (ミミちゃん)                           (堀内 秀雄)

***********************************************************************************

 

「さあ、第2章/“大規模なメタン放出と気象変動”は、わたし白石夏美と堀内秀雄、

そしてミミちゃんの対話形式で進めて行きます。

  私達の対話形式は、すでに放送大学の方で行っていますので、これは2回目に

なります。ア、それから放送大学の方は、しばらく休止します。それじゃ、ミミちゃん、

小休止にお茶の用意をお願いね」

「うん!コーヒーでいいの?」

「そう、今日はコーヒーをね」

    house5.114.2.jpg (1340 バイト)   house5.114.2.jpg (1340 バイト)   house5.114.2.jpg (1340 バイト)

 

<ストレッガ海底地滑り>       

 

「さてと...」堀内は、タン、とパソコンのキーボードを叩いた。「準備はいいかね、夏

美君?」

「はい」

  21インチのディスプレイ上に、メルカトル図法の世界地図が呼び出されてきた。世

界の海洋における、メタンハイドレート層の分布が表示してある。

「これによると...ハイドレート層は、プレートの沈み込み領域に集中しているのが分

かるだろう(マントル対流によるプレートの沈み込み領域)...まず、北米大陸の西海岸と東海岸に

ある。そして北太平洋からオホーツク海にも確認されている。また、日本近海にも多

い。それから北欧のノルウェーの近海。それからもう1つ、陸上の永久凍土層だ。こっ

ちの方は、埋蔵場所としては、シベリアのこのあたり...そして、アラスカだ」

「あの、堀内さん、」夏美が、ディスプレイに指を近づけて言った。「どうして、シベリア

とアラスカだけなのかしら?」

「それは、メタンハイドレートはだからだ。つまり、永久凍土の地域でないと解けて

しまうだろう」

「あ、そうか...」

石油やガスのパイプラインでは、ガスハイドレートが出来るのは古くから知られてい

た。そうしたガスの1つ、メタンのハイドレートが、今問題になっているわけだ。永久

凍土では、氷点が重要なのだろう。しかし、深海底では、は水深500mの水圧と氷

点が絡んでいる。うーむ...パイプライン、永久凍土、深海底...こうした所で、メタ

ンハイドレートが確認されているわけだ。それぞれ条件が違うが、いずれも氷が保持

できるというところが共通点かも知れんな...

「はい...」

「さて、本題に入ろう。前章の最後に、オホーツク海の“メタンプルーム”について話し

た。しかし、この大量のメタン放出でさえも、自然界のサイクルの中ではごくおとなし

い部類に入るだろう。

  例えば...あのハイドレート海嶺で、地滑りが起こったらどうなるか。あのハイドレ

ート層は一気に解け出し、結果的に大気中へ大量のメタンを放出することになる。そ

して、それは前章でも説明したように、温室効果ガスの二酸化炭素 CO に変わ

る。つまり、こうしたことは自然界ではごく簡単に起こりうるということだ」 

                     (メタンガス自体も、二酸化炭素の10倍から20倍もの温室効果能力を持っています。)

