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 生活保護行政について、07年は北九州市の生活保護行政、生活扶助基準の切り下げ
などが社会問題、政治問題に発展し大揺れでした。
 北九州市生活保護行政検証委員会の中間報告書に対し、私たちwelfare-net21の
相談員三名は、連名で07年10月22日にパブリックコメントを提出しました。
12月20日、北九州市生活保護行政検証委員会は最終報告書を答申しました。
その中で「パブリックコメントで多かった市民に対する広報活動徹底、第三者による
チェック、苦情処理体制の確立などを求める意見については、今後の行政が取り組む
べき課題として、新たに最終報告に盛り込んだ」と記述されています。
私たちもこの三点を指摘しています。
また、「パブリックコメントではその他様々な意見があった、検証委員会としては、
市が尊重すべき意見を取入れて生活保護行政の改善に努めていくよう求める」
とあります。
福祉事務所窓口の在り方、生活保護の運用の在り方は一北九州市だけの問題では
ありません。
私たちのパブリックコメントは長年の実務家としての立場でまとめたもので、
全国の多くの生活保護従事者に読んでいただきたく、ここに公開することにしました。
なお、北九州市生活保護行政検証委員会中間報告への意見提出結果は以下の通りです。
意見提出状況:提出者  66人・団体(内訳 市内43、市外23)
提出された主な意見が掲載されています。
主な意見の中では、出だしの広報活動を含めていくつか私たちの意見がそのままで
紹介されています。

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平成19年12月25日
これまでの生活保護行政の総括と今後の方針 北九州市長 北橋 健治
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以下北九州市生活保護行政検証委員会中間報告への
私達のパブリックコメントです。


目 次

1. はじめに ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 3

2. 中間報告への意見 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 4
(1)「孤独死」と「餓死」の違いについて‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 4
(2)適正実施について‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 4
(3)不正受給と医療費の誤請求について‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 4
(4)最低生活の保障について‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 5
(5)生活保護申請について‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 5
(6)門司区の事例の結論について‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 6
(7)門司区で続いていた孤独死について‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 6
(8)八幡東区の事例について‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 6
  (『累犯障害者など処遇困難事例』について)
(9)小倉北区の事例について‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 8
(10)辞退届について ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 8
(11)自立助長について ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 8
(12)数値目標について ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 9
(13)面接業務の手順について ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 9
(14)相談者の「その後」について ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥10
(15)女性職員の配置について ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥10

3.私たちの九つの提言 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥11
(1)申請権の尊重について‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥11
(2)保護の廃止の仕方について‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥11
(3)様々な自立支援プログラムの策定について‥‥‥‥‥‥‥‥12
(4)第三者評価の導入について‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥12
(5)苦情処理の仕組みについて‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥12
(6)情報の公表について‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥13
(7)成年後見制度の活用について‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥13
(8)制度の周知について‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥13
(9)専門職の配置について‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥14

4.まとめ ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥15



1.はじめに

 最初に、北九州市市民の生活の最後の拠り所として、生活保護行政の運営に日夜ご努力する皆様に、市民ではありませんが感謝を申し上げます。
 さて、30数年生活保護行政に従事してきた者として、今回の貴市における生活保護行政を巡る事件を検証する生活保護行政検証委員会の動向を注意深く見守って参りました。衆人環視の大変困難な中で中間報告書をまとめられた検証委員会に、まず敬意を表します。
 ところで、貴市で続発する餓死などの悲惨な事件や「水際作戦」「闇の北九州方式」などと新聞やマスコミの報道に触れる度に、この上もなく残念な気持でいました。そうした中で、新しい市長の下に第三者による検証委員会を立ち上げ、自らの生活保護行政を検証に曝した貴市の勇気を讃えます。しかしながら、今貴市がおかれている状況は新生活保護法が発足して60年近くの歴史の中で、最悪のあってはならない深刻な事態と私たちは受け止めています。
検証の過程で、次々に明らかにされる運用の実態は、同じ仕事をしてきた者として到底理解のできるものではありませんでした。
 そもそも貴市の生活保護制度の運用のあり方は、不幸な生活保護動向(全国一の保護率、暴力団による不正受給等)の中で市組織挙げて、国の指導も受けながら形成されてきたものと理解しています。時にはその取組みが、全国のモデルと評された時代もあったと承知しています。
 しかし、今日たどり着いたところは、およそ憲法25条の生存権保障や生活保護法の精神からはかけ離れたところにあると私たちは思います。
 今回の検証の機会を通して、貴市に正常な生活保護行政の運営を回復していただき、市民の確たる安心と信頼を一日も早く取り戻されるよう強く願う立場から、僭越ではありますが、以下の三人の連名で、意見を述べさせてもらいます。

