最終更新日: 2002/02/01
名前はクラシックを聞く人でないと知らないでしょう |
世界名作劇場シリーズの主題歌を集めたCD (コロンビア COCX30310-1) が出ているのですが、この中でどれが一番?と聞かれたら、ボクは『アルプス物語私のアンネット』の主題歌『アンネットの青い空』と答えます。 この曲は、名作劇場シリーズとは言わず、すべてのアニソンの中でも異彩を放っている作品です。 ちょっと聞いた印象は、とらえどころのない、ちょっと変な曲。 これが何度も聞いていると、じわじわと体に染みついてくるような、奇妙な良さがあります。
それもそのはず、作曲の広瀬量平はクラシックの作曲家として大家の一人。 ふだんはわけのわからない(笑)現代音楽を作曲しているお方なのです。 アニメ作品の音楽を書いたのは、おそらく、この一作だけでしょう。 『アンネット』という作品自体、「宗教的」と言ってもいいテーマを扱った重厚な内容です。 それにふさわしい音楽をということで、広瀬量平がフィーチャーされたのだと想像しますが、期待以上の仕事をしてしまって(^^;)、一般人にはわかりにくい音楽になってしまったのではないでしょうか。 Webで検索をかけてもこの曲を讃えている人があまりいないのは悲しいことです。
さて、この音楽を分析するとなると、ボクでは全くの力不足。 そんなわけで、音楽には大変詳しい、友人A氏に登場いただきました。
リズム
アルプスの山並に鐘の前奏 |
すいません、聴いてほしいのはこの曲なんですが。
♪ちいさな生まれたての雲は〜 (しばしCDに耳を傾ける)
いい曲ですね〜〜〜。さすがは広瀬量平です(^^)
ちなみに広末涼子ではないですよ、読者の皆さん。(池辺晋一郎か、お前は!)
わからないことがたくさんあるんで、教えてほしいんだけど、じゃあ、まずはリズムから。これって4分の4拍子で始まって…
ずっと4分の4拍子ですね。
なんだか、途中「どこにいるの〜」から「みんなの心の中ですね」まで、リズムが変わってない?
いや、間奏のあたりは4拍子の1拍の中に音譜が3つ入っている三連譜です。
あ、三連譜にだまされてしまったんだ。間奏の後、ドラムスが後ろで三連譜ずっとたたいてるんですねー。
あと、4拍子の中にどこか2拍子が混じっているかもしれません。これは根気よく数えていかないといけないんだけど…
根気よく数える…と、確かに「どこにいるの」の前に4分の2拍子が1つ入ってますね。 ということは、「どこにいるの〜」から後は4拍目で始まるメロディーに変わっているんだ。 どうりで、「どこにいるの」の歌い出しがわかりにくいんだ。 手を替え品を替え、歌いにくくしているよ(笑)。
でもここは、完全に覚えてカラオケで歌うと、すごく気持ちのいいメロディーですね。 かなりクラシック的なメロディーかな。
調性
舞台となるロシニエール村 |
この曲は何調なんですか?
ヘ長調です。
ベートーベンの「田園」と同じなんだ。 アルプスの山の中の牧歌的な雰囲気にぴったりですね。
ちょっと気になったんですが、「ちぎってぜんぶたべてほしい」「きらきらいろがひろがるように」のところって、調性からずれた音使ってないですか?
この部分でヘ長調からニ短調に転調してるんですね。かなり凝った転調です。
転調、だったんですか。ポピュラーの転調とはずいぶん感じが違うような…
件の歌詞の音は専門的に言うと「ヘ長調からニ短調に転調する際の根音省略形」ということになります。 こういう転調をさりげなくやってしまうあたりが広瀬はすごいです。
はっ?????
