華があった早池峰山 

岩手県花巻市 2018年9月15日


楽しみにしていた火打妙高の縦走は週末を狙ったかのような秋雨前線停滞の冴えない予報もありやむなく取り止めだ。悔しいので他を探すと東北、それも岩手まで北上すれば前線の影響がないことがわかり、急遽の東北の百名山で残していた早池峰山が候補として浮上する。日曜の予報は冴えなかったので土曜日ピンポイントで 行けないか? 急な感はあるが残している本州の、北ア以外の百名山の登山ルート等の情報は概ね頭の中に整理されており、季節と天気、財布の都合さえつけば心の中にはいつでも行ける準備があった。季節、天候はオッケー、財布の都合はイマイチだがここは悔しいので行ってしまう。なによりもこの9月 の三連休は新花巻駅から早池峰山登山口の小田越までの季節バスが今シーズン最後の便として運行される事が大きかった。これをのがすと来年まで遠い山になってしまう。

始発の盛岡行き新幹線で新花巻へ。驚いたことに自分と同じバカが何名もいて、7、8人のザック姿の男女がバラバラとこの静かな閑駅に降り立った。 皆病気だろう。早池峰登山口・小田越行きの9時35分発のバスは七部混みだろう。

大迫、岳といった集落を越えて大型のマイクロバスは山間の細道を登っていく。高曇りで雨の心配はない。昨昼から今朝にかけて十回以上天気予報を チェックしただけのことはある。

10時50分、ほぼ定刻にバスは小田越に到着。流石に北緯40度の海抜1200メートル、ポロシャツ1枚では肌寒い。早池峰山は高山植物が有名で 季節外れのこの時期でもバス停のテントで自然保護のためのし尿処理携帯バッグの販売があった。これを目にするのは高妻山についで二回目だ。あまり 使いたくないのでトイレでしっかり出しておく。

このバスは東京からの始発新幹線にリンクしてくれているのはありがたいのだが11時というこの時間からは正直登りたくなかった。まあ帰りのバスが 17時過ぎなので時間は十分あるのだが、遅い時間の登り始めには生理的な危機感を感じてしまう。そんなこともありややオーバーペースで登り始め た。木道を終えるとしばらくはオオシラビソの林で歩きやすいがじきに登山道に大きな岩がゴロゴロ転がる歩きにくい道となった。黙々と登ると 1400メートルあたりで森林限界を抜けたのか俄然展望がよくなった。目前の早池峰山山頂から稜線が壁のように高い。

ここから地形図のとおり等高線が密となり岩がごろつく中の急な登りとなった。この岩がなかなか曲者でヌルヌルとよく滑る。岩角がテカっているのだからさもありなんだろう。早池峰山は蛇紋岩の山で此れが滑りやすいとは予め知っていた事だが、ビブラムがたやすく滑ってしまうのには驚いた。まる で何十年前の登山靴を履いているようだ。人気の山らしく行き交う登山者は多く、常に挨拶をしなくてはいけない。登りで辛いので正直勘弁願いたい所 だ。

それでも休まずに登り続ける。いつしか稜線が近い。小田越ルートで有名な一枚岩に付けられた長い二段梯子が現れた。渋滞している。合間を見つけて 一気に片付けるとひと登りでもうそこは稜線だった。ハイマツの中を木道が長い。最後の登りをこなすと早池峰山山頂(海抜1914m)。鈴なりの人だった。ここまで昭文社エア リアマップ2017年版のコースタイムでは2時間20分だが結局ノンストップで1時間50分だった。エアリアのコースタイムは盛りすぎかもしれない。

山頂の祠には流石に古来からの名山らしく山岳信仰を示す古びた刀剣がいくつも置かれていた。こうして地元と深い繋がりを持ち崇められてきたのが日 本の山の良いところだろう。

お揃いの青いジャージ姿の地元の中学生一団が賑やかだ。先生がジオパークの抗議をしている。野外学校だろう。屈託ない地元の言葉に遠くまで来たこ とを感じる。横浜生活が人生の大半とはいえ香川生まれで広島で中高生を過ごした自分にとっては、強くエトランジェを意識する一時だ。こちらは少し離れてアマチュア無線144メガFMを開局。東北は430ではなく144の世界なのだ。愛機アルインコDJ-S57に釣竿につけたRH770。CQ一発で呼ばれ、以降地元盛岡や青森の十和田市などととぎれず交信できる。数年前に八幡平登頂の際にも交信してくれた紫波郡の局も呼んでくれる。東北のピークも何度か移動していると複数回呼んでくれるお馴染み局も出来るものだ。最後は陸奥湾のMMが相手だった。のんびりとしたペースのQSOは心地よく、楽しかった。

閉局すると、丁度中学生一団が講義終了式をしており、締めに校歌斉唱となった。これが澄んだ歌声で実に美しく、聞いていて楽しかった。校歌を屈託なく大きく歌う、その若さと真っ直ぐさがどんなに素晴らしいことか!思わず引率の教師に聞いてしまう。山麓の宮古の中学校との事だった。

ガスが晴れて遠望が得られた。遠くに雲海に浮かぶ鳥海山の綺麗な三角形を見たときは感極まった。JI1TLL・Sさんと、スキーを履いてあの山頂を踏んだのはもう5,6年前のことだろうか。自分の踏んだ山頂を遠くから眺めるのは格別の思いだ。北には大きく岩手山が雲から山頂を露出していた。これはいずれ近いうちに登らさせて頂こう。軽く挨拶を早池峰山から送っておく。

中学生が居なくなり静かになった山頂。避難小屋を覗いてみる。水場こそ無いが立派な作りでここで一夜を過ごすのも悪くなさそうだった。

下山はあっけない。一枚岩の長梯子を注意深く降りる。中学生の一段は速度に応じていくつかのグループにばらけていて、これを順次追い越して行く。とはいえ下りは蛇紋岩の滑りが気になり思ったよりも時間を短縮できず、結局1時間半。(エアリアは1時間50分との事だがこれも盛りすぎだろう)

バスの一時間半前には下山する。西日を浴びた早池峰山が立派だった。のんびりとバスを待ち新花巻の駅に着く頃はとっぷりと暮れていた。

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何かを語るほど数多く東北の山に登ってはいないが、東北のポピュラーな山には登山者の作る一種透明な美しさがあるように思う。それは登ってきた人たちの、素朴に山を、今の時間を心から楽しんでいるという、人々の醸し出す独特の空気だと思う。山に登る姿や行動など、マニュアルにとらわれずに 自分達のやりたいように楽しむ。そんな自由さはここ早池峰にも、磐梯山にも、安達太良山にもあった。

早池峰山は高山植物の宝庫で登るのは山開き直後の初夏が最適と言う。確かにその通りで今回はこれといった花も無く、その意味では寂しい山だっただろう。しかし花の時期を外したものの、今日の早池峰山には華があった。それは山を楽しむ地元の人たちの屈託の無い明るさだった。

雲海の向こうに顔を出していた岩手山。来年は間違えなく伺いましょう。朝日連峰もまだ残っている。朝日は無理かもしれないが、岩手山には、間違えなく今日と同じ屈託さに溢れた華があることだろう。そう考えると来年の山歩きが楽しみで仕方なかった。

ゴロタの石を踏みながら登って行く スラブに長い梯子 目指す山頂が近づいた 下山して見上げる早池峰山

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