秋の気配が少しずつ増す9月中旬。旅人は港町横浜の小さな駅前に立っていた。京急の神奈川駅は、横浜駅の隣。各駅停車しか止まらない小さな駅である。JR東海道線や京浜東北線、横須賀線などと隣接する敷地にあり、ひっきりなしに電車が行き交う。駅を出れば、そこは青木橋の交差点。国道1号線と15号線の合流する、交通量の多い場所である。
幹線道路と鉄道、現在は交通の要所となっているこの場所に、かつて宿場があったなんて、誰が想像できるであろうか。
神奈川駅を出た場所は、宮原商店街の出口。宿場はここまでと思ってしまうが、国道に対する道の角度を見ると、斜めに合流しており、なんとなくかつての道筋が、国道と鉄道に分断されていることがわかる。二人の旅は、まず、保土ヶ谷宿へ向かう旧道を見つけるところから始まるのであった。
「おさべえ、今日はこの小さな駅からスタートなのだが、目の前には国道1号線があるぞ。東海道はどこなんだ?この国道1号線を進めばいいのか?」
「国道1号線が東海道になるのはもっと先。そもそも、江戸時代、今の横浜駅があるところは海だったので、横浜駅前を通る国道1号線の部分に道はなかったわけだよ。」
「そうか。確かに。そうなると、山を登るルートが東海道だった、というわけだな。」
「台町、と呼ばれていたように、高台を東海道は通っていたようだよ。しかも、神奈川宿は、海の見える丘に宿場があって、風光明媚だったみたいだしね。」
「この、安藤広重の絵を見ても、確かに左側に海が描かれているなぁ。となると、この国道を挟んで対岸に続きがあるというわけか。」
そう言うと、きんのじは目をこらして対岸を見つめた。
「うーん、車が多くてよく見えないが、どうも道がありそうだぞ。」
「地図で見ると、確かに道があるよ。この宮原商店街と同じ角度の道が。線でつなげてみると、この道の続きといった感じだよ。よし、きんのじ。とにかく国道を渡って反対側に行ってみよう。」
二人は、とりあえず国道1号線を渡り、反対側に行くことにした。
国道を渡り反対側に着くと、宮原商店街の続きとわかるような道があった。国道に対して斜めに分岐するこの道。反対側(京急の神奈川駅側)を見ると、宮原商店街と書かれた案内板が見える。その位置は、ちょうど二人がいる分岐点の延長線上にありそうだ。
「おさべえ、この道で間違いなさそうだな。対岸には、先ほどいた神奈川駅近くにある宮原商店街の案内板が見えるし、なんとなくこの道の延長線上にありそうだ。」
「間違いない。この道が続き、つまり旧東海道だよ。よし、先へ進もう。」
「ようやく、我々の旅がスタート、といったところだな。」
旧東海道を進むと、すぐに東急東横線跡がある。かつてここには東急東横線が走っていた。みなとみらい線との直通運転を行う際に地下化されたため、現在は「跡」が残るのみとなっている。この「跡」になったことが、少々おもしろい景色をかもしだしている。
「おさべえ、右を見てみろよ。トンネルがあるぞ。」
「おお、本当だ。ここはかつて東横線が走っていた場所。確かに、横浜の手前でトンネルをくぐっていたよな。それがここか。こんな都会に、廃線となったトンネルがあるとはね。」
「東横線はどこを走っているんだ?」
「今は地下化されているので、この線路跡の地下を走っているのかな?」
「かつての宿場跡に鉄道跡あり、か。未来都市横浜は、今も発展し続けているというわけか。」
「お、きんのじにしては、おもしろいことを言うなぁ。」
「まあね。」
「東横線があった頃も、廃止になった今も、この道が旧東海道である良い目印になっているなぁ。さ、きんのじ。この先が安藤広重の絵で有名な神奈川宿のメイン、台町だよ。」
「台町か。それにしても、なかなかすごい坂だ。」
東横線跡地の先で東海道は、丘の上に向かって上り坂となる。このあたりが台町と呼ばれるところで、安藤広重の神奈川宿の絵にも描かれている場所である。坂道の左側には海が見える風光明媚な場所であったが、今は海はなく、かわりに横浜駅やその先にあるみなとみらいのビルが見える。
