蝸牛月刊 第6号 1996年3月23日発行

 今月は手抜きです。以上


ロシア語で最初のSF百科(作家の部)出版される    大山博

 旧ソ連のSF系辞典と言えば、革命直後に編纂されたルィニンの宇
宙飛行百科が有名だが(もちろん、今では絶版の古典本)、どうやら
その後は図書館関係者向けの書誌的な図書が何点か出版された他は、
体系的にまとまったものが出されないまま連邦解体を迎えてしまっ
たようだ。文学におけるファンタスチカの位置付けがあまり高くなか
ったことも影響しているのかもしれない。

 そして、現在の旧ソ連諸国でも、この数年にわたって大量の外国S
Fが質の如何を問わず翻訳され、流入する混乱が続いていたが、よう
やくリファレンス的な図書の発行に関心が向けられる段階に至った
らしい。と言うのも、昨年、ミンスクにあるいかにも小さな出版社、
ガラクシアス社(ИКО"Галаксиас")から、ロシア語の出
版物としては、史上初と銘打った『ファンタスチカ百科事典(人名
編)』Энциклопедия Фантастики:Кто е
сть кто.(ISBN 985-6269-01-6)が出版されたからなのだ。
初版一万部。しかも、本書は英米で出版されたSF百科の単なる翻訳
ではなく(もちろん、多分に参考にはしている)、ロシアその他の旧
ソ連圏の作家にも多くの頁を割いたオリジナルの図書である。旧ソ連
圏の作家を網羅的に扱った資料が今まで事実上存在しなかったこと
もあり、きわめて貴重な参考図書が誕生したと言って間違いない。巻
頭の紹介記事を読む限りでは、二巻組を予定しているらしく、第一巻
にあたる本書では内外の古典的ユートピア作家から現代SF作家に
至る約1300名の経歴、主な作品等について紹介し、うち454名
については顔写真を収録、予定は未定の次巻ではSF映画、評論、書
誌をあつかうとのことだ。ロシア・ソビエト映画に関心ある筆者とし
ては、第二巻に期待したい。

 編纂者はソ連時代からファンダムで活動してきたウラジーミル・ガ
ーコフ。日本でも、SF同人誌『イスカーチェリ』に評論の翻訳が紹
介されたことのある人物だ。また、収録記事著者の中には、SFM2
月号の大野報告においてロシアのSF作家大会インタプレスコンで
『生涯にわたるSF活動に対して』特別賞を授賞と紹介された故ヴィ
ターリ・ブグロフ(1938-1994)の名も見られる。おそらく、現SF
ファンダムの総力を結集した出版物なのだろう。

 と、実に有り難い図書ではあるのだが、明らかな欠点もある。収録
データは没年を除くとほぼ1990年までのものなので、ここ数年に
登場した新鋭作家を調べる役にはたたない。例えば、前掲の大野報告
に名前の出てくる作家のうち、ウェレル、ストリャーロフ、ルィバコ
フ、ラザルチューク、シテルン等の名前はあるが、つい先日、日本で
も作品集『眠れ』が群像社から出版されたヴィクトル・ペレーヴィン
の名前を見ることはできない。また、非スラヴ系作家の姓がキリル文
字に翻字されて排列してあるのだが、ラテン表記の索引が無いため、
ちょっと調べにくいかたちになってしまっている。

 出版社の世界的統一コードである ISBN の図書番号にわずか二桁
しか割り当てられていない小出版社、たぶんSF関係者が作った会社
の一つであろうと想像するのだが、ぜひともこの計画を無事遂行して
ほしいものである。地球の裏側から、熱い声援の声を送りたい。