【なりきり弥次喜多道中】
第三章 国際港の街、神奈川宿へ

■目次
 1-1 川崎宿から旧道の旅
 1-2 生麦魚河岸通りと国道歩き
 1-3 神奈川宿到着


■川崎宿から旧道の旅
 JR川崎駅から京急川崎駅を越えると、ひときわ賑やかな繁華街の通りが、京急に平行するようにある。そこが東海道川崎宿である。前回、旅人は「田中本陣跡」を終了地点として終えている。つまり、今回のスタート地点である。

 さて、今回の旅は、川崎宿から神奈川宿(現在の横浜)へ向かう旅となる。さっそく、二人の旅に同行してみよう。二人は、すでに「田中本陣跡」の前にいた。
 田中本陣跡のある旧東海道は、川崎駅近くの繁華街となっており、たいそう賑わっている。そんな賑わいの中から、旅人はスタートをする。
「いやー、賑やかな場所なだ、おさべえ。」
「当時も宿場だったわけだらか、賑やかだったんだろう。まあ、今とは違う賑やかさだろうけどな。」
「だろうね。さて、そろそろ出発しますか。今日は神奈川宿まで旅をするぞ。」
「神奈川宿というと、今の横浜かい?」
「うーん、正確に言うと東神奈川あたりかな。横浜の少し手前が神奈川宿のあった場所のようだよ。」
「なるほど。もっとも、江戸時代は今の横浜駅あたりは海だったようだからな。」
「そうそう。ちなみに、ここから先は、国道じゃなくなるんだよね。いわゆる旧道ってやつかな。」
「おお、国道の雑踏からはしばしのお別れといったところかな。」
「そうそう。さあ、出発しよう。」

 川崎宿から次の神奈川宿までは、国道15号ではなく国道に沿う形で旧道が続く。旧道といっても車の走る「車道」であることには変わりないが・・・。
 田中本陣跡を出発し、繁華街の謙遜を横目に足早に進む二人。しばらくは京急の線路に沿って進むことになる。途中、松尾芭蕉の句碑がる。句碑を過ぎるとまもなくして京急の踏切を渡る。このあたりが八丁畷であり、近くに駅がある。踏切を越えると、東海道は比較的静かなたたずまいをみせる。とはいうものの、川崎駅前の繁華街から続く道であるために、交通量はそれなりにある。横を通り過ぎる車に気をつけながら旅人は先へ進んだ。

 やがて、進行方向むかって左側に小さな鳥居のある史跡らしきものが二人の目に飛び込んできた。そこには「市場村一里塚」と書かれた立派な石碑が建っていた。
「一里塚、と書いてあるぞ、おさりん。」
「本当だ。はじめてみる一里塚の史跡だな。」
「一里塚というと、四メートル四方の塚に木が植わっているようだけど、この碑からは想像が出来ないな。実際はどのような形をしていたのだろうな、おさべえ。」
「インターネットで調べると、実際に塚が存在しているところや復元されているところが、いくつかあるらしいよ。ただし、まだまだ先だけどね。」
実際の塚がどのようなものなのか、旅人にとっては想像できないものであろう。しかし、日本橋から歩いてきて、ようやく街道らしい史跡に出会えたのも事実である。
「なにはともあれ、一里塚の跡があるということは、ここが東海道である証、というわけだな、おさべえ。」
「その通り。参考にした情報によると、この先たびたび一里塚跡があるようだよ。」
「そりゃ、楽しみだな。」
この先、どのようなものと出くわすのか、楽しみが増えた二人であった。
 車の走る道の割には、比較的交通量が少なく、静かな道となった東海道。幹線道路と平行しているからなのか、特に抜け道的な存在にはなっていないようである。旅人にとっては好都合で、ゆっくりと史跡を探しながら歩くことが出来る。しかしながら、市場村一里塚跡以降、街道にまつわるような史跡はなかった。単調な道が続くばかりで、最初は意気込んでいた二人も、次第に退屈な歩きとなってきた。そんな矢先、前方に立派な橋が見えてきた。
「ん、橋だぞ。なんという川に掛かっている橋だ、おさべえ。」
「えっと、あれは鶴見川だな。鶴見川に掛かる鶴見橋だよ。」
「鶴見川か。川崎宿からスタートして、初めて渡る川だな。」
鶴見川は、この辺りでは比較的大きな川であり、その川に掛かる橋も比較的長かった。この橋を渡れば、鶴見駅まではそれほど遠くない。
「橋は多摩川依頼だな。まあ、多摩川ほど規模は大きくないけどなぁ。」
「きんのじ、もうじき渡終えるぞ。この先、しばらく行けば鶴見駅だ。駅周辺はちょっと道がわかりづらいが・・・、まあ、なんとななるだろう。」
「おお、おさべえ。そんなんで大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫。心配なのは空の方だよ。今にも降ってきそうじゃないか、雨。」
「そんなに心配しなくても大丈夫だって、おさべえ。心配していると降らないもんだよ、雨というのは。それよりも、そろそろ渡り終えるぞ。」
 橋を渡り終えた旅人。彼らを待っていたものは、雨だった。スタート時にぽつりと来た雨だが、その後は降らずに保っていた。しかし、橋を渡りを得たころ、再び空から雨粒が落ちてきたのである。
「ん、雨か?ぽつりときたぞ、おさべえ。」
「げげ、雨だぞ。きんのじの言ったことと逆になったようだ。しかし、雨はピンチ。傘を持ってきていないぞ。」
「ありゃりゃ、そりゃ困ったな。といいつつも、自分も傘は持っていないので、止んでもらわにゃならんな。」
「きんのじも傘を持ってきていないのか。雨が本降りにならないことを祈るしかないな。」
 ぽつりぽつりと落ちてきた雨粒だったが、すぐに止んでしまった。どうやら、旅人の思いは通じたようだ。