なお、失礼を顧みずに書いた点はご容赦願います。

                         2007年10月22日

                         須田幸隆(元福祉事務所長)
                         木本 明(元福祉事務所職員)
                         芥川恵子(救護施設職員)


報告書への意見

 以下、中間報告書に沿って意見を述べます。

(1)「孤独死」と「餓死」の違いについて

 まず、報告書においては「餓死」という文字は一度も出てきませんでした。
第1回の会議でわずかに議論があっただけです。(第1回議事録 12ページ)
今回の事件について、貴市及び検証委員会は「餓死」を「孤独死」として捉えています。
「孤独死」は、残念ながら今でも全国各地で発生しています。「孤独死」の問題なら貴市が想定しているようにセフティーネットの張り方の問題になります。民生委員を中心とした地域住民の見守り体制が重要になってきます。
 しかし、今回の事件は生活保護の運用を間違えた「餓死」事件ではなかったのでしょうか、未然に防止できた事件ではなかったのでしょうか、この飽食の時代に起きた「餓死」事件だったからこそ全国にショッキングに伝わったのではなかったのでしょうか。それは、セフティーネットの張り方の以前の問題です。現に、地域の民生委員からは「私のせいにされては困る」と反発の声が上がっているではないですか。地域への責任転嫁と言われないようにしてください。
 蛇足になりますが、「餓死」「孤独死」を未然に防止するには、真に適正な生活保護行政の実施と地域住民による綿密なセフティーネットの構築が必要です。
多くの全国の自治体は、それぞれに工夫を凝らしてこれに取り組んでいると思います。

(2)適正実施について

 中間報告書 3ページ 7ページ

 本来の適正実施とは何かを考えてみました。
ここで使っている適正化の意味は、文脈からして単に生活保護受給の引き締め策以外の何ものでもないのではないか。適正化に名を借りた生活保護受給の引き締め策一点張りだからこそ今日の問題を招いたと言えるのではないでしょうか。
中間報告書では、これまでは、強力な「濫救(給)防止」、今度は一転して「漏救(給)防止」‥‥とあります。
これも正しいやり方ではないと思います。時計の振り子のように右へ行ったり、左に行ったりするような運用を行うべきではないのです。一人一人の人間の命が関わっているのですから。
 適正実施とは、常に「濫救(給)防止」と「漏救(給)防止」に取り組むことです。だから難しい行政とも言える訳です。しかし、この難しい命題にどこの都市も一生懸命に取り組んでいます。

(3)不正受給と医療費の誤請求について

 中間報告書 4ページ

 社保協の意見書の中にある「特に北九州市民が悪質というわけではない」について、私たちが釈明する必要もないのですが、その意図するところはこれを逆手に取って、福祉事務所の敷居を高くし、必要な人まで閉め出すことがあってはならないと言っているのだと思います。そうであれば私たちは社保協の意見に賛同します。
 神奈川新聞の2007年10月5日の記事によれば、06年度の生活保護費の不正受給が全国で90億円にものぼると報じられています。
 いつの時代であっても、どこの都市であっても不正受給を許すことなく、徹底してその発見に努めなければなりません。未然防止策を講じなければなりません。そうでなければ納税者の納得が得られないし、制度の根幹を揺るがすことにもなりかねないからです。それは北九州市と同様に他都市も同じだと思います。それにしても何故90億円もの不正受給が生じるのか、利用者にも投げかけなければならないと思います。
 同じく生活保護費の50%(貴市では60%)以上を占める医療費について、医療機関からの誤請求とされる問題についても、もっとその理由、実態が社会に明らかにされるべきと私たちは思います。(第8回議事録 2ページ)