さて、台町の坂道を少し進むと、途中に「滝川」と書かれた料亭がある。この料亭の壁には、安藤広重の神奈川宿の絵が貼られていた。
「きんのじ、みてみろよ。」
「なんだ?」
「この料亭の壁に、安藤広重の絵があるぞ。」
「どれどれ、本当だ。神奈川宿の絵だな。」
「ビルばかりの現在と違って、江戸時代はさぞかし風光明媚だったんだろうな。この料亭も、その頃の生き残りかね?」
「そうかもしれない。景色のよかった神奈川宿には、何件もの料亭があったんだろうな。今では、この滝川を含めて数件が残っているだけなんじゃないだろうか。」
しばし、現実の町並みと絵を見比べながら、旅人は海の見えた江戸時代の宿場を想像していた。すると、きんのじが突然・・・。
「オーシャンビュー、だな。」
「あん?なんだ突然?」
「いや、言ってみたかっただけさ。」
「・・・・・・。」
「なぁ、おさべえ。品川宿にしても神奈川宿にしても、当時はさぞかし海がよく見えて、景色も良く、食い物もうまかったんだろうな。」
「まあ、そうだろうね。」
「その海はずいぶんと遠ざかってしまったわけだ。」
「さ、きんのじ。先を急ごう。まだ、旅ははじまったばかりだし。」
「そうだな、この坂道を越えないと保土ヶ谷にはたどり着かないしな。それにしても急な坂だ。」
台町の坂を上りきると、神奈川台関門の碑がある。横浜開港後、外国人があいついて殺傷される事件が発生し、この対策として幕府は台町など2ヶ所に関門を設け、警備を強化した。
「神奈川台関門?関所のことかな、おさべえ。」
「警備を強化するために築かれたものだから、幕末の代物だな。」
「なんだ、幕末か。あまり興味ないなぁ。」
「きんのじは、江戸以外は興味ないんだなぁ。」
「そういうわけじゃないけど、今は東海道を歩いているのだから、やっぱり江戸時代の物の方がわくわくするだろう。」
「本陣跡とか旅籠跡とかか?」
「そうそう。」
関門跡を過ぎると、なんの変哲もない街路となり、東海道は先へ続いている。東海道として意識しなければ、どこにでもある「町の中の道」である。そんな道を旅人は進む。しばらくすると、東海道は二手に分かれる。
「おさべえ、道が左右に分かれているぞ。左へ進むとすぐに広い通りに合流だ。右は先に続いているぞ。」
「もちろん、東海道は右だよ。」
「そうか、そんじゃぁ、右の道を進もう。」
旅人は右の道を進んだ。もちろん、東海道は右の道である。左へ分岐した道は、平行する通りへの連絡路であった。この辺りまでくると、神奈川宿からはとうに出ており、史跡も無い退屈な道が続く。こうなると、ぼやきがはじまるのはきんのじ。地図を見ながら道を確認しつつ進むおさべえと比べると、歩きがメインのきんのじにとって「なにも無い道」
は退屈なのである。
「なにもないなぁ、退屈だぞ、おさべえ。」
「そろそろ退屈になってきたか、きんのじ。」
「関門跡を過ぎてからずいぶんと歩いてきたが、この先もなにもないのか。」
「しばらく無いね。」
「建物ばかりの道というのは、実に退屈だ。せっかく東海道なんだから、もう少し江戸の雰囲気があれば退屈しないのになぁ。」
「そりゃ、無理ってもんだよ。ここは横浜市。たとえかつて東海道として賑わった道でも、今は市内にある小さな道の一つなんだからさ。それよりも、この道が箱根、そして京都まで続いていると思えば、進むことが楽しくならないかい。」
「まあね。そう考えると楽しいかもな。」
「そういうこと。楽しく歩こう。」
「そうか、この道が箱根の石畳まで続いているのか。いやいや、それだけじゃないぞ、京都まで続いているとは・・・。先は長いが楽しくなりそうだな。」
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