自己満アンソロ その1

 

「目立たぬ良品」 ミステリ系エンタメ アンソロジー

 

・前からやってみたいことだったんですが、とうとう自分なりのアンソロジーを作って公表してみました。

・ここではあまり世に知られていない、また、知られてるけれどミステリ系作品としてあまり認知されていないと思われる作品を10作(短編集があるので+α?)、ピックアップしています。

  「より多くの人にその存在を知ってもらいたい」というピュアな想い
  「へへ。私、こんな作品を知ってるんだよ。すごいでしょ〜」という邪悪な感情
  「的外れ。センスが全く感じられない。勘違いしている」と切り捨てられることの不安感
  「面白かった。教えてくれてありがとう」と言ってくれるかもしれないという期待感

 それら全てが入り混じりつつ作業を進めました。結果、「自分なりに検討したアンソロジーを組む」のは、やっぱり楽しかったです(笑)。

・本当は全て短編にしたかったんですが、短編集の形でないとどうしてもその良さが判りづらい(連作・キャラ性)ものについては、ひとまとまりでアンソロジーにあげています。

・紹介している順番は「面白かった順」「お勧めしたい順」というわけではありません。「可能であれば、この流れで読んでいただいたらより楽しんでもらえるかも?」と考えて並べてみただけですので、もちろん順番どおり読まなくてもいっこうに差し支えありません。ご自由に楽しんでいただければ幸いです。

・紹介した作品は最後にひとまとめにして表にしています。興味をもって読もうと思われた方のために、所収されている本などをあげてみました。絶版状態の本が多いですが、昨今の古本流通度合いをみれば、ゲットするのは不可能なことではないかもしれないので、ご容赦くださいませ(汗)。

願わくば、ミステリ好きの人が面白がり、かつ楽しんでいただけますように・・・。では、どうぞ〜。

                          

1.ヴォミーサ  小松 左京 (短編/SFミステリ)

 解 説

 まずはSFミステリのご紹介。作者は日本SF界の重鎮的存在の人。
 日本中をブームに巻き込んだ『日本沈没』、『復活の日』など有名作は多数あります。
 また、コアなSFファンをも楽しませる作品は、それら著名作数以上の数があると思われます。

 この作品は、前年度に発表・完結したSF作品の中から、年次日本SF大会の参加者投票によって選ばれる「星雲賞」の、第7回(1976年)日本短編部門を受賞しています。このアンソロジーのキーワードは「発掘」ですが、SFファンの人にとっては今さら何を・・・といったところかもしれません。

 近未来を舞台に、町にあらわれた不審者の暴力殺傷事件に見うけられた不可解な謎とその真相を描いたSF。ミステリ的趣向満載で、伏線もはられており、意外なオチまでついているというなんとも贅沢な一品。これ以上内容に触れてしまうと、そのほとんどがネタバレになってしまいかねないので、これで止めておきますが、事前にSFの知識をある程度もっていたほうがより楽しめるはずです。ただ、そうでなくてもこの趣向は楽しめるはず。
 短い枚数のなか、非常に密度の濃いこのSFミステリを、より多くの人に存分に楽しんでいただけたら・・・と思います。

 

 

2.ぼく、桃太郎のなんなのさ   藤子・F・不二雄 (短編3話/SFマンガミステリ)

 解 説

 続いてもSF。しかも大人気マンガの「ドラえもん」のなかの一話です。

 作者は『オバケのQ太郎』『パーマン』などでお馴染みの藤子・F・不二雄(発表当時は藤子不二雄)。子供向けはもちろんのこと、『ミノタウ  ロスの皿』、『ノスタル爺』といった大人向けSFもいくつか書かれています。このマンガにはドラえもん以外に、宇宙人から数多くの人形(鼻の部分を押すことでその人形に成り替わることができる)を託されたカケル少年を主人公にしたマンガ、『バケルくん』のキャラたちも共演しています。

 「ドラえもん」がここまで人気を博した理由として、夢のある設定・憎めないキャラ性などと同時に、やはり各話のストーリー構成の確かさと骨太さを見逃すことは出来ません。予想外のオチとそのオチを最も効果的に見せるために考えられた構成は、とても秀でたものではないでしょうか。