(4)最低生活の保障について

中間報告書 10ページ

 「次男がパンやペットボトルに入った水を数日おきに差し入れて‥‥」とあります。
この状態を何故放置するのでしょうか。
この状態が、憲法25条で保障された健康で文化的な最低限度の生活と言えるのでしょうか。
生命をも維持出来ない(実際に出来なかった)状態とどうして認識できないのでしょうか。
これでは、北九州市の生活保護担当職員は、要保護状態をも判断できない職員と言われても仕方がないのではないか。もっとも、そうした職員、そうした対応を生み出した組織風土に原因があったとするのが正しい理解のように思います。親族間の話し合いを求めるのは、急迫保護を行ってからのことなど社会常識からもわかることです。扶養は保護の要件ではなく、単に優先に過ぎないという基本的な法解釈すら理解されていなかったということです。(実際に、中間報告30ページには『保護要件(扶養義務者による扶養がないこと)』と記されている)
だから「社会常識をもって対処する」(中間報告 3ページ)などと指摘されたのでしょう。
指摘をしっかり受け止めていただきたく思います。その先には人間の命が関わっているのですから。

(5)生活保護申請について

 中間報告書 11ページ

 「生活保護申請の意思があれば、その意思を妨げることはしない」は、生活保護面接相談員のいろはのいです。それよりも、相談で面接員に求められるのは、相談者の困窮状態の把握とSOSのシグナルをキャッチすることなのです。
 申請の意思表示を拒否するのは違法、困窮状態の把握が出来ない、SOSがキャッチ出来ないのは非専門家と言ってもいのではないですか。

(6)門司区の事例の結論について

中間報告書 13ページ

A. 生活保護の開始を意図的に避けたか
B. 要保護性の判断が出来なかったか
のどちらかです。
Aであれば、言うまでもなく悪質であり違法です。Bであれば、要保護性を判断する福祉事務所の職員とその組織としての資質が問われます。いずれにしても、生活保護制度があっても、生活困窮者に発動しないのであれば、それは生活保護制度の役割の放棄と言うべきものです。

(7)門司区で続いていた孤独死について

中間報告書 14ページ

門司区で続いていた孤独死についても、とても気になります。
単なる孤独死だったのか、A事例と同様に生活困窮の果てであったのではないでしょうか。
何故行政として、孤独死の未然防止に努めようとする動きにならないのでしょうか。
施策立案に至らないのでしょうか。あるいは既にあると反論されるかもしれません。
あるとすれば、十分にその機能が働いているかどうかです。もっとも検証委員会設置趣旨の中の検証には、セフティーネットのあり方も挙げられています。
 この部分については、8回までの検証委員会では十分検証が行われたとは言えません。
今回の餓死事件は、生活保護行政運用の問題であって、孤独死一般の問題でないと整理しなければ、地域から理解が得られないのではないでしょうか。
 今から15年ほど前になります。私が保護課長として勤務したY市M区でも、生活保護受給者の孤独死が続発していました。年間二桁の数でした。
保護課から地域に見守り体制を提起しました。領域を越えた民生委員、友愛委員、保健指導員の三者の協力を得て、区役所と定期訪問活動を組織したのです。その施策は、数年で全区展開に発展していきました。もっとも現在はどのようになったか定かではありませんが。

(8)八幡東区の事例について

  (累犯障害者等処遇困難事例について)

