普門院

普門院

    普門院門前(写真)
     亀戸天神近くには,他にも神社やお寺さんがあります。
    でも,どういうわけか,子供のころからお寺には入ったこと
    がなく,今回はじめて普門院を訪れました。訪れたといって
    も天神様からすぐ近くです。 ごく普通のお寺でひっそりと
    していました。
     門を入ると左側にお経をお持ちになった観音菩薩様の像があり
    これは大変めずらしいのではと思います。
     ここをさらに左奥に進みますと墓地になっていますが,
    さらに奥に参りますと伊藤左千夫のお墓があります。
    伊藤左千夫は錦糸町,亀戸にゆかりのある歌人,小説家です。
    左千夫は若くしてこの地で牛を飼い牛乳を売って商売をして
    たようです。 しかし,文学をやったわけですから,
    仕事は奥さんに頼ってしまっていたようです。
     また,このあたりは昔から土地が低いため,水害に悩まされ
    被害も受けたようです。
    伊藤左千夫のお墓(写真)
    彼は,錦糸町駅前の牧舎の何度か水害に見舞われ江東区大島に
    移ったわけですが,その年の夏7月30日に脳溢血のため
    50歳の生涯を閉じたのです。
    つぎのような歌を詠んでいます。
     伊藤左千夫の歌碑(写真)
     牛飼が歌よむ時に世のなかの新(あらた)しき歌大いにおこる

     亀井戸の藤も終りと雨の日をからかささしてひとり見に来し

     竪川に牛飼う家や楓(かえで)萌え木蓮花咲き児牛遊べり

   ・伊藤左千夫
    純愛小説「野菊の墓」で知られている伊藤左千夫は千葉県成東の
    出身で,明治14年(1881)政治家を志して上京。
    明治法律学校(現在,明治明治大学)に入学したが,眼病のため
    秋に退学,帰郷する。 しかし、明治18年(1885)実業家
    として身をたてるため上京する。 東京や横浜の牛乳搾取場に
    やとわれ働く。 明治22年(1889)本所茅場町(現在
    JR錦糸町駅前)に独立して牛乳搾取業を開業した。

    (東京文学散歩;東京都高等学校国語教育研究会
      ;(株)教育出版センター)
    (野菊の墓/日本の文学3;伊藤左千夫;金の星社)

       もどる

   ・龍眼寺(萩寺)
    龍眼寺の元珍が萩を好み元禄6年諸国から多くの種類の萩を
    植えさらに昭和7年龍眼寺の義梅が多くの萩を植え足したので
    この寺が萩の名所として有名になった。
     ぬれてゆく人もおかしや雨の萩    芭蕉
    (龍眼寺石碑より)

     龍眼寺門前(写真)

       もどる