「つまり、それぐらいダイナミックだと言うことでしょうか?」

「まさに、そのとおりだ...さて、1998年の夏のことだ。モスクワのシルショフ海洋

研究所の研究グループが、ノルウェー西岸沖の深海底に、不安定なハイドレート層

があることを発見した。そして、これがどうやら、“ストレッガ海底地滑り”の引き金に

なった地点ではないかと考えるようになった」

「どういうことでしょうか?」

「この“ストレッガ海底地滑り”というのは、地質学的な大事件として、特に有名らし

い。ところが、これがどうやら、大陸斜面のハイドレート層の不安定化がその引き金

になったらしいということが分かってきた。

  これが起きたのは約8000年前。約5600k㎥もの海底堆積物が、大陸棚から太

洋低にズレ落ちたと言われる。その移動距離は、実に約800kmにも及ぶ。つまり、

巨大な海底地滑りだ...」

「ふーん...」

「これは、巨大な津波を引き起こしたと考えられる。それが、ノルウェー沿岸などを襲

ったのだろう」

「8000年前だと、人類は居たでしょうね、もちろん」

「ああ。最終氷期の終わりだ...その最後の氷河期の間、スカンディナビア半島は、

厚い氷河に覆われていた。しかし、やがてそれが終わり、氷河が後退していった。半

島とその周辺の海低域は、膨大な氷河の重量から開放されていったわけだ。する

と、次に大きな隆起が起こったと考えられる。海も隆起して浅くなり、ますます海底は

暖められていった...」

「はい、」

「すると、つぎに何が起ったか...どうもハイドレート層の融解が起こったのではない

かと言うわけだ。つまり、それが、“ストレッガ海底地滑り”を引き起こしたと考えられ

るわけだ。一方、ハイドレート層の融解が起こったわけだから、大量のメタンが海中

に放出されたことになる。そして、その何割かは大気中に出て、温室効果ガスになっ

た。そこで、地球はますます温暖化が進んだというシナリオだ」

  堀内は、右手でキーボードを操作し、データを表示した。

「いいかね、夏美君...問題は、大陸斜面のハイドレート層だ...

  夏美は、コクリとうなづいた。

「これは、大陸斜面という海底構造を、きわめて不安定にする要因になっているかも

しれん。ま、今後の重要な研究課題になるだろう。しかも、そこからハイドレートを資

源として採取するとなれば、それはかなり危険なものとなる」

「きわどい問題になりますね、」

「うむ。危険な場所は、当然避けなければなるまい。が、ハイドレート海嶺の写真のよ

うに、露出している部分は、さほど問題はないだろう。ま、いずれにしても、深海底で

の作業は、かなり危険なものになる」

「ここに資料があるのですが...ええと、1㎥のメタンハイドレートは164㎥のメタン

になるとあります...」

「ほう...しかし、メタンハイドレートは、普通は雪が降り積もったように、純粋な白い

層や塊で存在しているわけではないようだ。それは泥層の中に、数%といった程度

に含有されているもののようだ。今年、日本の天竜川沖の試掘リグで回収されたも

のは、含有率20%と言われ、きわめて高濃度なものだったと聞いている」

「でも、北米のオレゴン沖の調査では、冷蔵庫ほどの大きさのメタンハイドレートが、

海面へ浮上して来るのを目撃したといっています。これは偶然なのでしょうか?」

「それは、聞いたことがある。つまり、その程度にしか、我々にはまだ知識がないと

いうことなのかもしれん。しかし、たまたまにしろ、そうしたものが目撃されたというこ

とは、かなりの頻繁にあるのかも知れんな。そうした形で、メタンが大気中に直接放

出されるケースも...

  ちなみにメタン(CH4)も温室効果ガスで、その能力は、二酸化炭素(COの10

〜20倍も高いといわれる」

「うーん...大気中のメタン濃度ですか、」

「ともかく、問題は相当に複雑なようだ。二酸化炭素やメタンは、海水中にも溶け込ん

でいるわけだし、そうした総量を動的に把握するとなると大変だ」

 

   Tea Time              

 

  wpe89.jpg (15483 バイト)      house5.114.2.jpg (1340 バイト)        

