月夜のMelody
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王様と兄上さまと灰色狼1(緑土なす二次創作Twitterログ)

【長官と王様】

「兄上に嫌われずに、全力で満足するまで抱くにはどうしたらいい?」
 今世王は長官に最重要課題を投げかけた。
「………おそれながら、兄上さまが陛下をお嫌いになることはないと存じます」
 足弱の気持ちなど、狼の長には丸わかりだった。
 ただ、しばらく口を聞いてはくれないくらいにお気持ちを捻じれさせるだろうこともわかっていた。
「そうか!」
 今世王は黄金の髪を輝かせてあれこれと想像を巡らせている。
(巻雲あとは頼んだ)
 最高の医師である巻雲にあとはたくそう。
 その翌日。長官は今世王に呼び出された。
 理由はすでに知っている。
 まさかあの後すぐに実行に移すとは、さすがわが君。
 ちょっぴり焦る長官だった。
「兄上が口聞いてくれないし目も会わせてくれなくなったじゃないか!どうしてくれる!」
 叱責を真正面から受け止める。
「時が解決してくださるかと……」
 額ずいたまま、今世王の顔を見ることができない。
「いつまで待てばいい?明日か?明後日か?」
「……いずれ必ず」
 いや、そんな日数では立ち上がることは無理であると、巻雲からの報告を受けている。
 後は、優秀な侍従長にたくそう。
(命、あとはよろしく)
 足弱が部屋にこもりきりになって10日。
「命さん、腰をさすってもらえませんか?」
 よわよわしく、足弱は最も信頼している侍従長に声をかけた。
「はいよろこんで。…兄上さま、医者をお呼びしましょうか?」
 命の提案に、足弱は首を振った。
「いえ…。レシェイヌが心配してしまうから絶対にレシェイヌにまだ動けないって言わないでくださいね。怒ってるって思わせといてくださいね」
 何度も何度も念を押す足弱。
 戸口でこっそり聞いてた長官は、溢れる涙に袖を濡らした。

【まどろみの兄上さま】

 午後のまどろみにぼうっとしていた足弱は、側に控えていた侍従長にふわりと声をかけられた。
「兄上さまのお好きなものは何ですか?」
「……すき?」
 足弱は、まだ半分眠りの中にいた。
「はい。教えていただけませんか?」
(今度こっそりご用意してお楽しみいただこう)
 自分を強く主張しない主のために、命は自分にできることを日々探していた。
 命に促されて、足弱は口を開いた。
「………レシェ……すき」
 幸せそうにそう呟くと、足弱はまた眠りに落ちていった。
「…………………」
 予想外の主の言葉に、指一本動かせずに命はその場で固まった。
 数いる狼たちの中で最も優れている侍従と誉れ高い命。
 叫び出しそうな自分を全身全霊でもって律した。
(兄上さまーーーー!なんて、お可愛らし…い)
 命の握りしめた両手が、ふるふると震えた。
「兄上はどうしている?」
 日課の問いかけに、今世王の傍らに控えていた一進が答える。
「午睡より目覚められて、今はお部屋にて書き物をされているようですが、先ほど…」
 一進は一呼吸置いた。
「どうかしたのか?」
 今世王の顔が曇る。
 慌てて一進は言葉をついだ。
「兄上さまにお好きなものをうかがったところ。陛下と」
「………何と?」
「陛下がお好き……と」
 一進が言い終わらぬうちに、今世王は一陣の風となり姿を消していた。
 今世王が向かった先である足弱の元へ、一進も全力で駆け出した。
(しまった!先に香油係を遣わせておけばよかったぁあああああ!)
 その足、何人も追いつけること叶わず。

 一進はうめき声をあげた。
「どうかしたか?」
 足弱付き侍従長である命が、王付き侍従長の一進の悲痛なうめきに声をかけた。
「陛下が、兄上さまの元に駆けつけられる足が速すぎて追い付けぬ」
「振りきられるは侍従の恥」
「わかっている!しかし本気の陛下に追い付ける者がいない。せめて香油係を兄上さまのお側に常任させてくれ」
「進言してみよう」
 即座に狼たちの緊急会議が開かれ、満場一致で採択された。