中間報告書 15ページ 16ページ 18ページ

「Bさんは、トラブルメーカーであり、生活指導や助言に従わず、公務執行妨害やカッターナイフで職員を脅かしたり、セクハラ事件を起こすなど暴力的で特異な性癖があって扱いにくい対象者で、反発する職員もいた」とあります。
私の勤務したY市N区でもこうした対象者、事件に日常茶飯事のように遭遇しました。刃物で負傷した職員もいました。職員への暴言、威圧は常のことでした。
ところで、Bさんが亡くなって自業自得だと言い放つことが出来るでしょうか。私の頭にはふと、公的扶助従事者なら誰でも知っている10数年前の「福祉川柳」事件の悪夢が蘇りました。やっかいな人を自嘲気味に川柳で詠んだ事件でした。
当然のこととして、社会問題、人権問題に発展しました。
 どんな事情があったにせよ、申請を拒否して一命が失われれば福祉事務所はそれを持って市民の指弾を浴びるのです。
それでは、福祉事務所から見て問題のある方に取るべき態度はどうであれば良かったのか。難しい問題です。私たちにも確たる考えがあるわけではありません。
ケースワーカーも人間なので、その感情はわからないでもありません。相談者、利用者の権利濫用、暴力には断固として対処しなければならないのも言うまでもありません。
しかし、生活保護の原理(無差別平等)、ケースワークの原理(非審判的態度等)をないがしろにしてもよい理由にはならないのです。
単に拒絶するのではなく、その依ってきたる理由と課題を明確にし、その課題解決、阻害要因除去に努める姿勢を持たなければならないのです。
そのプロセスでは、一職員が孤立することがないように、攻撃の対象とならないように福祉事務所として組織的に対処するしかないのです。
こうしたことについては、福祉事務所は他の部署に比較して優れた対応が出来ると、経験上知っています。
 今回の検証事例には、直接関わりがありませんが、私たちは2006年1月7日に発生したJR下関駅放火事件が脳裏に焼き付いています。
この事件は、当初ホームレスによる放火事件と伝えられていました。
しかし実情はもっと根深く、私たちも、社会も考えねばならない事件のようです。
この放火の犯人(男性 74歳)には、軽度の知的障害があり、過去10回も放火して服役しているとのことです。放火の繰り返しで、45年間を刑務所で暮らしているそうです。
下関駅放火事件を起こす半日前に、小倉北区役所を訪ねて生活保護を受けたいと訴えたが「住所が定められないと金が下りない」と拒否されたと伝えられています。
その犯人は、「腹が減ってムシャクシャした」「刑務所に戻りたかったから火を付けた」と述べているようです。
「累犯障害者」(新潮社)を書いた山本譲司氏はその本の中で、小倉北区役所から一枚の切符が渡され、追い返された。その切符が下関駅までの切符だった。
区役所の職員がまともな対応をしていたならば、少なくとも下関駅が焼失することはなかっただろうと述べています。

 なお蛇足ながら、ホームレスに対する生活保護の適用については、平成14年8月7日の厚生労働省社会・援護局保護課長通知では、次のように示しています。
「ホームレスに対する生活保護の適用については、一般の者と同様であり、単にホームレスであることをもって当然に保護の対象となるものではなく、また、居住の場所がないことや稼働能力があることのみをもって保護の要件に欠けるということはない。こうした点を踏まえ、資産、稼働能力や他の諸施策等あらゆるものを活用してもなお最低限度の生活が維持できない者について、最低限度の生活を保障するとともに、自立に向けて必要な保護を実施する。」

この男性に保護申請の意思は無かったなどと頑にならずに、この通知に照らしてこの下関駅放火事件の犯人にたいする対応が妥当であったかどうか、累犯障害者に対して何ができるのか、できないのか、再度自ら検証すべきではないでしょうか。

(9)小倉北区の事例について

中間報告書 21ページ 22ページ

 生活保護の目的の一つは、言うまでもなく最低生活の保障です。
生活保護から脱却して、生活を維持していくとすれば、収入を得る目途を聞くのは、裁判所の判決を読むまでもなく当たり前のことではないでしょうか。
これも、中間報告書が言うところの「社会的な常識」の範囲です。
従って、ここでは別のことに着目をせざるを得ないのです。検証委員会は、辞退の意思が示された時、本当に自立が可能かの確認を行った事例を検証したとありました。(中間報告書 21ページ)
それでは、何故Cさんの事例ではそれを行わなかったのか。推測するに、その理由は「稼働年齢層を排除する」「モデルケースを作りたかった」とかではなかったでしょうか。
もっとも、今更そんな推測をしてもせんないことです。
この事例で求められていたことは、生活保護を廃止するのではなく、その逆で生活保護制度を活用しつつ、生きる意欲を失っていた人をどう支えるかにあったのだと思います。
それはとても難しい課題であったのです。
単に保護を廃止したことをもって「モデルケース」などと言わずに、こうした課題にも取り組める水準の高い福祉事務所に脱皮していただくことを願っています。

