◇一◇
「虚空の月……覚悟するが良いッ!」
私立愛聖学園高等部二年・岬創が殺人事件の現場にこっそりと忍び込んでいた時、背後から
襲い掛かってきた金色の髪の小さな少女は、そう叫びながら手に持っていた金槌を、創に向かって
思い切り振り下ろしてきた。
かくして、当然のように警備の警察官に見つかった二人は、事件現場から追い出される事と
なったのである。
「……貴様が大人しく殴られんから、あの場所から追い出されてしまったではないか」
少女は、ぶつぶつとそんな勝手な事を言う。
時刻は夕暮れ。学園の外に追い出された創は、その少女の姿を改めてじっくりと観察してみる。
おそらくは外国人、それもまだ一桁台の年齢なのだろう。随分と背が低く、肉体がまだ発展
途上であるその少女は、しかしその外見には似つかわしくない鋭い眼光で非常にむくれた顔を
している。
似つかわしくないといえば少女のその服装である。
一見巫女装束のように見えるが、肩当てやマントが付いているので何やら和洋折衷といった
感じの格好だ。少女が着るには随分と重苦しそうに見える。あるいは、創が知らない国の民族
衣装なのかもしれない。
「……何をじろじろと観察しておる」
少女が、やはり見た目に似つかわしくない言葉を創に向けた。
だが少なくとも、あの現場に居たという事は何らかの形で事件に関わっている人間の筈だ。
ならば、創の取る手段は一つしかない。
「……キミが、どこの家の子供でどうしてあの事件現場に潜り込んでいたのかは知らないけど……」
相手が子供だとはいえ、創はあくまでも慎重に行動を進める。
「情報を、交換しないか?僕はあの現場で僕が知った限りの情報を君に話す。君は、あの現場で
君の知った限りの情報を僕に話す。ギブ・アンド・テイクって事で」
相手の年齢を考慮しつつ、創はあくまでも優しく、しかし内容は全くドライに少女にそう提案
する。
少女は創のそんな言葉を聞き、ニヤリとこれまた外見に似つかわしくない笑みを浮かべると。
「ふむ……貴様は随分と話が早そうで助かる。まずは先程の非礼を詫びておこう。事件現場で
怪しい真似をしていた為に、てっきり『虚空の月』の手の者かと思ってしまったが……済まなかったな」
そう言って、少女は仰々しく頭を下げる。
実際問題、創としてもあれはかなりヤバい状況だった。
いかに非力な少女の攻撃とはいえ、凶器がよりによって金槌なのである。
まともに命中していたら、それこそ創の大切な姉を悲しませる事になっていたかもしれないではないか。
「……この世界の人間は、あんな小さな凶器が頭に当たっただけで容易く絶命してしまう物なのか?」
似つかわしくない喋り方を続ける少女が、命の概念が分からぬとばかりにアンバランスな一面
を見せる。
「まあいい、それはいいよ。オーケー、僕から話そう。……僕は、あの事件の真相を知る為にあの
中庭に忍び込んだ。目的は、当然事件の真犯人を探す為だ」
私立愛聖学園高等部の中庭で、殺人事件が起こったのはほんの三日前の出来事である。
死亡したのは高等部の女子の先輩。生前はその美貌で随分と男子生徒を誘惑しまくっていたら
しいが、まあそれは創にとってはどうでも良い。
重要なのは、その殺人事件の容疑者として浮かんでいるのが彼の姉だという事実である。
事件当日、天候は見事なまでに雨だった。
当然、中庭に出る生徒もほとんど居ない。
だが、殺害された先輩が発見されたのが、まさにその人気のない中庭のど真ん中だったのだ。
中庭はコの字型の校舎に囲まれてはいるが、木々がやたらと多く校舎からはその様子を視認する
事は難しい。従って、事件の目撃者はなし。
コの字型の出口部分は物々しいフェンスで遮られており、また中庭に面する校舎の窓も、球技に
よる破損防止の為全てに金網が張られているので、それらからの出入りは不可能。
また屋上の扉も完全に閉ざされていた為、そこから中庭に降りる事も出来なかった。
よって、中庭への出入り口は校舎一階からの北口・南口の二箇所のみ。
更に事件当日、南口の扉は鍵が壊れていた為に通行する事が不可能だったのである。
つまり犯人は事件発生時、間違いなく北口の扉を出入りしている筈なのだ。
そして、ここから先が創にとっての問題だった。
事件が起こったその日の放課後、中庭に唯一繋がっていた北口の通路前では、約一時間ほど
何人かの女子生徒がずっとお喋りをしていたらしい。
そして彼女たちが知る限り、その扉を通った人物は僅か三人。
一人目は被害者である先輩。三人目はそれを発見した男子生徒。
そして、二人目。最も犯人である確率が高いであろうその人物は、よりにもよって学校の保険医
――創の姉、岬秋だったのである。
そして、第一発見者――高等部一年のその男子生徒が被害者を発見した時には、既に遺体の
血は乾き、死亡してから随分時間が経っていたという事だった。
さて、一体犯人は誰なのか?