【雪解けさん】

 ラセイヌ最高の料理人であり王室付厨室長の雪解けは、努力と研鑽を惜しまない男だった。
 もっとたくさん兄上さまに食事を召し上がっていただきたくて、これ以上手をかけることが叶わぬ料理とも呼べぬ素朴な料理に、こっそり異国の秘術をかける。
「美味しくなーれ萌え萌えきゅん」
 副料理長の虹は、真剣な面持ちでそれを眺めていた

【愛しき重さ】
 青嵐と朝霧は、二人でこっそり大きな袋に砂を詰めていた。
「これくらいか?」
「いやもう少し」
 途中で砂袋を抱きしめたり、持ち上げたりしながら楽しそうに作業する二人。
 やがて出来上がった砂袋を、大事そうに保管した。
 どうということのないただの砂袋だ。
 皆が不思議に思いながらも気にせずにいたある日、星が移動させようと袋を持ち上げ呟いた
「これ、兄上さまと同じ重さだ」
 その場にいいた、全狼たちが持ち上げさせろと騒ぎだした。
「何をしている!」
 騒ぎを聞きつけた長官が、事態の収集に自分が預かると長官室に運ぶよう指示し二人を呼び出した。
「勝手にこのようなものを作るのは不敬であろう」と説教をする。
「偶然です。故意はありません」
 二人はしらばっくれ通した。
 その後砂袋は美しく飾り立てられ王の寝室に置かれることになる。

「覚えてるうちにもう1つ作ろうか」
 懲りない二人が、また袋を調達し始めるのにたいして時間はかからなかった。
 そして、長官が王の元に送る前にこっそり持ち上げてみて、腰を痛めたことは誰も知らない。

【鮮明な記憶と痣】

 今世王は、叫びを上げて兄の手首を掴んだ。
「手首に痣が!誰です!兄上を傷つけるなんて許せません!」
 足弱は、呆然と弟を見つめ次いで叫んだ。
「おまえだ!」
「私が?」
「昨夜!無理やり!…あの……と、き…」
 足弱は微笑ましく見つめる侍従たちの視線に気付き、赤面して言葉を途切れさせた。
「あの時?」
 好色そうな笑みを浮かべている今世王の心中を察し、足弱はうめく。
 今世王の頭の中では、きっと昨夜の行為が鮮やかに浮かんでいることだろう。
「…思い出すな」
「何をですか?」
「…忘れてくれ」
「忘れてもいいですけど」
 今世王は、兄の手に口づける
「また新しい兄上をわたしに見せてくださいね」
 どうあっても今世王の頭の中から、あれやこれやを消すことはできない。
 さらに鮮やかに、青い瞳に映されるのだ。

【御殿医さんたち】
「巻雲さま、兄上さまは幼少からの過酷さより身体を削っておられる可能性があるとお聞きしてましたが」
「滋養休養適度な運動が最適である」
「え、でも兄上さまの腰は癒される暇がないように感じますが。適度を越えてませんか?」
「………そこは兄上さまに頑張っていただくしかあるまい」

【雪解けさん2】

「雪解けさま。兄上さまより果実をいただきました。いつもよくしていただいているお礼だそうです」
 足弱が山に植えた果樹が、実ったらしい。
 雪解けは震える手で受け取り、うち1つを口に運び号泣し崩れ落ちた。
「なんと美味な!これほどの果実はどこを探しても見つからない!虹!私は料理人を辞めるぞ!」
 副料理長は、最近よく雪解けが口にする聞きなれた言葉に「はいはい」とうなずいた。
 辞めると言いながらも、泣きながら血の滲む努力と研鑽を惜しまないことを誰もが知っていた。