World SF report

 ロシアといえば去年は新聞の国際面を毎日のごとく賑やかした話題に事欠かない国だった。しかし、ソ連が崩壊してCISとなってからは不景気な話しだけがコンスタントに入ってくるだけで、それほどの話題はない。しいて言えばエリツィンの来日中止とユーリやヴォルク・ハンなどといったスポーツ関係の話題くらいだろうか。
 小樽や千葉ではロシア人が中古車やスクラップ品を大量に漁船に積み込んでいるとか、新大久保で美人のお姉さんがロシア語を教えてくれる(?)とか、ヘンな話はよく聞くのだが・・・。
 先日、小樽を訪れた際にロシアの漁船を何隻か見かけたがニュースの通り中古車や電気製品でいっぱい、町のなかも廃棄された電気製品を求めてうろついているロシア人がいたるところ徘徊しているという具合だった。最近では麻薬や拳銃の密輸が問題になっているらしく、ロシア船への規制が厳しくなっているようだ。身近にロシアの存在を感じる事ができるいい機会だと思っていたのにそういった光景もあまり見られなくなるのだろうか。
 日本の訪問をキャンセルしたエリツィンがその後、韓国だけを訪問したが、あれは韓国と仲が良いのを見せつけて何かと言えば領土の話をしてくる変な国をえんがちょしてやろうという魂胆なのだろうか。いいかげん、領土問題なんかうっちゃってしまって他の前向きな話しをしたら?と、どこかの国の態度にもあきれてしまう。
 そのどこかの国も政府が根本から揺さぶられかねない状態だが去年や一昨年の東欧のように市民の力が発揮される事もなさそうだから、ソ連のようなことには決してならないだろうが。  良くも悪くも変に安定してしまうのがどこかの国の特徴といってしまえばそれまでなのだが、このところ中国やら東欧、タイ、ネパールなど元気で行動力にあふれた市民像を見せつけられているので、なんとなく割り切れない物がある。
 なにはともあれ、最近のロシアは電話や郵便事情が最悪に近い(楽観主義者に言わせるとまだまだ悪くなる余裕があるそうだ)ような状態なので直接行き来する機会が頻繁に得られない身としては情報収集も難しくなってきている。
 このような状態ではあるが、SFや出版の事情もすでに一年という尺度では物を計りきれないほど時間の流れが速くなっているようだ。特に今年は政治と経済のの体制がまったく変わってしまったので速すぎてついて行けないでいる。せいぜい半年または月単位ののスパンで物を見てゆかなければあまりにも変化が大きすぎるのだ。
 SFにかぎらず、十年またはもっと長い周期で見てゆかなければ付き合いきれないと言われたロシアも少しは状況の動きかたが速くなっているようだ。ましてや昨年の二月号に雑文を書かせていただいてから一年が経過したが、日本におけるロシアSFの状況はこの一年であまりにも変わりすぎてしまったので、昨年から継続している話題がまったく無いのだ。
 日本におけるロシアSF事情がよくわからなくなってしまった原因はこういったロシア自体の変化にもその一端はあるのだが、最大の理由はロシア側にではなくやはり日本の側にある。  もうご存知のことだろうが、昨年、この欄を担当したときにはアルカジー・ストルガツキーの訃報についてふれたが、どうしたことか今年はストルガツキーの日本での紹介者そして翻訳者である深見弾氏の訃報に触れることになってしまった。
 葬儀からすでに四ヶ月もたっているのだが、それでも深見氏のことを思い出すと悲しくなるだけなので一切この件にはふれないでおくという事も考えたが、どう考えても深見氏との関わりなくしてロシア・東欧・中国といった非英語圏のSFは語れない。
 詳しいことは既報の通りなので省くにしても、最近の話題の中で深見氏に関連する事項にまずふれておくことにする。
 現在、有志によって深見氏が残した膨大な資料の整理が始められようとしている。結局のところ本の目録作りなのだが、これがまじめにやったら何年かかるかわからないような分量なので今のところ気長に作業を進めるしか手段がない。
 日本で発行された本もさることながらロシアやポーランド、チェコ、ブルガリアといった国の本が数百冊残されている。
 文句なく極東最大(ひょっとしたらロシアでもこれだけ集めた人はいないかもしれない)のコレクションなのですが、分類も目録も何もない(唯一把握していたのは持ち主だけ)というのが現状だ。コレクションが揃っているということだけに意味があってもしかたがないので、なんとか他の人が使えるようにしなければならない。
 このような状態なので今はとにかくマンパワーが欲しい。もし、読者で資料の整理を手伝いたいという奇特な人がいれば是非こちらまでご一報いただきたい。
 特典は・・・・珍本が拝める、幻の作品が原書で読めるということのほかにも一応用意してあります。
 実を言うと、深見弾氏が訳した某出版社の文庫本が大量に見つかったのだ。すでに絶版になっている本なので古本屋で入手するとかなりの値段がつくため神保町の古本屋に流して資金にしようかという意見もあった。たしかにそうしてしまえば小遣いくらいは簡単に稼げるのだが、やはり持つべき人に渡したいのが愛好者の人情というやつ。