創が必死でかき集めた情報を総合し常識で考えてみる限り、答えは一つしか有り得なかった。
だが人間、常識だけで納得出来る物ではないのである。
「……姉さんが犯人だなんて事は有り得ない。あの人は、誰よりも優しくて誰よりも綺麗で、誰
よりも正しくて聡明で華麗で且つ完璧な女性として存在している人なんだ。それに何より、姉さんは
死んだ先輩とは、はっきり言って接点がなかった。殺害する理由がない」
創は、前半は随分と感情的に、後半はギリギリ理知的な感じにそう語る。
「ふむ……貴様の話を聞く限りでは、その姉さんとやらは大変な御仁であるらしいな。ならば、貴様が
窮地を脱してほしいと願うは自然な感情であろう」
小さな少女は、うんうんと納得したような顔で頷く。
「……ここまでは僕があの事件現場に居た理由。次は、君があの事件現場に居た理由を聞かせて
貰おうか」
創がそう促すと、少女は随分と真剣な顔をして。
「その前に、自己紹介が遅れたな。我が名はカウル・メリル。――世界の滅びを早める者『虚空の月』
を追って、この宇宙にやってきた神の使いである」
その言葉を聞いた瞬間、創は唖然とするより他に方法がなかった。
「――あらゆる世界には崩壊の時が設定されている。新たな世界を構築する為、それは宇宙になく
てはならない時限装置だ。だが、永遠の無を欲するが故にその崩壊の時を意図的に早め、この世の
バランスを崩そうとする連中が存在する。それが『虚空の月』と呼ばれる異次元知性体の集団だ」
カウル・メリルと名乗ったその少女は、随分と流暢な口調でそんな突拍子もない話を語る。
やっぱり、漫画か何かの設定なのかな。そういえば自分も、小さい時にはヒーローのセリフを丸暗記
した記憶があるな……。
創は、そんな事を考える。
「それに対抗する為に神が作られたのが、『有限の天使』と呼ばれる我々魔法生命体の集団だ。
我らは『虚空の月』を狩る為、あらゆる次元、あらゆる宇宙を飛び回り、奴らの存在を探し続けて
いた。そして――」
カウルは創に、その深い色の瞳を正面からぶつけて。
「――この宇宙にてようやく奴らの気配を探知出来た。その気配の内の一つが感じ取れたのが、
あの事件現場だったという訳だ」
カウルは創の前に仁王立ちになって、そこで一旦話を切る。
「うん……まあ、良く分かったよ」
「ふむ、やはり貴様は話が早いな。大抵の宇宙の生命体は、この話をすると我から意識を逸らして
何事もなかったかのように立ち去るものだが」
「キミがとんでもない電波だって事は良く分かったよ」
「信じてないな!?」
カウルは噴飯やるせないといった表情で地団太を踏み、創の顔を睨みつけてくる。
「まあ、そりゃあね。流石にそう簡単にそんな話を信じられる程、低脳でもなければ飲み込みも
良くない。人に信じて貰おうと思ったら、ちゃんとそれなりの証拠は示して貰わないと」
「ふむ、それは例えばこういう物か?」
言うが早いか、カウルは右手の指先をパチンと鳴らすと、手の平に野球のボール大の燃えさかる
炎を発生させた。
「ファイアーボールだ!」
「こういう事も出来る」
カウルはその炎を掴み取ると、それを空に向かって思い切り投げる。
野球のボールなどより遥か高くに飛び去ったその炎は、やがて雷のように凄まじい光を放った
かと思うとばらばらに散り、やがてその一つ一つが再びカウルの手元に戻ってきた。
「本物だ!」
「敬え三次元人」
カウルは胸を張り、誇らしげにそんなセリフを創に向ける。
「本物の魔法だ……」
「ふむふむ、それは明らかなる尊敬の視線であるな?賛辞の言葉の一つも浴びせてくれて構わんぞ」
「姉さんが僕に惚れるように、恋の魔法を掛けて下さい」
「調子に乗るな三次元人」
創の提案は却下された。