 この作品は、おとぎ話上の人物と思われた桃太郎が、実在したことを示す2枚の写真、しかもそのうちの1枚は日本から遠く離れたオランダで発見されたという不可解な謎からはじまり、前述した構成の確かさ・骨太さからなる、出来の良いミステリともいえる整合性に加え、ドラえもんとバケルくん双方の特性を、必然的なものにまで昇華させている構成の巧みさには舌を巻かざるをえません。もちろんマンガとしてのユーモアも取り入れられています。「すごい」のイひと言につきます。話の展開が面白いがゆえに見過ごされがちなこの構成の上手さ。ぜひ味わっていただきたいと思います。

 追記:この記述を行うにあたり、検索してみるとどうやら劇場版映画では『バケルくん』を除いた、いつものメンバー構成で作られているようです。映画は未見ですが、バケルくん可哀そう…。

 

 

3.十二人の手紙   井上 ひさし 連作短編集/多趣向ミステリ)

 解 説

 つぎは普通小説系エンタテイメント作家であり、昭和・平成の戯作者としても有名な井上ひさしの手になる趣向たっぷりの短編連作集。ここまでくれば、これはもう完璧にミステリでありましょう。加えて中にはサスペンス味を楽しむことができるものもあります。ミステリ好きには有名な作品なので、ここにあげるのに若干躊躇しましたが、やはりミステリとしての知名度まだ低そうだと判断し、取り上げました。

 『ドン松五郎の生活』、『吉理吉理人』といった小説はもとより、テレビ人形劇『ひょっこりひょうたん島』の台本作家、三波伸介・伊東四郎・戸塚睦夫のコメディアン三人による「てんぷくトリオ」の座付作者、テレビアニメ『ムーミン』主題歌の作詞家、そして『日本人のへそ』からはじまる長年の劇作家活動を今も続けている井上ひさし。実はミステリ界にも足跡を残す作品をものにしています。それがこの作品です。

 アンソロジーとするからには、どれか1作を・・と思ったのですが、せっかくの連作短編スタイルから1作だけを取り出すことに躊躇したのと、やはり各短編の関連付けという特殊性を活用した「趣向」が、この短編集の面白さを楽しむ第一義だと考え、あえてまとまった短編集の形で取り上げました。

 タイトルで示されているとおり、各短編のそのほとんどが書簡(手紙・公文書・メモ等)で構成されています。作品内に仕掛けがほどこされているものが多いのですが、それ以外では(解説にも書かれていますが)、『赤い手』などはその無機質な文面の構成だけで、一人の薄幸の女性の人生を読者のなかにまざまざと浮かびあがらせるという離れ業が演じられていますし、『玉の輿』などもその作中外の仕掛けに目を見張るものがあります。

 そしてまた、最初のプロローグに端を発し、最後のエピローグでそれまでの各短編を関連付けて、それぞれの行方(または過去)と、張られていた意外な伏線を明らかにしつつ、ちょっとした謎解きミステリで終息がはかられているという、趣向満載・サービス満点の仕上がりになっています。

 連作の構成スタイルという点では、若竹・加納の連作短編とはまた違った種類のものだと思いますが、各短編を関連付けて新たな趣向をみせたこの短編集は、やはり先のお二方よりも前の、先駆者的位置付けを担っているのではないでしょうか。

 

 

4.侵入者   小林 信彦 中編/心理サスペンス)

 解 説

 テレビ発展期繋がり・・・というわけでもないのですが、つぎはミステリ界でもその批評・創作に独自の世界を展開している小林信彦の手によるサスペンス小説。内容も作者同様、ひと味もふた味も違います。

 テレビ業界の発展期に構成作家・ギャグライターなどで関係していたことから、またかなりの映画好きであることから、国内外のエンタテイメントに精通し、ヒッチコック・マガジンの編集、映画・ミステリのコラム執筆に携わるなどの後、小説ではその独自のポップ感覚で、特異な位置をキープし、維持し続けているようです。

 この作品は、作者お気に入りのハイスミスばりの心理サスペンス小説なのでしょう。「あとがき」で「実はミステリ(本格・ハードボイルドの一定の型)が好きではなかった」といった主旨のことが書かれていますが、しかしながらこの小説では、別の意味でのミステリの型(=仕掛け)が、きっちりと用意されています。

