走馬灯

 ……ここはどこだろう。
 ぼうっとした頭で、あたりを見回す。
 どこかで見たような景色だ……。
 ぼくは、自分の記憶を掘り返した。
 確か……ここは……。
 そうか。
 ぼくは思い出した。
 ここは、ぼくの母校そばにある神社だ。
 ここで、ぼくは大切なものを手に入れたんだ。
 確かあの時も、神社の境内を月明かりが照ら
していたのを憶えている。
 けれど……なにを手に入れたんだっけ?
 とても大事なもの……一生手放さないと誓った
もの。
 そう……それは愛する人。
 ぼくはその人の名をつぶやいた。
 そして、まだ見ぬ子供の名を……。

 刹那。
 ぼくの意識は現実に引き戻される。
 対向車線から大きく外れた巨大なトラックは、
フロントガラスのすぐ目の前に迫っていた。
 いつの間にか、熱いものがぼくの頬を流れて
いた。
 そうか……ぼくは……。

 同時刻。
 ひとつの生命が生まれた。何も知らない、
純真なこころの誕生。
「もうすぐ、パパに会えるよ……」 
 泣きさけぶ息子をなだめるように、女性は
言った。
「もうすぐ……ね。」
 寒く長い冬の夜が、ようやく明けようとしていた……。

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