(10)辞退届について

中間報告書 20ページ 

 辞退届に基づく、保護の廃止について考えてみました。

生活保護法には、辞退についての記述はありません。何故ないのかと言えば、そういうことを想定していないからではないか。生存権の放棄を想定しないのは、自明であると私は思います。
しかし、このことについて国の考えや裁判所の考えは少し違うようです。
今回の一連の動きを見て、国は2007年9月6日に全国係長会議を開催しています。
その会議で、国は有効な「辞退届」が出された場合には保護を廃止できるとしています。
Cさんの日記には、「書かされ、印まで押させ、自立指導したんか」と記述されていた。(中間報告書 22ページ)
一歩譲ったとしても、強要したり、誘導したり、錯誤に陥らせて書いた辞退届が無効であることは、これまた裁判所の判断を待つまでもありません。
辞退届に基づく保護の廃止は、例外と位置付けるべきです。

(11)自立助長について

中間報告書 24ページ 25ページ

「この格調ある法の精神が現在の保護行政に生かされる、本当の意味で社会的な自立を支える運用をすべきである」
私たちは、中間報告書の圧巻はここにあると思っています。今でも生活保護従事者のバイブルと言われる小山進次郎氏の書いた「生活保護法の解釈と運用」の神髄とも言うべき箇所です。生活保護制度が社会保障の制度であると同時に社会福祉の制度と言われる所以です。然るに貴市では、C事例に見るまでもなく無理矢理生活保護を廃止することが自立であるがごとくの印象を受けます。
自立とはまさしくそのような調子の低いものではないのです。
場合によっては、生活保護を受給しての自立(自律)もあることを理解してください。

(12)数値目標について

中間報告書 27ページ 28ページ

 数値目標については、既に様々な指摘があり、市議会でも市長が廃止すると表明しているので、解決した事項と理解していますが、やはり一言触れざるを得ない思いです。
つまり諸悪の根源くらいの意味を持つからです。
公開している資料の中で、17年度若松福祉事務所運営方針で「開始率は努力目標として、過去3年間の平均(93.7%)以下に抑える93.0%とし、特養入所者の開始率は申請件数の7割(5件)を見込んだ」とありました。当局がいくらこれは必要な人員や経費を算定するための見積りに過ぎないと否定しても、それは詭弁に聞こえます。
政令指定都市では、必要な人員、予算確保の数値は市本庁が行います。実施機関である福祉事務所ではその必要はないと思います。実施機関にそれらの数値目標を立てさせるということは、目標に合わせた執行を求めるに違いありません。
 これは身長に合わせて着物をつくるのではなく、予め作った着物(しかも短めに)に合わせて身を切るようなものではないか。主客が逆転しています。
 生活保護行政は、予算に支配されて運用を行うのではなく、地域の貧困状況に合わせて予算をも支配する性格のものです。それが財政法にいう義務的経費の義務の意味ではないでしょうか。

(13)面接業務の手順について

 中間報告書 35ページ

 中間報告書の「保護要件を検討したあとに申請意思の確認を行うとしている手順は、保護要件がなければ申請できないというような誤解を生じさせる」という点について、
 全国の多くの福祉事務所は、既に廃止されていますが当時の厚生省が発した昭和28年4月1日付「生活保護実施における標準事務処理方式」によっています。北九州市もそれに準拠しているものと思われます。「申請権を尊重する」立場で面接を行うのであれば、この手順で正常に事務処理は行えるものと思います。
なお、この点については現在貴市保護課のホームページに掲載されている「面接相談」「面接相談を行っている理由」「申請について」には、特段違和感はなくこれを文字通り実践することが大事ではないでしょうか。問われていることは、文字や言葉での説明と同時に意識下にあるこれまでの貧困観ではないでしょうか。建前と本音が乖離しないことです。

(14)相談者の「その後」について

 中間報告書 35ページ

 生活保護の実施に係る事務については、平成12年の地方分権改革により機関委任事務から法定受託事務に移行しました。また新たに自治事務として要保護者の自立助長のための相談及び助言の事務が創設されています。具体的には、生活保護法第27条の2の追加です。
これは一般的には、生活保護開始前の相談段階を指していますが、検証委員会が提言5で指摘した保護廃止後のフォローアップはここに当るものと思います。
全国的に見てまだ手付かずの部分ですが、とても重要な点であり、それこそ「21世紀の生活保護」の在り方として私たちも大いに期待します。

