SF Magazine Book Review

1996年3月号

『神の鉄槌』A・C・クラーク

『無限アセンブラ』K・J・アンダーソン&ダグ・ビースン

『ヴァート』ジェフ・ヌーン

『サイバネティックSFの誕生』パトリシア・S・ウォリック


『神の鉄槌』A・C・クラーク

(1995年12月15日発行/小隅黎・岡田靖史訳/早川書房/1700円)

 先月号の年間ベスト、毎年結果が届くのを楽しみにしているのだが、今年はちょっとびっくり。一位は当然とは言え、まさか二位に『赤い惑星の航海』が入るとは思わなかったなあ。あのひねりのなさが逆に受けたのだろうか。やはり皆古き良きSFの香りを追い求めているのかもしれない。などと思いながらクラークの最新作『神の鉄槌』を読む。芳醇な香り高きSFの世界がそこにあった。ビッスンなどまだまだ、クラークは健在なり、そう思った。
 二一〇九年末、一人のアマチュア天文家が未知の小惑星を発見する。算出された軌道によれば約二四一日後には地球に衝突し、その破壊力は原爆の一億倍にも達するという。人類を惑星に落下する天体から守る「スペースガード」計画の一員としてトロヤ点でパトロールを行っていた宇宙船〈ゴライアス〉号の船長ロバート・シンに遂に命令が下された。カーリーと名づけられたその小惑星とランデヴーし、軌道を変えるのだ。ところが、計画を着実に実行していくシンの前に思いも寄らぬ障害が……。〈ゴライアス〉号の使命は果たして達成できるのか?
 並の作家なら、地球側の右往左往する人々を描くパニック小説となる題材なのだろうが、クラークの手に掛かると、これが徹頭徹尾宇宙空間からの視点で描くハードなサイエンス・フィクションになってしまうところが誠に面白い。正確な知識に裏付けられた簡潔な描写で詩的な効果をもたらすクラーク節も、相変わらず冴え渡っている。特にシン船長が大学時代に経験した月面マラソンの描写は秀逸。〈タイム〉誌の依頼に従って書いた短編が元になっているためか、メインストーリーである事件の解決は半分、後の半分は二一〇九年までの社会や科学技術の発展を予測した内容にもなっている。常温核融合、火星移民、新興宗教、ヴァーチャル・リアリティなど、本書に詰め込まれた話題は実に盛りだくさん。クラークの社会に対する目配りの良さを示すものだろう。少々短すぎるのが物足りないが、長すぎるよりはずっと増し。『宇宙のランデヴー』の続編三部作の悪印象を払拭するに足る出来である。巨匠老いてますます盛ん、の意を強くした。

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『無限アセンブラ』K・J・アンダーソン&ダグ・ビースン

(1995年11月30日発行/内田昌之訳/ハヤカワ文庫SF/700円)

 ベテランに続いてはイキのいい新人コンビを。K・J・アンダーソン&ダグ・ビースンの合作第三弾(翻訳は二冊目)『無限アセンブラ』は、第二次大戦中の歴史改変を扱った前作とはうって変わって、異星人の送り込んだナノマシンと人類とのファーストコンタクトをサスペンスフルに描いた本格宇宙SFとなっている。
 月の裏側にあるダイダロス・クレーターに奇妙な建造物が現れた。調査に向かった宇宙飛行士は三人とも死んでしまう。宇宙船及び宇宙服がぐずぐずに分解してしまったのだ。調査の結果、宇宙より飛来したナノマシンが原因と判明。このマシンが地球に降りてきたら大変なことになる。かくして、地球からナノテクの専門家エリカ・トレイス博士が月に呼ばれ研究を開始した。ナノマシンを防ぐことはできるのか。また、異星人の目的とは……?。
 要するに、基本的には、未知の病原体と戦う人類という『アンドロメダ病原体』の図式を月にまで拡大した作品である。が、このウィルスは物を建造するし、何より賢い。人間の防護をくぐり抜けて内部へと入り込んでしまうのだ。この辺り、マシンの目的がわからないだけに、なまじっかなホラーよりもぞっとさせられる。最後は宇宙SFの王道パターンに落ち着いてホッとするものの、途中の恐怖を盛り上げる手腕はかなりのもの。多数の舞台と人物を登場させながらも見事に描き分け、クライマックスへと持っていく構成もなかなか鮮やか。テクニカルライターでもあるアンダースン、空軍士官のビースンと異なる経歴をうまくミックスさせた結果でもあるのだろう。合作は成功していると言ってよさそうだ。切れ味の良いサイエンス・フィクションとしてお勧めしておきたい。