 さて、橋を渡りきると、いくつかの石碑が建っている。旅人は、どちらから言うわけでもなく、自然と石碑へ足が向いた。思えば、市場村一里塚依頼の史跡である。
「おお、史跡だぞ。いくつかあるなぁ。」
「なぁ、おさべえ。」
「あいよ。」
「寺尾稲荷道道標って何だ。道標であることから、ここが分岐点ということはわかるが。」
「寺尾稲荷道?しかも、馬上安全と書かれているぞ。馬上安全?なんのこっちゃ。」
「名前からいって、参拝道っぽいが・・・。馬上安全というのは洒落かねぇ。」
「とりあえず、ちょっとおもしろい道標なので、写真でも撮っておくか。」
おざべえは、馬上安全の言葉が妙に気に入り、写真に収めた。
 石碑群を過ぎると、これまで比較的静かだった東海道が賑わってきた。道の両側には店が並び、鶴見駅が近づいてきたことを物語っている。
 しばらくすると、東海道は駅前の広い通りに合流した。が、ここで問題が発生した。なんと、ここまでナビゲータとして歩を進めてきたおさべえが、道を見失ってしまったのである。しきりに道を探すおさべえに対し、きんのじは不思議そうな顔をして、おさべえの行動を見ていた。
「おさべえ、どうした。何か問題でも起こったのか?」
「きんのじ、大変だよ。道を見失ってしまった。この先、どこが東海道なのかわからなくなってしまった。」
「地図を見てもわからないのか?」
「それらしい道はあるのだけど、本当に東海道か、怪しくてなぁ。」
「そんなら、とりあえず行ってみよう。見渡せば、いくつかの道筋はあるが、その内の1つが東海道なわけだから、片っ端から行ってみりゃ、いいんでないかい。」
「そりゃそうだ。」
きんのじの言うこともごもっともではあった。道筋は限られているため、どれか1つが東海道なはずである。少々非効率的だが、あたりをつけて、その道に入ってみることにした。
「まずは、どこからいく?おさべえ。」
「そうだな。この地図で見る限り、最も怪しいのは、今出てきた道の対岸に位置する、京急沿いの道かな。」
「よし、まずはその道を進もう。」
鶴見橋から進んできた東海道は、一旦駅前へ続く通りによって分断される。その対岸に、二人の言う”怪しい道”があった。まずは、その道を進むらしい。
「どうだ、おさりん。この道が東海道っぽいじゃないか。」
きんのじは誇らしげに言う。これがきっと東海道だ、と言いたげだった。しかし、その思いはすぐに消されてしまった。
「ありゃりゃ、道が終わってしまったよ、おさべえ。どうやら、この道じゃなかったようだな。」
「残念。ここははずれだった。戻ろう、きんのじ。」
二人は振り出しに戻った。
「次はどの道だ、おさべえ。」
「京急のガードを越えた先の道かな。賑やかなので、単なる商店街の道だと思うけどね。」
「案外、そういう道が東海道なんじゃないかな。品川宿に川崎宿、いずれも賑やかな道が東海道だったぞ。」
「それもそうか。よし、ガードを越えた先、右に行く道を進んでみよう。」
二人は、京急のガードを越えてすぐに右へ折れ、商店街の中を行く道を進んだ。
「賑やかだね。駅周辺の道では、ここがきっとメインルートなのだろう。」
「おさべえ、どうやら、我々にとってもメインルートのようだぞ。」
「ん?」
おさべえは、きんのじのが指さす方向を見た。そこには「東海道」と書かれた碑が建っていた。まぎれもなく、東海道(旧道)である。
「おお、きんのじ。ここが東海道だよ。そうか、この辺りは区画整理の際に道筋が変わってしまったんだ。」
「そのようだな。だから、先ほど歩いた道の延長で考えてしまうと、見失ってしまうわけだ。」
「よし、学習したぞ。この先も道筋が変わってしまっているところがあるだろうけど、その時はここを思いだそう。」
この時迷ったことが、この先の二人の旅に生かされることになるのである。

