BOOKSCAPE(海外)95年9月〜96年3月  by 磯 達雄



『赤い惑星への航海』テリー・ビッスン(ハヤカワ部文庫SF/95.9.15/600円)。これは大傑作。ただ火星に行くというだけの話なのに、なぜにこんなに面白いのか。ジャンルを超えて面白さを競える本。ハヤカワ文庫SFで出てるからといって、非SFファンに読まれないとしたらすごくもったいない。げらげら笑いながら感動できる小説だ。

『ターミナルゲーム』コール・ペリマン(早川書房/95.9.30/2600円)は、仮想現実界での殺人とそっくりの事件が現実世界でも起こるというサスペンス。なにもジャンルラベルが付かないただのハードカバーとして出たので、これはSFと化すのか、ミステリとして解決されるのか、どうなるのかわかわないまま読むという体験が味わえてよかった。最終的にどうだったかはヒミツ。題材となっているのはインターネット上でも既に始まっているヴィジュアルキャラクター付きのチャットのこと。これを仮想現実と言われてはサイバーパンクの立つ瀬がないが、ファミコンの野球ゲームだってやってる当人にとっちゃ「現実」なのだから、それはそれでいい。むしろ、考えさせらたのはジョン・ヴァーリイ「PRESS ENTER■」って、先進的だったねえということ。そういえば「PRESS ENTER■」に出てきたリサ・フー=千葉麗子説というのがあって、それを一度耳にすると、読み返したときにチバレイ以外の顔を思い浮かべられないので困る。

『マルクスの末裔』バリー・メイトランド(ミステリアス・プレス文庫/95.10.31/700円)は、マルクスがかつて住んだロンドン旧市街の家が再開発計画に巻き込まれる中、そこで殺人事件が起こるという話。著者はもともと建築畑の人で、登場する建築家も正義感あふれる好漢として描かれる。まあまあ。

『ドゥームズデイ・ブック』コニー・ウィリス(早川書房/95.10.31/3600円)。2段組で600ページ強。厚い。でも読み通すのに苦はなかった。解説で大森望も書いているが、ただのSFだし、どう見ても短編にしかならないアイデアなのに、この長さをもたせてしまうんだから、たいしたものであるとは思う。いや、この長さでなければならないという必然性もないんだけどさ。不思議なお話でした。コニー・ウィリスを見直した。

▼オクラ入りかと思われた『ボイド――星の方舟』フランク・ハーバート(小学館/95.11.20/1500円)が地球人ライブラリーの一冊として出た。サマセット・モームとシュリーマンに挟まれてハーバートが並ぶ刊行リストを見ると、ちょっと無理やりすぎるんじゃないのー? と言いたくもなるが、どんな形であれ刊行した小学館は偉いと言っておこう。ストーリーがまたすごい。故障した宇宙船の中で乗組員が反目しあいながら繰り広げる形而上学的な議論が延々と続くのだ。これでもアブリッジ版というが、ハーバートのとんでもなさは十二分に味わえる。

『遠き神々の炎』ヴァーナー・ヴィンジ(創元SF文庫/95.11.24/各780円)は、いたるところインターネットが張り巡らされた宇宙を舞台としたバカSF。おおいに楽しんだが、情報処理能力が空間地理的位置に依存するという設定はインターネットの思想と相反するのではないかと疑問をもった。

『無限アセンブラ』ケヴィン・J・アンダースン&ダグ・ビースン(ハヤカワ文庫SF/95.11.30/700円)。クーンツか二重螺旋の悪魔、あるいはアキラ映画版か、何をもって嚆矢とするのか、いまだに知らないが、流行ってますねえ、人間変形ずるずるぬとぬと小説。それを逆手にとった展開でおおっと思わせる。終わり方も、地球はこれからどうなってしまうの? という点がぜーんぜん分からないままで、怒る人も多いだろうなー。でも、僕はこの中途半端な終わり方が気に入った。いい。推す。

『魔法』クリストファー・プリースト(早川書房/95.12.15/2500円)はバリバリのメタ・フィクション。しかし、技巧に落ちることなく、読むうちにせつない気持ちになってくる。そう、良いメタ・フィクションは泣けるのだ。

『ヴァート』ジェフ・ヌーン(ハヤカワ文庫SF/95.12.15/700円)は、90年代の『時計じかけのオレンジ』とも呼ばれているそうな。でも、これは作者の自己満足小説。僕は誉める気にならない。

『神の鉄槌』アーサー・C・クラーク(早川書房/95.12.15/1700円)は巨匠の“単独作”としてはひさし振りの作品となる。が、なんだか味もそっけもなくてシノプシスを読まされたよう。ジェントリー・リーと組ませたくなる編集者の気持ちもわからなくはない、と思ってしまった。無駄に長くなるよりはこの方がいいとも言えるが。

『時間泥棒』ジェイムズ・P・ホーガン(創元SF文庫/95.12.22)のたった170ページという薄さに敬意を表したい。内容は特に言うこともないただのジュビナイル。ルディ・ラッカーが書いてたら傑作になってたかも?

『フラックス』(ハヤカワ文庫SF/96.1.31/720円)はスティーヴン・バクスターの3冊目。オナラで飛ぶ豚とか、ところどころくすぐられる箇所もあるものの、全体を通して面白かったかと聞かれると、NOである。この著者の訳書はすべて読んでいるが、そろそろ見捨てもいいか? と思い始めた。

『この不思議な地球で』(紀伊国屋書店/96.2.22/2500円)は巽孝之編のアンソロジー。副題には「世紀末SF傑作選」とある。サイバーパンクでも、アヴァンポップでもなく、SFという名目で編まれた書物であることが重要。序文にも、このジャンルへの愛が臆面もなく語られる。掲載作からベストスリーを選べばギブスン「スキナーの部屋」、パット・マーフィー「ロマンティック・ラヴ撲滅記」、バラード「火星からのメッセージ」。TTでおなじみ田波正が北沢克彦名義で翻訳したF・M・バズビーの「きみの話をしてくれないか」(これもサイコー)も載ってるから、絶対買うこと。

▼コシマキの文句を信じるほどウブではないが、“科学と神秘主義、妖怪と現実重視の警察の捜査、これらが渾然一体となって、瞳目に値する効果を生じている”なんて持ち上げられたら、手を伸ばしてしまうのもしかたがないというもの。『シャーマンは歌う』ジェイムズ・D・ドス(ハヤカワ・ミステリ文庫/96.3.15/560円)は期待をほぼ完全に裏切ってくれた。読まなくてよし。

▼というところで、前回、約束したとおり、翻訳部門の1995年ベストテンを発表しよう、と思ったが、10作も挙げるのは難しいので、ベストファイブということで勘弁を。
『フェルマータ』ニコルソン・ベイカー
『赤い惑星への航海』テリー・ビッスン
『魔法』クルストファー・プリースト
『夢の終わりに』ジェフ・ライマン
『ドゥームズデイ・ブック』コニー・ウィリス

 5冊のうち、3冊を占めた早川書房の50周年記念企画〈夢の文学館〉に年間最優秀叢書賞を贈ることにする。『エヂプト』は、まだか。

(以下次号)



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