「残念ながら雲が隠してしまいましたが、今夜は素晴らしい月を愛でる日なのですよ」
王族がたくさんいた頃、毎年この時期は虫の声や月を楽しんでいたらしい。
今世王が一人になって、そういった楽しみも取りやめていたけれど、今は足弱が側にいる。
今世王は足弱を夜中に庭に誘ってみたものの、今夜の雲はかなり厚い。
残念そうな今世王の姿に、このまま部屋に戻りたくないなと、足弱は思った。
「レシェ、瑟を弾いてくれないか?」
「いいですよ。では兄上は笛を」
侍従たちが喜びに沸き立つ心を抑え準備を整えると、二人の合奏が始まった。
秋虫の声がとまる。
美しい楽器の調べが、遠くまで、雲の上まで届きそうだ。
途中で、今世王はわざと瑟の手をとめた。
足弱の美しい笛の音だけが響きわたった。
しばらく吹き続けてから、足弱は独奏に気づいて笛をとめた。
「レシェ、ひどい……」
恥ずかしさに頬を赤らめて、足弱は文句を言った。
「ごめんなさい。兄上の笛が素晴らしくて聞き惚れてしまったんです」
楽しそうに笑う王。
「もう一度、ね。合わせてください。お願いします」
「途中でやめたら怒るからな」
足弱は笛を構える。
「では、わたしから先に。曲名は名月」
今世王の指が瑟の上を滑る。
少し遅れて、足弱の笛の音が入った。
二人の音が睦みあう。
自然に笑みが浮かんでしまう。
演奏する二人を、柔らかな光が照らし出した。雲がどんどん薄くなり、辺りが明るくなっていく。
見上げれば、いつの間にか雲は消え去り、夜空に満月が輝いていた。
月が二人に会いに来たようだ。
侍従たちは、一枚の絵のような二人の姿を目に焼き付ける。
楽しそうに微笑みながら音を重ねる二人を、天にも昇る心持ちで見守った。
今宵は中秋の名月という。