 文章は落ち着きのある静かなタッチで、決して派手派手しさはないんですが、それでもこの淡々としたペースの中で描き出される犯人の恐さは、作中の登場人物に感情移入(=なりきる)ことの恐ろしさとあいまって、独特の効果を発揮しているように思います。固定化されたミステリの型とは別種の型が、サスペンス色にいい影響を与えた好例ではないでしょうか。また、ラストで味わえる虚無感も、従来の固定化されたミステリの型の枠にはまった書き方であったなら、ここまでのむなしさは感じられなかったかもしれません。このあたりの読後感が心理サスペンス好きにはたまらないのかもしれないですね。

 とか、いいながらこの恐さと面白さをサスペンス好きだけのものにしておくのは、あまりにも勿体無い気がして仕方がありません。先にも書いたように、仕掛けとしての「ミステリの型」も優れたものだと私は思っていますので、このアンソロジーにとりあげた次第です。

 

 

5.嗤う衝立   戸川 昌子 短編/官能サスペンス)

 解 説

 サスペンス度が高まったところで、今度はサスペンス色に加えて強烈な官能体験も出来、最後にはミステリで終息するという稀有な作品をご紹介いたします。

 シャンソン歌手として活動しながらもミステリの執筆に手を染め、『大いなる幻影』『猟人日記』といった妖しくもスリリングな作品で一躍人気作家となった戸川昌子。心の奥底から忍び寄る不安感・焦燥感をじょじょに浮かびあがらせる心理サスペンス、また男女の淫らな関係を現代的な視点で描き出した官能ミステリの、草分け的存在ともいえる作家に位置付けられると思います。

 この作品とはじめて出あったのは確か中学生の時分。読んでいる最中からものすごく興奮してしまい、周りに誰もいないことは判りきっていたのに小さな物音にも過剰に反応し、「見つかって、こんな話を読んでることが判ったらどれほど叱られてしまうだろう」と、ビクビクしもって読み終えたミステリとして記憶に残っています。

 アンソロジーを作るにあたってこの作品を再読したのですが、ここまで激しく直接的な描写がなされていたとは思ってもみませんでした。それでもこの臭い立つほど強烈な官能が、作品の出来や作中人物に対してのみならず、読者にまでも効果を発揮しているという「技」を持っているからこそ、ミステリの良作として私の心の中にいつまでも残っているんだと思います。また、読後感は人によって異なるかもしれませんが、この話が終わって「そこから先」の日々の暮らしが平穏無事なものになるとは、私には決して思えませんでした。最後におきた「嗤い」は決して軽やかなものでなく、危ういバランスで成り立っている関係がもろくも崩れ去って生じる新たな事件を見据えているからこそ漏れてしまった、

暗く、そして果てしなく重い「嗤い」なのだという気がしてしかたありません・・・・。

 

 

6.殺し屋ですのよ   星 新一 (ショート・ショートショート・ショート・ミステリ)

 解 説

 2つほどアクの強い作品が続いたので、少し味覚を改めていただこうと思い、ここでショート・ショートをご用意いたしました。この作品はショート・ショートの名が示すとおり、文庫本にしてたった5ページ半ほどの分量しかありません。それでも最後の数行で、今までそこにいたはずの世界がぐるっと反転するという驚くべき体験を、読者は味わうこととなるでしょう。そうです。出来のいいある種のショート・ショートは、まさに「最終兵器」ともいうべきパワーを有しているんです。

 星新一は、小松左京と並んでそれこそ日本のSFをここまで世に広めた第一人者とでもいうべき作家です。故人であり、2003年4月時点で亡くなられてから既に5年以上の歳月が過ぎたことになります。それでも星新一作品は、一般流通本はもとより国語や英語の教科書への採用などで、その平易な文章と奥の深い内容が、多くの人達に永く愛され続けてほしいと願ってやみません。

  『殺し屋ですのよ』を読んだことがあるという人は、たぶん膨大な数にのぼるのではないでしょうか。その点からみれば、この作品は決して「目だたぬ良品」というわけではありません。しかしながら、この作品をミステリと認識して記憶に残している人は案外少ないのではないでしょうか?確かに、この話では直接の登場人物は3人しかいません。場所も2箇所しか描かれていません。名探偵はでてきません。追い詰められるべき犯人もいません。警察もでてきません。密室ものではありません。アリバイものでもありません。ロジックが展開されてるわけでもありません。

