台地の上にそびえる街 - LAON(ラン)へのサイクルツーリング 

 (2010年4月17日、フランス・ピカルディ地域圏)


パリ在住の自転車の知人、Iさんと久々のサイクリングへ。昨年11月のコンピエーニュ−ソワソンのツーリング以来。ヨーロッパの寒い冬では余りアクティビティがあがらず、ようやくの再開となった。

前回のツーリングの終点となったソワソンから、今回は更に北上してLAON(ラン)まで走る予定。ランは城跡のような台地の上に旧市街が広がる、という街で、SNCF(フランス国鉄)の駅前から旧市街まではケーブルカーが交通手段の一つとして使われているという。なかなか面白そうである。

ソワソンまではIさんの車のお世話になる。半年振りのソワソンの寂れた駅前で自転車をおろす。今回のパートナーは一と月ほど前に入手したプジョーのロードバイク。1985年製のモデル。細身の鉄パイプのホリゾンタルフレーム、ブレーキアウターケーブル後だし、シンプルなクイルステムという、当時としてはごく当たり前のルックスは自分には普遍的なシルエットで見ていて飽きることがない。1985年といえば自分が大学4年の年だ。当時、悪友のSが持っていたFujiのロードバイクもこんなフォルムだった。MTBに代表されるスローピングで太いフレーム化の波が訪れるにはまだ数年あった、そんな時代の懐かしいカタチ。古い時代とは言いたくないが、1985年はやはりいまや昔と言うべきだろうか。このプジョー、入手後は自分の脚力にあうように駆動系に手を入れてみた。フロントのチェンリングが52−42とは登りでは自分は使えそうにない。6段のリアフリーは14-24なのだ。これをフロント49-28に変更してみた。結果チェンリングのみならずとクランクも交換となった。今度は憧れのストロングライトだ。一方、変速幅が大きすぎてリアディレラーは現代のロングゲージのものに変更せざるを得なかった。今回は駆動系変更後の初の遠出となる。

(街道沿いの桜の木に思わず
ブレーキを握った。)

ソワソンの商店街で行動食のパンを入手して、市街地を抜けて走り出す。小さな街でエーヌ川を渡ってしばらく走るとはや街外れとなる。古びた操車場の横をゆっくりと流すとこのままランにむけて車道が直進していく。我々はそこから右手へ離れ、細い地方道へハンドルを向ける。幹線道ではなく出来るだけ裏道を辿ろうというのが、Iさんとのサイクリングのコンセプトでもある。右手に錆びたレールが続く。ポイントがあり転轍機のアームが手前に倒れている。一瞬、あれを倒してみたい、という気持ちがわく。レールのポイントは子供の頃から憧れだった。もっとも、錆び付いた転轍機は五十肩の自分には動かせまい。寂しい現実だ。

アスファルト舗装の路面状況は整備がおぼつかないのかでこぼこが多くあまり良くない。ガタガタと揺れながらの走行が続く。右手には古い工場群があり錆びたレールはその工場の敷地の中に消えていった。しばらく進むとようやくあたりも広い風景となり心も落ち着く。直線路でかなた後から車のエンジン音が聞こえる。結構飛ばしてくるので緊張して路側を走る。桜の木が街道筋に立っており、春の訪れを感じさせる。八重桜でも桜はやはり郷愁を感じさせる木だ。緩い上り下りがあり、左手にはこれから登っていく丘陵地帯が近づいてくる。Vailly-sur-Aisneの街に着く。教会を中心にした小さな集落。ともに自転車を降りてここで一息つく。

Iさんは冬の間は余り自転車には乗らなかったとの事、ただ先月は自転車店が主催するブルベに参加されたそうだ。長距離をそれなりの速度で走るライディングは貧脚の自分には無理だろうが、達成感は確かに大きそうだ。

ここからルートはほぼ北に向けて、一気に丘陵地を上っていく。地図によると等高線は6本。標高差120mか。台地に深く食い込むような谷に沿って、緩く、しかし長く登っていくことになる。短いつづら折れで少し稼いでからは緩やかな坂をゆっくりと登っていく。登るにつれて左手に奥行きのある谷が広がっていく。途中でD14という道路がこの谷へ向け分岐して下っていくがその道は如何にも爽快そうだ。そんな谷に続く道への誘惑を断ちあと一息頑張って切り登り切るとだだっ広い台地の上に出た。

畑と遠くに林の見える道をたんたんと進んでいく。イル・ド・フランスやバスノルマンディ地方、ピカルディ地方の一般的な地形としてはこのような台地が延々と広がるのだが、時折谷が侵食してくるので道はアップダウンを避けられない。台地上の風景は広大なだけで単調だが、谷が侵食してくると風景に変化が現れる。谷には水があり、水のある場所には集落がある。谷も日本のそれのように狭く深く険しい訳ではないので、圧迫感がなくゆったりとした眺めで、そこに点在する集落 - 小さな教会を中心にした素朴な数件の家並み - が緑豊かな谷に在る、その眺めは、もう絵画のように美しい。そんな谷に向け高度を下げ、トラバース気味に谷の奥へ進むコース。未知の風景への期待と風景の持つ奥行きを前に自分はただペダルを漕ぐことしか出来ない。ペダルを踏む事で更に風景を感じることが出来る。抗いようのない魅力。だから苦しいはずのルートのアップダウンも決して苦にはならない。

