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時計復活
03’2月の渋谷AXで、Laputaライブに数年ぶりに復活しました。
いろいろと諸事情があり、まったく放置してしまったことをお詫びいたします。
すでに記憶は薄れきって、CDだけは買っていたものの、まったくどういうライブだったか思い出せない。
期待と不安で待つ時計。そしてライブが始まった。
・・・・・・・。
びっくりした煤i ̄□ ̄)。何年もライブに行かなかったことが悔やまれる。
久しぶりというか、もうほとんど初めて状態のLaputaは、すっごくかっこよかったのです。
ほとんど休憩なしの走りっぱなしライブに完敗です。
とりあえず、来月のライブも行こうと決めた時計でありました。
2003.某日
 

山中湖Kouichiさん
「誘惑」のアルバム合宿、山中湖で体調不良のKouichiさん、一日早く下山して 病院に直行。しかし、レコーディングまでの4日間で素晴らしい曲を2曲も 作ってくださいました。
Kouichiさん曰く「(合宿)初日からベッドインですよ。そろそろ神も許さない段階で ・・・でも意地でしたね」
そんな中出来上がった2曲。とても素晴らしいと思います。
2002年.某日
 

「glitter」
ミニアルバム「glitter」。作品の方向性は焼肉屋に行く階段の途中でJunjiさんと Kouichiさんの間で行われたらしい(約10秒!)
デジタルポップ色な曲について、Junjiさんが「もともと僕はニューロマなんで」発言。 それを聞いた取材陣が”Kouichiさんもニューロマ聴いてたんですか?”と尋ねると、 「僕は音楽を聴かなくても曲ができるんですよ」とおっしゃっていたそうな。
素敵です、Kouichiさん(*^-^*)
2002年.某日
 
(*ニューロマ=ニュー・ロマンティクス。80年代イギリス)

Kouichiさん前
男性ファンも多いKouichiさん。前列の男性ファンに指を凝視されるそうな。
「指見てる場合じゃない。体を動かせてやる」とどこかでKouichiさんが言うほどに 凝視されていたらしい。
akiさん曰く「Kouichiくんの前ってなんか冷たいんですよ。だからついJunjiの方に行っちゃう。 Kouichiくんも凄いオーラだしてるし」
それに対してKouichiさん「(akiは)ビショビショだから(近くに来るな、と)。やっぱり僕の前はエレガントな 子が多いから」とおっしゃってたそうな。
2001年.某日
 

怖がりakiさん
霊的なものが寄ってくる体質らしいakiさん。
ご自身は見えないそうですが、とても怖がりなのだそうです。 特に和モノ系(リングとか)観た後は、お風呂がいじょうに早くなって、 周囲をきょろきょろと見回したりするそうな。誰かがいそうな気がする、と。
2001年.某日
 

元気なTomoiさん
他の3人が倒れそうになっている時も、余裕で元気なTomoiさん。しかし、お腹は弱いとか?
メンチカツやらホルモンにやられてしまった事があるそうですわ。
倒れる時も徐々にではなくて、突然くるらしい。
2001年.某日
 

消えるKouichiさん
ライブの本編がおわるとすぐに袖に引っ込むKouichiさん。
あっ!という間にいなくなります(^-^;)
Kouichiさん曰く「あれは僕のコンセプトですから。演奏しないなら帰れ」と。
akiさんのMCが長いと苦痛だそうですわ。「ま〜だ曲名言わないか〜」と、待ちわびているそうです。 ギターを持っていないと不安なのだそうですが、もっと長くそのお姿を拝見していたいですわ。
2001年.某日
 

Kouichiさんがやってきました
4/29NHKホール以降、曲つくりに入ったメンバーさん。
Akiスタジオフル稼働。そんな中Kouichiさんは連日akiさんの家に通っていたそうな。
A「Kouichiくん、連日連夜ウチに来て、常に自宅レコーディングしまくりで。ネタが 出来るとピンポーン!とやってくるんです。みんなは”メールが届きました”ってやりとり してるんですけど、Kouichiくんは”ピンポーン!Kouichiがやってきました”ですから。 (略)料理はやります。Kouichiくんがほとんど毎日いるんで。ウチのマンションの ペットボトルゴミ置き場が、3日くらいで、緑色のJINROのペットボトルで 満タンになっちゃうんですよ。作業が終わるまでは呑まないですけどね」
そんな”呑めば呑むほどヘタになる(本人談)”Kouichiさん、朝4時ごろご帰宅 されていくそうです。
2000年5月

