ブルゴーニュへのサイクリング - その1 オーセールへ走りつなぐ 

 (2010年7月23日、フランス・サントル地域圏、ブルゴーニュ地域圏)


パリ・リヨン駅から1時間半、がらんとしたモンタルジ駅に降り立ったのは前回のIさんとのオルレアンへのサイクリング以来ほぼ約1年振りとなる。

すっかり工事が終わった駅前通りに出て勝手知ったるモンタルジの街の中を南下する。今日はロワン川の支流、L'Ouanne川の谷をずっと遡り、そのままブルゴーニュ地方の一県であるヨンヌ(Yonne)県に入るという行程。ブルゴーニュの都市、オーセール(Auxerre)が今日の終着点で、ここはヨンヌ川の流域の中心都市でありブルゴーニュ東部でも大きな町のひとつである。サイクリングですでにパリからモンタルジまでは走りつないでいるので、それをブルゴーニュへと伸ばそうというのが今回のサイクルツーリングの狙いなのだが、今回は前哨戦で、来週のサイクリングの準備行とも言えた。来週にはオーセールから、ヴェズレー(Vezelay)やモンバール(Montbard)などのブルゴーニュの世界遺産地域へ泊まりで走ろうという計画があり、それ故今回のルートにはその軌跡を途絶えないようにすることと、サントルからブルゴーニュへの風景や空気の違いを走って感じてみたいという事、そして足慣らし・・・、そんな考えが根底にあった。地図によるとルートの前半はやや単調そうで、一方ブルゴーニュに入ってから目的地のオーセールまでは丘陵地が続くので、足が疲れてからの後半は疲れるかもしれない。しかも距離は80km程度、とやや長い。ペース配分が重要だろう。

前半を余り飛ばさないように気をつけながら進み始める。何度もサイクリングをお供していただいているので自分の遅いペースはわかっていただいているのだろう、同行のIさんは自分のペースに合わせてゆっくりとペダルを踏んでくれている。ありがたい。

街を抜けてL'Ouanne川に沿う谷に入る。進行方向が南から真東に変わる。あとはひたすら東へ向かうだけだ。

谷とは言うが例の如く非常にゆったりとした地形なので顕著な谷ではない。谷に沿って上流へ向かうといっても殆ど高低差を感じることもなく、大きな景色を前にたんたんと漕いでいくだけである。交通量の多い幹線道D943の、川を挟んだ対岸に車も殆ど通らないか細い道が続いている。

道は殆ど平坦で、時速20km程度をキープしながら進んでいく。7月の今は一年を通じて緑が一番豊かな季節だろう。いくつか林を抜けて進む。時折左手の川がちいさな淀みを作っており、その動きの少ない川面に周りの林が写りこんで、緑の風景に深い奥行きがあった。錯覚を覚えるような美しさだ。林を抜けると名も知らぬ小さな村が続き、全く飽きることなく進んでいく。

そんな調子だからあっという間に30Km 程度進んでしまった。このままの調子であと50km程度行けば楽勝なのだが。

小さな林はキャンピングサイトになっているようで何台ものキャンピングカーが停まっている。それを横目に林を抜けるとこれまで同行していた川が右手に大きく南下のため舵を切った。自分たちはこのまま東へ突っ切り、その中流に今日の目的地であるオーセールが位置するヨンヌ(Yonne)川に向かって走りこむことになる。

ブルゴーニュへ向かう幹線道D943へ戻り、街道沿いの小さな村へ。道の脇に民家がありその傍らに自転車を停めて地図を確認する。行程はここでちょうど半分だろう。ここから先はアップダウンが多そうだ、そんな話をIさんとする。と、われわれの立っている裏手の民家のドアが開き、小母さんが顔を出した。

「道に迷ったのか?」・・フランス語はよくわからないのだがどうやらそう言っているようだ。「いや、大丈夫です。ありがとう」と、人の良さそうな小母さんに丁寧に返答して自転車にまたがった。パリの人々は一般に他人に無関心だ、とはよく言われることで、そのとおりだろうが、こうして田舎に出てくると、言葉の壁を越えて人々の親切に触れることが出来る。そんなことがやはり嬉しいし、発見でもある。

緩い登りをしばらく進むと道の傍らに「ヨンヌ(yonne)」県の標識が立っていた。サントル地域圏からいよいよブルゴーニュ地域圏へ入ることになる。県境や地域圏の境を通過するのはやはり何がしかの感慨がある。ブルゴーニュに走りこんだからといって特に何が変わるわけでもないが、心の中には「ああようやく憧れのブルゴーニュだ」という思いが高まる。 

