科幻情報 Vol.34

 桜前線が北上中です。いかがお過ごしでしょうか。早くも新たな春がやって来ました。その後入ってきたニュースもあり、この辺でまた科幻情報を発行しようということになりましたので、どうかお付きあいくださいますよう。


《科幻世界》面目一新

 前号でお知らせした通り日本でも《科幻世界》が購読可能になったので、さっそく注文しておいたところ、このほど99年第3期号がとどいた。表紙は例によって西欧のSFアートを配し、それほど変わったともみえないが、よく見ると左下に「全国百種重点社科期刊」のマーク。表紙をめくるといきなりカラーページで、ちょうど「SFマガジン」のように、長めの巻頭エッセイとE・E・スミスの紹介と中国SFイラスト2点。今まで中とじの本の真ん中にあったカラーページが巻頭と巻末になり、大幅な増頁になったのでした。巻末のほうのカラーページは映画『スモール・ソルジャー』のスチール(ストーリー紹介は本文にあり)と、出版広告。ちょっと目についた翻訳ものは『ファイヤー・スターター』『ソフィーの世界』『アンネの日記』『マイケル・ジョーダン』それに007シリーズが数点……「2冊ご注文のかたは半額」とか。本文は99年銀河奨コンテストの応募作品、翻訳短編が2編、中高生の投稿によるショートストーリー、読者投稿欄「SF FAN CLUB」など。ファングループ参加のお誘いなども見える。「科幻弁論大会」などという興味深い催しの紹介も。広告のページもいろいろと面白いけれど、これくらいにしておこう。B5版72ページ、4.8元。


《星雲》98年第3期号

 これも雑誌の紹介。今まで内部刊行物だった《星雲》が中国科普作家協会の科幻創作研究会の会誌として、公認された同人誌という一風変わった形式に生まれ変わった。編集部は《科幻世界》社に同居。ほぼ季刊ペースで通巻24期というから、同人誌の中では最も長い歴史を持つ。一般向けではなく、中高生の読者が多い『科幻世界』に載せるには硬いような評論がほとんどだが、国内のみならず海外からのニュースも取り入れた、総合的なSF情報誌。こんどの第3期号はコンテスト出身の人気作家、王晋康の特集の観があり、活発な論争なども見られる一方、ゴシップすれすれの記事も。「SFマガジン」の記事の翻訳も出ていて、そういえばこれについては翻訳した周恩生という人から作品名の中国語訳に関する相談を受けた覚えがあった。同人誌とはいいながら極めてレベルの高い内容。編集顧問、編集委員、執筆陣とも、著名な作家が名を列ねている。作家たちのホンネがかなり見えてきて、興味深い。B5版32ページ。残念ながら日本で入手するのは不可能であろう。今回も主編の姚海軍氏の好意で寄贈していただいたもの。それにしても郵送費のかさむのが気になる。


彭懿氏の新たな挑戦

 中国に本格的ホラーを持ち込んでいる彭懿氏だが、日本留学経験を生かした『与幽霊擦肩而過』『半夜別開窓』(ともに作家出版社)に続いて第3冊目が出ている由。先日来、書店から送られてくるカタログを注意して見ているのだが、まだ見つからない。ところで彭懿氏に関する情報では、児童文学を通じての日中交流を続けている中国文学研究家、河野孝之氏にはたびたび貴重な情報を提供していただいているが、せっかくの情報が諸般の事情により必ずしも生かせなかったうらみがある。反省。
 その河野氏から今度送っていただいた『文学と教育の会』会報34号(文学と教育の会発行)および『虹の通信』19号(日中児童文学美術交流センター発行)に、大いに啓発されるところがあった。日本でファンタジーといわれているジャンルに対する、中国における理解と受容の問題である。ひとことで言うと、このジャンルの作品を中国語でどう置き換えたらよいかということなのだ。『虹の通信』に収録された東北師範大学の朱自強教授の講演によると、ファンタジーという概念が中国に入ってきたのはごく最近のことで、まだ広く知られるに至っていないこと、日本語でも訳語として使われている「幻想文学」という語が必ずしも適切でない(包含する範囲が広すぎる)ため、これに対応する中国語が定着するまでまだ時間がかかるのではないかということが指摘されている。そしてこれは、彭懿氏の著書『西方現代幻想文学論』(少年児童出版社)で用いられた「幻想文学」という訳語に関しての言及だったのである。残念ながらこの本もいまだに入手できずにいるのだが、河野氏による紹介文(『文学と教育の会』会報34号)によると、「この本は、中国語と日本語の文献の引用によって構築されているという特色がある。(中略)いわば日本を媒介とした〈欧米近代ファンタジー〉の中国への受容をめざす書といえるだろう」とのこと。また中国の児童文学者にファンタジーのことを話すつもりで「幻想小説」という言葉を使ってみたが通じなかったというエピソードを挙げる。新しいジャンルが中国に入ってくるときいつも起こる問題、名前が確定されない限り受け入れられないという発想――いわゆる「正名思想」につながる感覚が、所属ジャンルのあいまいなものを認めないのであろう。
 彭懿氏はまた「童話」という語を極力避けることで「幻想文学」という概念を広めようと意図したようで、この点、先の朱自強氏の提唱する「小説童話」という用語に意義をとなえている由。創作を実践している立場からの発言であるだけに、私たちから見ると説得力があるのだが、はたして中国でどのように受け入れられていくのだろう。かつて科幻小説について引き起こされた「姓‘文’姓‘科’論争」を連想しつつ見守っていきたいものである。


