ボン、ケルン間を走る - ライン川を巡るサイクルツーリング

 (2007/3/17)


前回のRemagen-Bonn間のツーリングから1週間、転勤でここドイツを去る日もカウントダウンとなってきた。転勤先のパリからここまで来ることも車でも5時間程度なので可能ではあるが、コブレンツ−デュッセルドルフを走りつなぐというサイクリングのテーマに関しては、出来ればここデュッセルドルフに住んでいるうちに走り残したボンーケルン間を走破したい、と気が焦った。

出発が遅くなり11:58分デュッセルドルフ中央駅初のコブレンツ行きREに乗る。定番となった先頭車両に愛車700Cサイクリング車「Rhein号」ともども乗り込んで、見慣れた感のある沿線風景を眺めるうちにケルンをいつしか通過してボン中央駅。

日曜日というのに何故か開店していた駅前のパン屋でサンドイッチとクロワッサンを購入。ドイツのサンドイッチはBroetchenと呼ばれる丸いパン(あるいはやや細長いものもある)にシンケン(ハム)やケーゼ(チーズ)などを挟んだもの、更にはシュニッツェル(ポークソテーに衣をつけて焼いた(揚げた?)もの。)やフリカデレ(ハンバーグに近い)を挟んだものもまで何種類もあり、どれもなかなか美味しい。パン自体の大きさこそ日本で言うロールパン程度だが、日本のロールパンのようにふわふわの感触ではなく、よりがっしりと食べ応え(噛み応え)のあるパンで、好きになると病み付きだ。腹ごしらえにサンドイッチを半分程度食べてから閑散としたマルクト広場へ向けてゆっくりとペダルを踏んだ。ドイツの日曜日は安息の日。家事も商店も基本的にすべての労働が禁じられておりそれゆえ街はひと気がなくなる。開いているのは花屋、カフェ、レストラン、キオスク。そんな静かな街の中、閉ざされた商店のショーケースを見ながらゆっくりと散策する老夫婦がドイツの日曜日の典型的な風景とも言える。自分には不便とも思えた日曜日のあり方も今ではかけがえの無い贅沢な時間の過ごし方なのだから人間も変わるものだ。

(真っ青な空。春近し、ライン川) (静かなドイツの日曜日)

ボンの市街地は小さいのであれよと思っている間に中心部を抜けてしまう。マルクト広場からベートーベン・ハウスを右にしてトラムに沿って走るとあっという間にライン川に出てしまった。橋を渡るわけではないのであわてて川岸まで自転車を担いでおりる。先週同様、今日も3月とは思えないほどの陽気で川沿いの散歩者・ジョガー・ローラーコースター・サイクリストが多い。ドイツの日曜日、そう、ドイツ人は街の中ではなくこうして野外に出てゆっくりと時間を過ごすのである。

増水でごった返していた川の水も一週間たった今ではそれほどでもない。水の色が先週の泥色から平素の色に戻っている。川沿いの遊歩道・サイクリング道の往来は多いがドイツ人らしい律儀さからか線引きされた自転車路側にはほとんど歩行者も入ってこない。各々が社会の決まりを尊重して生活をする国なのだ。

のんびりとライン川を右にしながらペダルを踏む。風がすっかり柔らかく空気のにおいにも角がない。もう、春そのもの。今年の冬は結局気温が零下に下がる事もあまり無く、大好きなあの霧氷に彩られた白いポプラ並木やどんよりとした霧の中に佇む冬の厳しさを見ることも出来なかった。そんな風物詩には欠けた冬ではあったがやはりこうして春がやってくる喜びは大きい。往来を行く気の早いドイツ人はもうコートも羽織ってはいなかった。

土手の道が狭くなり河面がすぐそこに近づいてきた。水量の多かった先週であればこの道は多分水没していた事だろう。ボンの街から遠くなったのかいつしか往来も減り快適な走行を楽しむ。ピチャピチャという土手を洗う川の音が耳に心地よい。日本であればこんなにすぐにでも水没しかねない土手は徹底的に改修作業をして川の形を変えてしまうところだが、こちらは出来るだけ自然に近い形を維持する事が役所の仕事のようで、物事の考え方の違いには差がある。