「貴様はあれだな、魔法というのは何でも出来る力だろうと、そんな勘違いをしているのか?もし
そう思っているのならばお門違いだ。この世に理屈で動かぬ力などない。貴様らがただ不思議な力
だと思っている魔法に関しても同様だ」
カウルはフンと鼻を鳴らす。
「けれども、普通は手の中に炎球なんて作れない」
「だからそれがカン違いだと言っている。貴様らはそこに理解出来ない事象があれば、すぐにこんな
事は有り得ない、常識から外れていると大して考えもせずに言うだろう。――だが、それが間違って
いるのだ。理解できない事柄ならば、そこに貴様らの預かり知らぬ理が存在すると何故思わぬ?例え
観測者に理解出来ずとも――そこには、確かな法則が存在するのだ。つまり、それが理解出来ぬ者は
それだけ世界が狭いという証拠なのだ」
何だか随分無茶苦茶言われている気がする。
「……まあ、その話はいいよ。とにかく本題は」
創は一旦空を仰いでから、カウルの方に向き直ると。
「事件の情報だ」
「全く持ってその通りだ」
カウルがきっぱりとそう答える。
「貴様は確か、情報交換はギブ・アンド・テイクだと言っていたな?」
「うん、まあ、確かに言ったかな」
創は自分の知る限りの事を話したのだから、次はカウルが話してくれればそれで終わりだ。
「そこで提案なのであるが」
「何でしょうか」
「我は貴様に必要以上の情報を与えてやろう。それこそ、事件の全てを解決するに足りるだけの情報
をな。だから、貴様はその見返りとして我の行動に協力するのだ」
「……それは、具体的にはどういう協力?」
「それはだな……」
カウルはそう言うと、まるでスローモーションのようにぱったりと地面に倒れこんで。
「とりあえずは、食事であるな……。流石に限界だ……」
カウルのお腹から響く情けない音が、夕暮れの町に木霊した。
三日も何も食べていなかったらしい。
これまでの間は、ほとんど気力だけで動いていたらしい。
「この世界で受肉した以上、我もある程度はこの世界の理に縛られねばならん。全く難儀な事で
あるな」
そう言いながら、カウルは十杯目のご飯のお代わりをする。
「少しは遠慮しろ、こいつ」
「ギブ・アンド・テイクと言っただろう。見合うだけの情報は払ってやる。あと、味噌汁をもう一杯」
思わず殴ってやりたくなるのをぐっと堪えて、創は出されたお椀に味噌汁を注ぐ。
「あらあら、カウルちゃんって沢山食べるのね〜。姉さんとっても気に入っちゃった」
創の姉・岬秋はそう言ってニコニコしながら、ご飯をかっ込むカウルを惚れ惚れと見つめている。
当年取って二十五歳。ピンクのリボンにフリフリエプロンという、本来その年齢には似合わない
格好を、岬秋は平然と着こなす。
「創くんが女の子を家に連れてくるのなんて初めてだから、姉さんもうドキドキだわ〜。それも、
こんなに可愛い外人の彼女さんを連れて来るなんて」
…………………………。
「ちょっと待った、秋姉。それは誤解だ」
創の笑顔があからさまに引きつった。
「僕はそんな特殊な趣味は持っていないし、それにこいつとは、ただ単に利害関係が一致したから
夕食をご馳走してるだけで決して秋姉が思っているような関係じゃ」
「あら〜、でも、利害関係の一致している恋人同士って、それはそれで素敵だと私は思うわよ?」
笑顔に似合わず、ドライな内容を岬秋は口走る。
「うむ、恋という幻想は、互いの利害が一致するからこそ価値のある関係だとも定義出来る」
うるさい、黙れこの異次元生命体。
創は視線でカウルに向かってそう語ると、カウルは何故か顔を赤らめ茶わんを持ったまま俯いた。
その様子を見た岬秋は、きゃっと両手を口に当てて恥ずかしがると。
「あらあらやっぱり〜、うふふ、このお・ま・せ・さん」
いや、だから、違うんだって!
