| JR川崎駅から京急川崎駅を越えると、ひときわ賑やかな繁華街の通りが、京急に平行するようにある。そこが東海道川崎宿である。前回、旅人は「田中本陣跡」を終了地点として終えている。つまり、今回のスタート地点である。
さて、今回の旅は、川崎宿から神奈川宿(現在の横浜)へ向かう旅となる。さっそく、二人の旅に同行してみよう。二人は、すでに「田中本陣跡」の前にいた。
田中本陣跡のある旧東海道は、川崎駅近くの繁華街となっており、たいそう賑わっている。そんな賑わいの中から、旅人はスタートをする。
「いやー、賑やかな場所なだ、おさべえ。」
「当時も宿場だったわけだらか、賑やかだったんだろう。まあ、今とは違う賑やかさだろうけどな。」
「だろうね。さて、そろそろ出発しますか。今日は神奈川宿まで旅をするぞ。」
「神奈川宿というと、今の横浜かい?」
「うーん、正確に言うと東神奈川あたりかな。横浜の少し手前が神奈川宿のあった場所のようだよ。」
「なるほど。もっとも、江戸時代は今の横浜駅あたりは海だったようだからな。」
「そうそう。ちなみに、ここから先は、国道じゃなくなるんだよね。いわゆる旧道ってやつかな。」
「おお、国道の雑踏からはしばしのお別れといったところかな。」
「そうそう。さあ、出発しよう。」
川崎宿から次の神奈川宿までは、国道15号ではなく国道に沿う形で旧道が続く。旧道といっても車の走る「車道」であることには変わりないが・・・。
田中本陣跡を出発し、繁華街の謙遜を横目に足早に進む二人。しばらくは京急の線路に沿って進むことになる。途中、松尾芭蕉の句碑がる。句碑を過ぎるとまもなくして京急の踏切を渡る。このあたりが八丁畷であり、近くに駅がある。踏切を越えると、東海道は比較的静かなたたずまいをみせる。とはいうものの、川崎駅前の繁華街から続く道であるために、交通量はそれなりにある。横を通り過ぎる車に気をつけながら旅人は先へ進んだ。
やがて、進行方向むかって左側に小さな鳥居のある史跡らしきものが二人の目に飛び込んできた。そこには「市場村一里塚」と書かれた立派な石碑が建っていた。
「一里塚、と書いてあるぞ、おさりん。」
「本当だ。はじめてみる一里塚の史跡だな。」
「一里塚というと、四メートル四方の塚に木が植わっているようだけど、この碑からは想像が出来ないな。実際はどのような形をしていたのだろうな、おさべえ。」
「インターネットで調べると、実際に塚が存在しているところや復元されているところが、いくつかあるらしいよ。ただし、まだまだ先だけどね。」
実際の塚がどのようなものなのか、旅人にとっては想像できないものであろう。しかし、日本橋から歩いてきて、ようやく街道らしい史跡に出会えたのも事実である。
「なにはともあれ、一里塚の跡があるということは、ここが東海道である証、というわけだな、おさべえ。」
「その通り。参考にした情報によると、この先たびたび一里塚跡があるようだよ。」
「そりゃ、楽しみだな。」
この先、どのようなものと出くわすのか、楽しみが増えた二人であった。
車の走る道の割には、比較的交通量が少なく、静かな道となった東海道。幹線道路と平行しているからなのか、特に抜け道的な存在にはなっていないようである。旅人にとっては好都合で、ゆっくりと史跡を探しながら歩くことが出来る。しかしながら、市場村一里塚跡以降、街道にまつわるような史跡はなかった。単調な道が続くばかりで、最初は意気込んでいた二人も、次第に退屈な歩きとなってきた。そんな矢先、前方に立派な橋が見えてきた。
「ん、橋だぞ。なんという川に掛かっている橋だ、おさべえ。」
「えっと、あれは鶴見川だな。鶴見川に掛かる鶴見橋だよ。」
「鶴見川か。川崎宿からスタートして、初めて渡る川だな。」
鶴見川は、この辺りでは比較的大きな川であり、その川に掛かる橋も比較的長かった。この橋を渡れば、鶴見駅まではそれほど遠くない。
「橋は多摩川依頼だな。まあ、多摩川ほど規模は大きくないけどなぁ。」
「きんのじ、もうじき渡終えるぞ。この先、しばらく行けば鶴見駅だ。駅周辺はちょっと道がわかりづらいが・・・、まあ、なんとななるだろう。」
「おお、おさべえ。そんなんで大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫。心配なのは空の方だよ。今にも降ってきそうじゃないか、雨。」
「そんなに心配しなくても大丈夫だって、おさべえ。心配していると降らないもんだよ、雨というのは。それよりも、そろそろ渡り終えるぞ。」