我々は例の如く出来るだけ幹線道を外そうという計画なので地図を見ながらとある側道に入り込んだ。地図上で、幹線道を示す赤や黄色に着色された道路ではなく、無着色の道−つまり田舎道、裏道の類だが−を出来るだけ辿って、かつ、目的地へは余りと遠回りではないルート・・・そんな道を探すのはなかなか楽しい作業だ。手にしたIGN(フランス国土地理院)のサイクル・ハイキングマップ(10万分の1)に書かれた20m毎の等高線を見ながら地形を想像し、脚力と相談しながらルートを決め、必要に応じてコースを変えていく。地図からそのルートの風景までもある程度想像でき、それが実際にどうなのか、と想像しながら走るのも楽しいものだ。ただし今日に限っては、これからアップダウンが多少出てくるようなので、余り楽しくない。平坦すぎるルートも単調で面白くない、と最近ようやく思えるようになってきたが、それでも坂ばかりだとこれまたキツイだけだ。なんとも我侭なサイクリストである。ブルゴーニュといえばすぐにワインの葡萄畑と相場が決まるのだが、このあたりはまだ葡萄畑のエリアではないようで、そのかわりにスケールの大きな丘陵が前方に広がっている。

丘陵地へ踏み入り、いくつかのアップダウンをこなしていく。ひまわり畑を抜ける。林を抜ける。緩く下って小さな沢を渡るとその分登っていく。小さな、名もない集落を通り過ぎる。抜けるのに数分も必要としない小さな部落。もう二度と訪れることのないだろう道を通り抜けていく。

もうすでに50km程度走っている。そのせいか先ほどから太もも上部表て面の筋肉-大腿四頭筋というのだろうか、に疲労がたまっているのを自覚している。単なる日ごろの鍛錬不足といえばそれまでなのだが、さもない登りに差し掛かり、ギアを落としてもなかなか思うように進まなくなってきた。このまま残りルートが平坦であれば何と言うこともないが、そうではない。結構辛い・・・。目の前の坂も元気があればたいした登りではないのだが、これまでの行程がやはりボディーブロウのように効いてきたようだ。 F28-R24というギアが今日乗ってきたプジョーの最低ローギアなのだが、これでは不十分だ・・。後輪のフリーを早く28に交換しよう・・・そんな事を考えながらひたすら漕いでいく。

(黄色一面の夏が広がっていた) (緩やかで大きな丘陵地帯はブルゴーニュの風景だ) (オーセールにて「観光写真」を)

先を行くIさんが坂の上で豆粒のようになっているが、頑張って追いつこうという気も萎えた。Iさんには申し訳ないのだが脚が回るペースで進むしかないのだ。。。

目的地のオーセールはもうそろそろのはずなのだが、オーセール北東の飛行場までの登り、この坂はなかなか長くて辛い。出るのはスピードではなくため息と汗ばかり。Tシャツの肩で汗をぬぐいがてらちらりとサイクルメータに目を落とす。あぁ見なければ良かった。デジタル表示の時速は約8km。距離も先ほどから遅々として伸びていない。

ようやく平坦地になりほーっとため息が出た。ここからオーセールの街まではさほど遠くない。最後にもう一箇所だけゆるい下りと登りが1セットあり、もう勘弁、と心の中でべそをかきながらラストスパートをきった。

***

オーセールの街は丘の上に旧市街があり、街の代名詞ともいえるノートルダム教会を中心に木組みの家があり、なかなか古風で雰囲気が良い。パリへ戻る列車までまだ2時間近くあるので、旧市街の一角でIさんとカフェに席を求め、さっきから頭の中にそれしかなかった「ビール」を注文。ぐっと一飲み。即効で頭がくらくらとしてきた。 走行距離は80kmを超えており、後半は丘陵地だったので自分としては結構頑張ったほうである。同行のIさんにはペースの面でご迷惑をかけてしまった。しかし自分としてはモンタルジからブルゴーニュまで、なかなか良く走ったではないか。これで、パリの自宅からブルゴーニュまで走りつないだことになる。満足の思いがわいて来る。

坂をおり、ヨンヌ川を渡る。ここからのノートルダム教会をバックにした旧市街の風情が、オーセールのもっとも代表的な「観光写真」だろう。我々も「代表的な」観光写真を撮り、駅へハンドルを向ける。駅まではここからは数分の道のりであった。

***

オーセールは非電化路線の駅なのでパリ行きの列車はディーゼルだろう。果たして何がくるか。ディーゼル機関車が牽引している客車列車だろうか、などと楽しみにしているとやってきたのは流線型をした新型のディーゼルカー。フランスの地方ではよく見かける奴だ。なんだつまらぬ、と、がっかりしてしまったが実はこれがなかなか面白かった。最初はガラガラガラとディーゼルエンジンの音がしていたが、車中でのうたた寝から覚めて外を何気なく見ていると、西日に当たった車両のシルエットにパンタグラフが映っているのが目に入った。一瞬目を疑ってしまったが、そういえば今僅かに聞こえてくる走行音もモーターの唸りだけで、ディーゼルエンジンの音ではない。一瞬狐につつまれた思いがしたが、なんとこれはディーゼルと電車のハイブリットカーだった。そんな車両があるとは想像していなかった。驚きとは別に列車は時速140km程度の速度で快走しており、パリ・ベルシー駅へ向かっている。

さていよいよ来週は、今回旅を締めくくったオーセルからさらにその先へ向けて、ブルゴーニュの核心部へ向けての泊りがけサイクリングが待っている。85km強の走行でこの体たらくは情けないが、来週に向けての足慣らしには充分だっただろう。そう、来週が本番だ。

パリに着き、Iさんとモンパルナスの”とんかつ屋”で乾杯。それでは来週、また、よろしくお願いします。

(走行距離87km)


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