房総のローカル線に乗るサイクリング - 小湊鉄道に沿って 

(2011年11月3日、千葉県市原市、夷隅郡)


(無人駅からゆっくりと走り出す懐かしい気動車)

7月の「久留里線に乗る房総サイクリング」から4ヵ月、いよいよ小湊鉄道に乗るサイクリングを計画。同行はいつものIさん。お互いに鉄道好きなので、この手のプランはすぐにまとまる。小湊鉄道、昭和の風景を色濃く残すそのローカルさは首都圏のローカル線では唯一無二だろう。 7月にサイクリングで輪行した久留里線も田園風景の中を旧国鉄色に塗られた気動車が走っており大満足であったが、小湊鉄道は輪をかけてローカルだ。ずっと私鉄でありながらも国鉄っぽさを強く感じさせる昭和36年あたりの車両が未だ現役。昭和50年代の車両の走る久留里線とは役者が違う。

Iさんの自宅と自分の家のほぼ中間点、東急多摩川線・矢口渡駅で待ち合わせ。川崎からアクアラインに乗ってしまえば千葉は本当に近い。東京湾を渡り終え自宅から1時間で木更津を越えることが出来る。 計画では小湊鉄道の始点であるJR五井駅にて車を駐車。あとは真面目に小湊鉄道に沿ってその終点である上総中野までただ走る。そして憧れのキハ200に乗って五井まで戻ってくる。サイクリングと鉄道を2度楽しむ、非常に鉄分の高いサイクリングとなりそうだ。

千葉に向け順調にハンドルを握っていると、なんとしたことか、輪行袋を忘れたことに気づいた。しまった、帰りは自転車を分解して持ち込む予定だと言うのに。どこかで大きなゴミ袋でも買うか。とIさんが「確か自分たちが乗る予定の上り列車はサイクルトレインではないか」と助け舟を出してくれた。そういえば確かに小湊鉄道は休日のいくつかの列車は自転車をそのままで持ち込めるサイクルトレインをやっていた。まずは五井駅で確認だ。五井駅は小湊鉄道の始発駅であるが、驚いたことに改札はJRと共用で、かつ発券はホームの詰め所ないしは車内で行うという。コスト削減のためだろうがのんびりしたものだ。小湊鉄道のホームへの陸橋の上では地元のおばちゃんが土地の特産品の販売を行っている。早くもスローな時間を感じてしまう。ホームにある詰め所は車掌さんの休憩所のようなもので、窓を開けてサイクルトレインの問い合わせをする。とまさに自分たちが復路に乗ろうと考えていた15時5分発の列車がサイクルトレインであった。これで輪行袋忘れのミスも救われて一安心。ホームでプルプルと体を振動させながらアイドリングをしているキハ200にご対面。単行とは可愛らしい。その奥に操車場を遠望する。なんとキハ200がいくつも並んでいる。Iさんの顔色も変わっている。凄いことになりそうだ。

五井駅から走り出す。まずは国道297号で南下。トラックばかり走る面白みのない道で、そんな中左手遠くに2両編成のキハ200がゆっくりと走り去っていく。このあたりは田んぼの中に住宅地やビルが点在し、風景にローカル線らしさは少ない。やや蛇行気味に走る小湊鉄道と一旦はなれ光風台までは効率のよいバイパス道を漕いで行く。緩く上り下りたところが光風台。ここで左手から小湊鉄道が合流してきたが駅舎は味気ないつくりで駅前に自転車置き場、島式ホーム。住宅地の駅はこんなもんだろう。

光風台駅から次の馬立駅手前までは小湊鉄道に沿った道となる。交通量の割には狭い道で後の自動車が路肩を走る自分たちを抜きたいのにうずうずしている、そんな雰囲気を背後に感じる。余り良い気はしない。対向車がいなくなってブーンとエンジンを吹かして何台もの車が追い抜いていく。ほっと肩の荷が下りる。が、すぐに信号があり彼らに追いついてしまう。日本の道は、こんなもんだろう。