 とはいえ、ただ単純に欲しい人に配るのもなんとなく悔しいので、今後作業を何らかの形で手伝ってくれる人に渡すことにした。誰にでもできる簡単な作業なので資格とか特技とかは何もいりません。興味があればそれで十分です。
 さて、いささか内輪の話しになってしまったので、もう少し広い話題に移すことにします。
 深見氏の亡き後、これまで進められてきたストルガツキー兄弟など、ロシアSFの翻訳がどうなるのか?、これが読者の最大の関心事ではないだろうか?。
 続刊を期待して待っている読者も少なからずいるはずなので、さしさわりのない範囲でそのあたりの事情を少し紹介しておく事にする。
 まず、今のところ、今年中に最低でも三冊は刊行される予定になっている。ラインナップはすでに近刊とアナウンスされている「びっこな運命」、そして「地獄から来た青年」と「滅びの町」である(いずれも仮題)。
 このうち「地獄から来た青年」は深見弾氏の絶筆であり、半分程度までは作業が進んでいたものなのだ。現在残された未訳部分が有志数名により翻訳されている最中である。
 この作品はスツルガツキー兄弟の初期の頃の作品で、どちらかというと青少年向けとして年齢の低い読者を対象として書かれているため、これまでの作品とは違った毛色の作品である。雰囲気からして違うのでとまどう読者も多いと思われるが、作品的にはたいへんおもしろい物に仕上がっている。
 ストルガツキー兄弟は改めて言うまでもなく現代ロシアSFの巨頭であり、海外では最も評価されている作家である事に変わりはないのだが、その他に優秀な作家がいないというわけでも、若い世代の作家が育っていないというわけではない。
 現在注目されている作家をざっと挙げてみると、ルイバコフ、ストリャーロフ、ラザルチュク、ローゲンナフ、モルチアノフといったところが挙げられる。
 この中でロシア人のSF作家、ファンを含めて特に赤丸急上昇中なのがストリャーロフとモルチアノフの二人である。
 特にアンドレイ・ストリャーロフはプロ作家、出版エージェント、SFファンといった全ての層から絶大な支持を受けている、ロシアでは珍しいハードSF作家である。一九八九年に出版された彼の短編集「悪霊退散」はおそらく世界中のどこに出しても恥ずかしくないレベルのハードSF作品集に仕上がっている。
 それがどれくらいのものかというと、先の短編集は彼の処女出版物であるにもかかわらずストルガツキー兄弟が序文を書き、ルイバコフが賛辞を寄せているのだ。これはどう考えても新人としては破格の扱いである。これだけでもロシアSF界が彼に寄せている期待の大きさがわかる。
 惜しむらくは寡作な作家なのか出版社に嫌われているのか詳しい事情はわからないが、単行本がこれ一冊しか出版されていない、つまり知られている彼の作品は収録されている短編四本きりなのだ。現在、ストリャーロフはエカテリーナブルグ在住で、作家活動を続けているはず(?)である。
 もし、寡作の理由がロシアでの作品の発表の機会がなくてくすぶっているということであるとしたならば、これほどもったいない話もない。
 このところストリャーロフ本人や出版社からの売り込みが舞い込んで来ているが、日本などでの発表の場ができればレムやストルガツキー兄弟とまではゆかないにしろ、かなりの評価が得られることだろう。つくづくこういった新しい作家の作品が訳される機会があればいいとは思うのだが・・・。
 しかし、たとえ短編四本しか発表していなくともストリャーロフがロシアの若手(本人はそれほど若くもないのだが、このへんは日本の政界と同じ理由による)の中ではナンバーワンの力量を持った作家であることに変わりはない。
 ロシアの作家とは話がずれるが、関連してちょっと面白いと思うことがあるので少し紹介しておこう。
 企業間の競争が行われるのは日本などではごく当たり前のことである。ただ、お互いの競争が激しくなってくるとより売れる物が第一条件となってくる。出版などではよりわかりやすく、より見やすくい本のほうが売れるという傾向がどこの国であっても真実らしく、全体的に内容が軽くなる傾向が出てくる。
 御多聞にもれずロシアではこのところ資本主義化にともなって出版される本もエンターテイメント路線をとり始めている。ロシアのエンターティメントが悪いというわけではないのだが、資本主義信仰のあらわれとしてアメリカSFの亜流のような物が増えている現状は正直言って残念だ。
 中身もそうなのだが、本や雑誌の見栄えもそういった影響を受けている。共産党時代との雑誌とペレストロイカ以後の雑誌を見比べてみると印象が全く違うのだ。昔はいつ出版できるかわからないため、できる限り文字を詰め込もうとしていたのだが、いまではバラエティ雑誌さながらの雰囲気で、掲載されている作品もやはり軽めになっている。
 昔の作品がなつかしいという感傷などは全く無いがロシアSF独特の持ち味を期待して追いかけている身としては非常に惜しい話である。
 ところで、先ほど挙げた作家達の中で何人が日本で知られているだろうか?
