ネイチャーニュース 6月30日

 

パンデミックの渦中で自然保護のため戦う生物多様性のリーダー

〜エリザベス・ムレマの向きあう大役は新たな生物多様性ターゲット交渉の陣頭指揮〜

 

著者:スムリティ・マラパティ

 

本年6月、エリザベス・ムレマ氏が国連生物多様性条約事務局長に任命され、アフリカ女性としては初めて、この国際政府間機関の長に就任した。

 

生物多様性条約は1992年に発効した国連条約で、現在、生物多様性保全の全球目標の設定をすすめている。

 

ムレマ氏はタンザニアの出身の法律家で、現在はカナダのモントリオールを拠点としている。国連環境計画で10年以上にわたり指導的地位にあった後、コロナウイルスパンデミックの危機的時期に、現職に就いた。彼女は、現在草稿段階にある次期10年の生物多様性全世界協定の合意に向けた指揮をとることとなる。同合意は、本年10月に中華人民共和国の昆明で開催予定だった締約国会議において採択署名が期待されたが、コロナウイルスの流行により、来年に延期された。

 

前国際合意は生物種の損失をくいとめる愛知目標として、2010年に制定。今回、科学者等は生物種の絶滅を防ぐ単一の目標を呼びかけている。一方、他の関係者は生物絶滅に関する目標だけでは、そのほかの重要なゴール、例えば、生物資源の利用に基づく恩恵の分配を確実な実施が軽視されるのでは?と危惧している。

 

新型コロナウイルスは、人に感染拡大する以前に動物体内で発生したと推察することから、野生生物の取引を停止するなどの提案も出され、これまでも長らく議論のあった、保全派と持続利用を推進派との緊張を生み出している。

 

ムレマ氏はNature誌のインタビューに際し、パンデミックがどのように上記の交渉に影響を与え、今後どのような難局を迎える可能性があるのかについて語ってくれた。

 

生物多様性アジェンダに与えたパンデミックの影響についてどうお考えですか?

 

私は生物多様性にとって、あまり良くない時期に任命されたと見る向きもありますが、またとないチャンスを与えられていると感じています。世界がCOVID-19によるロックダウンにより、あるいは今もまだその渦中で、憂慮していますが、同時に、生物多様性について、かつてないほど人々が関心を寄せ、議論しています。人類の活動が自然界にどれほどの影響を与え、ヒトの健康と生物多様性に繋がりをより一層理解するようになってきています。

 

人類が、森林破壊、農地拡大、集約化畜産、生息地分断などにより自然を撹乱したため、野生生物との接触機会が増えて、人獣共通伝染病の病原生物が漏れ出して、貿易とツーリズムがヒト―ヒト感染を拡大します。結果として今我々が遭遇している爆発的パンデミック状況を作り出したのです。

 

これらは、生物多様性条約の新たな課題というわけではなく、むしろ、パンデミックがこれらの問題を前面に押し出し、将来のパンデミックを防ぐことを見据えた議論が活発になっているのだと思います。私は(次期締約国会議が延期となった)今もなお、2020年が生物多様性のスーパーイヤーとなると考えており、こういった問題について、備え、話し合い、一層の理解を育む年となっていると思います。多くの人々が生物多様性と人類の危機がリンクしていることに気づいたことにより、2021年がこれらへの対処の年となるとでしょう。

 

野生生物市場や取引を禁止する提案についてどう思いますか?

 

海鮮市場を閉鎖し、野生生物取引を一切禁じるという考えは、野生生物に依存して生活するコミュニティにとって好ましくない影響があります。何世紀もの間、野生生物と共に暮らし、これを守り、持続的に消費してきたコミュニティです。都市生活者は、そんなコミュニティで育まれた調和を乱し、森から野生生物を引っ張り出し、街の市場に送り出し、身勝手な食の嗜好を追求しています。(困ったことに)都市部の消費者と野生生物商業者は貧しい民ではありません、彼らは、都市の裕福なコミュニティで(海鮮市場閉鎖で困窮するコミュニティとは異なるので)あります。

 

全面的な野生生物取引を禁止するということは、不法な取引の引き金にもなります。我々がすべきは、そんな対処ではなくて、海鮮市場の衛生を徹底して営業を継続可能とし、ワシントン条約枠組み内で、不法な野生生物取引を規制する事なのです。我々は野生生物に生活を依存するコミュニティのために、持続的な生物消費形態を継続し、もう一方で不法な取引をなくしていかなければならないという、微妙なバランスに立っているのです。

 

科学者たちは生物多様性条約対して、種の絶滅状況に基づき、全球で観測可能な目標を呼びかけていますがこれは良い考えでしょうか?

