おっかなびっくり走ったデュッセルドルフからケルンまで ライン川を巡るサイクルツーリング 

(2006/9/23)


ドイツに住み始めてあっという間に一年近くたってしまった。ヨーロッパに住むのなら、日本でやっていたような月一度の低山ハイキングはできないだろう、その代わりと言っては何だが自転車を楽しんでみたいと言う、サイクリングに対する漠然とした憧れがあった。住み始めたドイツ西部のこの街はライン川の低地地区に位置し、ぐるりとフラット、自転車に乗るには申し分ない土地で、しかもドイツ人はサイクリング好きなようで、週末はライン川の土手を中心に老若男女問わず多くの自転車乗りが楽しそうに走っている。自転車のための専用道も整備され、ハード・ソフトともに自転車乗りには申し分のない場所であった。とはいえドイツの冬はやはり大陸気候、街路樹に霧氷のつく凍てつく寒さでとても自転車とは言ってられない。遠乗りしてみよう、という憧れはあったもののなかなか実践に移せないでいた。

(ライン川を渡る。無事に
行けるか不安が大きかった。)
(ライン川沿いのサイクリング道
は緑豊かで素晴らしい)

ケルンは我が町デュッセルドルフの南40km程度に位置する街で、もちろんデュッセルドルフよりは大きな街で有名な大聖堂を擁する観光都市でもある。大聖堂を見に何度も訪れたことがあるが、そんな隣町までサイクリングをしてみたい、という思いがあった。アウトバーンでなら30分で行ってしまう街だ。下の道で、本当に自転車で行けるのか・・・、サイクリングの経験は皆無に等しかった。持っているGiantのMTBも15年近く前にブームに乗り買っただけで街乗りでしか使ったことがない。40から50kmの走行と言うのが一体どの程度のものなのか皆目見当がつかなかった。

そうこう言っても仕方ないので、ある秋の日、素晴らしい好天に勇気付けられて家を出た。

ケルンまで、基本的にはライン川に沿って南下あるのみ。ただ蛇行をくりかえすライン川に忠実に寄りとげてもいたずらに距離が伸びるばかりで、効率よく土手に出る必要がある。デュッセルドルの街から上手い具合に蛇行を終えた地点に飛び出すには読図が必要だ。デュッセルドルは小さな町だがそれでも南の方面に余り行く用事もなく未知のゾーンだ。つい数ヶ月前に軽度の網膜剥離の手術をしてもらったデュッセルドルフ大学病院を通り過ぎる。街の眼科で診断されすぐに大学病院行きとなってしまい不安な気持ちでこの通りを歩いた事を思い出した。おかげで目はその後すっかり治りいまこうして自転車に乗ることも出来る。わずか15分程度で手際よく手術してくれたあの女医さんに感謝したい。

ここから先は本当に土地勘のない場所となってしまった。ただ分かるのはこのまま真っ直ぐ南下するとアウトバーンに合流してしまうと言う事で、何処かで適当に道をそれなくてはならない。KOMPASS社の5万分のハイキング地図を持って来たが少なからず迷ってしまう。蚤の市の立っている街を通り過ぎると前方にライン川を渡る大きな橋が見えてきた。FLEHER橋だ。アウトバーンの専用橋だとばかり思っていたが側道にきちんと自転車と歩行者用の通路が用意されているのがいかにもドイツらしい。橋の中央でどでかい眼下のライン川に目を落す。この向こうに渡ってしまうと、そうそう戻れないぞ。あとはただケルンまで、一直線に走るだけなんだ・・。言ってみればルビコン川を渡るような、そんな気持ちで橋を渡りきる。これでライン川の西岸に出たことになる。渡り終えるとすぐに土手に下りる、と、自転車マークのついたサイクリング道に行き当たる。なるほど、これを南下すればよいのだ。

小さな集落になり道を行く人に地図を示してこの町の名前を念のため問うと、UEDESHEIMとの事、問題なく地図上に自分の場所が把握できた。あとはこの9号線と言う幹線路をただ南下するのみだ。自転車用の道が確保されているので走ることには全く問題がない。車の心配が不要とはなんとありがたいことだろう。