台地の上から再びそんな魅力溢れる谷に向け緩く下っていく。下りきるとそこは湿地帯の様相で、エーヌ川水系の貯水池がある。堰堤を僅かに通り緑の中の一本道へ導かれる。あまりに風景が素晴らしいので、時折停車して写真を撮ってしまう。先行するIさんには、そんなわけで何度かご迷惑を掛けてしまい申し訳ない。もっとも写真を撮っても、モニターで見るそれは現物の持つ美しさや空気感など一切が上手く写っていなく、がっかりするのだが。現実の風景の美しさは画素数とか腕前とかそんなものを超えたところにあり、それをうまく記録に残そうというのが勝手の良い発想なのかもしれない。

Urcelという集落まで来るとあとは目指すランも近い。このまままっすぐ幹線道を進めばすぐなのだがもうすこしわき道を経由していこう。やや進みここから東へ登っていくと、等高線に沿っていくつかの小さな集落があるようだ。雰囲気の良い道に違いない。緩い登り、林の中を走る。と村だ。小さな村役場や教会。静かな集落を縫うように走る。教会前の花壇に彩られた広場で一本立て、ソワソンで買ったパンを食べる。こういう村の人々は何で生計を立てているんだろう、Iさんとそんな話をする。

再び走り出し、林を抜けると目の前に忽然とランの街が現れた。「おーっ」と声をあげ二人して思わず停車してしまった。まるで地面から生えたかのようなテーブル状の岸壁。その上には教会の尖塔や旧市街が「載っている」。大平原に突然現れた台地はその有様が全く非日常的で、にわかに現実の風景とは思えない。西上州の荒船山を初めて下界から見た時に感じた、不意打ちに近い驚きがあった。

ランの市街地まで近づくと、くだんの岸壁の山すそをまくように半円形に走っていく。旧市街へのケーブルカーのガードをくぐった先がSNCFの駅で、ここから振り返る旧市街の岸壁とその上に立つ教会を前にため息が漏れる。これからあれを登るのかと思うと結構辛いものがある。キツそうな坂だ。しかし折角ランまで来て、その旧市街を見ない手はない。まずは駅の販売機でソワソンへ戻る切符を購入。次の列車まで2時間あるので「たっぷり」と旧市街を見られるだろう。

駅前にはこのケーブルカー路線で使われていただろう古い車両が静態保存されている。車両の床下をじっくり拝見するとなんとケーブルカーではなくラックレールを用いたアプト式車両だ。アルプスの登山電車と同様である。こんなのがモーターを唸らせて登っていたのか、と思うだけで楽しくなってしまう。

駅前大通からそのまま台地の壁に向け直進すると道は折れ曲がり思ったとおりの坂が始まった。さあ標高差120mだ。一気にいくしかない。手直しした駆動系、フロントのインナーチェンリング28Tが生きる。フロント28T、リアは最大の24Tの一歩手前、22Tで踏んでみる。28T-24T、ギア比1.27。それでも思ったより漕げるのには驚いた。MTBの駆動系で組んだ今まで使っていたもう一台の自転車であれば迷わずフロント22T−リア24T あたりで登っていただろう。「なかなかやるじゃん」自分の脚が少しだけ頼もしく思えた。

ケーブルカーのガードをくぐる。とガードの下から車両が走ってきた。単行のモダンな車両で思っていたよりも静かでしかも速い。喘ぐ自分のすぐ頭の上をひゅんと通り過ぎる。ちらりと見える路面にレールと思しきものはない。ケーブルカーとはいえゴムタイヤをはいた新システムのようだ。鉄っちゃん的にはラックレールのほうがよほど夢があるのだが実用性利便性ではこちらだろう。

先行するIさんが小さくなっていく中でこちらも無心に脚を回す。バスが唸りながら重たそうに横を通り過ぎていく。眼下に大きな展望が広がってきて頂上は近いだろう。登りきった旧市街は12世紀の建築という立派なノートルダム教会を中心に、狭い路地が広がる街だった。汗を拭って石畳の路地を進む。これで今日の行程も終わりだろう。約50kmの走行とは思ったよりも走ったし、高低差もそれなりにあった。久々の長距離ランに満足がわく。教会前のカフェでIさんとビール。台地の上にそびえる街、ラン。こうしてゆっくりと自分の脚で距離を稼ぎ、知らない街に来て達成感を味わうとは嬉しい事だ。自転車の速度で走ったからこそ感じられる風景と走行後の喜び。後は列車に間に合うようにランの駅まで戻るだけであった。

(緩やかな谷が誘う様
に眼下に広がった。)
(鮮やかな緑の起伏は春の中を走る
楽しみを与えてくれる)
(角が取れ柔らかな空気に包まれた林
を抜けて走った。)
(林を抜けると突然城砦のような街が目に
飛び込んできた。台地にそびえる街だ。)


走行距離52km 


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