『モービル・ハムの走らせ方』レビュー

最終更新日: 2017/03/26


『モービル・ハムの走らせ方』(朝日ソノラマ)

表紙は交信中の若い女性

正式なタイトルは『モービル・ハムの走らせ方 あなたのクルマがしゃべりだす』となっています。昭和51(1976)年3月25日初版発行、定価600円です。 無線関係の本でありながら、児童向け名作本やアニメ本などを扱っていた朝日ソノラマからの発行です。当時『母をたずねて三千里』『赤毛のアン』のリライト本で仕事をしていた縁で、このような発刊となったと思われます。

雪室さんが無線にはまっていたというのは知っていましたが、アマチュア無線(ハム)にもHF帯を使う「DX派」と144MHz帯を中心とした「ラグチュー派」があり、雪室さんは「ラグチュー派」の代表格であったことを初めて知りました。 比較的近距離(数10km)の通信に限られる144MHz帯のハムは、知らない人とのおしゃべりを楽しんだり、車載(モービル・ハム)で道案内や渋滞情報に使ったりと、現代の携帯電話、ネット、カーナビに相当するようなものを30年以上先取りしていたことに驚かされました。 無線関係の本を書いていたのはほとんどが電気に詳しい「DX派」の方々だったと思いますが、このような本があることで、アマチュア無線の別の側面がちゃんと歴史に残るのですね。

下に目次を示しますが、ハムによる楽しみ方を第1〜2章で前面に出しています。 車載に限らずいろいろな話が出ていますが、見知らぬ人と知り合いになれるのはインターネット初期のようで、はまった理由がよくわかります。 一方で後半は免許の取り方から無線機の選び方まで専門的な話となり、当時ハムになるのはそれなりに大変だったこともわかります。

無線機の話も今見ると、チャンネル毎に水晶発振子が必要だったり、当時はPLLのICも無かったですからね。 携帯電話や携帯端末しか知らない方には、かえって新鮮かもしれません。

この本には雪室さんの無線の免許の写真なども掲載されていて、免許を取ったのが1972年ですので、70年代あれだけたくさんの作品を作りながら、他方で無線にはまっていたのかと思うと、いったいどういう生活をしていたのか、気になってしまいました。著者の紹介には以下のように書かれていました。

1941年横浜生まれ。生まれつきの学校ぎらいで、もっぱら映画館に通学。おかげでシナリオライターとなり、日活の青春映画や初期の「11PM」の構成台本などを執筆。現在は「サザエさん」などアニメーション番組を中心に活躍しているほか、「とおせんぼタワー」(東京都優秀演劇賞)などの作品もある。
1972年、モービル・ハムの魅力にひかれてアマチュア無線の免許をとり、アイデアにいきづまると、ペンをマイクにもちかえて、おしゃべりをたのしんでいる。地方での取材なども、クルマに無線機を積んで、その機動力をフルに発揮している。現住所 川崎市(略)

なお、本書は古本でもほとんど出回っていなく、入手困難となっています。とある方から本をお借りして読むことができました。ありがとうございました。



雪室俊一作品一覧に戻る