直線路を走っていくとローラーコースターを履いた20歳くらいの女の子を追い抜く。こうして長距離をただただ走るジョガーやローラーコースターの人がドイツではとても多い。左右に畠が広がる単調な道をDORMAGENの町を通り過ぎる。路肩に自転車を停め地図を見ているとすぐに先の女の子が追い抜いていく。一体彼女は何Kmを走ろうとしているのだろう。彼らの余暇の時間の使い方はおよそ日本人とは全く異なるもので、豊かな時間とは何かをたびたび考えさせてくれる。更に進むと左手からライン川が近づいてきて右手には工場が見えてきた。アスピリンを始めとする製薬業で日本人にもおなじみのバイエル社の工場だ。製薬のみならずドイツを代表する化学薬品メーカでもある。丁度ライン川をはさんだ対岸をやや南下すればレバークーゼンの街で、ここがバイエル社の本社でもある。

このあたりで効率は良いが面白みのない幹線路を走るのをやめて、並行するライン川のサイクリング路に進路を変える。とたんに緑豊かな、心地よいサイクリング道となった。あくまでフラットなこんな道をただのんびりと走れるとはドイツのサイクリストはまったく恵まれている。前方に豆粒のように見えるジョガーが走るにつれ近づいてくる。このあたりでやや腰が痛くなってくる。クロモリフレームのMTBとはいえ、やはりフラットハンドルでは乗車ポジションにはさほど選択肢はない、あまりポジションが自分に合っていないのか、せいぜい30kmも走らないうちに腰が痛くなるとはやや気が重い。

(ケルン大聖堂前。
やれば出来た!)
(ケルン中央駅にて。
デュッセルまで30分)

渡し舟のかかるLangelの街を通り過ぎると前方にライン川を渡る橋が大きい。あれの対岸がレバークーゼンでもうケルンは近いだろう。しばらくはしると道は森の散在する緑の土手から工業地帯に入った。走るのがつまらなくなる。緑豊かな自然もドイツの一面だが、こうして工場が沢山あるのも欧州一の工業国であるドイツの一面でもある。Fordの自動車工場があり、味気のないだっだっ広い道をこぐだけだ。工場労働者のために引かれている路線だろうか、路面電車が走っているが土曜日の今日は誰も乗る人もいない。工場群を抜けるとにわかに住宅が増えてきて、ケルンの外環に入ったことがわかる。

急に都会になった街の中を走る。とある交差点を曲がるといきなり目の前にケルンの大聖堂が目に飛び込んできた。やった、ついた。無事、ケルンまで。なんてことはない、無事ここまで走れたではないか!

嬉しさと、小さな誇らしさが胸の中で膨らんでいる。そんな弾む気持ちをペダルの載せて、最後の一押しで観光客で一杯の、見慣れたケルン大聖堂の前の広場に出ることが出来た。記念撮影をそこに居た人に頼む。「何処から来たのか」と問われ「デュッセルドルフから」と応えるのがひどく嬉しく、顔がにやけてしまう。なんだ、40kmっと言っても、怖れるよりはまずはトライだな。

腹が減ったのでマクドナルドでハンバーガーを買い、大聖堂を見ながらのんびりと休憩をする。おっかなびっくりで走ったケルンまで、40km程度の小さな自転車旅。走る前は随分と気がもんだものだが、終ってしまえばどうと言うこともない。ルビコン川なんて、大げさだっただろうか?でもやれば出来るなんて、嬉しいものだ・・・。

切符を買う。自転車用の切符も必要だ。ホームに上がるとデュッセルドルフに停まるRE(地域快速列車)がすぐにやってきた。自転車を分解せずそのまま持ち込めるのだから素晴らしい。レバークーゼンの街並みが目の前を流れていく。電車ではわずか30分の距離なのだ。満ち足りた気持ちでデュッセルドルフ中央駅で下車してゆっくりと家までペダルを漕ぐ。不安な気持ちでライン川を渡ったのはわずか数時間前の事であるが、一体何が変わったのだろう。再びライン川を越えてポプラ並木の下を自宅まで。暮れて行く秋の空気が何と肌に心地よいのか。なんだかひどく嬉しい秋の夕方だった。


(走行距離50km)


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