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■生麦魚河岸通りと国道歩き
 さて、無事に東海道を見つけた二人は、再び神奈川宿を目指して旅を再会した。鶴見駅から伸びる東海道は、しばらく商店街となり、賑わいをみせていた。しかし、しばらくすると店舗も減り、次第に静けさを取り戻すのである。
 やがて、前方に幹線道路が見えてくる。かなり交通量の多い道は第一京浜、つまり国道15号線である。東海道は国道15号線を横切り、さらに先へと続いている。
「国道15号線か、やっぱり交通量が多いな。」
「まあね、天下の第一京浜だからね。神奈川宿までは、この国号15号線に近づいたり遠ざかったりしながら、結果的に併走する形で続いているみたいだぞ、きんのじ。」
「そういや、知っているか、おさべえ。」
「何が?」
「国道15号線がなんで第一京浜で、国道1号線が第二京浜か。」
「そりゃ、海から近い順に呼び名を付けたからだろう。」
「学がないなぁ、おさべえは。いいか、現在の国道15号線はもともと国道1号線として開通したんだよ。やがて、交通量が増えてきたので、あらたなルートを陸側に作った。それが、現在の国道1号線のルートというわけ。横浜駅前は国道1号線なわけだから、これから行く神奈川宿あたりで、国道15号線は1号線に合流している。つまり、15号線は旧国道1号線というわけさ。だから、国道15号線と数は大きくても第一京浜なわけさ。」
「なるほど。よく調べたもんだな。」
「まあね。」
きんのじは得意げだった。

 国道15号線を越えた東海道は、「生麦魚河岸通り」と呼ばれるようになる。その名の通り、道沿いには多くの魚やが軒を連ねている。この日は日曜日で休みであったが、店が開いている時間帯であれば、活気がありそうなものである。
 やがて、前方に鉄道のガードが見えてくる。JR鶴見線のガードである。このガード下で、二人は思いがけないものを見ることになる。
「この道、生麦魚河岸通りというらしいな。どうりで魚やが軒を連ねているわけだ。ということは、あの生麦事件と関係があるのか?」
「その通りだよ、きんのじ。この道を進むと、ちょうど国道15号線に合流する辺りに、生麦事件の碑があるらしい。とりあえず、その史跡を目指して進もう。」
「よし。その前に、この先にガードが見えるな。何線のガードなんだ?」
「ああ、JR鶴見線だね。近くに国道という名の駅があるよ。」
「国道?まだ、ずいぶんとおもしろい名前だな。国道って、国道15号線のことなのか?」
「恐らく、そうだと思うけど。」
やがて、二人は鶴見線の国道駅に着いた。そこには、まるで映画のワンセットのような世界が広がっていた。
「おお、これが国道駅か。ガードの下が駅になっているわけか。って、なんじゃこりゃ!」
「どうした、おさべえ。」
「きんのじ、この駅を見てみなよ。」
「どれどれ、おお、なんとゆう駅だ。ガード下がトンネルのようになっているじゃないか。」
「それだけじゃないよ、きんのじ。まるで、映画のワンセットのようなたたずまいだぞ。」
「ここだけは、大正時代だな。」
「中に入ってみよう。」
おさべえは、まるでトンネルのようなガード下に足を踏み入れた。両側には店舗があるようだが、まるで大正時代にタイムスリップしたようなたたずまいである。そしてこの先、さらに驚く光景があった。
「きんのじ!」
奥の方からおさべえの声がした。きんのじは何事かと思い、おさべえのところまで歩いていった。おさべえがいたのは改札の前だった。
「どうした、おさべえ。そんなに大声を出して。」
「みてみろよ、この改札。自動改札じゃないぞ。」
「おお、なんと、それはそれは。」
「しかも、無人駅だよ。」
「無人駅か。川崎と横浜の間にある鉄道に、このような無人駅があったとはね。」
「直接、東海道とは関係ないけど、ここだけ、時間がゆっくりと進んでいる感じがいいなぁ。」
「ああ、おさべえの言うとおりさ。」
時の流れが止まったような空間が、そこにはあった。東海道を旅している二人ではあったが、しばし、都会に残る古風な駅にたたずんでいた。
「さて、きんのじ。旅を続けよう。」
「いざ、神奈川宿へ。」
旅人は、再び歩を進めた。