そのまま道なりに走ると小さなせせらぎに沿った道でいつしか左右に山肌が迫ってきた。白壁の土蔵の農家。柿の木がぽつんと立ちその実の色が宙に浮かぶかのように鮮やかに目に残る。頭を空白にしてのんびりと足任せに進む。こういう道を走るのは楽しい。と先を行くIさんが路肩に停まる。現在地は、と見るとどうやらミスコースをしたらしい。やや南東方向に進む小湊鉄道に反して自分たちはいつしか南西に進んでいた。このまま戻るのも馬鹿らしいので少し先の国道409号線まで出て、東へ、上総牛久駅へ戻ることにする。国道はダンプカーも走り、小さなアップダウンもあり全く面白みがない。長い緩やかな下り坂を経て上総牛久へ。ここはちょっとした街道の町で、駅も小湊鉄道には珍しい有人駅だ。上下の入れ替えが出来る対式ホーム。小さな待合室にはまもなく列車が来るのだろうか、10人近い人が待っている。。駅事務室を覗いてみるとこれまた懐かしい硬券販売台が机の上に居座っている。電子改札機が当たり前の今、こんな風景が未だ残っているとは思いもしなかった。

ここはコースのほぼ中間だろう、この先から県道81号線をたどるのだが道はやや山間部に入っていく。先も長いので走り出す。としばらく走って、そういえばあれだけ人が駅にいたのだからまもなく列車が来るだろう。運がよければ至近距離で走るキハ200を見ることが出来るだろう、と気づいた。あわてて先行するIさんを呼んで、線路沿いを目指す。もうすぐ列車が通過するだろう。猛ダッシュであぜ道を走る。目指すは上総川間駅で、それは田んぼの中にぽつんと立っていた。駅舎に自転車を立てかける。上総牛久駅で見た時刻表から逆算するとあと2,3分で下りが来るはずだ。Iさんはホームで、自分はレール横で、それぞれ息を潜め待つ。と森の向こうから朱とクリームの可愛らしい気動車がやってきた。2両編成だ。このために持ってきた一眼レフを連写モードにして息を止める。ディーゼルのエンジン音が耳の中に大きく届く。夢中でシャッターを押し続ける。頭の中は真っ白であった。

この一つ先の上総鶴舞駅が関東の駅百選に選ばれているので寄ってみましょう、とIさん。今では無人駅だがくかつては有人だったのだろう駅員事務所も当時のままだ。映画やテレビ番組のロケにも使われるらしい。確かに、昭和の風景が急速に失われている昨今で、ここはまさに昭和が残っている。

この先再び県道81号まで走り南下を続ける。このあたりから緩やかな丘陵地帯になり道は時折アップダウンを交えるようになった。養老川をせき止めて出来た高滝湖という人造湖を過ぎる。何が釣れるのか、ちいさな釣り船が幾艘も湖面に浮かんでいる。途中にあった手打ちそばやで昼食。これまで食堂も何軒もあり選ぶのに迷ってしまう。フランスで何度も一緒にサイクリングをしてきたIさんと、「日本は便利だねー」と話が弾む。行程の途中に食堂もある、コンビニもある、飲み物の自動販売機もある。フランスでは一旦町を外れてしまうと何もない。ましてやそれが日曜日だと商店も閉まっており本当に食いっぱぐれ、飲みっぱぐれを危惧しなくてはいけない。だから出発時に昼食を含め準備万端にしておかないといけなかったのだが日本はこの点楽だ。食堂で地図を広げる。もう行程の2/3は走ってしまった。五井への上り列車は15時過ぎ上総中野発だが時間に余裕がある。養老渓谷の栗又の滝まで行って見ませんか、とIさん。それも妙案だろう。

再び走り始める。道は緩く下り上り始めた。フロントはミドルのままだがリアは一番軽くした。これで頑張ってみよう。大田区から都心まで毎日クロスバイクで自転車通勤しているIさんはさすがに健脚で、見る間に視界から遠ざかってしまう。申し訳ないが自分もこれ以上はペースが上がらない。幸いなことにアップダウンは短くなんとか走ることが出来る。

このあたりまで来ると養老川もそれなりに谷が深くなるのか、道路からは水面を見ることが出来ない。道は上り基調で洞門も出てきた。フロントはミドルのままで頑張り通す。自分が何処まで出来るか試してみたい。とはいえ一般的には全く緩い坂道で何の苦労もない道なのだろう。何とも低レベルな話ではある。養老渓谷駅への分岐でIさんが待っていた。栗又の滝へはここを右手に折れさらに養老川に沿うことになる。最初はそのつもりだったがここまでの登り坂で思ったより時間がかかってしまった。ここから往復して20km弱程度。行程は全般して登りだろう。下りの列車まで1時間半弱。迷うところであったが少しタイトに思え、次回にチャンスに、と言うことにさせて頂いた。