 ただ、この話でみられる「逆転の発想」とそこから練り上げられる「展開」、そして生み出された「意外性」こそが、ミステリのとても重要で大切な要素のひとつなんだと私は考えています。無駄な部分が排除された、ミステリの「骨格」ともいうべきものが浮かび上がっているこの作品。親子で楽しめるミステリとしても評価したいと思います。

 

 

7.混線乱線殺人事件   横田 順彌(短編/メタ・ミステリ)

 解 説

ミステリの中には、ユーモアをかもしだしている作品をよく見かけます。より笑いの要素が強いコメディ・タッチのものもあります。この作品は、その馬鹿らしさでそれらを上回るほどの激しいドタバタ・コメディですが、ある設定のおかげですごくシュールな味わいを読み手に感じさせる珍しい作品に仕上がっています。

 作者の横田順彌は、ハチャハチャSF(ハチャハチャとはハチャメチャのレベルを更に上回るとんでもなさを示す言葉)の創始者、国内古典SF研究家、明治時代を舞台にしたSF・冒険小説作家と、特異な分野にその独自の才能を開花させています。

 この作品はそもそもの設定をミステリ風に仕立てていますが、基本的にはハチャハチャSFであります。また、そのあまりのバカさ加減に身をよじり、笑い転げて楽しむというのが最も正しい読み方であるとも思っています。それだけのパワーを持つハチャハチャSFの快作です。ただ、この中で作者が仕こんだあるネタが、非常に面白いものであったため、私はこの作品をメタ・ミステリとして位置付けてみました。実は「メタ・ミステリ」がどういうミステリを指し示す言葉なのか、私にはその定義がよく判っておりません。が、自分なりの定義として以下のようなものかなと考えています。

  『超虚構ミステリ。虚構(=フィクション)に、従来の虚構の枠を超えたより虚構色の強い構成・設定・展開等を重ね合わせることで、ミステリの特性を浮かび上がらせたり、約束事を解体してその意味・意義を問うたり、抱える問題点をあからさまにしたりその解決方法を示唆したり・・・といった、「ミステリの存在を改めて見つめなおさせる」面を持っているミステリ』 その説でいけばこの作品は、解体して意味・意義を問うものに、「結果的に」なっているのかなと思いました。

 それほどこのネタは馬鹿らしいものでありながらとてつもなくシュールで、サブジャンルとして一形成をなしてしまいそうなあのミステリネタに関してはもちとんのこと、広くミステリ全体についても、個々の読者のなかでそれぞれ何か思うところが湧き上がってきそうな、そんな問題提起誘発型のメタ・ミステリではないかと私には思えて仕方がありません。

 

 

8.殺人現場へ二十八歩   都筑 道夫(短編集/キャラ・ミステリ)

 解 説

 都筑ミステリに対して、作品の質を度外視しキャラ像だけで読ませるたぐいのイメージをうえつけそうな「キャラ・ミステリ」と位置付けるのは、世の良識ある都筑ファンからお叱りを受けそうですが、この作品についてはあえてそう呼ばせていただこうと思ってます。また、キャラ物の性質上、一作のみでの紹介はその魅力を充分伝えることが出来ないだろうと思われたので、ここでは短編集の形で取り上げました。

 講談・SF・アクション・伝奇・ミステリ・ファンタジィ・怪談。日本で考えられるエンタテイメント系小説の、そのほとんどに手を染めながらもそれぞれに質の高い作品を数多く生み出し、エラリィ・クイーンズ・ミステリ・マガジン日本語版の編集長にもついていたことがあるなど、まさに才気あふれる粋な方です。

 以前私はこの作品をおぼろげな記憶だけを頼りに「本格」と位置付けていましたが、再読してみて「本格」と呼ぶにはやはり無理があるようでした。ただ、伏線や手がかりはなしにしてもその「推理」の過程はしっかりと形作られており、ミステリとしての質はしっかりと押さえられていて、ただのキャラ物ミステリでないことは間違いありません。でも、それ以上にやはりここで描かれた人物像、ひいてはホテルの建物を含めた浅草という街の姿が、端正な都筑文章のもとで魅力を放たれています。この本と出合ってその作品世界に身を委ねることが出来た私は本当に幸せ者だと思います。願わくば「ハイライズ下町」に泊まって、地下一階のルナ・パークでグラス片手に静かに時を過ごしてみたいものであります。

