SF Magazine Book Review



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1998年3月号

『グリンプス』ルイス・シャイナー

『マグニチュード10』アーサー・C・クラーク&マイク・マクウェイ

『インヴェイジョン―侵略―』ロビン・クック

『現代作家ガイド3 ウィリアム・ギブスン』巽孝之編


『グリンプス』ルイス・シャイナー

(1997年12月19日発行/小川隆訳/創元SF文庫/940円)

 自分自身がミュージシャンだった経歴を持ち、かつて短編「ジェフ・ベック」(本誌八六年一一月号)でもロックに関する深い知識と情熱を披露してくれていたルイス・シャイナー、久方ぶりの翻訳となる『グリンプス』は、六〇年代ロックのエッセンスと、親子の確執や夫婦間の問題といった個人的な主題とをうまくミックスした香り高い傑作に仕上がっている。
 一九八八年一一月、オースティンに妻と二人で住みステレオ修理業を営む三七歳のレイ・シャックルフォードは、父親を亡くした二週間後、ビートルズの《レット・イット・ビー》を聞きながら、もし〈ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード〉がこのヴァージョンではなくてポールの望んだような曲になっていたら……と夢想していた。すると、ステレオからはまさしくその曲、ストリングス抜きでリンゴがドラムを叩きジョンとジョージのギターが入った〈ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード〉が聞こえてきたのである。再度演奏させて録音したテープを再発専門レコード会社の社長に聴かせたところ、彼はレイの能力を使って、幻となった六〇年代のアルバムを再現することを提案する。例えば、ドアーズの《セレブレーション・オブ・ザ・リザード》、ビーチ・ボーイズの《スマイル》、ジミ・ヘンドリックスの《ファースト・レイズ・オブ・ザ・ニュー・ライジング・サン》などなど。早速作業に取り掛かるレイだが、そのうち音楽を再現するだけでなく、自分が本当にその時代へタイムスリップしてしまうことになる。六六年一二月に戻ったレイは、ブライアン・ウィルソンに手を貸して、何とかビートルズが《サージャント・ペパーズ》を発表する前に《スマイル》を完成させようとするのだが……。
 後にサマー・オブ・ラヴと呼ばれることになる六七年の夏。愛と平和と音楽とドラッグを求めてサン・フランシスコに若者が集まり、皆自分たちが世界を変えられると信じていた頃。ロック・ミュージックのパワーがベトナム反戦運動を主とする学生運動のパワーと呼応するかのように盛り上がる一方で、高名なミュージシャンが次々とドラッグがらみの事故で亡くなり、フリー・コンサートで死者が出たりして、決して音楽が世界を救うわけではないのだと人々が気づき、急速にロックや学生運動のパワーが低下していく過程が六八年から七〇年にかけてのアメリカの姿であった。当時五、六歳に過ぎずその時代を生で体験することができなかった筆者でさえ、後に六〇年代末のロックには多大な影響を受けているのであるから、多感な十代の終わりを六〇年代末にアメリカ南部で過ごしたシャイナーにとって、ロック・ミュージックの持つ意味は余りにも深く、また人生に密着していたに違いない。世界をこの手で変えられるという幻想に取りつかれ周囲に目を閉ざして六〇年代に生きる人々をホテルに閉じ込められた人々に仮託して皮肉たっぷりに歌いあげたとも解釈できる曲がイーグルスの〈ホテル・カリフォルニア〉である。父親との折り合いがつけられず、世間からは身を引いたところに自分を置いて、妻のことより好きな音楽のことばかり考えている本書の主人公レイは、明らかに途中まではこの〈ホテル・カリフォルニア〉の住人であった。しかし、未完成の音楽を再現していく過程において、《スマイル》が完成したところで世界が変わるわけでも何でもないし、ジミに《ファースト・レイズ…》を完成させることは何度挑戦しても不可能であることにレイは気づく。歴史を改変することは現実には何の影響も与えない。夢から覚めて現実をしっかりと見よう。〈ホテル・カリフォルニア〉から抜け出そうよ。というしごくもっともなメッセージが結局本書の結論であるようだ。ちょっと肩透かしをくった気がしないでもないが、まあ、それはそれでよい。本書の魅力は、そうした主題にあるというよりは、確かな取材をもとにしたミュージシャン自身の人生と主人公の人生とを見事に重ねあわせている点にあるのだから。ジム・モリスンは「利己的な感覚的存在」(四四八頁)を、ブライアン・ウィルソンは「寛大で遊び心がある大人」を、ジミは「肉体と精神を何とか一つにまとめあげようと努力する男」を、それぞれ表しており、レイはこの三人の人生と関わりを持つことで人間的成長を遂げるのだ。この重ね合わせには全く違和感がなく、作者のミュージシャンに対する深い理解と愛情をそこに感じることができる。ロックなんて聴かないよという人も本書を読み終わる頃には、ブライアンやジミを友達のように感じている自分を発見して驚くことだろう。また、音楽描写におけるシャイナーの文章の巧さについても触れておきたい。「そのレコードには夜がきこえた。涼しく湿った闇の中の雨あがりの水溜まりに映るネオンのようだった。」(三七四頁)なんて、ジミ・ヘンを表す言葉としては美し過ぎるよね。ともかく、本書を読んでいるとあれも聴きたいこれも聴き直したいという具合にCDばかり聴いてしまうので、なかなか読み進めることができなくて困ってしまった。詳細な訳注もお見事。六〇年代ロックに愛着を持つ人はもちろん、興味のない人にも是非読んでもらいたい素晴らしい作品である。