橋を渡り終えた旅人。彼らを待っていたものは、雨だった。スタート時にぽつりと来た雨だが、その後は降らずに保っていた。しかし、橋を渡りを得たころ、再び空から雨粒が落ちてきたのである。
「ん、雨か?ぽつりときたぞ、おさべえ。」
「げげ、雨だぞ。きんのじの言ったことと逆になったようだ。しかし、雨はピンチ。傘を持ってきていないぞ。」
「ありゃりゃ、そりゃ困ったな。といいつつも、自分も傘は持っていないので、止んでもらわにゃならんな。」
「きんのじも傘を持ってきていないのか。雨が本降りにならないことを祈るしかないな。」
ぽつりぽつりと落ちてきた雨粒だったが、すぐに止んでしまった。どうやら、旅人の思いは通じたようだ。
さて、橋を渡りきると、いくつかの石碑が建っている。旅人は、どちらから言うわけでもなく、自然と石碑へ足が向いた。思えば、市場村一里塚依頼の史跡である。
「おお、史跡だぞ。いくつかあるなぁ。」
「なぁ、おさべえ。」
「あいよ。」
「寺尾稲荷道道標って何だ。道標であることから、ここが分岐点ということはわかるが。」
「寺尾稲荷道?しかも、馬上安全と書かれているぞ。馬上安全?なんのこっちゃ。」
「名前からいって、参拝道っぽいが・・・。馬上安全というのは洒落かねぇ。」
「とりあえず、ちょっとおもしろい道標なので、写真でも撮っておくか。」
おざべえは、馬上安全の言葉が妙に気に入り、写真に収めた。
石碑群を過ぎると、これまで比較的静かだった東海道が賑わってきた。道の両側には店が並び、鶴見駅が近づいてきたことを物語っている。
しばらくすると、東海道は駅前の広い通りに合流した。が、ここで問題が発生した。なんと、ここまでナビゲータとして歩を進めてきたおさべえが、道を見失ってしまったのである。しきりに道を探すおさべえに対し、きんのじは不思議そうな顔をして、おさべえの行動を見ていた。
「おさべえ、どうした。何か問題でも起こったのか?」
「きんのじ、大変だよ。道を見失ってしまった。この先、どこが東海道なのかわからなくなってしまった。」
「地図を見てもわからないのか?」
「それらしい道はあるのだけど、本当に東海道か、怪しくてなぁ。」
「そんなら、とりあえず行ってみよう。見渡せば、いくつかの道筋はあるが、その内の1つが東海道なわけだから、片っ端から行ってみりゃ、いいんでないかい。」
「そりゃそうだ。」
きんのじの言うこともごもっともではあった。道筋は限られているため、どれか1つが東海道なはずである。少々非効率的だが、あたりをつけて、その道に入ってみることにした。
「まずは、どこからいく?おさべえ。」
「そうだな。この地図で見る限り、最も怪しいのは、今出てきた道の対岸に位置する、京急沿いの道かな。」
「よし、まずはその道を進もう。」
鶴見橋から進んできた東海道は、一旦駅前へ続く通りによって分断される。その対岸に、二人の言う”怪しい道”があった。まずは、その道を進むらしい。
「どうだ、おさりん。この道が東海道っぽいじゃないか。」
きんのじは誇らしげに言う。これがきっと東海道だ、と言いたげだった。しかし、その思いはすぐに消されてしまった。
「ありゃりゃ、道が終わってしまったよ、おさべえ。どうやら、この道じゃなかったようだな。」
「残念。ここははずれだった。戻ろう、きんのじ。」
二人は振り出しに戻った。
「次はどの道だ、おさべえ。」
「京急のガードを越えた先の道かな。賑やかなので、単なる商店街の道だと思うけどね。」
「案外、そういう道が東海道なんじゃないかな。品川宿に川崎宿、いずれも賑やかな道が東海道だったぞ。」
「それもそうか。よし、ガードを越えた先、右に行く道を進んでみよう。」
二人は、京急のガードを越えてすぐに右へ折れ、商店街の中を行く道を進んだ。
「賑やかだね。駅周辺の道では、ここがきっとメインルートなのだろう。」
「おさべえ、どうやら、我々にとってもメインルートのようだぞ。」
「ん?」
おさべえは、きんのじのが指さす方向を見た。そこには「東海道」と書かれた碑が建っていた。まぎれもなく、東海道(旧道)である。
「おお、きんのじ。ここが東海道だよ。そうか、この辺りは区画整理の際に道筋が変わってしまったんだ。」
「そのようだな。だから、先ほど歩いた道の延長で考えてしまうと、見失ってしまうわけだ。」
「よし、学習したぞ。この先も道筋が変わってしまっているところがあるだろうけど、その時はここを思いだそう。」
この時迷ったことが、この先の二人の旅に生かされることになるのである。
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