中世都市プロヴァンをめぐるサイクルツーリング 

 (2010年5月1日、フランス、イル・ド・フランス地域圏)


ここ数日、初夏のように乾いて爽やかな天気が続いている。何処か気持ちよく走れそうな場所はないか、と地図を広げる。パリの東部90kmにProvins(プロヴァン)という街があり、ここは中世の城郭都市の趣きが残る街と言うことで世界遺産に選定されているようだ。プロヴァンを起点に周遊コースを検討する。岡向こうのセーヌ川の谷をぐるりと回ってくると手ごろそうだ。

車のリアスペースに自転車を載せる。今日の相棒は1985年製のプジョーのロード。最近手に入れたのでこのバイクの癖を早くつかみたい。プロヴァンにはハイウェイが通じておらず、パリからだとA4もしくはA5を通ってのアプローチ。ナビの指示通りにA4に乗り菜の花畑の広がる田舎道へ乗り継いでプロヴァンへ。緑の中に黄色の菜の花畑が一面に。又、この季節がやってきた。サイクリングが最も楽しい季節だ。

プロヴァンの町は地図で見ていた通りセーヌ川支流の谷間に広がる街で、思ったよりも飾り気もなく小さな街だった。もっとも有名な観光遺産は丘の上にあるようで、それはサイクリングを終えた後としよう。

今日のコースはプロヴァンからセーヌ川の谷へ下り、そこから反時計回りにセーヌ川の谷を上流に向け走り、途中で台地にのぼりプロヴァンに戻ってくるという、ほぼ横長の楕円形に近いコース。標高差は累積でも200−300m程度だろう。

しばらくは谷に沿った走行が続く。Chalmaisonという村で進路を東に転ずる。左手に丘陵、右手にはセーヌ川が作った低地帯が続き大きな眺めの中走る。時折混ざる菜の花畑の黄色が目に鮮やかだ。たんたんと走ると進行方向前方に2つの巨大な煙突が目に入った。地図に目を落とし進行方向を探ると15km程度先、Nogent-sur-seineの街外れに発電所があるのがわかった。2基の巨大な円筒からしきりに煙が出ている。消費電力の大半を原子力発電に頼っているフランス。正直原子力発電所に向かって走るのは嫌な気分だが、まぁ人もたくさん住んでいるし、安全だろう、そう言い聞かせてべダルを踏み続ける。しかし、15kmほど前からその建物が目に入るとは改めて広大なフランスの地形に感じ入る。

SNCF(フランス国鉄)のガードを超える。よく光った4本のレールが目に入るが架線がない。非電化の複線、というのが日本人にはピンと来ない。フランスはパリからわずかに離れただけで非電化路線が多い。そもそもパリのターミナル駅にもディーゼル列車が入線して来るくらいなのだ。目前の原子力発電所はますますその大きさを露にしていく。胸の中に嫌な気分が高まる。よもや原子炉事故はないよな。これといった変化もなく単調な直線路をほぼ15km走りきったところで大きく進路方向。右手に大きな原子力発電所。直線で2kmか。これからはこれを背にして緩い丘陵を登っていく。

小さな尾根の末端を乗っこすと緩い下りでその先の丘の上に小さな村が見える。左手には先ほどの小尾根がつくった浅い谷が進んでおり、その谷の奥、これも小さな集落が目に届く。菜の花畑に囲まれた、絵のような村だ。谷といっても老成したフランスの大地でのそれは日本のそれのように深く急なものではない。緩いアップダウンの、やさしい眺めだ。その風景に惹かれながらも自分はまっすぐ上り坂にとりついた。

なだらかな登りなのでフロントはアウターのまま頑張ってみる。やや息が上がるころ傾斜が緩む。登りついた村はシーンとした静けさに溢れていた。初夏の日差しに教会前の草原に点在する花々も嬉しそうだ。村の中を走ってみる。ひと気がなく村全体が昼寝でもしているよう。カンと教会が思い出したように乾いた鐘の音を鳴らす。その教会前の広場にもひと気はなかった。なんだかすべてのものに取り残されたような村だ。溢れるばかりの光に満ち溢れているのにこの寂しさはなんだろう。

なんだかひどく切なくなって村はずれに向けてペダルを踏んだ。と村はずれの一軒の家の庭で子供たちの声が聞こえた。庭先を通ると数人の子供たちが遊んでいる。一人が手で目を覆いそれを離して振り返った瞬間、後ろの数人の子供たちが不動の格好をとっている。なーんだ、「達磨さんが転んだ」か。フランスにもこんな遊びがあったんだ・・。子供たちの遊びは万国共通だ。ふふふと声に出して思わず笑いが出た。

点在していた民家を過ぎると緑の緩い谷が目の前に待っていた。ふーっとため息を吐いて坂を上っていく。フロントアウターではかなわずレバーに手を伸ばしインナーに落とすと、そのままチェーンが脱落してしまった。なかなか自転車の癖をつかむのは難しい。レバー操作にもコツがいる。特にこのプジョーはフロントを欲張って49-28というワイドレシオに変更したから操作の仕方によってはチェーンが落ちやすいのだろうか。気を取り直して上っていく。上りきるとそこは広大な台地の一角でこのままゴールのProvinsまではあと12,3km程度か。先も見えたのでゆっくりとすすむ。途中で右手に谷が迫ってきた。Provinsの街はこの谷を進んだところにある。ゆるくトラバースしながら谷に向けて滑り込んでいく。なだらかで大きな谷で対岸の丘陵地に点在する木々が美しい。緩い下りにスピードが上がる。体に立ち向かってくる風に色がある。たしかに、それは緑の風だ。ペダルもあまりこぐことなく慣性に任せて坂を下りていくとますます爽やかな風に包まれて一体自分はどこに行くのだろう、という思いがある。見上げる空も大きく青く緑豊かなこの谷のなか自分はただの点でしかない。

Provinsの街に戻ってきた。フロントバッグとシートバッグを車に放り込んで、街の探索に走ってみる。有名なセザールの塔は街外れの丘の上にあるようだ。一汗かかされる。丘の上にはセザールの塔を初めとしたいくつかの古い建物があり、観光客も多くレストランや観光トレインが走っていた。これがこの街をして世界遺産にしているのだろうか。あまり自分の立ち寄る場所ではないような気がして早々に車に戻った。

* * * *

「達磨さんが転んだ」を遊んでいた子供たち。あの昼寝でもしているかのように、照りつける初夏の太陽にまったく無抵抗だった小さな村。あれは本当に現実の世界だったのだろうか。大地から緑豊かな谷へ向けて滑り降りた瞬間感じたあの風の匂い。あれは何だったのだろう。何を求めるでもなく。知らない世界にペダルを踏んでいけばそこには豊かな緑、素朴な村の風景、知らない風、そしてそこで生活を営む人が居る。また今度、またいつか、知らない世界を感じてみたい。そうして自分はまた、車のトランクに、朝の列車に自転車を載せて、どこかへ走っていくのだろう。

(緩い谷の奥に菜の花畑に囲まれた
集落があった。)
(初夏の日差しを浴びた村はまるで
昼寝でもしているかの様だった)
(緑豊かな緩い谷をするすると走り
下りていった。)
(プロヴァンの街、丘の上には歴史的
な建物が立ち並ぶ。セザールの塔。)


(走行距離52km)


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