「コーヒーが入りました」ミミちゃんが、コーヒーを二人分ワゴンに乗せて押

してきた。

「ありがとう、ミミちゃん」夏美が、肩を回して言った。「ミミちゃんは飲まない

の?」

「うん。あの、堀内さん、聞いてもいいかしら?」

「おう、いいとも。何かね、ミミちゃん?」堀内は、コーヒーカップを取り上

げ、ミミちゃんの方に体を寄せた。

「炭素をどんどん燃やしちゃって、地球から炭素がなくなってしまわないん

ですか?」

「うむ、面白い質問だ。いいかね、ミミちゃん...燃やすということは、酸化

することなんだ。酸化するとは、別な言い方をすれば、化学的に酸素の原

子がくっつくことなんだ」

「...」

「うーむ...簡単にいえば、それはもちろん燃えることだ。が、鉄が錆びる

のも、実は酸化なんだ。これは燃えたり爆発したりするようなものではなく、

非常にゆっくりとした酸化なんだ。燃えて急速に酸化するのよりも、速度が

ゆっくりなわけだ」

「うん!」ミミちゃんはうなづいた。

「これは化学反応式で書けば、が結びつき、COになる。この間に

熱が発生したり色々あるが、簡単にいってしまえば、こういうことだ。つま

り、炭素()はどこへもいったりはしていないだろう」

「うん!」

「通常、こうした原子というものは、他の原子や素粒子に分解することはな

い。様々な化合物の形をとって変遷していくが、それそのものはかなり安

定していて、変わらないんだ」

「うん...」

「もちろん、壊れやすい原子もあるし、どんな原子も素粒子に分解すること

はできる。が、これは素粒子論やクォーク理論の話になる」

「...」

「あの、堀内さん、」夏美が言った。「前から思っていたのですが、クォーク

よりも小さくは分解できないんですか?」

「まあ、今の所はその予定だ。しかし、先のことは、はっきりとは断定はで

きない。その昔、原子が最小の単位と考えられていた。それが、実は原子

は、電子と陽子と中性子で構成されていることが分かってきたわけだ。とこ

ろがだ、今度はその陽子と中性子が、アップクォークとダウンクォークから

構成されていることが分かってきた。つまり、ここで打ち切りという保証は

何処にもないわけだ」

「そうかあ...そういうことね...」夏美はコーヒーカップを口に当てた。

「さ、話を戻そう。ミミちゃん、さっきも言ったように、炭素原子は様々な形を

とって、この地球の中で循環している。とくに、この地球表層の生態系の中

では、炭素は最も重要な原子といっていい。それは何故かと言うと、生命

体の最も基礎をなしている原子だからだ。こうした、生命体を形成している

炭素原子を含んだ物質を、有機物というんだ。

  さて、この炭素の化合物だか...炭素は、有機物である生命体を構成

すると言った。しかし、もう一方、有機物を構成しない炭素化合物もある。

これを、有機物に対して、無機物という。例えば、炭酸ガスやメタンも、こう

した無機物の炭素化合物になるわけだ。

  そして、ここで面白いのは、無機物の炭酸ガスも、有機物である植物が

それを吸収して炭酸同化作用をすることだ。しかも、そこで炭素を剥ぎ取ら

れた酸素分子、まさに々が呼吸する。また、我々の呼吸によって二酸

化炭素が排出され、それを植物が再び炭酸同化作用をするわけだ。  

  それでは、酸素()を呼吸する我々は、何処で炭素()を手に入れ、

二酸化炭素(CO)にして排出しているのか...それは食料として取り入

れた、有機物の中の炭素だ。分かるか?」

「うん...他の原子もそうなんですか?」ミミちゃんが聞いた。

「うむ。そういうことだ...酸素もそうだし、水素もそうだ。鉄やカルシウム

だってそうだ」

「うん!」

「このような、計測できないほどの膨大な量の原子が、有機物と無機物の

中を流れて行く。化学反応し、熱量を放出し、変遷していく。そうやって、糸

が布を織るようにストーリイが形成されていく。その縦横に張りめぐらされ

た膨大な糸からなる布模様の1つが、私やミミちゃんや夏美さんというわけ

だ。つまり、我々は、生態系の中で、有機物と無機物の大地にしっかりと

織り込まれた存在なのだ。この生態系を離れては、我々は存続できない。

分かるかね?」

「...」ミミちゃんは、黙ってまっすぐに堀内を見ていた。

「素粒子とは、広がりをもたない1つの点だが、それを四次元の時空間の

中で眺めると、それは四次元世界線という概念になる。たとえば、1個の

炭素を、ずっと時間を追って眺めていくと分かりやすい。まず、食物となって

私の口に入り、二酸化炭素となって吐き出され、次は大気中に出て風に乗

って海の上に出る。それから海水に溶け込み、ブランクトンを形成し...と

