大山博
●ロシア帝国時代のアニメーション作品
ゴスフィルモフォンドのアニメーション研究員アントロポフ氏の話によれば,帝制ロシア時代にアニメーション作品と呼べる映画を作ったのは日本でもロシア・ソヴィエト映画祭で上映され,また,教育TVのロシア語講座でも放映された(一部カット)爆笑昆虫人形アニメ『カメラマンの復讐』(1912)で知られるスタレーヴィチただ一人とのことである.スタレーヴィチは革命後,フランスに移住し,作品を作り続けたが,今回観ることができたのはロシア時代の作品,『キリギリスとアリ』(1913)及び『ベルギーの百合』(1915,一部実写)の2本であった.いずれもスタレーヴィチ流の昆虫や蛙を中心とした小動物のキャラクターを用いた作品である.特に,前者の酩酊したキリギリスが千鳥足で歩くさまや最後に降りしきる雪の中で凍えて死んでしまうあたりの動きが実にリアルかつコミカルであった.
なお,ゴーゴリ原作の『鼻』等の作品で知られるアレクサンドロフについては,生まれはロシアであるが,幼時にフランスに移住し,成長した後にアニメーションを作りはじめたことから,ロシアの作家とはみなされていない.
●初期革命アニメーション作品
ボリシェヴィキらの革命によりロシア帝国は崩壊し,スタレーヴィチもロシアを去ったが,ロシア・アニメーションの流れは細々と継続していた.前衛的なドキュメンタリー作品で知られるジガ・ヴェルトフ監督の連作『キノ・プラウダ』,『キノ・グラース』等の中にもアニメーションの手法を用いたカットが利用されていた.そして,完全にアニメーション技法のみで作られた最初のソヴィエト作品は,ヴェルトフ監督の『ソヴィエトのおもちゃ』(1924)である.この作品は技法的には線画アニメであり,非常に素朴なものだが,人民を食い物にする太った資本家を労働者と農民,そして赤軍兵士が文字どおり一体となって打倒する,実に豪快?な物語である.
続いて,ソヴィエト2番目の実写革命SF映画『アエリータ』の影響を強く受けた革命アニメが現れる.それが『惑星間革命』(1924)であり,こちらの技法は切り紙アニメである.物語は単純らしく(サイレントで字幕もないので単純にせざるを得ないのだろうが),革命に敗北し,火星に逃れた資本家たちを赤軍が追跡し打倒するものだ.カリカチュア化された資本家のグロテスクな絵が印象的である.
さて,この時期のソヴィエトでは中国の革命運動にも関心が深く,中国を題材とした作品も多く作られた.ロシア・ソヴィエト映画祭で上映されたドキュメンタリー『上海ドキュメント』もこの系列の作品だが,アニメーションでも中国ものが作られていた.
『火中の中国』(1925)はしいたげられた中国人民の姿を描き,人形アニメ『中国っ子の冒険』(1928)は金持ちの家の炊事場で働くことになった幼い中国人兄弟がむごい仕打に耐えかねて小舟で逃れ,世界中を回った後に,労働者の国,ソヴィエトにたどりつくという物語.これらの作品は,中国ものであると同時に革命宣伝作品ともなっている.
革命後のソヴィエトでは,諸民族の間に革命思想を広げる必要もあり,中国ものと似たパターンで国内を舞台とした作品も作られている.例えば,『サモエードの少年』(1928)は,北方小数民族の少年がシャーマンのいんちきを暴いたために報復として海に流され,ソヴィエトの船に助けられて町に出て教育を受けるが,それでも決して故郷のことを忘れはしなかったというものだ.
●実験アニメーション作品
さて,きわめて当たり前の話なのだけれど,革命直後のソヴィエトだからといって,誰も彼もが革命映画ばかりを作っていたわけではない.ロシア・アヴァンギャルド芸術の動きはアニメの世界と無縁ではなかったのだ.未完に終わったツェハノフスキイ監督らの実験アニメ『バザール』はロシア・ソヴィエト映画祭でも上映されたので観た人もあるだろう.イワーノフ及びサゾーノフによる『泥棒』(1934)は線画のアニメですでにトーキー化されているが,その音楽はサウンドトラックを手書きすることによって作られていて,電子音楽的な響きがある.物語も西瓜泥棒の猪を,アメリカ合衆国アニメのキャラクター,ビンボーに似たところのある愛犬を従えたピオネール少年(これまたどこかしらベティ・ブープに似ているような……)が退治するコミカルなものに仕上がっている.
●娯楽アニメーション作品
その他,上述の各系列に属する要素を含んでいたりするものの,やはり娯楽作品であることを主眼とした作品も多く作られている.
ジェリャブシスキイの線画アニメ『スケート』(1927)は極めてシンプルな線画を用いて,スケート場にもぐりこんだ男の子が引き起こす騒動をコミカルに描いている.
チェルケスの線画アニメ『ミュンヒハウゼンの冒険』(1929)も同様に,一部実写を用いて,革命も芸術も知ったことではないはちゃめちゃな物語を展開している.ツェハノフスキイのカラー作品『郵便』(1929)は,ソヴィエトの男の子が投函した書留郵便が次々と居場所を変える宛て先人を追いかけて世界中をめぐり,最後に地球を一周してようやく宛て先に届くまでを愉快に描いた作品だ.
また,ロシア・ソヴィエト映画祭で上映された何とも不思議なコメディ『メアリー・ピックフォードの接吻』があったが,当時のソヴィエトではアメリカ合衆国の映画俳優メアリー・ピックフォードが大人気であり,労働者運動への関与も強かったピックフォードらが訪ソした時には大騒ぎだったようだ.アニメの世界でも,この時の騒動を題材にしたものがある.ホダターエフの『大勢の中の一人の女』(1927)では,ピックフォードにあこがれる女の子が夢の中でくりひろげる大騒ぎが実にばかばかしくも楽しい.
さて,1920年代の作品傾向をざっと紹介したところで今回は終わりとする.次回は1930年代以降の動きに触れてみたい.