 通称、魚河岸通りと呼ばれる旧東海道を神奈川宿へ向かって歩いていくと、やがて魚屋もなくなり、閑静な住宅街となった。住宅街とは、実に退屈なもの。旅人はひたすら歩を進めるだけとなった。しばらくすると、おさべえが、民家に案内板が掛かっているのを見つけた。
「おい、きんのじ。見てみなよ。」
「どうした、おさべえ。」
「生麦事件発生現場といった案内板があるぞ。」
「なに。」
きんのじとおさべえが見ている案内板。普通の民家の柵に掛かっているだけなのだが、そこには「生麦事件発生現場」と書かれていた。
「生麦事件発生現場。ということは、ここであの事件が発生したということか、おさべえ。」
「そうなるんじゃないか。」
生麦事件の案内版に目を通した二人ではあったが、特に興味を持つわけでもなく、先を急ぐことにした。事件の案内場を過ぎると、旧東海道は「生麦旧道」と呼ばれ、やがて左手にキリンビール工場を見ると、国道15号に合流する。合流地点には、生麦事件の碑が建っていた。
「生麦事件の碑があるぞ。きんのじ。」
「ほほう。どれどれ。本当だ。ずいぶんと立派な碑じゃないか。」
「1862年8月21日、薩摩藩の島津久光一行が、商人リチャードソンら英国人三人が斬られるという大事件が勃発。これが生麦事件か。当時としてはかなりショッキングな事件だったんだろうな。なぁ、きんのじ。」
「ん、ああ、そうだな。」
「ん、どうしたきんのじ。あまり興味のないことなのでつまらないか。」
「いやなに、その後ろにあるキリンビール工場がきになってなぁ。」
「はぁ、ビールかい! そーいや、きんのじはキリンビールが好きだったなぁ。」
「この工場から生まれているのか。そう思うと考えもひとしおだよ。」
「おいおい、生麦事件よりもビールが気になるってか、きんのじ。」
「はっはっは。過去よりも未来ってね。生麦事件は過去に起きた出来事だけど、キリンビールは今、ここで生まれているからなぁ。」
「なんか違うような・・・。」
きんのじはビール好きであった。特にキリンビール好きで、目の前にあるビール工場が気になって仕方なかった。