 このシリーズは他に短編集『毎日が13日の金曜日』(光文社文庫)と、長編『ホテル・ディック 探偵は眠らない』(新潮文庫)がありますが、2003年4月現在ではともに絶版状態のはず。もしこのシリーズをお気に召していただいたら、古本屋での幸運をお祈り申し上げます。

 

 

9.押絵と旅する男   江戸川 乱歩(短編/幻想)

 解 説

 この作品が「目立たぬ良品」としてあげられているのを知って、開いた口が塞がらない人・苦々しい思いで眉間にしわを寄せた人の多さを想像するだけで身の縮こまる思いがいたします。というのも、この短編は、ミステリ界の巨人、大乱歩の個人アンソロジーでもしばしばとりあげられるほど優れた幻想浪漫小説なのですから。ある意味、乱歩の代表作と位置付けてもいいほどの作品だと勝手に思っています。

 そのような作品を、それでもあえてここに取り上げたのは、幻想小説の短編を選ぶにあたり、私の読書遍歴からはどうしてもこれ以上の作品を選ぶことが出来なかったのと、乱歩作品、特に少年探偵団シリーズや『二銭銅貨』『D坂の殺人事件』といった有名ミステリ系のもの以外の乱歩作品が、今の10〜20代前半のミステリ好きな人たちに広く読まれ認知されているのかどうか判断できなかったからであります。もし、この作品の存在を知らない人が一人でもこのページにたどりつくことがあるとしたら、ここでこの作品の存在を知ってもらうことに意味はあるだろうと判断して、取り上げることにいたしました。乱歩ファンの方々、ご容赦願います。

 「二銭銅貨」「心理試験」「屋根裏の散歩者」「人間椅子」「D坂の殺人事件」「赤い部屋」「陰獣」「芋虫」「怪人二十面相」「人でなしの恋」「黒手組」「黒蜥蜴」「黄金仮面」「パノラマ島奇談」「孤島の鬼」「踊る一寸法師」「少年探偵団」「化人幻戯」「白髪鬼」「目羅博士」、そして「押絵と旅する男」・・・・。改めてこれらキラ星のごとき作品群を並べてみると、これら全てがたった一人の作家の手によるものとは到底信じがたいところがあります。またミステリの国内普及にも多大な精力を傾け、まさに「乱歩なくして日本ミステリ界の現状なし」といっても過言ではないでしょう。

 舞台は上野に向かう夜汽車の二等車内。登場人物は二人。書かれた年ははるか昔(昭和4年。今からだと70年以上も昔)なんですが、話の構成が、その時点からさらに過去の出来事について語られるという、いわゆる「昔語り」の形式となっているため、読者に古めかしさを与えれば与えるほど、より読者を幻想的な世界に導きやすくなるという仕組みになっています。語られる話の中身(耽美さ?)の不変性とともに、そのあたりの仕組みも、この作品が今でも「古びていない」ことについて一役かっているように思われます。肝心の話の中身については、これはもうご一読いただくしかありません。読み終えたあと、周りの景色が目に見えてはいるんだけれど、実は全く現実味のない絵空事の中に自分が佇んでいるような気分に陥るかもしれません。充分ご注意願います。

 

 

10.教師と学生   佐野 洋(短編/推理小説)

 解 説

 最後にご紹介するのは、決まったテーマにそって書かれたミステリ短編集からの作品。密室・アリバイ崩し・名探偵などのミステリ特有のテーマから、地名・・動物などのごくありふれたテーマのものまで、ミステリにはいろいろなテーマでアンソロジーが組まれることがよくあります。また、逆に一人の作家が一つのテーマを決めて、それにそって短編を書き続けて一冊の短編集にまとめることもあります。この作品は後者のスタイルで書かれた作品の一つ。ひねりの効いたこじゃれたミステリの佳作だと思います。

 新聞記者出身である佐野洋は、古い探偵小説にまま見受けられる怨念・怨讐といった要素を嫌い、エッセィや評論からみてもミステリの合理主義的精神に大いにこだわった作家です。短編の名手と呼ばれていますが、その作品数は1000にものぼると言われており、質・量ともに兼ね備えたミステリ作家として、世に高く評価されています。