いった具合にだ。

  このような全ての素粒子の世界線が、三次元空間で立体的な意味のあ

る布模様を織り込んでいる。世界線で織り込まれた布は、世界面となり、

世界面が時間軸に引き伸ばされたものは世界体積になる。つまり、原子

や素粒子の立場から眺めれば、世界とはこんな風に見えるのかもしれんと

いうことだ」

「それじゃあ、命とはいったい何なのかしら?」夏美が言った。

「いずれにしても、命というものは、有機物だけで構成されているのではな

い。有機物と無機物の世界糸が、生態系の中にストーリイの布模様を深く

織り込んでいる...このようなものから、生物体だけを分離することは不

可能なのだ...つまり、そうした布模様全体が、命というプロセス性の風

景だということだ。まあ、言葉が正確かどうかはともかく、このような見方も

あるということは覚えていてほしい」

「そう言われてもねえ...」夏美がつぶやいた。「でも、分かるような気もす

る...」

「一度に全部を理解しなくてもいい。今は、頭の隅に入れておくだけで十分

だ」

  ミミちゃんも、分ってか分からずか、黙ってコクリとうなづいた。

「ちょっと話が難しくなってしまったが、重要なポイントだったのでね...」

「はい、」

 house5.114.2.jpg (1340 バイト)

 

<メタン噴出と地球の温暖化>       

 

「さて、話を進めよう...」堀内は、空になったコーヒーカップをワゴンに戻して言っ

た。

「はい...」夏美も、コーヒーを飲み干した。カップをミミちゃんに渡した。

「まず、多くの専門家は、ハイドレート層から放出されたメタンが、地球規模の気候変

動に大きな影響を与えてきたことは、ほぼ間違いないと考えているようだ」

「...メタンの大放出は、何故起こるのかしら?」

「うむ。それは重要なポイントだ。何が引き金で、破滅的なメタンの大放出に至ったの

か...」

緩やかな気候の温暖化が、ある臨界点に達し、一気にハイドレート層にインパクトを

与えたということは?

「ああ、」堀内はうなづいた。「もっともらしい推理だ。むろん、そう考えている専門家も

多いだろう。しかし、本当にそれだけなのかな。こうした安易に整合性のとれた推理

は、大概より複雑なものへ深化していくものだ。ま、いずれにしても、さらに研究が進

んでいけば分かってくるだろう。バレンツ海を出してくれ」

「はい、」夏美は、両手でキーボードをすばやく叩いた。パソコンに、スカンディナビア

半島と、その周辺海域が表示された。

「さて...このノルウェー西岸沖の深海底に、“ストレッガ海底地滑り”というのが見ら

れると言った。が、実は、ノルウェー北東端のバレンツ海でも、メタンの大放出らしい

痕跡が幾つも発見されている」

「バレンツ海...この辺りね」夏美は、マウスでそこをクリックした。

「ここでもハイドレート層が確認されている。が、驚くべきことに、その近くにクレーター

のような巨大なへこみが幾つもあったという。最大のものは、直径700m、深さ30m

という」

「ハイドレート層が大崩壊した後なのでしょうか?」

「うむ。ま、どのような時間スケールで起こったかは、今後の研究課題のようだ。が、

どうやら1万5000年前の、最終氷期の急激な温暖化の引き金になったのではない

かと考えられている」

<地質年代・5500万年前の生物大絶滅>            wpe74.jpg (13742 バイト)

 

「5500万年前といえば、地質年代でいう新生代だ。その古第三紀暁新世(ぎょうしんせ

い)...この時に起こったメタンの大放出は、ちょうど現代文明が吐き出している二酸

化炭素COの量的速度に匹敵するといわれる。したがって、このイベントは参考

になる」

「5500万年というと、1億年の半分ね...」夏美は、椅子に載って聞いているミミち

ゃんに言った。

「うん」ミミちゃんが答えた。

「この時...深海を熱波が襲った。水温は、一気に6℃も上昇したといわれる。大量

の有孔虫が死んだ...それにしても、我々が参考にしたいのは、この急激な温暖化

が、どのように収束したかということだ。まさに、現在の温暖化の暴走を止める手立

てだからな」

「そうですね、」

「ま、8億年から6億年前にかけて起こった地球の“全球凍結”もそうだ。が、なぜか

急激な寒冷化と温暖化が繰り返している。そしてこの後、“カンブリア紀の生物爆発”

が起こっている。もっとも、この前に生物種の大量絶滅があった。実に、全生物種の

、80%の種が死滅してしまった。したがって、ここが地質年代の大きな境目になるわ

けだ。前は、先カンブリア時代。そして後は、古生代カンブリア紀...

