| 1996年/アメリカ | |
| 製作 | トム・クルーズ、ポーラ・ワグナー |
|---|---|
| 監督 | ブライアン・デ・パルマ |
| 音楽 | ダニー・エルフマン |
| 出演 | トム・クルーズ、ジョン・ボイト、エマニュエル・ベアール |
大変心躍らされる映画であった。
ビジュアルを優先して、見せたいアクションシーンのために話が展開していく作品が多い中、物語の展開の必然として手に汗握るシーンが挿入されており、最後まで期待を裏切ることなく堪能できた。この一作品から単純に判断はできないが、トム・クルーズのプロデューサーとしての第一歩はまず成功したと言えるだろう。
つまらない映画では決してない。かといって面白い映画とも言い難い。良い映画なのか? どう表現するのが良いのだろうか? 自分自身のボキャブラリーのなさにもどかしさを感じてしまう。
だが何か一つ腑に落ちない。この作品がただのスパイアクション映画であるなら確かに十分すぎるほど満足したと言えるのだが、これは「スパイ大作戦」の映画化作品なのである。それを考えた時、かなりイメージと異なる作品なのではないかとの疑問がわくのである。
まず邦題がなぜ「スパイ大作戦」ではないのかが気になっていた。確かに「宇宙大作戦」が「スター・トレック」になっている前例はあるが、それにしても「ミッション・インポッシブル」からはその内容をはるか想像することが出来ないし、よっぽどの通でない限り、それが「スパイ大作戦」の原題だとは知らないであろう。
また内容の点でも、テレビの「スパイ大作戦」は指令に基づいて、チームワークで作戦を遂行するというものであるが、この映画で中心となるのは、自らの意志による諜報活動であり、それもチームでの活動というよりはトム・クルーズの独り舞台といった趣になっている。そしてなにより、テレビシリーズではチームのリーダーであったフェルプスが、この作品での事件の黒幕であったという結末は、かつてのシリーズのファンをどれだけ驚かせたであろうか。
しかしここでよく考えてみたい。もう一つの有名なスパイシリーズ「007」は東西対立のない今、敵づくりに苦労している。この作品の中でもフェルプスが語ったように、現代ではもはや以前のような諜報活動には何らかの意味も見いだせなくなっているのだ。単純な役者の交代による世代替えではなく、内容からもかつての「スパイ大作戦」の新たなる出発が必要だったのだ。この映画はそのための橋渡しなのだろう。ここにこの映画が「スパイ大作戦」ではなく「ミッション・インポッシブル」である理由があるといえるのかもしれない。もちろん日本でだけの意味づけではあるのだが。
いずれにしてもぜひ「おはようイーサン君」で始まる次回作を期待したい。
<MK>
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