 この作品がおさめられた短編集のテーマは「死体が二つでてくるミステリ」。ですのでこの作品にも死体が二つでています。佐野洋ミステリについての個人的意見ですが、作家本人の生来の真面目な気質からか蛇足と思われる表現が多々見受けられ、興ざめしてしまうことがよくあります。この作品がおさめられた短編集のいくつかの作品にもその悪癖がのぞいているものがいくつかあります。しかしながらこの作品では佐野洋自身が登場人物になっており、そのあたりの表現も単に登場人物の内面描写としてみることができるので、その点では得をしています。

 決して派手なネタではなく、小さな「ひねり」をこつこつ積み上げた感のあるこの作品。「解いてやろう!」とミステリを意気込んで読むタイプの人には向きそうもなく、自分では推理せずに話の展開を楽しむタイプの人にとっては、意外な視点が続くひねりの効いたミステリとして、気に入っていただけそうな作品だと思います。シャレた良品。この「ひねり具合」を楽しんでみてください。

 

 

補足

 最後に、各作品が所収されている本を判る範囲で記載しておきます。
 もし興味を持たれて、本を探されようと思われた際は、参考にしていただければ幸いです。
 

タイトル 作者 種別 ジャンル

所収本タイトル

出版社等

備考
ヴォミーサ 小松左京 短編 SFミステリ ’75日本SFベスト集成 徳間文庫 筒井康隆編
集英社文庫  
機械の花嫁 ケイブンシャ文庫  
男を探せ ハルキ文庫  
小松左京コレクション 3  短編小説集1 ジャストシステム  
ぼく、桃太郎のなんなのさ 藤子・F・不二雄 短編3話 SFマンガミステリ ドラえもん 第9巻 小学館 てんとう虫コミックス
十二人の手紙 井上ひさし 連作短篇集 多趣向ミステリ 十二人の手紙 中公文庫  
侵入者 小林信彦 中編 サスペンス 侵入者 メタローグ 一時間文庫
嗤う衝立 戸川昌子 短編 官能サスペンス 事件標本室 最新ミステリーベストB 光文社カッパノベルス 日本推理作家協会編
私は殺される
女流ミステリー傑作選
ハルキ文庫 結城信孝編
緋の堕胎 双葉文庫  
殺し屋ですのよ 星 新一 ショート・ショート ショート・ショート・ミステリ ボッコちゃん 新潮文庫  
エヌ氏の遊園地 新潮文庫  
エヌ氏の遊園地 講談社文庫  
混線乱線殺人事件 横田順彌 短編 メタ・ミステリ 混線乱線殺人事件 徳間文庫  
混線乱線殺人事件
ボンド之介ファイル
大陸書房  
殺人現場へ二十八歩 都筑道夫 短篇集 キャラ・ミステリ 殺人現場へ二十八歩 光文社文庫  
殺人現場へ二十八歩 サンケイノベルス  
押絵と旅する男 江戸川乱歩 短編 幻想 江戸川乱歩推理文庫(講談社)  
日本探偵小説全集2・江戸川乱歩集 創元推理文庫  
屋根裏の散歩者 春陽堂文庫  
屋根裏の散歩者 角川ホラー文庫  
江戸川乱歩全短篇 3  怪奇幻想 ちくま文庫  
教師と学生 佐野 洋 短編 推理小説 死体が二つ 角川文庫  

 

 

おわりに 

 これにて、私がピックアップした「目立たぬ良品」アンソロジーは終了。ダラダラと書き連ねたにも関わらず、ここまで読んでいただいた方には素直に感謝申し上げます。本当にありがとうございました(ぺこり)。

 ここにあげたほとんどの作品群は、「本格」ミステリと決めつけるには無理があるような作品ばかりです。ですが、仕掛け・構成の巧さ・結末の意外性・不思議な感覚などで、「本格」に負けずとも劣らない面白さを備えた作品群だと思っていますし、構成や意外性といった面では「本格」に通じる、または同種の面白ささえ存在しているように思えて仕方がありません。

 今回、作業している間はとても楽しかったのですが、再読のため通常の読書ペースが大幅に落ちてしまいました。またこのての企画に取り組むこととは思いますが、しばらくは積読になっている「未知の作品」を読む楽しさに身を委ねようと思います。

 またいつか「自己満アンソロ」をアップする日がきましたら、その時は懲りずにお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

 そいでは!! 

 

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