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『ヴァート』ジェフ・ヌーン

(1995年12月15日発行/田中一江訳/ハヤカワ文庫SF/700円)

 新人をもう一人。イギリスのマンチェスターと言えば古くはザ・スミスを始め、八〇年代末から九〇年代にかけてインスパイラル・カーペット、ペイル・セインツなどのグループを産んだロックの町として音楽ファンにはよく知られている。そのマンチェスター出身の作家ジェフ・ヌーンのデビュー作『ヴァート』は、元パンク・バンドのギタリストという経歴にふさわしく、スピード感に溢れ、鮮烈な印象を残す作品だ。
 ヴァートとは羽の形をした一種のドラッグで、口の中に入れることによって、別の世界へとトリップすることができる。羽の色によって種類が分かれており、例えば青羽は合法的なドラッグ、黒羽は違法、桃羽はポルノ、といった具合。主人公スクリブルは偶然手に入れた危険な黄羽ドラッグ〈イングリッシュ・ヴードゥー〉を試した結果、最愛の妹デズデモーナを失う。何とか彼女を取り戻すために同じドラッグを探し求めるスクリブルだが……。
 九〇年代の『時計じかけのオレンジ』という触れ込みで登場した本書であるが、それほどの毒はないように思われる。登場するヴァート中毒の若者たちは麻薬中毒者と言うより、むしろゲームやビデオにハマっている人たちを戯画化しているかのようだ。『オレンジ』の主人公たちの無軌道ぶりや一般市民に対する過激な暴力に比べれば、ヴァートをやっている間はとろんとして寝ころんでいるだけなのだから、まあ、罪がない方である。本書においては、体制への反抗という社会的テーマを読み取るよりも、妹を求める主人公のヴァート世界からヴァート世界への遍歴自体が主題になっていると考えた方がいいだろう。
 ヴァート世界へ入ってしまった人間の代わりに得体の知れない生物が現実世界に現れるという設定の妙、ヴァートから目覚めたらまたヴァートというディック的な悪夢の連続、上半身が人間で下半身が犬という生き物のグロテスクさ、など注目すべき点も多く、次作が気になる大型新人の登場と言ってよいと思う。わかる人にはわかる音楽ネタも豊富なので、DJがかける曲名《サンプルド・アンダー・フット》やジャンク・ショップの名前《コズミック・デブリス》にピンと来た人は必読のこと(もちろんわからなくても十分楽しめます)。

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『サイバネティックSFの誕生』パトリシア・S・ウォリック

(1995年12月4日発行/斉藤健一訳/ジャストシステム/2800円)

 パトリック・パリンダー『稼働する白昼夢』(勁草書房)やダルコ・スーヴィン『SFの変容』(国文社)に並ぶSF評論書として評判の高かったパトリシア・S・ウォリック『サイバネティックSFの誕生』が刊行された。ウィスコンシン大学で英文学の教鞭を取る著者が、サイバネティックスを軸としてロボット、コンピュータを扱ったSFを三つのモデルに分類し、具体的な作品を挙げながら精緻な分析を加えるというもので、論旨は明解、この手の本にありがちな晦渋さは全くない。読みやすく、かつ知的刺激を受けること請け合いの好評論となっている。
 本書を読んで大変すっきりした印象を受けるのは、著者のサイバネティックSFを評価する基準が明確であるためだろう。その基準とは、科学知識に基づいていること、新しさの感覚を備えていること、現実からの時空転位を想定していること、読者の意識を世界の統一性に向かわせ高度な抽象化へとおしすすめること、などの七つ。全てを満たしていたらトンでもない傑作が出来上がること間違いなしという厳しい基準でもある。その眼鏡に適った作品はと言えば、アシモフのロボットもの、ゼラズニイ「フロストとベータ」、ヴォネガット『プレイヤー・ピアノ』、クラーク『都市と星』、ホーガン『創世記機械』、ハーバート『ボイド――星の方舟』、レムの諸作、ディックの諸作などなど。誰もが納得できる顔ぶれと言うべきか。残念なのは、解説にもある通り、八〇年発行の本書が七〇年代以前の作品しか取り上げられなかった点である。サイバネティックSFは、八〇年代にこそ発展を遂げたと後世のSF史家なら必ず語るはず。本書を繰り返し読んで、来るべき『サイバネティックSFの成長』に備えたいと思う。

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