【アニマルクライシス - 人間とクマ、崩れる「共存」】

 

2019.11.20 毎日新聞<くらしナビ・環境>

 

 札幌市の住宅地で今年、ヒグマの目撃が相次いだ。里山の荒廃や農地の放棄が進み、住民との距離が縮まったためだ。生活を脅かす害獣として扱うのか、それとも保護すべきか。人間との共存のあり方が問われている。

 

●札幌市駆除に賛否

 

 「パン、パーン」。今年8月14日早朝、札幌市南区の住宅地で乾いた銃声が響いた。市が猟友会の協力を得て駆除したのは、体長140センチ、体重128キロで推定8歳の雌のヒグマだった。

 

 同じ個体とみられるヒグマは8月2日以降、夜間を中心に同区内で目撃が相次ぎ、サイレンやライトで威嚇しても動じる気配を見せなかった。地域の夏祭りが中止となり、夏休み中の子どもたちも外遊びを控える中、家庭菜園に侵入してはトウモロコシを食べるなどして、地域住民の生活を脅かした。麻酔銃は効くまでに時間がかかり、かえって住民に危害を及ぼす可能性があったため、市は猟銃の使用を認めた。

 

 「なぜ殺したのか」「こんな凶暴な動物は殺していい」。市には賛否双方の意見が道内外から殺到した。電話は1週間で約600件。道内の意見は約6割が「適切な判断だった」と賛成、道外は約6割が「麻酔銃で眠らせて山の奥に返すか、動物園で飼うなどの措置はとれなかったのか」など非難の声だった。

 

 ●目撃情報が増加

 

 市によると、今年の目撃情報はフンや足跡などを含めて193件(今月14日現在)。昨年1年間の137件を大きく上回ったが、南区は区別で全体の約9割を占める。目撃地周辺には住宅地とヒグマが生息する山林の間をつなぐように、放棄された果樹園などが広がっている。駆除されたヒグマは果樹園跡で実る果実を食べ続ける中、徐々に人間の生活圏との距離が縮まり、家庭菜園で餌を食べることを学んだとみられる。

 

 ヒグマは本州のツキノワグマに比べて体が大きく、体長3メートル、体重500キロを超える個体もいる。陸上に生息する動物としては国内最大で、道内では1万600頭が生息すると推定されている。北海道の先住民族であるアイヌ民族はヒグマを「キムンカムイ」(山の神)と呼び、畏敬(いけい)の念を抱いてきた。一方、道によると、ヒグマによる死傷者は1989年以降で42人(うち死者15人)。農業被害は2018年度で2億3000万円に上り、前年度より3000万円増えた。

 

 ●近付けない施策を

 

 北海道立総合研究機構・環境科学研究センター(札幌市)の間野勉・自然環境部長(59)は「人間と警戒心の強いヒグマが互いに一定の距離を保つことで成り立っていた『よそよそしい共存』のルールが破られた」と指摘する。

 

 生息する里山ではかつて、薪や炭の材料となる木材が生産されていた。下草刈りで見通しが良くなり、ヒグマが住宅地や農地に入ってくるのを防いできた。しかし、手入れがされなくなった里山や放棄された農地に木やササが生い茂り、ヒグマが身を隠して農作物や人家に近づけるようになった。間野部長は、駆除一辺倒ではなく、電気柵や頑丈なゴミ箱の導入、草刈りや耕作放棄地の果樹の伐採など、ヒグマが人間の生活圏に近づけなくする施策を進めるべきだと説く。

 

希少種か害獣か 地域で意識差

 日本には北海道のヒグマ、本州以南のツキノワグマの2種が生息する。これらは保護すべき希少種か、それとも害獣なのか。駆除のたびに賛否両論が巻き起こる背景の一つとして、地域ごとに人間とクマとの向き合い方が異なる現実もある。

 

 北海道や東日本の山間部などでは数多く目撃され、農産物の食害や人的被害などが問題視される。一方、四国自然史科学研究センター(高知県)の推計では、四国に生息するツキノワグマは剣山(徳島県)周辺のわずか16〜24頭のみ。九州では近年目撃例がなく、既に絶滅したと考えられる。減少要因は森林開発や鉱山開発で生息場所が狭まったほか、過去に駆除が奨励された影響も考えられる。

 

 環境省はクマ類を一律に絶滅危惧種とはせず、レッドリストでは地域を限定した「絶滅のおそれのある地域個体群」と定義。ヒグマの場合は北海道の石狩西部と天塩・増毛地方、ツキノワグマは下北半島、紀伊半島、四国山地などが該当する。

 

 環境NGO「世界自然保護基金(WWF)ジャパン」の草刈秀紀さんは「問題が発生している実態を詳しく見ずに『クマを殺すな』と声を上げるだけでは済まない面もある。ただ被害対策と並行し、人間とクマが共存できる生息地作りを進める努力も欠かせない」と話す。

 

https://mainichi.jp/articles/20191120/ddm/013/040/020000c

 

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