| ■久しぶりの旧道は六郷の渡しへ |
暑さと疲れのためか、すっかり口数の少なくなった旅人二人。すでに、思考ではなく本能で足を動かしているような状態に近くなっていた。そんな二人の前に、久しぶりに旧道の姿が見えてきた。それは、おさべえが事前にインターネットで調べていた光景であった。
「ん、あれは?」
「どうした、おさべえ。」
「きんのじ、この先に、歩道の真ん中に木が見える場所があるの、わかるか。」
「あ、ん、ああ、あれか。なんで歩道の真ん中に街路樹が並んでいるんだ。」
「あれが旧道だよ。インターネットで調べたんだけど、旧道への分岐が歩道の延長のような形になっている、なんとも不思議な分岐があると。」
「それがあの木のあるところというわけか。」
「そうさ。左側が旧東海道、右側は歩道というわけだよ。」
事前に調べていた分岐にたどりついたことで、おさべえに、ようやく「思考」が戻ってきた。旧道分岐へ向かい、少し足の運びが軽やかになったのか、ほどなくして旧道分岐へたどりついた。
「きんのじ。この旧道を進めば、いよいよ六郷の橋だよ。川崎は目の前だ。」
「ほう、この道がね・・・。ということは、江戸時代にはこの先に渡しがあったということか。」
「そうだね。さあ、いよいよ多摩川だ。先を急ごう。」
先ほどよりいくぶん元気になったおさべえは、きんのじを従える形となり、旧道を進んだ。旧道といっても、よくある一般的な道になっているが、長く国道を歩いてきた二人にとっては新鮮であった。
やがて旧道は終わり、国道に合流すると、そこは六郷の橋のたもとであった。目の前は多摩川で、いよいよ都内を出て神奈川県に入る。
江戸時代、六郷には当然橋はなく、船で旅人を渡していた。いわゆる「六郷の渡し」である。現在は、国道15号に橋が架かっているため、難なく越えられるが、当時は難所の一つであったことが想像できる。
さて、きんのじとおさべえの二人は、いよいよ多摩川を渡り、川崎市へ入る。品川宿についで二つめの宿場、川崎宿まであとわずかである。
「きんのじ、いよいよ多摩川だ。対岸が川崎市か・・・。宿場までもう少しだな。」
「河口から上ってくる風がさわやかだな。」
「そういえば、これだけの大きな川だと、確かに風が吹いていて、気持ちがいいな。」
「それにしても、多摩川を徒歩で渡るとわね・・・。はじめての経験だよ。」
「はっはっは、おさべえの言うとおり。いつもは右側を走っている電車であっさりと渡ってしまうからな。こうして、徒歩でゆっくり渡るのは初めてだ。」
河口から上ってくる風を受け、ようやく涼を感じる二人は、多摩川という、今回の旅で初めて目にする大河の景色に満足しながら、川崎宿を目指す。
やがて渡り終えた二人は、橋の横に案内板とモニュメントがあることに気づいた。それは、六郷の渡しに関する説明版であった。
「いやー、渡り終えたな、きんのじ。」
「神奈川県か。歩いて神奈川県に来たのは初めてだな。こうしてみると、多摩川は大きい川だなぁ。」
「ん、なんだこれ。」
「どうした、おさべえ。」
「なんか案内板があるぞ。六郷の渡しのことが書かれている。」
「ほう、どれどれ。本当だ。」
「説明によると、六郷の渡しは、ここよりもう少し下流側にあったらしい。」
「江戸時代は船か。そうだろうな。これだけの川を越えるのには、船じゃなければ厳しかったのだろう。」
「それもそうだけど、河口近くなので深さもあり、橋を架けることもできなかったんじゃないかな。」
「まあ、おさべえの言う通りだろうね。」
「同じく江戸から京都を結ぶ中山道と比べると、東海道は川が多い。特に、多摩川をはじめ、相模川、酒匂川、安部川、富士川、大井川、天竜川など、大河と呼ばれる大きな川を越えなければならないから、当時は大変だったんだろうな。」
「多摩川は、江戸を出発して最初に越える大河か。」
六郷の渡しに関する説明を一通り読んだ二人は、再び川崎宿を目指して歩を進めた。東海道は、多摩川を渡りきるとすぐに右へ分岐する。六郷の旧道を歩いた場合、一旦国道を右から左へ越える必要がある。橋のたもとで国道は陸橋となり右方向へ分岐する道を越えている。この右方向へ分岐する道こそが、川崎宿を通る東海道でり、川崎宿の入り口となる。
二人は、迷うことなく右へ分岐する道へ歩を進めた。すると、すぐに「川崎宿」の文字が現れた。
「あれ、もう川崎宿。」
「そのようだな、おさべえ。渡しを控えているので、川の近くに宿場があったのだろう。」
「なるほど、きんのじの言うとおりかもしれない。ということは、着いたわけか、川崎宿に。とりあえず、終了地点にふさわしい場所まで行こう。」
川崎宿に入ると、高札場や本陣、脇本陣を表す標柱が立てられている。退屈だった国道歩きから一変して、記録を残しながら歩く二人にとっては忙しい道となった。
旧東海道ルートは、川崎駅前の繁華街になっているようで、先へ進むにつれて賑やかになってきた。様々な店が建ち並び、人通りも多くなってきたころ、「田中本陣跡」の標柱が現れた。
「おお、本陣跡だ。ここが川崎宿の中心だったとこだよ。」
「ちなみに、本陣は大名が宿泊する宿、というわけだよな、おさべえ。」
「その通り。」
「この先の交差点を右に行くと、川崎駅に出られる。ここで終えるかい?おさべえ。」
「次回、続けやすいので、ここで終えようか。」
真夏の東海道。品川宿からスタートした今回の旅は、退屈な国道歩き、そして多摩川を越えて川崎宿にたどりついたところで終わった。夏とはいえ、日が傾いてくると、いくぶん涼しくなる。旅人は、次回のスタート地点となる「田中本陣跡」を後にして、川崎駅へ向かった。
余談だが、帰りに乗った東海道線は、二人が苦労して歩いてきた距離を、20分もかからずに通り過ぎてしまった。ややむなしさの残る二人だったが、既に気持ちは次回へ向いていた。
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