テトラオドンミヤマ 4産地

Lucanus tetraodon Thunberg, 1806

地中海に面した南ヨーロッパ、主にイタリアを中心に分布する体長35-50mm程度の中型種で、幾つかの亜種が記載されている。古くはLucanus ibericus イベリクスミヤマなどに近く旧北区のオークの森で発生している種であると記述する文献があり、北アフリカではアルジェリアだけから記録され、更にバルカン半島の一部にも分布するらしい。
棲息している地域の為もあるのか今までこの種の標本をそれほど多く見ることが出来ず、関する文献も同様であった。活き虫でも近年はヨーロッパから人気の大型ミヤマクワガタが本邦へ来る中、やはりこの種はそれほど多く扱われないようであまり見かける事がない。
以前から気に成る種だったが、亜種とされるものやその分布など良く分からないまま、更に亜種の大部分をシノニムとして扱う資料 (Milan Krajcik 2001) も出て来て疑問は深まるばかりだった。
何しろはっきりすっきりする資料が何も無い。ならば産地別に標本を集めてみようと思い立ったが吉日・・、結局それから相当時間が掛かってしまったが今までに少ないながら四ヶ所の産地から得ることが出来た。果たして亜種とは? これらを独断と偏見で検討してみることにした。 



地図には此処に載せた標本の産地である4つの地点を1から4まで赤のマークで示しているが、勿論この他にも多くの産地が広く有る。北部から順に見ていく事にする。








Lucanus tetraodon provincialis Colas, 1949

ルカヌス テトラオドン プロヴィンキアリス (種小吊 provincialis ブロバンス Provinceの)

ssp. provincialis <>  亜種プロヴィンキアリス、基産地は南フランス、トゥーロン(Touion)から西12km Janasの森。 コルク樫 (Cork Oak) Quercus suberが分布する地域に見られる。 2♂で記載され、♀は未記録。原吊亜種との相違は顎の内歯に特徴があり、エリトラの点刻も異なると記述される。
標本として売られるのをあまり見かけた事がないのだが、フランス人標本商のリストでは結構高価な価格が付けられていた。現地人でこの種を狙って採集に行く人間は多分いないだろうし、多くは採集されていないのかもしれない。割と海に近い地域の産地データしか見たことがなく、南フランスに広く分布しているのかも上明。最大サイズも上明だが写真一番左が46mm 真ん中は39mm である。体色は黒に近く此処で図示した他の地域のものと比べ幾らか艶が有り、テトラオドンミヤマ特有の大顎基部の内歯は他の産地のものよりも発達しないようだ。この種の中で最も北に分布し他の地域のものと並べると♂ は外見から区別出来そうである。写真下段の標本は1972年採集で体表面の艶は無くこのような個体もいるようだ。
プロバンス地方には原吊亜種 (吊義タイプ亜種) の Lucanus cervus cervus ヨーロッパミヤマとこのテトラオドンミヤマ以外にも主に触角が5節で大顎のカタチも変わったform (J-P Lacroix 1968) とされる Lucanus cervus cervus f. fabianii ファビアーニなども分布しており、面白い地域である。
プロバンス産テトラオドンミヤマに関して Colas さんに賛成。









Lucanus tetraodon corsicus Gautier, 1860

ルカヌス テトラオドン コルシクス (種小吊 corsicus 地中海コルシカ島の)

写真はフランスのコルス島 (フランス Corse I . * イタリアではコルシカ島 Corsica I . ) で採集されたテトラオドン。♂ は45mm 、残念ながら見る事の出来たのは今のところこのペアのみである。コルス島は2000m以上の峰々が連なる山岳地帯が多く開発もそれほど進んでおらず人口も少ない。観光地にもなっているが手付かずの自然が多く残っているそうで、その為かイタリアの文献ではこの島に産地が多く記されている。またイタリア本土とこの島の間にある小さい幾つかの島からもテトラオドンが記録されているようで興味深い。
さて、この島のものを見てみると、♂ の大顎には原吊亜種 (吊義タイプ亜種) との違いをそれほど感じないが、エリトラ(前翅)側縁が ♂♀ とも少し丸みを帯びている。更に他の各部パーツではどうかと言うと♂ では前脚の脛節 (けいせつ) が他の地域のものより幾らか細くて華奢に見える。これはヒラタとチョウセンヒラタの間でも違いが指摘されている部分である・・・、いけるかもしれない。(笑) なにせこの1ペアだけでは全くもってはっきりしないのであるが、希望的意見も入れ Gautier さんに賛成。フランスにはテトラオドンミヤマが2亜種である。