(15)女性職員の配置について

 中間報告書 31ページ 35ページ

 「北九州市の現業職員に占める女性の割合は、5.8%で、その理由は女性職員の異動希望が少ないこと、市民とのトラブルも多いことなどで難しい面も考えられる」とあります。
この点については、既に検証委員会が提言6の中で改善を求めていますが、北九州市の生活保護業務や利用者理解の考え方が垣間見えたように思います。
私が勤務した、Y市では女性現業員が半数を越えています。そのY市でもN区の簡易宿泊街担当だけは総て男性職員でした。多分危険だからとの理由だったのでしょう。しかし、それも13年前には改善をしました。その結果はそれまで危惧していたことは何も発生せず、むしろ利用者にも、職場にも和やかなムードが生まれたように思います。
男性による力の対決ではなく、検証委員会が言う所の「女性の視点や能力を生かした幅広い相談業務」が実践された例と言えます。
 「女性職員の異動希望もあり、市民とのトラブルも少ないやりがいのある職場」にすることは、それほど難しいことではないと思います。それが実現出来た時が「北九州市民にとって、北九州市民であって良かった」と思える時ではないでしょうか。



3.私たちの九つの提言

 検証委員会は、最後の提言にあたって、「生活保護制度の在り方に関する専門委員会」がキャッチフレーズとして掲げた「入りやすく出やすい生活保護制度をつくろう」を提言の精神とすると述べています。(中間報告書 34ページ)
私たちもまったく同感です。
 私たちは、「21世紀の生活保護制度」として、また北九州市への思いを込めて、以下の九つの提言をします。
 なお、今日福祉サービスは措置から契約に移行し、社会福祉法に定める目的、理念、原則等に沿って運営されています。一方、生活保護は契約ではなく依然として措置制度です。従って、社会福祉法の考えをそのまま踏襲できるかは議論があるかもしれませんが、私たちの提言のいくつかはその考え方に基づくものです。                                                                                                                            (1)申請権の尊重について                                                              

 生活保護は、申請主義の原則(法7条)を採っています。申請主義というと昨今の社会保険庁の問題で消極的な意味、待ちの姿勢に取られ勝ちで評判が悪いのですが、生活保護では大事な意味があります。
生活保護法が国民に保護請求権(法2条)を付与したことに対応して、その発動形式としての積極的な意味です。同時に急迫している場合には、福祉事務所に職権保護を義務付けていることも忘れてはいけないと思います。
 さて、申請書は通常福祉事務所に備付けのものを使います。どこの福祉事務所でもその申請書は、相談室の書式入れ(レターケース)の中に保管しています。
然るに、貴市では今後は相談室に備え付けるとありました。(第4回議事録 6ページ)
それでは、今までどうしていたのでしょうか。管理職が管理していたのでしょうか。申請書の管理を通して申請を抑制していたのではないかと勘ぐりたくなります。
もう一度、立法時の申請権の意味に立ち帰ってください。
そこで、私たちは具体的な提案をします。
申請書は、「相談者の手の届くところに、相談員の目の届くところ」に配置してください。
ここで、改めて相談の位置付けに言及しておきます。
相談は、申請手続きの支援のために行うものです。
しかし、機械的に申請を受け付けると、実務が混乱することも私たちは承知しています。
予め要保護性がないとわかっている時にはその旨を、丁寧に説明し納得をいただいた方が市民のためであると思います。それはともかく、何よりも名実ともに申請権を尊重することが必要です。

(2)保護の廃止の仕方について

 生活保護の廃止について、生活保護法(第26条)では、保護の実施機関は、被保護者が「保護を必要としなくなったときは、すみやかに保護の停止又は廃止を決定し‥‥‥‥」と定めています。保護を必要としなくなったときについては特段の規定はないが、保護の開始は言うまでもなく要否判定で始まります。従って、私たちは保護の廃止に当っても原則として要否判定を行うことが基本であると考えます。
保護の廃止は、安易に辞退届に頼ることなく、「保護は要否判定に始まり、要否判定で終わる」としてください。