ボトル、宙を飛ぶ
2000年、4/16愛知勤労会館にて、akiさんが客席に投げよとしたボトルが、 指が引っかかったらしく、前に行かずKouichiさんの方向へ飛んでいってしまったそうな。
Kouichiさんの頭上を通過するボトル。
K「ボトルが当たっていたらコントみたいにコケてましたよ(笑)」
A「指が引っかかっちゃって・・・。別に狙ったわけじゃないですよ」
T「俺も見てました。当たらなかったんで”ああ、セーフ!”って(笑)」
 

敵は花粉症
ボーカルakiさんはツアー中に花粉症になってしまったらしい。
突然なるそうだから、恐いですよね。一番辛い季節にライブがあるときは 「花粉症のバカヤロー」って感じに、ホントどうしようもないそうです。 今回のライブでは、戸田とか金沢は絶好調。大阪は初期症状。
九州、四国で花粉症だと確信したというakiさん。
「ライブ前日とかはお酒もぬきつつ、管理してたんですけど、 広島はオッケーだったんですよ。でも名古屋に来たら、乾燥と花粉のダブルパンチで ひじょう〜に悔しいです。」by aki
一番の名古屋でかなり悔しい思いをされたもよう・・・
2000.5
 

Chimes
akiちゃん曰く「Laputaシングル史上最速のテンポを誇る曲」
最初の感想は「歌えるのかな、これ?」だったそうな。この疾走感についていけるのだろうかと 感じたそうですが、歌ってみたら全然イけると。「さすが!バンマス、akiのおいしいところを 知ってる」(^▽^)と。
1999年
 

作曲中、Kouichiさん
部屋に入って鍵締めて、電話線抜いて「今日は曲を作る!」と決めないと何も 生まれてこないそうです。日ごろ聴く音楽は純粋に楽しんでるだけで、 それをLaputaに取り入れることはないそうです。
まずオケを作ってakiさんに聴かせて何の詩も浮かばなかったらその曲はボツ、と。
1997年
 

各メンバーの第一印象を一言で
akiさん:K→メーテル、J→バンコラン、T→星一徹
junjiさん:A→いい人、K→酔っ払い、T→かたそう
Kouichiさん:A→犬、J→さる、T→きじ
Tomoiさん:A→うるさい、K→ナイフ、J→正体不明
1997年.3
 

Junjiさん合宿中
新曲作りのため、山中湖で合宿中のLaputa。
寒さと、いつも生活が昼夜逆転しているJunjiさんはかなり辛かったみたいです。
頼みの綱は毎朝(昼の12時起床)起こしてくれるTomoiさんだそうな。
1997年.2
 

インディーズ・ラスト
1996年8/10下北沢CLUB QUEにて、FC限定ライブを慣行。バンド名は「Voyage」という、 Laputaファンでなければわからないライブとなっていたそうな。
10曲の本編が終わり、そのアンコールで、akiちゃんが切り出した。
「まず一番にボクの口から伝えようと思います。今度9/30「硝子の肖像」というシングルで 、Laputaはメジャーというフィールドでさらなる産声を上げます。ボクらはこれからも 変わらないと思うし、今までの延長線でやりたいことをやっていきたいと思います。 皆でいい眺めを見に行きましょう」 そして演奏された「硝子の肖像」
ここから新た産声が上げられた
1996年

Kouichiさん♪
K「ライブは入りから始まっているんだ!」
1996年.3

Akiさん♪
A「最近の若い子は「アンコール」という言葉を知らないのかなぁ?」
1995年10.27新宿LOFT終了後

Junjiさん♪
ギターからベースに転向するに当たって、不安感とかはどう乗り越えたのですか?という 質問に対して「時間のなさです」と答えたJunjiさん。
「いろんなことを考えたり、心配しているヒマがなかったんです・・・」
 

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