月夜のMelody
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兄上さまの恋文 (緑土なす二次創作 6)


「だいたい兄上は寡黙すぎるんですよ。もっと何を考えてるか教えてください」
 今世王は、謙虚すぎる足弱に詰め寄った。
「何って……」
「何が好きとか、どうして欲しいとか。良かったとか悪かったとか、あるでしょ?」
 これには兄付き侍従たちも、うんうんとうなずいた。
「…………いや、とくにない、けど」
 十分に満たされている、と足弱は思った。
「あにうえー。それでは今日は何をされてました?」
「畑に行ってた」
「そういう普通のことでいいのです。レシェにも教えてください」
「言葉が出てこないんだ。なんて言ったらいいかわからない」
 足弱は、困ったように微笑んだ。
 本を読んでいるはずなのに言葉に詰まるのは、一人でいることが長かったせいか。
「では、お手紙をいただけませんか?わたしが病に倒れた時、たくさん書いてくださいましたでしょう?」
「ああ。それなら」
「楽しみにしてますね」

 足弱は、心の内をゆっくりと綴った。
 足弱は、嘘をつけない。
 その言葉は、いつも真っ直ぐで偽りがない。
「陛下、兄上さまからお手紙が届きました」
 今世王は、宝物のように侍従から手紙を受け取った。
「兄上からのお手紙……」
 わくわくしながら、今世王は目を通す。

『レシェイヌへ
 思っていることを書いてみた。読んだら捨ててくれてかまわない。
 最近畑にもよく顔を出してくれるけど、野菜に付く虫には毒のないものが多いから間違って触ってもそう騒がなくても大丈夫だ。でも果樹に付く虫には酷くかぶれる虫がいるから気を付けた方がいい 。レシェの綺麗な手がかぶれたりしたら大変だ。
 おれのところに来るのに駆けて来なくてもいい。一進さんたちも大変だろ?おれはレシェが来るまで待っているから。それともおれから行った方がいいかな?それだと遅いと待たせてしまうかな?おれはレシェが来るのを待つのは楽しい。
 たまに不安そうなレシェを見ると苦しい。おれのせいかなと思うとさらに苦しい。笑ってるレシェが見たい。おれの太陽。眩しくて、じっと見ていられない時もある。顔が熱くなって困る。鼓動が激しくなって静まらなくてずいぶん苦労する。
 レシェに触られたところがふわふわする。いつまでもレシェの感触が消えなくて、消したくなくて、記憶をたどってみたりする。だから離れていても、いつもおれはレシェと一緒にいる。いたずらな指を、おれを呼ぶ声を思い出せる。さらさらの髪が、輝く瞳がいつもおれの側にいる。
 でも、やっぱりレシェに直接触りたくなってしまう。欲張りだな。
 もっとレシェを知りたい。レシェも同じなのか?おれを知りたいと思ってくれている?おれはあまり面白くないから、失望させてしまうかもしれない。取り立てて何ができるということもない。
 綺麗な景色を見るとレシェを思い出す。一緒に見たいと思う。美味しい果物があったらレシェにあげたいと思う。もう少し笛も琵琶も練習して、レシェに聞かせたいと思う。
 なんか恥ずかしいな。
 こんなにもおれの中がレシェでいっぱいだなんて、この手紙を書いてて気がついた。
 一人だった頃が思い出せないくらい、レシェが隣にいるのが当たり前になっていたんだ。
 おれにとってのレシェイヌはなんだろう。いろいろ考えてみたけれど、やはりこの気持ちを表す言葉がみつからない。おれが知らないだけなのかもしれないので、一番近い言葉で伝えてみる。

 あなたが好きです

    ラフォスエヌより』

「っ…」
 今世王は、胸を押さえてうずくまった。
「陛下!!誰か医者を!早く」
 焦った一進の叫びが、王室に響き渡った。

 今世王が熱を出して寝込んだことは、足弱にも報告された。
「レシェが発熱?何があったんですか!?」
 足弱の手紙を読んだからとは、誰も言えなかった。
「お見舞いに行きます」
 すぐに、足弱は今世王に会いに行った。
「レシェ?大丈夫か?急に倒れたって聞いて驚いた。疲れてたのかな?気がつかなくてごめん」
「兄上のせいではありません!」
 いや、足弱のせいではあるのだけど……。
「手紙、読んでくれたか?」
 今世王は熱のある赤い顔で、ハラハラと涙をこぼす。
「レシェ?どうしたんだ?なんで泣いてる?苦しいのか?おれにできることあるか?」
「毎日手紙が欲しいです」
 不敬を承知で、巻雲が割り込んで懇願する。
「陛下!お話し中失礼いたします。それはもう少しお待ちいただけないでしょうか。御身が……」
「さがれ、巻雲。余は兄上にお願いしているのだ」
 今世王は巻雲を一喝した。
「……」
 巻雲は額を地につけたまま、動けない。
 これ以上の衝撃を受けたら、今世王の体に何が起こるか想像もできない。
 動悸息切れ眩暈に、血流の乱れまで起こしかねない。
「レシェ。それは、おれもちょっと困る」
 巻雲の気持ちが届いたのか、足弱は今世王の願いを退けた。
 ほっとした空気が、狼たちの間を流れた。
「そうですか……」
 しょんぼりとうなだれる今世王に、足弱は笑う。
「手紙だと書くのに時間がかかってしまうから、直接伝えることにするよ」
 感激に目を潤ませて、今世王は足弱の言葉を待つ。
 足弱は告げた。
「レシェ、みんなを困らせたらダメじゃないか」
「兄上?」
 あれ?そこは直接愛の告白じゃないのか、と今世王は思った。
「巻雲さんはレシェのことをとても考えてくれているのだから、退けるようなことしないでくれ。ちゃんと寝て、早く元気になってくれ」
 つまり、思ってることをなるべく伝えるという、最初の話に戻ったようだ。
「……わかりました」
 期待したぶん切ない気持ちになりはしたが、手紙は手元にある。毎日眺めて今世王は自分を慰めようと思う。

 足弱は、部屋を去り際ににっこり笑って言った。
「早く起き上れるといいな。そうでないと、レシェイヌの枕に嫉妬してしまいそうだ」
「!」
 もう一回言ってください、とねだる前に、足弱は帰って行った。
「……陛下、熱冷ましをお持ちしました」
 巻雲から薬湯を受けとる。
 まったく兄上にはかなわない。
 早く熱をさまして、また兄上に上げていただこう、と今世王は思った。