(3)様々な自立支援プログラムの策定について

 生活保護の目的は、最低生活の保障と自立の助長と言われています。(法1条)
「生活保護制度の在り方に関する専門委員会」は、その自立について、
1.就労による「経済的自立」
2.自分で自らの健康、生活管理を行う「日常生活自立」
3.社会的なつながり回復・維持する「社会生活自立」
と再定義しています。
自立は、その効果を短期間に期待すべきことではなく、「日常生活自立」⇒「社会生活自立」⇒「経済的自立」と段階を追って求めていくべきものでしょう。
今後は、貴市においても単なる就労自立だけではなく懐の深い、様々な自立(自律)支援プログラムの開発を願っています。

(4)第三者評価の導入について

 今回の検証委員会は、その契機は不幸な出来事からでした。しかし第三者の手による画期的な手法だったとも言えます。
社会福祉基礎構造改革の議論により、今日福祉サービスの質の向上のために第三者評価の手法が導入されています。(社会福祉法第78条)
しかしながら生活保護制度だけはその論議から除外されていました。また、先の「生活保護制度の在り方に関する専門委員会」でも積み残した課題とされています。
 これまで生活保護の運用のチェックは、国や都道府県による監査と会計検査院によるものでした。監査はそれぞれが決めた監査主眼事項によるものでした。福祉事務所の従事者からはあら探しでしかないと不満の声もありました。
 そこで私たちは提案します。生活保護においてもサービスの質の向上を目指した、従事者のモラール向上に役立つ第三者評価の導入を実施してはいかがでしょうか。
監査の主眼事項ではない、評価基準、評価項目を研究開発するのです。
同じ評価基準、評価項目を使って福祉事務所自身が自己評価も行うのです。第三者評価にあたっては、利用者の満足度調査も併せて実施することも考えられます。

(5)苦情処理の仕組みについて

 これは社会福祉法の第82条の考え方です。
生活保護制度は、救済制度としては、不服申立、行政訴訟が準備されています。地方自治体によっては第三者による調整委員会なども設置されています。
しかし、これらは概ね事後救済制度です。
これからは、事前救済を旨として市役所の中に別窓口として苦情相談者、責任者を設置してはいかがでしょうか。また第三者による苦情処理委員会を設置してはいかがでしょうか。

(6)情報の公表について

 これも社会福祉法の第75条に基づく考え方です。
制度の仕組みはもとより、申請書等の様式、生活保護基準、実施要領、通知、福祉事務所運営方針、監査主眼事項、苦情処理の仕組み、保護動向、不正受給、医療費誤請求等の情報の公表をシステムとして構築してはいかがでしょうか。

(7)成年後見制度の活用について

  生活保護受給者の多くは高齢者です。また、精神的障害や知的障害のある方も多いと思います。判断能力が不十分な方が少なからずおります。
ところで、一般的には成年後見制度は判断能力の不十分な方の財産管理のための制度と考えられているかもしれません。
しかし、財産管理だけではなく身上監護、権利擁護の側面も大事です。そうでなければ、有資産家のためだけの制度になります。
 生活保護を受給している方は、親族がいないか、様々の理由で関係を断たれている方が多いです。そうした中で、判断能力が低下した生活保護受給の方々には、法的に権限を認められた後見人等を選任し、福祉事務所と連携してその方のQOL向上を図ってはいかがでしょうか。
その場合には、貴市として市町村長申立、成年後見制度利用促進事業を積極的に押し進める必要があります。全国的に見てこの分野(生活保護と成年後見)は未着手の部分です。高齢化が一層進む中にあって、貴市がこの分野を切り拓くことを期待します。

