月夜のMelody
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 (緑土なす二次創作ぷらいべったログ 6)
『みどりの黒髪、純白の花』(レシェ兄花冠祭 によせて)


 足弱の目覚めは早い。
 明け方、鳥の声が聞こえ始めると、兄付き侍従長は寝台横で目覚めを待つ。
 もぞりと足弱は寝返りをうち、息づかいが変わった。
「………ぅ」
 いつものように声をかける間を計っていた<命>の耳に、いつもと違う焦ったような足弱の声が届いた。
「ん?……い、<命>さん!」
 声が寝台から聞こえるや否や、<命>は足弱の御前に参じた。
「兄上さま!どうされ……」
 <命>は足弱の姿を見て、珍しく絶句してしまった。
「<命>さん、これ、どうしたら……」
 足弱の髪が、背中ほどの長さまで一晩で伸びていた。

 <命>は足弱に安心させる笑顔を向けながら、王族にこんな異能があったか記憶を巡らせるが、全く覚えがなかった。
 新しい異能だろうか。
「あの、ちょっと邪魔なので切りたいのですけど」
 宮殿に来てからずっと短髪だった足弱には、ただ邪魔なものでしかなかった。
「少し切るのはお待ちください。陛下に断髪のお許しをいただかなくては」
「では、髪を縛る紐をください」
 居間に移動して、<命>は待機していた髪結い係を呼んだ。
 髪結い係は、足弱の長く艶やかで美しく光沢を放つ髪に触れ、腹の底からふつふつと使命感と喜びがあふれ出し、己の生涯の全てをかけて美しく結い上げた。
 それを見ていた衣装係が、やはり何かに突き動かされて、黒を基調とし微かに銀の刺繍がされた気品ある衣装を運び込んだ。
 身仕度係が微かに紅まで指し始め、<命>はそっと鏡を隠す。
「<命>さん、何か変ではありませんか?」
「とてもよくお似合いです。お髪に合わせて衣装も替えるものですからね」
「そうなんですね」
 足弱は素直に受け入れた。
 きっと自分が知らない決まり事があるのだと思った。
 戸口から女官が、足弱に見つからないよう白い生花を捧げ持ってきた。
 髪結い係が、最後の仕上げとばかりに花を冠のように髪に飾る。
(おおーっ!)
 声に出さない狼たちの歓喜の叫びが、場を満たしていた。
 足弱だけが、何をされているかわかっていない。
「レシェに会いに行けばいいのですね」
 髪が重いらしい足弱は、早くなんとかして欲しいらしい。
「陛下はすぐにおいでになるとのことです」
「ここに?」
「はい」
「……<命>さん、本当に変ではないのですね?」
 足弱は疑りだし鏡を探すが、すでに鏡はおろか映るもの全てが排除されていた。

「兄上ー!新しい異能の発現とお聞きしましたが、どうされ…………」
 走り込んできた王は、足弱を見て息を飲んだ。
 そこにはどう見ても高貴な黒き美女が、高嶺の花のごとく椅子に腰かけていた。
 今世王を追いかけてきた長官と王付き侍従も、言葉もなく足弱から目が離せない。
 皆の視線を浴び、足弱はいたたまれなくなってきた。
「や、やっぱり変なんだろう?もうやめる」
 髪の飾りを触ろうとする足弱に、今世王は待ったをかけた。
「あぁああああああっ!もう少しそのままで!全然全くおかしいところなんて一つもありませんっ!」
「おかしいところだらけだろ!」
「今少し、どうかそのままで。<一進>!絵師を早く連れて参れ!」
 今世王は足弱をなだめながら、王付き侍従長に命を出す。
「レシェ、もう嫌だ。髪を切ってもいいだろ?」
 今世王は再び髪に伸ばそうとした足弱の手を掴む。
「ダメです。この髪をほどいていいのはわたしだけです。兄上でも許しません」
「……ううっ」
 王の命令は絶対!
 足弱が何度お願いしても、今世王は聞き入れなかった。
 ほどなく呼ばれた絵師に、あらゆる角度の絵姿を写され、出来上がったものはその後今世王の寝所に飾られることになる。

 そして、今世王は全ての狼たちをさがらせた。
「ラフォス……すごく綺麗です…。このままずっと見ていたいのですが」
 今世王は足弱の花飾りを引き抜いた。
「花よりわたしの方が、ラフォスを綺麗にしてさしあげられます」
 寝台に長い黒髪が舞った。
「あ、明日は髪を切るからな」
「ふふ、いいですよ。長くても短くてもどちらの兄上も花より魅力的ですから」
 引き抜かれた花が、恥ずかしげに二人を見ていた。