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■神奈川宿到着

 さて、東海道はキリンビール工場わきで国道15号線に合流すると、神奈川宿までは国道を進むことになる。旅人にとっては退屈な長い国道歩きとなる。
 国道15号線は、通称第一京浜と呼ばれ、神奈川と東京を結ぶ幹線道路である。とにかく交通量が多く、道幅も広い。そんな国道の歩道を歩く旅人二人。しばらくすると、右手に京急の神奈川新町駅あり、このあたりから神奈川宿に入るとされている。神奈川新町駅近くにある公園には、オランダ領事館跡の石碑が建っている。おさべえは、地図で調べてこの場所へ向かった。
「きんのじ。ここがオランダ領事館跡で、長延寺の跡でもあるよ。」
「長延寺の跡。」
「そう。そして、江戸川見附の跡でもある。つまり、神奈川宿の入口というわけだね。」
「なるほど。ということは、ようやく次の宿場に着いたわけか。」
旅人は、今日の目的地、神奈川宿に到着した。まだ時間があることから、宿場を進むことにした。神奈川宿は、宮前商店街で旧道に入るまでは、国道15号線沿いとなる。地図に習い、旅人は国道を進んだ。
「なぁ、おさべえ。」
「なんだ。」
「宿場に入ったのはいいが、国道15号線沿いには、これといった史跡がないぞ。」
「確かに。こちらが本筋なのだろうけど、史跡がありそうなのは、鉄道と国道の間の道のようだよ。とりあえず、そっちを歩いてみようか。」
おさべえの言うとおり、京急の仲木戸駅あたりからは、鉄道と国道の間にある平行する道に、史跡が多く残されている。二人は、その道を歩くことにした。
「この道の方が街道らしくないか、おさべえ。」
「そうだな。ん、あれは何だ。」
「どれどれ。屏風絵じゃないか。」
おさべえが指したところには、屏風の形をした壁があり、なにかの絵が描かれている。二人はそこへ近づいた。
「おお、これは宿場の絵だぞ。神奈川宿の全景ではないか、おさべえ。」
「本当だ。宿場が描かれている。」
「これを見ると、今の横浜駅は海だったのか。しかも、宿場の横は海だぞ。」
「きんのじ、これって品川宿に似てないか。」
「品川宿に。なぜ。」
「海に面した宿場だからさ。」
「確かにな。となると、さぞかし食い物もうまかったのだろうな。うまい魚とうまいビール。うーん、贅沢な宿場だ。」
「おいおい、うまい魚はあるとして、ビールはなかったんじゃないか、江戸時代には。」
「そうか・・・。」
「きんのじは、よほどビールが好きらしいな。」
「まあね。」
そんなたわいもない話をしながら、神社仏閣や史跡のある道を歩く二人。やがて、神奈川地区センターの建物が見えてきた。そこには、復元された高札が置かれていた。
「近代的な建物の前に高札があるぞ。なんか、アンバランスだな、きんのじ。」
「できれば、街道筋に復元してもらいたいものだな。もしかしたら、この細い道が街道だったんじゃないか。本当は。」
「ガイドブックを見る限りでは、国道15号線になっているけどね・・・。こっちの道の方がそれらしいのは事実だね。」
高札跡を過ぎた二人は、史跡の多い小道を先へ進んだ。やがて川沿いの道に出ると、国道15号方面へ向かって進んだ。
「この川沿いに、本陣跡があるそうだけど、なにかそれらしいものはあったかい、きんのじ。」
「あれじゃないか。ほら、案内板みたいなのが建っているぞ。」
「どれどれ。青木本陣跡と書いてあるな。おお、これだこれだ。ということは、この近くに本陣があったのか。」
「へぇー、川沿いにあったのか。今ではまったく面影がないな。」
「近代化と共に消え去った宿場のようだね。もっとも、神奈川宿というと、この先の台町へ向かう坂が有名なんだけどな。」
「とても、ここに宿場があったとは思えない雰囲気だな、おさべえ。」
「そうだな。」
青木本陣は、当時「滝の橋」付近にあった。旅人が歩いてきた道に沿っている川が滝の川で、この川を越える国道15号に掛かっている橋を「滝の橋」という。確かに、碑の建っているところ付近にあったみたいだ。
 さて、国道に出た旅人は、少しの間国道を進む。やがて、右斜めに分岐する道が現れる。宮前商店街と書かれた道が東海道である。
「宮前商店街。ここが東海道だな。」
「商店街にしては、少々寂しい感じがするなぁ、おさべえ。」
「今日が日曜日だからじゃないか。これでも、この先に京急の神奈川駅があるんだぞ。」
「じゃあ、そこで今日は終わりか。」
「そういうこと。あと少しだ。」
宮前商店街と書かれた道は、国道15号と京急の神奈川駅とを結ぶ小さな道である。江戸時代には宿場町であったが、今は、国道とJR・京急といった鉄道の間に挟まれた小さな商店街になってしまった。さらに、近くには横浜駅があり、宿場町は衰退していったのかもしれない。
「当時の宿場が今は商店街。よくあるパターンだけど、ここはやっぱり寂しいなぁ。そうは思わないか、おさべえ。」
「当時海だったところが埋め立てられ、やがて神奈川県でも随一の横浜の街が出来た。多くの鉄道が乗り入れる横浜駅から離れているこの場所は、衰退してしまったのだろうね。」
「それは言えるな。」
やがて、旅人は京急の神奈川駅に着いた。小さな駅は各駅停車しか止まらない。もっとも、横浜駅は目と鼻の先であり、私鉄だから駅を作った感じである。実際、平行するJRには駅が無い。
「さて、目的地に着いたぞ、きんのじ。今日はここまで。」
「横浜まで行かないのか。」
「東海道は、この先の青木橋で、鉄道と国道1号線を横切るので、横浜駅方面には向かわないんだよ。ほら、国道1号の向こうに、斜めに入る道が見えるだろう。」
「おお、あれか。確かに、この道の続きのような角度をしている。」
「鉄道と国道で分断されてしまった東海道だけど、昔は続いていたというこどたよ。」
「なるほど。神奈川宿は分断されてしまったわけだな。だから、今は寂しい宿場になっているというわけか。なぁ、おさべえ。」
「そういうこと。」
「よし、これで今日は終わり。次回はここからスタートということで、さあ、ビールを飲みに行こう。おさべえ。」
「ありゃ、最後はビールね。OK!」
 今回の旅は、京急の神奈川駅前で終了した。東海道の旅はまだまだ序盤戦。次なる旅を楽しみにしながら、ビールで乾杯する旅人二人であった。

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