菊地雅章インタビュー


photo by Hiroshi Hommma
写真提供:ユニバーサル ミュージック株式会社


自分が考えているスイングを
楽に表現できるフォーマットが
ようやく日本で見つかった


インタビュー・構成 富澤えいち


 ニューヨークに拠点を移してすでに30年近くの歳月が流れ、マイルス・デイビスやギ
ル・エヴァンスといった名前とともにジャズの潮流を創る活動を続けているのがプーサ
ンこと菊地雅章だ。ここ1〜2年、日本での活動のために模索していた日本人トリオが実
りを見せて、『オン・ザ・ムーヴ』というアルバムに収めた彼に、日本人若手ミュージ
シャンへの熱い期待と独自の“ピアノ弾き哲学”を語ってもらった。


日本人だとシロくなっちゃう

――このトリオは、菊地雅章さんの活動のなかではどんな位置にあるものなんですか。
菊地 ボクはスイングするのがすごく好きなんですよ。テザード・ムーン(ゲイリー・
ピーコック/b、ポール・モチアン/ds)はまた別なコンセプトだし、ストレートにスイ
ングするというか、別に昔のようにやるというのじゃなくて、自分なりのグルーヴを出
せるモノをやってみようと思って、それで新しいトリオを考えたんだけど。このトリオ
は良いですよ。やるたびに良くなっていくんだ。ボクのなかでは、テザード・ムーンと
このトリオ、あとはスラッシュ・トリオ(菊地雅晃/b、吉田達也/ds)っていうのがあ
って、スラッシュは変拍子の、ドラム・トリオってカンジかなぁ。まあ、この3つがあ
ればね、一応、考えている音楽が全部できるんじゃないかと思っているんですよ。
――“初”の日本人によるトリオですね。
菊地 別に日本人を避けていたんじゃないんですよ(笑)。ただ、演奏能力と合奏能力の
面で、ボクの考えているようなグルーヴがこれまではなかなか表現できなかった。この
トリオなら、という気がしたので、やっていこうかなという気になったんです。
――若手というところがポイント?
菊地 そうですね。特に杉本(智和)クンのベース。リズムが非常に良いし、生きてい
る。日本人の場合、4ビートをやっても、シラケるって言うのかなぁ。シロくなっちゃ
うんですよ。結局、タイムの感じ方とか演奏の能力って言うのか……。そうなると、ピ
アノでスイングをリードしていくというのは、すごくくたびれる作業になってしまう。
自然体で弾けてスイングすれば、ボクにとってはすごくラクというか、それが自然なワ
ケでしょ。このトリオなら、そういう面での不安がぜんぜんないから、かなりおもしろ
いと思っているんですよ。
――日本の若手は、これまでのジャズ・ミュージシャンと違うと感じますか?
菊地 うん。やっぱりリズムの感じ方とか、違いますよね。
――若手の経験が違ってきたのでしょうか?
菊地 いや、経験じゃないと思うんですよ。まあ、アコースティック・ベースをちゃん
と弾けるというか、一人前になるにはやっぱり10年ぐらいはかかるだろうから……。日
本にはアメリカのように日常にジャズがあるという環境ではないだろうし、日本人の合
奏能力とか演奏能力は高くなっているんだけど、そういう歴史的な面では違いがあっ
て、まだまだギャップはあると思うんです。でも、杉本クンと珠也の2人は遜色ないん
じゃないかと思いますね。
――菊地さんはメンバーに対して強く“指導”される方だとお聞きしているんですが、
杉本さんに対してはどうだったんですか。
菊地 うん、今まではずいぶん言いましたよね、確かに(笑)。いろいろやってみるんだ
けど、何かもう1つ、手が届かないと言う……、焦燥感みたいなモノが……。まあ、軋
轢ってのかな、そういうのはボクもあんまり好きじゃないから(笑)、半分あきらめてい
たんだけど、最近は荒巻(茂生)クンみたいに、一風変わっているベーシストが出てき
ているし、なんだか日本人のベーシストの資質みたいなものが上がったような気がした
んですよ。それでいろいろと若い人のことを聞き回って、始めてみたのがこのトリオの
最初だったんです。彼にはほとんど何も言わないですよ。