そうと決まるとあとは上総中野駅まで走るだけだ。フロントバックにはさんだ5万分の1地形図を見る。緩く上り丘を越えた向こう側に上総中野駅はある。丘の頂上の海抜は170m。ギアはリアを一番軽くして、フロントミドルで頑張ろう。畜産団地への分岐を左手に分けると短いながらにわかに道は急になってきた。交通量が少ないことをいいことに、ジグザグを切りながら登っていく。峠の名前こそないものの小さな峠がありIさんが待っていてくれた。ここが海抜170m地点だろう。本日のルートの最高地点だ。起点の五井駅は海抜5m程度だから165m程度登ったことになる。たいした標高差ではないけれど、それなりに脚にきているし、なんだか情けない。緑の山の中を緩く下っていくと右手からレールがやってきて、上総中野駅はすぐ先にあった。

上総中野駅は小湊鉄道の終着点であるとともに、第三セクターのいすみ鉄道の終着点でもある。違う会社の線路が向かい合ったホームに並んでいる。いすみ鉄道も非電化路線であるが走っているのは近代的なレールバスで、こちらには自分の興味が全く向かない。がそれでもホームには鉄道ファンと思しきカメラを抱えた少年が多い。やってきたレールバスからは胸にバッチを着けたツアー客が大量に降り立つ。といつ着たのか駅前には大型観光バスが停まっておりそのままバスに乗り込んでいく。なるほど観光バスとタイアップしているのだろう、バスのフロントには「いすみ鉄道ローカル線の旅」とあった。

自転車組みは自分たち2名に加え、もう一台真紅のトーエイのロードレーサー氏がいた。上品で均整の取れた自転車はさすがにトーエイだ。トーエイ氏はここで初めて輪行袋なしでもそのまま車両に載せられることを知り感動したようで即座に携帯で小湊鉄道に電話して次の列車のサイクルトレインを予約したという。「輪行袋に入れない旅は初めてだ」と感動していた。ヨーロッパで散々輪行袋なしで鉄道サイクリングをしてきた自分とIさんにとって、それは大げさに思われたがよく考えれば当然なのだろう。予約制とはいえ小湊鉄道の英断には感謝したいものだ。

上総中野から五井までの一時間の小湊鉄道の旅についてはもう何も言うこともない。先頭車両の最前列に座り、Iさんも自分もカメラ片手にただただ興奮しっぱなしで、自分にいたっては運転室を撮影して運転手さんに怒られるといった、いささか恥ずかしいひと時。とはいえ宿題であった小湊鉄道にようやく触れることが出来、ともかく今回は周りの風景よりもなによりも、「鉄分凝縮」という目的のはっきりしたサイクリング。まさに大満足の一日だった。

(走行43km)

写真上段左から : 
左・水田を抜けて上総川間駅へやってきたキハ200。中左・関東の駅百選に名を記す上総鶴舞駅。中右・上総中野駅へ入線するキハ200。右・上総中野駅は小湊鉄道といすみ鉄道の終点だ。仲良く肩を並べる小湊鉄道のキハ200といすみ鉄道の200系。

写真中段左から :
左・丘陵地帯を走るキハ200。架線がないおかげで空がすっきりとして見えるが、一方では遠目にどこがレールなのか分からないという鉄っちゃん泣かせの弊害?も。中左・上下線の入れ替え。中右・五井駅で待機する上総中野行き単行。ホームを自転車のまま引っ張れるとはまるでヨーロッパのよう。サイクルトレインに感謝。右・ホームから五井機関区を遠望。キハ200が勢ぞろいだ。

写真下段左から :
左・緩くカーブするレールの奥に小さな駅舎が見えた。中左・車掌さんの安全確認の声が高まるディーゼルエンジンの音に混じる。中・上総中野駅ホームには鉄道ファンが多かった。中右・Y字に分岐するレール。終着駅の風景。右・上総中野行きが間もなく出て行く。夕方の街明かりがクリーム色の塗装に淡く映った。


(戻る) (ホーム)