ことしのSF大会は……

 さて国内のニュース。第38回日本SF大会は7月3日から4日にかけて長野県の白馬で、完全合宿形式で行なわれる。ノストラダムスの予言に合わせてこんな日程を組んだらしいのだが、学校が夏休みに入る大学生とは違い、戻った翌朝は平常勤務。参加するのは日程的にも年齢的にもちょっとキツイ。しかし参加していないと忘れられそうになる弱小ファンジンのこと、やっぱり行ってくることにした。遠隔地であるため時間が十分にとれず、分科会の時間などもいろんな企画がひしめきあう形にならざるを得ない。アルコールも入ったりして、かたいレクチャーにはならず雑談めいた内容――中国に関するマニアックな話題になると思われるが、もし参加できるという方がありましたらどうぞいろんなツッコミを入れて話を脱線させて、じゃなかった、話に花を咲かせてやって下さい。會津信吾さん、再会を楽しみにしてます。
 ところで《科幻世界》から分かれた《科幻画刊》の編集者がこの夏来日の予定。SF大会の日程がこんなところに来てしまったので、大会への参加を強く希望されても、その前後の日程を私が連れて歩くわけにいかず、困っている。先方へ問いあわせて、どうしてもSF大会にこだわりたいかと聞いたが、まだ返事はない。このままいくと、やはり7月末以降に来て頂くようになるのではないかと思っている。もうあまり日がないことなので、そのつもりで招請状を準備するとしよう。のちほど滞在中の日程もお知らせするので、都合のつくかたは会っていただきたい。東京および大阪のマンガ・アニメ関係の出版社や作者などを訪問することになりそう。


《雪山飛狐》刊行

 SF情報ではないが、徳間書店の金庸武侠小説シリーズ『雪山飛狐』が拙訳により刊行された。はじめての本なのにSFでなかったのがちょっと残念。でも面白いので、よかったら読んでやって下さい。


おたよりコーナー・国内編

 前回(33号)にはこのコーナーを作るスペースがなくなったため、1回お休みをいただきました。その関係で掲載するお便りがずいぶん遅くなってしまいましたが、どうかあしからず。

近藤直子様 9.04付

 先日は科幻情報31号をお送りいただき、どうもありがとうございました。(中略)『科幻世界』が出てもう19年になるのですね! 遅叔昌氏、童恩正氏も亡くなり(そういえば深見氏が亡くなって何年でしょう。今でも氏のレムをときどき取り出しては読み返し、今更のように翻訳の力量に感心しています)
 80年代半ばすぎに残雪にはまって以来、中国SFにはすっかり御無沙汰してしまいましたが、林様の文章でまた好奇心をくすぐられ、またぼちぼち読んでみようかと思っています。まずは御礼まで。
[回信]深見氏の翻訳の文章といえば、レムではありませんがイギリスのケネス・ロイドによるミステリ『チェルノブイリからの脱出(FALL OUT)』=徳間文庫=を読んで、まだ見たことのないロシアの荒野やポーランド国境、ワルシャワのさびれた工場街などの匂いが伝わってくるのに驚嘆した覚えがあります。いま進行中の中国SF史に関する本が、亡くなられた方々に見ていただけなかったのを遺憾に思います。これも遅筆のせいですね。がんばらなくては。

林達也様 9.20付

 「科幻情報」Vol.31及び「中国SF資料之七」、受けとりました。編集etc.お疲れ様でした。
 「資料」の方ですが、姜氏の「科普――」をとても興味深く読ませていただきました。内容は、私にとってはかなり難解でしたが、中国SFの流れ、ひいては、SFのあり方のようなものについて、おぼろげながらわかったように思います。小説では「船還る」が、ショートショートとしてとてもよくできており、そのうえ哀感がただよつていて、気に入りました。(中略)
 追伸:実は、私は「スター・トレック」の大ファンでして、ちょっと聞いたところでは、中国or香港or台湾では「スター・トレック」が、「星空探検」or「星際歴険」の名で、放送or紹介されているらしいのですが、そのことについて何か知っておられないでしょうか。 [回信]まず「船還る」の作者については、「中国SF資料之三」に近藤直子さんの名解説が載っています。あの哀感は作者、張経国のかなり多くの作品にただよっているもので、大陸で生まれ台湾で育ちアメリカに住むという体験をしたことによるものと思われます。日本でも、ごく一部ではありますが熱心なファンがいるようです。「スター・トレック」の情報については――すみません、お返事を書くことをすっかり忘れていて、いま気付いた次第。台湾の今はなき『幻象』誌でたびたび特集を組んでいます。ロッデンベリーが亡くなった時も特集が組まれました。あとでコピーなどお送りしますので、ご容赦ください。

川口秀樹様

[回信]だけですが、いつも唐代伝奇に関する論文を送っていただき、ありがとうございます。興味深く読ませていただいています。SFと直接の関係はないようなのでここでは紹介しませんが、今後ともどうかよろしく。ところで先日、能『邯鄲』『菊慈童』を続けて見る機会があり、ふと疑問に思ったことがあります。『邯鄲』の原作が『枕中記』であるのは周知の事実ですが、『菊慈童(または枕慈童)』の話は『太平記』が出典らしく本物の中国ダネではない模様。それでは『天鼓』や『猩々』はどうなんでしょうか? 私の探した範囲では見つからなかったんですが、六朝や唐の小説に類話がないかどうか、おひまな時に教えていただければ、さいわいです。ほとんど公開書簡になってしまいました、失礼。


後 記
 今回のおたよりコーナーには、[回信]としてコメントをつけてみました。少し喋りすぎたかも。前にお断りしました通り、通信文に“転載禁止!”表示のなかったものに限り引用させていただいてます。おたよりは出したいが転載されるのは困るという方は、その旨書き添えて下さい。(林)