ヨットの係留された中州を右手に気持ちよく進む。日が翳り、深い川岸の森とあいまって風景が暗くなったようにも思えるがかえって冷やりとした空気が身に心地よくもある。先週の増水で流されてきたのか流木が道の真ん中に散乱している箇所もある。教会の尖塔が森のはざ間からちらちら見えてくると小さな街が近づいてきてそして街を離れるとすぐに道は木々の中に戻ってしまう。そんな風景が何度も繰り返されるのがドイツのツーリング風景だ。

もちろんこのままライン川に沿って北上すればケルンに着くのだが予定ではBruehlの街を経由しようと考えいた。ここにはアウグストゥスブルク城とファンケンルスト城という世界遺産に指定された建築物がある。ただ時間的に内部の見学は無理かもしれないが外観を見るだけでも良いだろう。

地図に従いWesselingの街で快適なライン川のサイクリング道を離れる。ひっそりとした住宅の中を走りぬけると小さな街の中心部の広場に出た。ひと気も無く気が遠くなりそうな静けさがいかにも日曜日の昼下がりらしい。レストランの飾り文字の看板に金色の春の陽があたっていてその一点が眩しく一瞬足が止まる。

街を抜けDB路線の下をくぐる抜ける。再び小さな集落となり、やや入り組んできた。地図とコンパスからこの道であっているはずだが里道なので心配でもある。散歩中の老夫婦に ”Wo ist Bruhl ?” と尋ねるとこの道をまっすぐ行ってその交差点を左に行け、と身振りで教えてくれる。やや進んで振り返るとなんと親切な事に彼らは立ち止まってこちらを見ている。そうそう、そこを曲がるんだよ、と大きな手振りで示してくれた。

大きく片手を上げて挨拶をして緩い上りにとりついた。右手奥に教会がありゆっくりとそれが近づいてくる。

教会の前まで走りきて思わず止まらざるをえなかった・・・・。教会の前には静けさと、なによりも不思議な時間的感覚に満ち溢れていたのだ。立ち止まるともう無音で、シーンとした、それはあたかも時間が止まったかのような、密度の高い静寂さだった。身を包む空気そのものはまだ角張った寒さの余韻を残すものの、陽射しは三月のものとは思えぬほど強く、空は青いというより白いような気もする。ヘルメットを脱いで天を仰ぐとそのままグーッと地面が回っていくような感覚にとらわる。たまらず縁石に腰掛け汗をぬぐった。と遠くから子供のボール遊びの声が僅かに聞こえてきた。ひっそりとした石畳、教会の下、春の昼下がり、子供の遊ぶ声・・・。眠気を誘うようなそれでいて濃密なこの時間。ここドイツにも人が生き、彼らの営む生活がある。それははるか中世の時代から変わることなく今に続く、人間そのものが紡ぎ出す時間・・・。

気がつくと喉が渇いていた。ダウンチューブにつけた水筒を取り出しゆっくりと水を飲む。ただの水が妙に美味しい。五分近く休んでいたのが嘘の様でもある。まるで時空を旅したかのような不思議な浮遊感の余韻が体に残っているのを感じながら、再び、ゆっくりとペダルを漕ぎ出した。時空の旅からから現実の旅へ、サイクリストは再びしっかりした路面を両輪で踏んで走り出す。

幹線路に合流すると広大な畑の中に出た。アウトバーンのガードをくぐるとサイクリストが目に付く。地図を慎重に繰ってファンケンルスト城へのあぜ道に入る。自転車の通行を念頭に置いていないような径の小さな石を撒いた道はハンドルもとられ走りづらい。のどかに走るトラクターを追い越してファンケンルスト城につく。これはアウグストゥスブルク城の別邸との位置づけであるとの由。このどちらもが18世紀のロココ調様式を残す邸宅との事だ。残念ながら時すでに遅くすでの正門が閉じられ入場は出来ない模様だった。今度は来た道を返しDB(ドイツ鉄道)のBruehl駅前にあるアウグストゥスブルグ城に行ってみる。立派な庭園の奥に前面ピンク色の美しい建物が建っている。それはドイツ的な重厚さというよりはむしろフランス的な華美さを感じさせる建物だった。なるほどこの優美な建物をロココ調というのか。こちらはまだ開園時間中であったようだが、中を見るにはガイドツアーに参加する必要があるという。そろそろ傾きかけた陽の光も気になってきたので、中の見学はとりやめとしよう。城の中の吹き抜け階段ホールはなかなか見ごたえがあるそうだが、遠めで見た豪華な外観だけで満足できた。