ジャズって儲からないからなあ

――若手と一緒に演奏するということで、彼らに何かを“伝えよう”という意識は持っ
ているんでしょうか。
菊地 いや〜、それはナイですね。ボクは気持ちよくやれればいい。“若手を育てよ
う”なんて気はナイですよ(笑)。育つのはムコウの勝手、オレじゃないんだから(笑)。
やっぱり、演奏するときはイーブンだし、自分も手探り、死ぬまで手探り状態だろう
し、ね。
――菊地さんご自身の、彼らと同年代の時代のことを思い出したり比べたりすることは
ありませんか。
菊地 ずいぶん昔だから(笑)。どうスイングしてたかって、感覚の問題だから、よく覚
えてないんですよ。ただ、こうじゃなくちゃいけないんじゃないかという、感覚的な、
ゴールみたいなものは今でも感じながらやっているわけだけれど、それに近いところへ
持っていってくれる人、そういう人を選んでいますよね、一緒に演るのは。
――ゴールというのはスタイル、美学みたいな漠然としたモノですか。
菊地 う〜ん……。まあ、ジャズなんかそもそもお金が儲からない仕事だし、それでも
やるっていうのは……、自分の耳に鳴ってくる音楽をどうやって具現化するかというこ
とになるから……。具現化できないということがハッキリすれば、ボクだってこんなこ
とやってないけど、少しでもそれに近いモノができそうだなという感触があるから続け
てられるんだよね……。だから、万難廃しても続けたいと思ってやってきたわけでし
ょ。
――ステージを拝見していると、ピアノの前で頭を下げて、何かを待っているように見
えるのですが。
菊地 たぶん、聴いているんでしょ。待っているんじゃなくて。
――メンバーの演奏を?
菊地 いや、ボクに何かが聞こえてくるのかを聴いている。もちろん、そこには2人の
演奏している音も聞こえているんだけれど、そこからまた何が聞こえてくるかを聴くわ
けです。これがボクの演奏スタイルになっているよね。
――演奏中に声を出していますが、それは聞こえてくる音楽とシンクロしているんでし
ょうか。
菊地 声ねぇ……(笑)。これはどうしようもないんですよ。自分じゃ聞こえないんだ。
逆に自分の声が聞こえているようなときは、ダメな演奏ですよ。ぜんぜん意識していな
いのに、声が出ちゃっている。そんなときは良い演奏だと自分でも信じていいと思って
いるんだけど……。でもね、この“声”で、ずいぶん仕事が少ないんですよ、ボク
(笑)。だからって、直せないよなぁ。スポーツ選手でも声を出す人がいるけれど、一瞬
“気”を溜めてるわけですよ。そうすると、やっぱり“声”が出ちゃうんじゃないか
な。デューク(・エリントン)はそんなに大きくないけど、それでも声を出してる。バ
ド・パウエルもそうだし、ハービー・ハンコックだって一時はヒドかったですよね
(笑)。
――キース・ジャレットも……。
菊地 彼はピッチをつけようとして声を出しているんじゃないかなぁ。まあ、話をした
ことがないからわからないけど、キースとボクとは違うような気がするんだよね。彼は
むしろ(グレン・)グールドに近いと思う。まあ、どっちにしても、カクテル・ミュー
ジックの仕事はできないからねぇ(笑)。でもね、ムコウ(=アメリカ)でも「声を出す
な」と言われたことはないんですよ。「セクシーだ」と言われたことはあるケド(笑)。
――菊地雅章にとって“良いピアノ・トリオ”というのは?
菊地 さあ……。個人差があるしね。自分のトリオで良い演奏ができたかどうかという
のはわかりますけど、他の人には他の人のコンセプトがあるし……。ボクのは別にピア
ノだからという考えはなくて、ピアノは音楽を表現するための1つの“媒体”にしかす
ぎないから。むしろ、ユーティリティとスピリチュアルのバランスの方が問題でしょう
ね、ボクの場合は。ユーティリティっていうのは、演奏能力というか知識というか、そ
の対極にスピリチュアルがあるんだけれど、ユーティリティを高めていけば、スピリチ
ュアルなものも同様に高めていかなければならない。同じように増加していかないと音
楽としてのバランスが失われちゃうんですよ。そうなると速弾きだけになっちゃった
り。でも同じように高めていくのって、すごくタイヘンな作業ですよね。精神的に自分
を淘汰していかないと……。それだったら、音は少なくていいからスピリチュアルを常
に保っていった方が、音楽の結果としては良いモノが出てくると思うんですよ。問題
は、音楽に対するスタンスでしょ。ピアノ・トリオというのはピアノを演奏するための
フォーメーションの1つに過ぎない……。でも、みんなはお酒を飲むときにバックに流
れている音楽を演奏するというイメージ、持っているのかなぁ。ボクはバックグランド
の音楽なんて、ヤダね。せっかく生まれてきたんだから、やっぱり自分の人生、大事に
したいよね。他人の酒のための伴奏なんか、したくないから(笑)。


以上の原稿は2001年7月13日に発売されるはずだった『jazzLife』8月号(株式会社立東
社)に掲載されるはずだったものです。
無断転載を禁じます。





『ON THE MOVE』菊地雅章トリオ
ユニバーサル クラシック&ジャズ(Verve) UCCJ2008
\3,000(税込) 2001年7月25日発売

1. イレヴン 2. シャル・ウィ・ダンス 3. ゲット・ハッピー 4. ネイチャー・ボー
イ 5. ゴースト 6. クロージング・テーマ
菊地雅章(p) 杉本智和(b) 本田珠也(ds)
2001年3月 東京録音