  研究者たちは、あまりにも多くの種が死に絶えてしまったので、この時代をあえて

愛情をこめ、“大量絶滅の母”と呼んでいるそうだ。“母”とは、この大量絶滅によっ

、“カンブリア紀の生物爆発”が起こったからだ。これによって、地球生命圏の風景

はガラリと一変してしまう。三葉虫が生まれたのも、まさにこの時代だ...さて、話

が少しそれてきたので、このぐらいにしておくかな」

 

「はい。ええと、次は最終章で、“エネルギー資源としてのメタンハイドレート”です。

どうぞ、ご期待ください」

 

 

                                                        (2000.4.22)

 <3>エネルギー資源としてのメタンハイドレート 

                          最先端・日本の技術開発

      index.1102.1.jpg (3137 バイト)    <対話形式>   wpe74.jpg (13742 バイト)

 

  1999年11月/ 静岡県御前崎/ 南西約60km沖.....    

  その太平洋上で、世界最大級の深海掘削リグ M.G. ヒューム Jr.が掘削作業

を開始しました。これにより、通産省による本格的なハイドレート層の調査が始まり

ました。同省の地質調査所、資源環境技術総合研究所などがこのプロジェクトに取

り組んでいます。

 

<日本周辺海域の資源状況...>

「さて、まず、このプロジェクトの概要から説明するかね...」堀内は、体を伸ばし、机

に両手を置いた。

「この、深海掘削リグ“M.G.ヒューム Jr.”と言うのは、日本のものではないのかし

ら?」夏美が、ボールペンでディスプレイを指した。

「名前からすれば、そうらしいな...これは、海上の高さが約75メートル、基準排水

量2万4000トンの構造物だ。要するに、この巨大な海に浮かぶヤグラから、深海底

の地下をボーリングするわけだ。これそのものはユラユラと不安定だが、パイプが海

底に突き刺されば、かなりの安定が得られる...

  それにはまず、先端に岩を砕く頑丈な刃をつけた鋼管を、水深約1000mの海底

まで下ろす。それから、海底下を2000メートルまで掘削する...

  ちなみに、この辺りの海底疑似反射面は300mほどのようだ。つまり、このすぐ上

ハイドレート層だ。そして、この直下がメタンガス層だが、その更にずっと下の方ま

で調査するようだ。ま、この調査は資源探査と同時に、かなり学術的な調査の色合

いもあるようだ。いずれ、資源として開発するにしても、全体構造がよく分からないの

では困るからな、」

「はい。それというのは、大陸斜面や海底下の、構造上の問題も研究しているという

ことでしょうか?」

「うむ。おそらく、そういうことだろう。いずれにしても、石油や天然ガス資源の乏しい

日本にとっては、200カイリ経済水域圏内に存在する極めて有望な資源だ。量的に

も相当あるようだ」

「どのぐらいあるのでしょうか?」

「うーむ...主な分布は、沖縄方面の“南西諸島海溝”。それから、今回深海掘削リ

グで調査している、静岡県御前崎沖から宮崎県沖にかけての“南海トラフ”。そして、

“房総半島東方”、襟裳岬沖の“千島海溝”、津軽海峡西側の“日本海東縁”、積丹

半島沖の“タタールトラフ”、そして“オホーツク海”といったところか...