ヘ長調からニ長調に転調する時にヘ長調の属九の和音というのを使っているわけです。ヘ長調はファ・ラ・ドですよね。そんでラ・ド・ミのフラットはニ短調ですよね。 そうやって調の構成音をダブらせて転調していくわけなんですが、属七の和音とか属九の和音とかいうのが近代現れて、それはハ長調でいえばドミソにシが加わった形なのです。 本来ドとシは半音で不協和音ですが、一緒に弾くと得も言われぬ安定感があるわけです。 そんで問題の属九と言うのは更にそれにレの音が加わった形です。
う〜ん、ボクの安物キーボードでは4音までしか同時に出ないのですが…(^^;)
雲の影が覆っていく |
憂鬱な表情のアンネット |
仲よく駆けていく二人 |
それで属九の根音抜けというのはドミソシレのドを抜いた形で和声的には合っているのですが根音のドが無いために不安感を聴く側に与える一種テクニックです。 それでへ長調のファラドミのフラット、ソのファを抜いた形を使って短調の臭いを出しつつニ短調に転調しているわけです。 その後ニ短調からヘ長調に転調するときまったく逆の道筋で転調しています。
わかりましたか?(^^)
(きっぱり)わかりません!(笑)
まあでも要するに、現代的な和声を使った、凝った転調を使ってるってわけですね。
まあそういうことです。
属七の和音は考えてみれば古典派の作曲家のころから使われている和音ですね。 でも、属九の根音抜け和音はさすがに近代だと思います。 ああいう進行はワーグナーあたりから一般化したのかな〜、たぶん。 ワーグナーがああいう風に非和声音を使って (倚音とか転過音とか言ったりします) ずーっと転調しっぱなしみたいな曲を書き出して、それを見てシェーンベルクとかが「じゃあ調なんて最初からいらないじゃん」と言うわけで12音技法とかを使いだして調性が崩壊したわけです。
わかりましたね!
はい…(^^;)
この部分が不安感を醸成しているというのは、理論は抜きにしても、よくわかります。 アニメの演出を見ても、この転調の直後にアンネット達に雲の影が覆いかぶさってきて、憂鬱な表情と色彩のカットに変わるんですね。 曲調から少し遅れたタイミングになっていることで、陰気になるのをうまく避けているような気がします。 この部分は、ストーリーの中心になる、アンネットとルシエンの憎悪を象徴しているんでしょうね。 そして、その後は再びアンネットとルシエンが仲よく駆けているカットに戻る。
そういう意味では、この曲は『わたしのアンネット』という長い物語にとっての、オペラで言えば序曲のような作りになっているわけですね。
アニメの解説はおまかせします。(笑)
アニメの演出もすばらしいと思います。
でも、こういう凝った転調ってアニソンというか、ポピュラーではほとんど聞かない気がするんだけど…
うーん、確かにポピュラーではあまりきかないですね。 ここまで凝った転調したらかえって報われない気もするし……(笑)
『アンネットの青い空』は報われてない代表例でしょうか。(笑)
編曲
編曲もドラムスこそ入っていますが、かなりクラシックっぽいですね。
特に「青空は神様のおくりもの」「あこがれは神様のおくりもの」のバックで流れているホルンのメロディ、「友達は神様のたからもの」のオーボエのメロディなんて、かなりクラシック調じゃないですか?
概ね6度下でハモっています。和声音の中で和声を支えていて、たまたまそれが旋律と同じ動きになった。と解釈していいとおもいます。
こういうオーケストレーションを指す音楽用語ってないんですか?
特にこれを差す音楽用語はないです。 敢えて表現したい場合は「主旋律の6度下で動いているホルン(オーボエ)」と言えばいいと思います。
TVオープニングのサイズではこの部分は一度しか出てこないので、オーボエの方だけ使っています。
アニメの中で使われている劇伴音楽も広瀬量平だと思うんですが、オーボエ(やクラリネット)が大活躍してます。 また、これがすばらしい曲ばかりなんだけど、サウンドトラックCDは入手困難なんですよね〜。 誰かこれを読んだ人で、余ってる人がいたら譲ってください。お願いします。
※その後サウンドトラックLPを入手いたしました。これは名盤なのですが、未収録曲がたくさんあるのが残念です。完全版CDを期待・・・
まとめ
では、最後にまとめをお願いします。 アニソン離れした音楽と言っていいでしょうか?
言っていいと思います。 楽曲として非常に優れていると言い切って間違いはないでしょう。
解説ありがとうございました。 こんどカラオケに行ったときにでも、ぜひ歌ってみて。