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1999年2月号

『ダスト』チャールズ・ペレグリーノ

『垂直世界の戦士』K・W・ジーター

『アヴァロンの戦塵(上・下)』L・ニーヴン&J・パーネル&S・バーンズ


『ダスト』チャールズ・ペレグリーノ

(1998年11月30日発行/白石朗訳/ソニー・マガジンズ/1800円)

 琥珀の中に閉じ込められた太古の昆虫を利用して恐竜のクローンを造り上げるという『ジュラシック・パーク』の基本アイディアの提唱者として知られる科学者チャールズ・ペレグリーノが著した『ダスト』は、生態学や遺伝子工学の知識をフルに生かした本格的なバイオ・サスペンス大作である。

 ニューヨーク州のロングアイランドで、ある日突然、黒くて小さな「埃」が人間を襲い始めた。一夜にして多くの犠牲者を出したこの謎の「埃」は、何と異常発生した六百億ものダニの群れであった。同様に、西海岸では腐敗性バクテリア、インドでは菌類、カリブ諸島ではチスイコウモリが、それぞれ異常発生していることがわかる。各地で起きたこの異常事態の原因に気づいた古生物学者リチャードとその仲間たちは、ブルックヘイヴン国立研究所で、地球を破滅する災害を食い止めるために懸命の努力を続ける。恐竜滅亡の原因でもあったと思われるこの災害を、果たして彼らは止めることはできるのか……。

 初めは単なるパニックものだろう、ダニが人間を襲うなんて昔のパルプじゃあるまいし……と思って軽い気持ちで読み出したのだが、意外にも、生命の発生、恐竜絶滅、宇宙探索など様々なテーマが絡み合う奥行きの深い作品とわかって感嘆することと相成った。バイオテクノロジーという最新の衣装をまとってはいるものの、最近のパニックものの多くが、人類存在を脅かすものを打ち倒し、揺るぎない人類の威信を回復して終わるという昔ながらのパターンに留まっている(だから退屈、と言ってはマズイのか)のに対して、本書の特色は、宇宙の壮大なるスケールから見れば人類はほんのちっぽけな存在に過ぎない、しかしそれ故にいとおしいのだという相対的な視点を明確に打ち出している所にある。人類の愚行が災害の原因を生み出すのではなく、人類そのものが自然の生み出した愚行であるという認識の変革。さらには、DNAが三千三百万年ごとに種の絶滅を繰り返すというメイン・アイディアの壮大さは、紛れもなく本格SFのもの。本書が決して単なるパニックものに留まらない所以である。

 また、特筆すべきは、筆者の科学的知識の豊富さ、推論の確かさであろう。科学者なんだからそれは当たり前だし、こちらが無知なだけじゃないかと言われてしまえばそれまでだが、それにしても生態系に関する博識ぶりには驚かされる。イナゴや粘菌の異常発生などの事実を巧に織り込むことによって「埃」の異常さが日常と地続きになる、その恐ろしさ。これを恐竜絶滅の原因と結びつけていくところなどは、理屈としてはかなりのアクロバットと思われるのだが、作者は見事に着地に成功していると言えるだろう。

 ただし、小説として見た場合には、いささか無骨に過ぎる面もある。特に開幕からしばらくは靄がかかったような曖昧な書き方にもどかしさを感じたが、中盤、ダニやバクテリア発生の原因が明らかになるところからグングン面白くなり、最後まで一気に読み通すことができた。

 科学を敵視しているDJが生き残りの人々を扇動して研究所を襲う場面などに、科学対疑似宗教の対立を見てとることができるし、土星の衛星エンケラドスをロケットが探索し生命を発見するという胸躍る場面も盛り込まれている。生命はどこから来てどこへ行くのかという根源的な問いについての考察もあり、様々なアイディアが詰め込まれた、ある意味では、実に贅沢な作品だ。クラーク、ブラッドベリ、ハインラインら先人に対するオマージュにも好感が持てる。一読をお勧めしておきたい。

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『垂直世界の戦士』K・W・ジーター

(1998年10月31日発行/冬川亘訳/ハヤカワ文庫SF1248/700円)