  この経済水域圏内で資源開発が可能と見られるメタンの総量は、約7兆4000億

㎥...国内の天然ガス消費量にして、およそ140年分相当だ」

「すごい量ですね」

「うむ、」堀内は、顎に手を当た。

「でも、化石燃料ですよね、これって?」

「もちろんだ」堀内は、手を下におろした。「しかし、夏美君、これは単なる概算でしか

ない。それに、かなり危険が伴うことが予想されるのも気がかりだ。さらに、採算が取

れるかどうかも分かっていない。実際に、現在の技術力では困難な課題も多いから

ねえ...それに、何よりも資源開発をした場合の、環境影響評価が重要な課題にな

ってくるだろう」

「大陸斜面が、海底地滑りを起こす可能性ということでしょうか?」

「むろん、それも含めてだ。周辺の漏れたメタンで、海水や大気が変化しても困るし、

それで生態系が変化しても困るわけだ」

「はい」

「1998年のパプアニューギニアを襲った地震と津波は、こうしたハイドレート層の急

激な分解と、それによって引き起こされた海底地滑りの可能性が指摘されている。事

実、こんな証言があるんだ。“津波が襲ってきた時、海に火が見えた”、“火傷をした”

、“変な臭いがして、目が刺激された”というような報告だ。これは、相当量のメタンガ

スが存在したことをうかがわせるものだ」

「ふーん...」

「1993年の奥尻島を襲った地震。これも、ハイドレート層の関与を指摘している学者

もいる。つまり、このハイドレート層のある大陸斜面は、極めて微妙な存在なのだ。下

手をすれば、津波を引き起こして海岸の都市を破壊させてしまう」

「それは困るわね。それじゃ、資源開発はやっぱり困難なのかしら?」

「いや、一方では、そうも言っていられない面もあるんだ。まず、石油資源はすでに枯

渇し始めている。そうなると石油資本は、このメタンハイドレートに向かわざるを得な

いという側面もあるんだ。もっとも、この山が有望ならの話だ。そこで、前にも言った

ように、今の所もっとも熱心なのは日本だ」

「あの...堀内さん、」

「うむ、何かね?」

「その、海底地滑りを、うまくコントロールできないのかしら。そうすれば、地震を防げ

ることにも、」

「ま、そうしたことも含んだ学術調査だろう。例えば、ハイドレートを回収した所に、別

のもっと安定したものを充填していけば、ハイドレート層のように一気に潰れる事もな

くなる。そうなれば、海底地滑りの引き金になることも防げるわけだ。しかし、その部

分に手をつけるというのは、実際上かなり危険な作業にもなる」

「ええ」

「今までは、何も知らないで地震や津波の被害を受けてきたが、今度はそれを承知

の上での作業になるわけだ。当然、反対運動も起こるだろうな」

「はい...」

「1998年のパプアニューギニアの地震も、地震の規模に比べて津波の被害が大き

かったと言われている。これは、つまり、海底地滑りによる地震の特徴なのかも知れ

ん」

「でも、プレートの沈み込み領域では、常に地震が多発していたのじゃなかったかし

ら?」

「うむ。ま、いずれにしても、防災上でも重要な研究課題になってきたようだ。これをク

リアできれば、資源開発の方も弾みがつくかも知れん」

house5.114.2.jpg (1340 バイト)<技術開発の展望は...> wpe74.jpg (13742 バイト)

「前にも言ったように、世界の深海底に眠るメタンのハイドレートの総量は、これまで

知られていた化石燃料の2倍以上になる。もっとも、それぞれで形態が違うから、炭

素に換算しての計算になる。これは、この地球生命圏における炭素の分布、炭素

の循環や変遷という意味からも、非常に面白い発見だった」

「うーん...こんな研究は、これまでにあったのかしら?」

「こうした本格的な深海底の調査自体が、技術的に困難だった。それが少しづつ可

能になってきたのは、まさに20世紀文明の最終段階といったところかな」

  夏美は、黙ってうなづいた。

 

「さて、これまでのオサライをかねてまとめてみよう...

  このメタンハイドレートは、人類文明から最も遠く離れた場所にある化石燃料だろ

う。深い海の底、そのさらに地下数百メートルの泥に混じる氷の中に眠るメタンだ。

その含有量は、数パーセントから数十パーセント、時には巨大な結晶もある...

  この泥に混じった氷は、水が凍ったものだ。そして、その氷の結晶の籠(かご)の中

に、メタン分子が入っている。これがメタンハイドレートだ。したがって、ここには塩分

は含まれないわけだ...

