複数の依頼人
遺産分割事件の場合、同一事件につき、複数の相続人から、1人の弁護士が事件依頼されることは結構ある。今回は、それに伴う危険を考えてみます。実例
次のような遺産分割事件の依頼がありました。(父親は3年前に死亡)母親が亡くなり、子ども3人が残された。遺産は、不動産として自宅とアパート、預金、株式である。各相続人の希望は次の通り。次男と長女が一緒に法律事務所を尋ねた。争点は、遺産の取得割合、不動産の評価、株式の分け方であった。次男と長女は、その後、一緒に、その弁護士に事件を依頼した。
- 長男は、評価の高い自宅とアパートを取得希望し、取得割合も約2分の1を希望
- 次男は、全遺産を等分に分けることを望み、
- 長女は、当初は、全遺産を等分に分けることを望んだが、最終的には、決着を急ぎ、預金を望んだ。
受任弁護士の責任
弁護士を複数の相続人で委任すれば、1人当たりの弁護士費用は安くなりそうです。しかし、 弁護士が、このように、複数の依頼人から、同一事件を受任する際には、弁護士倫理上、注意が必要です。
受任に際し、特別な義務があるか。 利益相反が現実化し、争いが生じた場合。依頼人が弁護士を解任した場合、弁護士は、どう行動すべきか。利益相反に関し、弁護士に特別な責任がありそうです。
ここで、同一事件について受任する場合とは、遺産分割事件における複数の相続人から受任する場合、主債務者と保証人の両者から受任する場合などです。
弁護士倫理は、弁護士職務基本規定(後記)で決められています。実務の慣行
遺産分割調停事件の実務では、複数の相続人間で争いがない場合は、弁護士は、複数の相続人から受任し、調停の成立時において 、1人の相続人の代理人は留任し、他の相続人の代理人を辞任するとの方式をとっている。相続人間で争いがなければ、これで問題はない。利益相反
次男と長女の間では、相続による取得分、株式の評価などで、利益相反がある。 しかし、実例では、利益相反の問題は、顕在化していない。
そこで、受任する弁護士には、次の責任があります。
@説明義務
弁護士には、同一の事件について複数の依頼者があって、その相互間に利害の対立が生じるおそれがある場合、説明義務があります。 利益相反が顕在化しない限り、弁護士は、受任に際し、辞任の可能性、その他の不利益を及ぼすおそれがあること説明すれば、受任できます(32条)。 依頼人から、書面で、説明を受けた旨を書いてもらうか、メールで説明する必要があるでしょう。
A同意取得
次に、依頼者の利益と他の依頼者の利益が相反する場合、各依頼者から、具体的な同意をとる必要があります(28条)。
B辞任
利益相反が顕在化し、複数の依頼者が、現実に対立した場合、弁護士は辞任しなければなりません(42条)。
依頼人間で争いが生じたり、依頼者の1人が代理人を解 任したりし、現実に利害の対立が生じた(42条)場合です。代理人は、残る当事者の代理人として、その利益のために、解任した当事者(旧依頼人)と争うことになります。これは、法律上、許されないことです。弁護士は、旧依頼人を相手に争 えない。旧依頼人は、かって、自分(弁護士)を信頼してくれた依頼人だからです(27条2号)。よって、弁護士は、全ての代理人を辞任することになります。複数受任の是非
1人の弁護士が複数の当事者の代理人になる場合は、 以上の問題があります。
これを解決する余裕がない場合は、複数の代理人となることは避けるべきでしょう。関連規定
2024.5.1
弁護士職務基本規程 (職務を行い得ない事件) 第27条 弁護士は、次の各号のいずれかに該当する事件については、その職務を行ってはならない。ただし、第三号に 掲げる事件については、受任している事件の依頼者が同意した場合は、この限りでない。 一 相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件 二 相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるもの 三 受任している事件の相手方からの依頼による他の事件 ・・略・・ (職務を行い得ない事件) 第28条 弁護士は、前条に規定するもののほか、次の各号のいずれかに該当する事件については、その職務を行っては ならない。ただし、第一号及び第四号に掲げる事件についてその依頼者が同意した場合、第二号に掲げる事件についてその 依頼者及び相手方が同意した場合並びに第三号に掲げる事件についてその依頼者及び他の依頼者のいずれもが同意した場合は、この限りでない。 ・・略・・ 三 依頼者の利益と他の依頼者の利益が相反する事件 ・・略・・ (不利益事項の説明) 第32条 弁護士は、同一の事件について複数の依頼者があってその相互間に利害の対立が生じるおそれがあるときは、事件を受任するに当たり、依頼者それぞれに対し、辞任の可能性その他の不利益を及ぼすおそれのあることを説明しなければ ならない。 ・・略・・ (受任後の利害対立) 第42条 弁護士は、複数の依頼者があって、その相互間に利害の対立が生じるおそれのある事件を受任した後、 依頼者相互間に現実に利害の対立が生じたときは、依頼者それぞれに対し、速やかに、その事情を告げて、辞任その他の事案に応じた適切な措置をとらなければならない。