 K・W・ジーターの『垂直世界の戦士』は、いつとも知れぬ未来に〈シリンダー〉と呼ばれる巨大ビルディングの外壁をバイクに乗って駆けめぐる人々の冒険を描いたアクションSFである。

 主人公ナイ・アクセクターは、外壁で暮らす軍事部族に軍事用アイコンをデザインするフリーの意匠師(グラフェックス)だ。要するに、やくざの刺青を彫る彫物師のようなものである。いつも生活苦に喘いでいるアクセクターのところに、ある日、大きな仕事が舞い込んで来た。垂直世界でナンバー2の軍事部族〈ハヴォック・マス〉から、全てのアイコンをデザインしてほしいとの依頼があったのだ。これこそ待ち望んでいたブレイクのチャンスと張り切るアクセクターだが、そこに仕掛けられた恐ろしい罠に気がつくはずもなかった……。

 というわけで、物語の後半では、垂直世界の朝側から追われたアクセクターが夜側に迷い込み、この世界の成り立ちの秘密の一端に触れることとなる。果てのないビルディングである〈シリンダー〉というのは、実に魅力的な舞台設定なのだが、よくよく考えてみれば、絶対にあるはずの一階と最上階はどうなっているのだろう、そんな巨大な建築物を支える力学的構造はどうなっているのか、など素朴な疑問の嵐が巻き起こる(でしょう?)。作者はそうした疑問に一切答えることはなく、ただ、アクセクターの精神分析家たる役割を担った夜側の住人サイに「それはみんなあんたの頭のなかの深層精神区分にまで遡ることができる」と語らせているだけだ。つまり、この壮大な風景の全てがアクセクターの無意識でしかない可能性が示されるのだが、これもまた一つの仮説に過ぎない。物語の結末で一応の結論は提示されているが、さて、こればかりは実際に読んでいただきたい。舞台設定の壮大さ、その世界に住む者の現実認識が重要な役割を果たしていることなどから、筆者はプリーストの『逆転世界』を連想したとだけは言っておこう。

 ただし、あくまでも物語の主眼はアクセクターの辿る波瀾万丈の冒険行にあり、それは現実だろうが非現実だろうがどちらでもかまわない、という強気な姿勢が作者にあることも事実である。ビルの壁に垂直に立つために考案されたピトン・コード、一種の電脳空間である虚時間(ホロウ・タイム)、空中を漂う異生物エンゼル、といったユニークなアイディアを味わいながら素直に主人公の冒険を楽しめばそれでいいのかもしれない。

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『アヴァロンの戦塵(上・下)』L・ニーヴン&J・パーネル&S・バーンズ

(1998年10月30日発行/中原尚哉訳/創元SF文庫/上680円下720円)

 ニーヴン&パーネル&バーンズの『アヴァロンの戦塵(上・下)』は、惑星アヴァロンに降り立った人類と異星生物グレンデルとの血みどろの死闘を描いた前作『アヴァロンの闇』から二十年後を描いた続編である。

 怪物グレンデルとの闘いが終息してから二十年が過ぎた。人類はグレンデルの生息しない島に撤退し、星生まれの若者との世代交代が徐々に進んでいる。若者たちが本土への進出を主張して古い世代と対立する中で、本土への調査員が二名、変死を遂げる。危険のないはずのところで一瞬にして白骨死体となってしまったのだ。本土にはグレンデル以外に恐るべき敵がいるのだろうか……。

 前作では、ひたすら獰猛で残虐な存在であったグレンデルが、今回は、群れ同士で協力しあったり、人間と同じような思考をしてみたりして、コミュニケーション可能な知性体として描かれていることが本書の特色と言える。グレンデルの恐怖が減じた分、正体不明の敵の恐ろしさが際立つわけだが、その謎解きも含めて、惑星アヴァロンの生態系がより緻密に描かれている点が最大の読みどころだろう。旧世代と新世代の対立や若者たちの人間模様といった旧態依然の人間ドラマには、残念ながら余り魅力が感じられなかった。

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