  さあ、これを我々人類の住む海上へ引き上げてくるわけだが、水圧は一気に下が

り、逆に水温は一気に上昇する。深海底におけるメタンハイドレートの存在できる条

件は、水深500メートル以上、氷点前後の安定した温度だからな。つまり、そのまま

メタンハイドレートを引き上げてくれば、たちまち氷は解け、メタンはガス化して散逸し

てしまう。

  しかし、仮に何とかハイドレートの形で海上施設まで回収できたとしても、それは

大量の泥や岩石の塊なのだ。そこからメタンを精製するのは容易な作業ではない。

また、環境汚染も大きな問題になる」

「他に方法はないのでしょうか」

「ま、「強制回収法」という方法もある。しかし、これもまだ完全に実証されたわけでは

ない。これは、密度と粘性が高い原油を採掘する方法で、ポンプで蒸気や熱水を注

入するものだ。つまり、ハイドレート層に達した掘削孔に、ポンプで蒸気や熱水を送り

む。ま、簡単に言えば、ハイドレートを解かしてメタンガスにするわけだな。それか

ら、このメタンガスを、別の掘削孔から吸い上げるという方法だ」

「これは、うまく行きそうね」

「しかし、大陸斜面という場所を考えれば、それほど単純な問題でもあるまい。それ

に、海底地滑りで地震や津波が起これば、海上プラットホームにも当然被害は及ぶ。

海底パイプラインも、決して安全ではない。いや、むしろ、極めて危険だといった方が

いい」

「それじゃ、どうすれば?」

「ま、一口で言えば、簡単ではないということだ。海上プラットホームで、メタンガスを

液化して運搬する方法や、海底に生産設備を建設する方法なども研究されている。

が、いずれにしても、大陸斜面でハイドレートを回収すること自体が、巨大な海底地

滑りの引き金になりかねない...うーむ...そこで、防災上からも、十分な研究が

必要になってくるわけだ」

「はい。それでは、堀内さん、今回はこの辺でいいでしょうか?」

「うむ。最後に一言つけ加えておこう。

  現在、次世代の深海掘削船“OD21”(Ocean Drilling in the 21st Century)の建造が進んで

いる。この船は、日本が主導して国際協力で進めているのもで、当面ハイドレート層

の探査が主要な仕事になるだろう。この最新鋭の船なら、これまで出来なかったガス

が噴出しそうな海底でも、安全に掘削することができると言われている。この船の進

水が待ち遠しい所だな」

「はい。ええ...それでは、次の新展開に期待して、今回はここまでとします」

                                  

                                                 wpeC.jpg (50407 バイト)

wpe89.jpg (15483 バイト)  《ミミちゃんガイド...No.1》  house5.114.2.jpg (1340 バイト)

フラーレンの入れ子構造                   

 

「メタンハイドレートのメタン(CHが、氷の結晶に取り込まれている様子

は、球殻状の炭素分子/フラーレンの入れ子構造と似ていないでしょう

か?」

 

炭素原子60個からなる、サッカーボールのような立体的な炭素分子構

造、を“フラーレン”といいます。これには、C60 C70 C84 C102 といった

ようにさまざまなタイプがあります。さて、こうしたものの中に、560個の炭

素原子からなる C560 があります。ところが、この大きなボール状の網カ

ゴの中をのぞいてみると、中に C240 があり、さらにその中にC80 が入

っていたといいます。うーむ...一体どうなっているのでしょうか?

  いずれにしても、不思議な光景です。もっとも、電子顕微鏡でようやく見

える世界なわけですが...」

 

「こうした基礎科学における多層フラーレンの発見は、様々な新技術への

応用が考えられるといいます。そして、その1つに、水素原子の貯蔵という

のがあります。このシステムが、軽くて安全性が高いようなら、燃料電池自

動車に応用できるかも知れません。

  それにしても、凍った水分子の結晶が作るカゴが、メタン分子を補足して

いるのとよく似ているような気がします...」

 

           参考文献: 日経サイエンス/2000年3月号/TOPICS 

                              担当: 堀内 秀雄 /談