Bruhlの街は小さなもので、そのメインストリートは何処のドイツの街とも変わらない風景だ。もうあとはこの街からケルンに向けてただ走るだけだ。道も往来の激しい一般道となる。ただし自転車用に専用道が確保されているのはドイツゆえ当然でもあり、風景がつまらない以外はいささか走行に支障は無い。

畑の中の一本道を走る。沈みつつある日に追われるかのようにギアをトップの44-11にいれてがんばって漕いでみる。みるみる速度が上がるがやはり自分には重いようで長くは続かない。数段軽くして巡航向きだ。いつしか道はポプラ並木となり前方にはケルンのテレビ塔も見えてきた。右手に森が近づいてきた。信号が増え走行に時間のかかる市の中心部への進入をやめこの森を抜けて再びライン川に出ようと考える。時折走るジョガー以外はしーんとした森の中の小道を走り抜ける。木々の隙間を縫ってさす西日に自分の影が長く伸びる。ライン川の土手に出るともう夕刻というのにまだまだ散歩する人たちは多かった。一段と川幅の広がった感のあるライン川はまさに悠然としておりその大きな眺めにいかにもドイツにいるのだという充足感を感じざるを得ない。

ケルンはさすがに大きな街で日曜日とはいえ往来も多い。ちょうど少し早い夕食時でもあろう、街のレストランも活気が満ち溢れ始めている。アルトシュタット(旧市街)に入り込み狭っ苦しい迷路のような路地を自転車を手で押しながら歩く。こんなレストランの一角でビールでも一杯飲むのも悪くないだろうが、出発が遅かった分早く帰宅もしたかった。いつも観光客でごったがえしている大聖堂の前の広場に出て今回のツーリングも無事終了。走行距離55km。デュッセルドルフへ戻る列車もあと20分で来るとはなかなか上出来でもある。

(名も無い街の教会で。
そこには無限の時間
に満溢れていた。)
(アウグストゥスブルグ城にて) (日が傾けば活気の
出始める時間だ。
ケルン・アルトシュタット)
(石畳を縫えば教会が
眼前。ケルン・アルト
シュッタト)
(ケルン大聖堂に
ようやく到着。)

* * * *

今回のこのサイクリングでコブレンツからデュッセルドルフの我が家まで自転車で走りつないだ事になる。距離にしたらわずかに200km程度だろうか。それは短いものではあるが自分にしてみれば小さくとも一応当初の目標達成となり満足感はそれなりに大きい。終始川沿いを走るという意味では変化に乏しいサイクルツーリングだったとはいえ、ドイツの自然を楽しみ、僅かとはいえドイツ人とも触れる事もできた。また、自然もさることながら、昔から今日に至るまで延々と続く時間の流れ - それは具体的に手に取り見ることの出来ないものでもあるにもかかわらず - を肌で感じ、今と昔という時間のはざ間を何度と無く往来できたような気がしたのはとても嬉しい事だった。それはとりもなおさず中世の街と建物が今に生き、昔ながらの価値感を大切にしている人々の住むヨーロッパという場所柄にして可能な旅なのかもしれなかった。

もう今月の終わりには短かかったドイツ・デュッセルドルフでの生活を終え隣国フランスへの転勤となる。かの地ではまたドイツとは違った歴史の重みを感じることも出来るだろう。ただし自分の知る限りではあまり自転車にやさしい街づくりではないのだが・・・。

レバークーゼンの街を抜け二階建ての快速列車は北へ向けて快走する。デュッセルドルフ中央駅まではあっという間だ。見慣れたデュッセルドルフ中央駅の地下連絡道を抜け駅前広場から自宅へ向けて走り出した。この街もじきにに「自分の住む街」ではなくなってしまうと思うと少し寂しかった。


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