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『マグニチュード10』アーサー・C・クラーク&マイク・マクウェイ

(1997年12月1日発行/内田昌之訳/新潮文庫/781円)

 日本では『オールド・タウンの燃えるとき』などの近未来ハードボイルドの書き手として知られるマイク・マクウェイは本書を書き上げた直後、まだ四六歳という若さで亡くなってしまった。A・C・クラークとの共作である『マグニチュード10』は、地震という災害を予測しようという科学者の飽くなき挑戦を描く力作である。共作と言っても、クラークはアイディアを提供しただけらしいので、実際に書き上げたのはマクウェイ一人のようだ。
 九四年一月のカリフォルニア大地震で両親を亡くしたルイス・クレインは、三〇年後にはノーベル賞を受賞した高名な地震学者となっていた。その年の佐渡を壊滅させるに至った大地震を正確に予言し、地震が起きたとき現地にいて無事な場所を予知できることを証明してみせたクレインは、早速政治家や権力者を集めて、自分の野望を実現させるべく行動を開始する。彼は核兵器を手に入れ、プレートを溶接し、地震のない世界を作り上げようという壮大な計画を胸の内に秘めているのだ。果たして彼の計画は実現されるのか……。研究だけに没頭して世間知らずの科学者像が多く描かれるSFの中では珍しく、権謀術策に長け、理想に向かって突き進む情熱溢れる科学者として描かれたクラインの存在感は圧倒的なものがある。イスラム社会に惹かれていく黒人科学者ダン、その恋人であったが後にはクラインの妻になるエレイナなどの脇役も個性的だし、背景社会の書き込みも丁寧で隙がない。単なるパニック小説ではなく、優れた人間ドラマであり、かつ、地震の謎から月の出生の秘密を解き明かす壮大なアイディアにクラークらしさも感じることのできる、読んで損なしの一級品エンターテインメントとなっている。

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『インヴェイジョン―侵略―』ロビン・クック

(1997年12月15日発行/林克己訳/ハヤカワ文庫NV/840円)

 医学サスペンスで知られるベテラン作家ロビン・クックがSFに初挑戦した『インヴェイジョン―侵略―』だが、結果は無残な敗北に終わってしまったようだ。
 ある日、多数の小さな黒い円盤が宇宙から飛来した。アメリカのとある町の医学生ボウはその円盤を拾って小さな針にさされてしまう。それがきっかけで体内にあるウイルスが目覚め、奇妙な行動を取るようになったボウは、同様にウイルスに侵された人々を集めて新興宗教めいた団体を作る。ウイルスの目的は何なのか。また、ウイルスから人類を救うことはできるのか……。幾人もの視点人物を組み合わせてサスペンスフルに物語を展開する腕前はさすがと思うけれど、如何せん、アイディアと物語の展開そのものが余りにも古すぎる。ウイルスに侵された人々の眼が光ったり、親しい人を敵に回して苦しむ場面などは、思わず『呪われた村』か『盗まれた街』を連想するくらいで、ジュヴナイルならともかく、大人向けの娯楽作としては三〇年、いや四〇年前のレベルである。ないものねだりを承知で言わせてもらえば、本書には単純な図式に読者を引き込むだけの魅力もなければ、図式自体を疑う楽しみもない。クックには、SFは余り向いていないのではないかと思わされた。

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『現代作家ガイド3 ウィリアム・ギブスン』巽孝之編

(1997年12月20日発行/彩流社/2200円)

 彩流社から『現代作家ガイド3 ウィリアム・ギブスン』が刊行されている。グリーンフェルドによるユニークな紹介記事から、最新インタビュー、ギブスンが自らの出自を語るエッセイ、巽孝之の力作評論、最新短編などを収めた盛りだくさんの内容で、ファンならずとも必携のガイドブックである。

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