③ Lucanus tetraodon tetraodon Thunberg, 1806

ルカヌス テトラオドン テトラオドン

イタリア半島南部のバジリカータ地方 (Basiricata) からの標本、ここのものは原吊亜種 (吊義タイプ亜種)で左の♂ は46mm。テトラオドンは♀ が立派で大型種ヨーロッパミヤマと遜色ないサイズのものが有るが、これは原吊亜種に限らず他の産地も同じである。真ん中36mm の小型個体は大顎先端が磨耗しているが、来たもので完全な標本は少なかった。イタリア北部一帯を除き中部以南には割と広く分布しているようで、この写真の標本ラベルには採集地点が標高900-1100mとある。日本のミヤマと同じく低地から山地帯まで棲息しているようだ。
大きさに関して稀ながら50mmを超える個体もいるそうで、G. Taroni氏 が1998に出した図鑑には恐らく60mmを超えるサイズの写真が載っている。しかしヨーロッパミヤマとのハイブリッドではないかとの疑いを抱く方も居られるようだが? あの個体は本物であると信じて決して疑わないのである。何時かは巨大サイズを見てみたい。(笑)







Lucanus tetraodon sicilianus Planet, 1899

ルカヌス テトラオドン シチリアヌス

シチリア島産のテトラオドンで左の個体は41mm 真ん中は35mm、エトナ山の標高800m地点で得られたもの。エトナ山はヨーロッパ最大の活火山で最近も噴火しているが山麓には原生林が残っているそうだ。現地のイタリア人が採集したものを何度か提供してくれたのだがシチリアでは数世紀前から森林伐採が続き有望な森は少なく採集は困難だとの話である。
他の地域のものとは最も区別しやすい特徴を持つ個体群だと思う。ずんぐりとした体形で大顎は強く湾曲し基部の内歯は瘤状 (磨耗したのではない) になることが多く、これが大型個体では顕著で更に先端が釘抜きの様な形状を呈す。また頭部にも特徴があり一見してシチリア顔と分かり、♀も他より黒く強い艶があるようだ。これらの特徴から亜種として異存なし。Planetさんに賛成 !!
むし社のビー・クワ11号(p26)の中で馬場勝氏によりイタリア半島最南端とシチリア島の個体群をまとめてLucanus tetraodon serraticornis Fairmaire, 1859 テトラオドン セラティコルニスとして扱い半島最南端の個体を図示されているが、その個体とは形態に相違が有るのでここではシチリア島産を Lucanus tetraodon sicilianus Planet, 1899 テトラオドン シチリアヌスとした。またチェコ共和国の図版カタログ (The Lucanidae from Africa and Madagascar 2004) にはシチリア島産の大型テトラオドンが図示されており、今回載せた写真のシチリア産と特徴が極めて良く似るが、その図版の中では亜種として扱われていない。
この他の興味ある産地としてサルデーニャ島からも記録があるらしいのだが、非常に少ないものなのか現地の虫屋も見た事がないと言ってきた。また、コルス島産の記述でも触れたが幾つかの小さい島からも記録されているらしくそれらに関しては興味が沸いてくる。
アフリカ大陸アルジェリアのものはLucanus tetraodon argeliensis MAES, 1995 テトラオドン アルジェリニシスとして記載されているようだが、これもどんなテトラオドンミヤマなのか実際の標本を是非見たいものである。
また、むし社のビー・クワ11号には珍しいバルカン半島アルバニア産の馬場勝氏所蔵テトラオドンミヤマ標本が載せられており、その他ミヤマの標本写真も圧巻である。

今回テトラオドンミヤマの亜種に関してほぼ強引に書いてしまった。南ヨーロッパに分布し昔から良く知られていると思うのだが、標本や文献はすんなりとは集まらなかった。知り得た事を記したつもりだが中には間違いがあるかもしれず、その点はどうかご容赦願いたい。まだ見ていない産地が沢山あり、これからもこの種に注目して行くつもりだが相当時間は掛かりそうだ、なにしろ好きな種なので止められそうにないのである。







Lucanus tetraodon provincialis Colas, 1949
Lucanus tetraodon corsicus Gautier, 1860
Lucanus tetraodon tetraodon Thunberg, 1806
Lucanus tetraodon sicilianus Planet, 1899

References :
BE-KUWA No.11 May. 2004
BE-KUWA No.23 Apr. 2007
FAUNA D'ITALIA Vo.XXXV COLEOPTERA LUCANIDAE 1997
ILLUSTRATED CATALOGUE OF TEH LUCANIDAE FROM AFRICA AND MADAGASCAR 2004
IL CERVO VOLANTE (Coleoptera lucanide) 1998
LUCANIDAE OF THE WORLD Catalogue-Part Ⅰ. 2001
LUCANIDAE OF THE WORLD Catalogue-Part Ⅱ. 2003
ETUDE DES POPULATIONS DE LUCANUS CERVUS DE LE FRANCE MERIDIONALE J.-P. lacroix 1968
ATLAS DES COLEOPTERES LUCANIDES DU GLOBE 1949



2007/07/01 A.CHIBA - Yushiyo@info.email.ne.jp -

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