(8)制度の周知について

 現在の生活保護制度がスタートして、半世紀が過ぎましたがこれまでどこの都市でも市民に対して積極的には制度の周知をしてこなかったと思います。かって総務省の行政監察で指摘されたこともあったやに記憶しています。
何故周知に取り組まなかったかですが、掘り起こせば生活保護受給世帯が増加するからです。当たり前ですが、制度があっても使わないのであれば意味がありません。
経済状況、社会状況が悪化した時には、制度がきちんと機能する、ビルトインスタビライザー(自動安定化装置)として機能することこそが成熟した福祉社会といえるのではないでしょうか。また、餓死などの悲惨な事件を未然に防止するには、生活困窮者の情報が福祉事務所の窓口に届く仕組みも必要です。
区役所内部の福祉関係部署はもとより、電気、水道、ガスなどのライフライン、住宅等の関係機関との綿密な情報共有システムの構築に取り組まれてはいかがでしょうか。
 なおこれらについては、現行の生活保護法の施行に当たって厚生省(当時)が通知した
「生活保護法の施行に関する件」(昭和25年5月20日発社第46号厚生事務次官通達)が参考になりますので、その抜粋を示します。
「生活に困窮する国民に対して保護の請求権を認めたことに対応して、保護は申請に基いて開始することの建前を明らかにしたのであるが、これは決して保護の実施機関を受動的、消極的な立場に置くものではないから、保護の実施に関与する者は、常にその区域内に居住する者の生活状態に細心の注意を払い、急迫の事情のあると否とにかかわらず、保護の漏れることのないようこれが取扱については特に遺憾のないよう配慮すること」

(9)専門職の配置について

 このことについては、中間報告書でも提案されています。
何事にも言えることですが、どんなに良い制度を作ってもその目的を達成するには、それを運用する人と組織に左右されます。
とりわけ社会福祉制度、生活保護制度にはそれが言えます。
検証事例を見るまでもなく、近年は複雑困難な事例が多いです。事実を見通す冷徹な目(クールアイ)と受け入れる暖かな心(ホットハート)が必要です。
単に経験者を配置するにとどまらず、豊かな専門知識と訓練、人権感覚を兼ね備えた専門家が求められます。
生活保護職場は、多くの自治体では不人気職場だといいます。貴市でも「行きたくない、行かされたら早く出たい」職場とされていないでしょうか。
それでは職員にとっても市民にとっても不幸なことです。
自ら生活保護職場を志願し、プライドを持って従事する職員が必要です。
改めて、社会福祉士などの専門職を採用されるよう提案します。



4.まとめ

 18世紀、19世紀の貧困観は自己責任でした。貧困は怠惰など個人の責任であり、救済は人の自助努力を妨げるものと考えられていました。
20世紀に入ると、貧困の原因は個人的な要因よりも失業などの社会的要因が大きいとされ、福祉国家として社会保障の諸施策が整備されていきました。
ところが20世紀の後半になって、不正に社会保障に依存すると非難する声が強まり、貧困にある人も自助努力さえすれば貧困から抜け出せると個人責任への回帰が見られるようになりました。北九州市での出来事は、大きくはこうした背景もあったのではと危惧します。
多くの貧困者は、個人の努力だけではどうにもならない状況にあることは、日々生活困窮者に接する福祉事務所の方々が一番良く知っているはずです。
 私たちにも、多くの国民にこうした実情を理解していただく努力が求められますが、誤った自己責任論には左右されてはならないと思います。
回帰すべきは、「生活保護法に定められた原理へ」です。無差別平等の原理に徹した職務に精励することです。
 2007年9月28日、厚生労働省の社会福祉行政業務報告で、06年度の生活保護世帯数は107万世帯、被保護者数は151万人達したと明らかにされました。どちらもこの約10年、増加傾向です。増えることが決していいわけではありません。しかしそれに無理矢理抑制する方法で対処すれば悲惨な事件が発生します。それは社会保障政策や経済政策、労働政策全体で解決すべきことです。
 既に触れたことですが、現下の格差が広がる社会にあってはむしろ所得再分配としての生活保護制度が正常に機能していると受け取るべきです。
 今回の検証の過程で、市民アンケートが実施されました。生活保護制度を巡ってこれだけ大掛かりに市民の意向を把握したのも、全国で貴市が初めてだったのではないか。これが出来たのですから、利用者の満足度まで調査できるかもしれません。怪我の功名ですが、この面では生活保護制度を運用する機関として既に全国の先端を行ってます。また、検証委員会が提案した8項目を忠実に実施したならば、それだけでも水準の高い、真のモデル福祉事務所になるのではないでしょうか。

 最後になりましたが、貴市が今回の難局を乗り越えて、組織も意識も刷新し、名実ともに生存権を守る立場で生活保護行政を進めることが出来た時には、それこそ新しい市長が掲げる「ハートフルな市政」構築になるものと私たちは信じています。期待もしています。
ありがとうございました。

以上