 

そういう目標の設定を生物多様性条約のコミュニティが皆で深く合意するなら、これは気候変動についてそうであったように、素晴らしいことです。ただ、生物多様性アジェンダはなかなか複雑で多面的な課題もありますので、難しいかもしれません。ここで言えることは、生物多様性損失の直接要因にきちんと取り組む目標を設定できなければ、注意して進む必要があるということです。直接要因に対処する目標で上手く合意できれば、皆が同一の歌曲を歌い上げることとなり、重要なメッセージを異口同音に発していけるはずです。

 

パンデミックの期間中に起こった地域間の政治的緊張が交渉に与える影響についてどう予測されますか?

 

そういう緊張はありますけれど、「自然」の名の下に発言をしていく、これによって人々を共同作業へと導くことができればと思います。こういった問題に一国で立ち向かうことができないのです。我々には国際協働が必要なのです。

 

パンデミックにより経済危機が起きれば新しい合意に影響する可能性はありますか?

 

現時点での主な課題は、COVID-19による経済低迷に向き合うどの国もが、経済回復に力を入れざるを得ない事でしょう。政府は資金的にも人的資源の面からも楽ではないでしょうが、パンデミック以前に起草された「全球的生物多様性枠組み」という新しい国際協定の草稿があります。

 

我々は、これから、持続可能でグリーンな経済というものを経済回復の中に取り入れなければなりません。各国がよりよく回復を果たす(Build Back Better=BBB)、すなわち、経済刺激策のパッケージの中に生物多様性保全を組み入れ、保全に好ましくない補助金制度の廃止などにより、将来のパンデミックを予防していくという取り組みも必要でしょう。いくつかの国ではもうすでにこの考えを支持する声が上がっています。例えば、去る5月には欧州委員会が2030年に向けた生物多様性戦略を採択し、生物多様性の損失、気候緩和・適応に関する、回復化計画を同戦略に盛り込みました。

 

来年までにこのモメンタムを失わないよう何かお考えですか?

 

私が第一のゴールとして申し上げたいのは多くの関係機関が参画し、生物多様性と自然が重要だという議論を深めることです、そして、人間活動が生物多様性損失を引き起こし、多大な負の影響を与えているのですから、直接要因である、気候変動、土地利用、汚染、侵略的外来種について、人々はもっとよく知らなければなりません。

 

それらの関係機関が、政府に良い意味での圧力をかけて、野心的で変革的な「ポスト2020年全球的生物多様性枠組み」に合意するよう支持してくださると、その後の実施に向けた援助となります。我々は、(締約国会議で中国の)昆明に参集することが、環境専門のコミュニティだけでなく、若者世代やビジネス、ローカルコミュニティ、都市と自治体などの多くを取り込んだものとなるよう願っています。

 

これらの努力は(COVID-19の影響下でも)現在バーチャル環境で続けられています。この機会に、より多く相談や協議を持つよう、多くの機関の参画準備に時間をかけています。私自身多くのご支援と関与をすでに拝見していますが、今のところまだ、言葉の段階です。これから実質的で観測可能な、賢明で根拠のあるアクションへと向かうと良いのですが。これを思うと夜も眠れません。

 

現在の生物多様性目標は多くが実現していませんが、次の10年では実現を目指すとすると何が重要でしょうか?

 

愛知目標全てを達成することについては、難しいことが明白となってきています。この目標不到達については、理由がわかってきたものもあります。これらの経験を踏まえて、新しい枠組みを草稿して行きましょう。過去のゴール設定過程とは異なり、今回は全ての関係者、若者世代や先住民のグループなども含めて多くの方々に、草稿に貢献をしていただいています。

 

その上で、締約国政府は最終決定者として同協定を採択する立場にありますが、締約国側も今回は多くの関係機関・団体などの参画が、目標への実施に不可欠であると認識しています。また、愛知目標が採択された時には、主に環境関係の省庁に参画していただきましたが、今次は、環境はもちろん、厚生、農林水産、財務などの複数省にまたがる参画と、前広のご支援をお願いしております。これら多くの関係者が次の10年には重要な役割を担うことになるでしょう。

 

The biodiversity leader who is fighting for nature amid a pandemic

https://www.nature.com/articles/d41586-020-01947-9

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