 ロシアでは単行本は一冊あたり最低でも数万のオーダーで刷っている。破格の扱いを受けているとはいえ新人作家にすぎないストリャーロフで十万部、ストルガツキーの再販で十五から二十万部、ハインラインクラスの作家が翻訳されると平気で四十万部くらいまでいってしまう。ロシアのSF作家は日本とくらべてとてつもなく大きなマーケットで読まれている作家達なのである。
 なかにはあまりにもロシア的すぎて海外での活動が難しい作家もいるだろうとは思われるが、もうすこし紹介されてもいいような気もする。
 このように大きなマーケットを持ちながら、あまり外に対して知られてもいない作家達の情報や本は海外にいる個人が収集するのはあまりにも難しすぎる。もちろん、日本にいるだけでもある程度の情報は集まるが、それだけでは全体はおろか一部を見る事すらできない。
 いまのところ、普段は現地のファンや編集者との連絡や物々交換を手紙でなんとかやってはいる。確かに本の郵送は他にどうしようもない。しかし情報の交換という面ではあまりにも即時性に欠けるうえ頻繁に出せないという欠点もある。
 先ほどもふれたが、ロシア国内の情勢が月単位で変わっているような時期なので即時性がどうしても必要になってきているような気がする。だいたい、少し前には二週間程度で届いていた手紙が、最近では一月くらいかかるのはざらでそれ以上かかることも珍しくはない。
 すぐに情報が伝わるという意味では電話が代表選手だが、回線が少なくしかも時差がある国の特定個人と電話で連絡を取り合っていると身が持たないし金銭的にもかなりつらいものになってしまう。
 そこで現在、検討している手段がBBS(パソコン通信)とアマチュア無線である。無線は時差の問題が、BBSは金銭の問題が残ったままだが電話とくらべればあきらかに有利である。
 ロシアのBBS事情やコンピュータ事情については深見氏が生前、折りにつれ話題として取り上げていたが状況が変わっているので報告しておく。
 昨年の報告ではロシアとの通信を目的としたBBSを開局の予定と書いたが、実際のところテスト運用を行っている段階で事情により頓座している。今年の暮れをめどに開局の準備を行っていたところ、意外なところから協力者があらわれてくれてちょうど日本側の目的に合った人物を見つける事ができた。
 意志の疎通がうまく行けば予定通り、おそくとも来年の初頭には開局できる。もうしばらくしたら開局のお知らせをお届けできるだろう。
 ロシアのSFファンなどに協力を仰ぐことができれば作家ともBBSで連絡がとれるようになるので本来の目的も達成できるのだが、もちろんBBSでの連絡にも欠点はある。
 やはり電話の条件が最悪(くどいようだが楽観主義者に言わせるともっと悪くなる余地があるそうだ)なのだ。
 電話がなかなかつながらない、つながってもノイズがひどくて話せない、混線する、途中で切れるなど考えられる限りの悪条件が揃っている。おそらくは回線の保守作業がまったくなされていないのだろう。
 ひどいときには普通にロシア国内のBBSにアクセスしてみてもMNPがあろうがなかろうが関係無しに文字化けが起こり、画面がメチャメチャになったかと思うと回線が切れてしまう。まともにIDさえ打ち込めないのだから始末が悪い。
 これがロシアならまだマシな部類で、ウクライナやバルト三国などは国際回線そのものが少ないらしく、めったなことではつながらない。
 それでも「そろそろ登れカタツムリ」というやつで、徐々にではあるが連絡は進んでいる。結局、年単位が月単位に変わりはしたものの、ロシアを相手にするときはどんな方法をとるにしてもとてつもない忍耐が必要なのである。
 コンピューターの話が続いて申し訳ないが最後にもう一つ。
 深見氏がロシア製のロシア語ワープロ、レクシコンの話題を何度か取り上げたが、このたび大量に購入できる事になった。
 これまでいくつものバージョンのレクシコンがコピーで存在したが(本国でもコピーがいくつも出回り、ほとんどPDSと化しているようである)、始めてレクシコンのことを知ってから約2年たってやっと正規ユーザーになれるわけである。
 このレクシコン、ワープロとしての機能は全部そろっており、印刷も綺麗、しかもエディタとしてはたいへん良く考えられていて使いやすいので、英語ワープロとしても最高の部類に入る。レクシコンを発売しているパラグラフ社はロシアでは最も名前が知られている会社で、技術力も高い。
 もともとロシアはソフトウェアの技術力は日本と比べても充分に高く、ごく普通の技術者が作ったソフトを見る機会があったが、それですらかなりの水準のものだった。数学や物理といった基礎科学では世界最高部類の国であるだけにソフト技術の地力もかなりのものである。
 このレクシコンであるが、大量に購入するので若干数に余裕がある。希望者がいれば実費でおわけすることも可能である。まっとうなPC/AT互換機であれば問題なく動作することだけは確認してある。こちらまでご一報いただきたい。