蝸牛月刊 第8号 1996年5月25日発行


タルコフスキーの初期作品「殺人者」を観る

 本年5月11日,NHK教育テレビ「未来潮流」においてアンドレイ・タルコフスキー監督のデビュー作「殺人者」が放送された.
 この作品はタルコフスキーが学生時代,ヘミングウェイの小説を映画化した短編である.すでに後のタルコフスキー作品に感じられる独特の緊張感を持ち,周到な画面の設計がなされている.また,セリフも最小限に抑えられ,解釈は観る者に委ねられている.題材こそ後の作品と比較して,すいぶん違和感のあるもの使用しているが,内容的には十分「タルコフスキー」を感じる作品に仕上がっている.タルコフスキーとハードボイルドが良いかたちで出会い,幸福な結合を果たした結果といったところか.

 ストーリーは,アメリカのある食堂から始まる.
 二人の男が食堂に入ってきてカウンターに腰掛け,いろいろと注文するのだが何か様子がおかしい.店の男に妙につっかかるような話し方なのである.そのうちに男達の一人が調理場に入って行き,コックを縛り上げたかと思うと,ライフル銃を出して調理の受け渡し口から入り口を狙う.もう一人の男の話によると,その店の常連の男を撃ち殺すのだという.その理由はわからない.男達も知らないのだ.その客は6時ジャストに店に入ってくる.今は5時過ぎ.ライフル銃が店の扉を狙っている.緊張した時間が過ぎる.
 銃が狙う中,客が何人か入ってくるのだが,観ている者も殺される男がどんな人物なのかわからないため,客が扉をくぐる瞬間,緊張感は極限に達する.そんな客の一人をタルコフスキーが演じている.
 その客がサンドイッチを注文し,銃を持った男や縛り上げられたコックが寝かされている調理場で,サンドイッチが作られ,店の男は包丁を手にパンにはさむレバーを切る.調理場にいくつもの視線が飛び交う.一方,待っている客は何食わぬ顔で口笛を吹くのだが,その口笛の非常に耳につく音が,調理場のシーンで緊張しきっている神経を逆なでし,居ても立ってもいられない気分にさせる.
 結局,目標となる男は現れず,二人の男は去った.
 常連の男の身を案じた店の男は,使いを出し,男が泊っているホテルに伝えに行かせる.だが,標的となった男はすべてを承知していた.ベッドに寝転がり,「どうしようもない」と言う.事態を回復する機会は全て逸し,すでに打つ手はない.逃げ回るのにも疲れた.部屋から出れば殺されることはわかっている.だが決心がつかない.男にできることは部屋で横になっていることだけ.男は言う.「もう少し横になっていたい.決心がついたら――外に出るよ」.
 食堂に戻った使いの男と主人には何もすることができない.殺されることがわかっていて寝ていることしかできない男,そんな神経を掻き毟られるような恐怖のみが二人に残る.何かを話そうとする使いの男に向かって主人は言う.「もう考えるな!」

 ヨーロッパでも今年の4月に放送されたらしい.タルコフスキーの作品であり,十分に良い作品なので,そのうちビデオ発売がされることだろう.


CDレビュウ

THE THRILL "ХОРОШО"

 タイトルがロシア語というだけの理由でレビュウします.
 このバンド,実は前から結構好きだったのだ.この機会を逃してなるものぞ(^^;;
 このバンドの曲は,非常に魅惑的・官能的なブラス・ロックである.ビジュアルは完全にカッコイイ系で作ってあるが決して見かけだおしでは終わっていない.実力はなかなかのものである.
 まず,ギターやシンセサイザーとブラスバンドの掛け合いがオシャレで格好良い.そして唯一の女性メンバーであるテナーサックスのYUKARIEが2曲,ボーカルを務めているが,声質が色っぽく,この声を聞くだけでも価値がある.また,YUKARIEはルックス的にも大変いいものを持っており,ビデオでは一番目だっている.華があるという表現がビタリとはまる.
 「地底の楽園」,「太陽の黄金の林檎」といった,SFファンにとってはちょっと無視できないタイトルの曲も収録されている.
 以上,紹介したように,THE THRILLは曲・ビジュアル・音・コンセプト・声・ネタと,まんべんなくクスグリの要素を持った器用なバンドなのである.


芸夢評

"Dungeons of Kremlin"

 クレムリンの地下に怪しい木造の宮殿が発見された.古き支配者の悪しき霊魂が気を放っている….闇の力が目覚め,じめつく洞窟に異形の蝙蝠がはびこる.多くの者たちが悪しき力に対抗しようとしたが,誰一人として戻らなかった….だが,最後の希望が残されている.戦士ディゲルの帰還である.彼は油断無く力強い男だ.危険に支配された町を救ってくれることだろう.

 と,いうわけで,ロシア製ゲーム"Dungeons of Kremlin"である.収録されているシナリオは,

の三種類.システムはいわゆるDOOM型ゲーム.DOOMのバリアント・シナリオとして見ればきっちり作られているので,ゲームとして楽しめることは間違いない.また,クレムリンの地下で魔物退治をしているという設定が楽しいではないか.プレイしていて思わず頬が緩んでしまった.
 ロシア製ゲームというとテトリスがあまりにも有名だが,残念ながらそれ以外の名前を聞いたことがない.
 久しぶりに見るロシア製ゲームということで,斬新な感覚のゲームを期待したのだが,残念ながらDOOM型のゲーム・システムをそのまま採用し,グラフィックスも取りたてて新しいものではない.したがって,ゲームとしては面白いが,クレムリンを舞台にしているという点の他にロシア製だからどうだといった特徴はない.
 しいて論評するなら,ロシアもアメリカや日本のようにCD-ROM媒体によるゲームが発売されるようになり,ゲームのトレンド情報もリアルタイムで入るようになっていることがわかるといったところか.