蝸牛月刊 第13号 1996年10月19日発行


"ストラーニク"参加レポート

 1996年9月27〜29日の3日間,ロシアはサンクト・ペテルブルク市内のホテル・ルーシにて,ロシア・ファンタスチカ作家会議《ストラニク》が開催された.ロシア及び旧ソ連諸国からの参加者は,作家を中心に,評論家,編集者,出版関係者等を加えた総計約100名(70名との説もあるが,おそらく作家に限ればもう少し少なかったに違いない).国外からの参加者は,ポーランドの翻訳家タデウシ・リトフィンスキ氏及び筆者(大山博)の2名であった.会場は,当初の案内ではホテル・オクチャーブリスカヤであったが,『あそこは犯罪者が多くて物騒だ』との理由で変更になったらしい.
 5月に開催されたSF大会インタプレスコンと今回のストラニクが異なるのは,インタプレスコンがファンをも含めた一般的な意味でのSF大会であるのに対して,ストラニクは参加者を絞り,作家中心とした点にある.
 参加者はボリス・ストルガツキイを筆頭に,ストリャーロフ,アンドレイ・ラザルチューク,ミハイル・ウスペンスキイ,エドゥアルト・ゲヴォルキャン,ヴャチェスラフ・ルィバコフ等のいわゆる『ターボ・リアリズム』集団(後に,ストリャーロフ本人に確認したところ,現在,『ターボ』を表に出している作家はストリャーロフとラザルチュークだけのようだが)を中心に,ボリスのSFセミナー出身の作家や若手が主体となっている.旧ソ連時代に活動していた古参のSF作家の出席は少ないようだった(もちろん,皆無ではなく,例えばウラジーミル・ミハイロフの作品をルィバコフは子供の頃に読んだと言っていたが,ミハイロフは今大会で特別賞を受賞している).特に,《若き親衛隊》社系の作家はいなかったように思えるし,日本でもある程度名の知られた作家であるキール・ブルィチョーフの姿も見られなかった.また,ターボ系の作家でも,ミハイル・ヴェレルは父親の病気のためイスラエル入りしており参加不可,ヴィクトル・ペレーヴィンは現在,アメリカにいるとの話だった(未確認).
 大会自体は,これまでの大野報告にもあるとおり,文学議論よりは作家同士の懇談会的雰囲気が強いものだった.3日間の日程で一同が会するのは初日午後の開会セレモニー(出版社の宣伝付き.『スター・トレック』ロシア語版の発行等については,参加者の一部からひやかしの声があがっていた……),2日目午前の『ロシア・ファンタスチカの華麗と赤貧』なる評論家(兼銀行家)ペレスレーギンの講演と質疑,それに続く市内『クループスカヤ名称文化会館』に於けるサイン会(ボリス・ストルガツキイの人気はすさまじく,サインを求める客が列をなし,たちまち本が売切れた),夕方からの『遍歴者』賞受賞式,そして最終日午前の閉会セレモニーだけであった.
 『遍歴者』賞授賞式は,インタプレスコンと同じく,市内の音楽家会館のホールで開催された.ファッション・モデルが登場したり,伴奏付きだったりする点も同様である.大会受け付け時に渡されたプログラムには,『遍歴者』賞8部門の最終候補各3名のリストが添付されており,大会初日の夜,12名の審判(ヴェレルが欠席のため,実際は11名だったらしい)が最終投票を行い,封印された結果がこの授賞式会場で開封,発表される.前述のとおり,ミハイロフが何かに対する貢献により特別賞(小さな『遍歴者』像が贈られた)を,エヴゲーニイ・ルーキンがまた別の特別賞(何に対する賞なのか,確認するのを忘れた)をもらっていた.

1996年『遍歴者』賞 受賞者および受賞作

 長編部門がボリスと言うのは少々気になるところだが,最終選考に残った作品はボリスの外,ゲヴォルキャンの『ろくでなしの時間』とスビャトスラフ・ロギノフの『ダライナの多手神』であった.受賞者はそれぞれ壇上で挨拶をしたのだが,短編部門のストリャーロフが言ったせりふ以外は忘れてしまった.「読者は長編を愛するものだけれど,作者は短編を好む.何しろ,これで三つも『遍歴者』がもらえたのだからね(^_^」.次回のストラニクについては未定の部分が大きいようだ.今回のマネージャを務めたストリャーロフも「くたびれた.来年はやらないよ」と言っていることから,ひょっとするとラザルチュークが中心となるクラスノヤルスクコン(仮称)が来年のストラニクの場になるのかもしれない.
 さて,『遍歴者』賞の話からはそれるが,ペテルブルクのテラ・ファンタスチカ社とモスクワのАСТ(アー・エス・テー)社の共同出版により,ボリス門下の作家たちによるオリジナル・アンソロジー『ストルガツキイ兄弟の世界』が出版されていた.大会の開会セレモニーにおいて,テラ・ファンタスチカのユータノフ社長よりボリスに対し,続編『ストルガツキイ兄弟の世界2(仮題)』の企画の了承を求める発言があり,ボリスの御大も実に快くこれを認めるという(いささかクサイ)一幕もあったことを付記しておく.

ロシアSF映画ビデオ事情

 さて,せっかくの機会なのだからと,空港売店などに売られているビデオの情報収集を試みた.結果として,新作ロシアSF映画のビデオはこれらの場所では見当たらず,また,映画に詳しい作家アンドレイ・ラザルチュークの話でも,ロシアSF映画のビデオはあまり見かけないようであった.
 モスクワのシェレメチェヴォ第2空港内外のビデオ売場で見つけたロシア製SF,ファンタジイ映画ビデオは以下のものがあった.『イリヤ・ムウロメツ』(邦題『キング・ドラゴンの逆襲』,徳間),『キン・ザ・ザ』(邦題『不思議惑星キン・ザ・ザ』,バンダイ),『ナースチャ』(ゲオルギイ・ダネーリア監督の日本未公開作,書店ナウカ扱いの字幕なしビデオあり),『道化役者たちの避難所』(内容不祥.まだ観ていないのだが,「神秘」の文字がパッケージにあるので,妙な作品ではないかと密かに期待している).
 また,空港内免税店のビデオ売場には,外国映画のロシア語版が若干売られていたが,日本映画は『ゴジラ対モスラ』だけであった.価格は正規版の場合,市内で約3万ルーブリ(6米ドル程度),空港内免税店で13米ドル程度であった.
(大山博)