創がそう口にする前に、岬秋は鼻歌を歌いながらご機嫌で洗濯物を干しに庭に出る。
後には完全敗北した気分の創だけがただ残された。
「……何のつもりだ、この異次元生命体」
「なに、ああ思わせておいた方が、今晩この家に泊まる説明の手間が省けると思ってな」
更に図々しい事を言い放つカウルを前に、創は割と本気で約束を破棄し、カウルをこの家から
追い出せない物かと思案した。
「犯人だと疑われている割には、貴様の姉はなかなかに元気そうではないか」
食後のデザートまでしっかりとご馳走になった後、カウルは岬家二階の創の部屋で、くつろぎながら
そう呟いた。
「……事件の容疑者って事で、秋姉、学校の方にはしばらく出てこなくていいって言い渡されてる
みたいだからな。その分、家では元気に振舞ってるみたいだ。警察の取調べから戻ってきたのは、
本当につい最近の話なんだよ」
創は、本当に悔しそうにそう語る。
「ふむ。……ではそろそろ本題に入ろう。我が『虚空の月』を追って、この町にやってきた所までは
説明したな?」
半ば話半分に聞いていたので実はあまり覚えていないが、流石にその奇妙な名称は覚えているので
創はとりあえず頷いておく。
「奴らの発する気配はあまりにも大きく、ちょっとやそっとの手段では隠れ場所を覆い隠す事は出来ぬ。
故に我らが、奴らの潜伏場所周辺にまで足を伸ばすのは簡単だ。だがその気配の大きさは、逆にその
正確な位置を特定するのを不可能にしている」
「……つまり大体の位置は分かるが、その後は細かい捜査をして行かないと、奴らがどこに居るかは
ハッキリとは分からないって事か」
「その通りだ。……故に、奴らは我らに対し、常に強力な対抗手段を手に入れておく必要性にかられて
いる。敵に確実に居場所が掴まれてしまうのならば、逆にそれを利用し、返り討ちにする算段を整えて
おくのは仮にも知性体ならば当然だからな」
カウルはそこで、ほんの少しだけ話を切る。
「――我ら、そして『虚空の月』の武器たる魔法の力は、この世界の物理法則と同じように、
特定の理に縛られておる。その意味では、我らも、そして奴らもほぼ互角の力を持つと言って
良い。だが、もしそこに理の盲点――すなわちトリックを仕掛ける事が出来たならば、どうな
ると思う?」
「トリック?……トリックって、あの、密室とかアリバイがどうのこうのっていう、TVの推理物でよく
あるヤツか?」
「TVとやらは良く知らんが、まあ貴様の言う通りだ。推理物のトリックとやらも、あれは、三次元の
理に縛られているにも関わらず、犯人に鉄壁のアリバイが存在するなどという不可思議な現象が
起きたりするだろう。……もしそれを、魔法の理で実行する事が出来たならばどうなるか?」
創はほんの少し、血液を脳に巡らせて考えてみる。
創にとっては、カウルの扱う魔法というのは非常識以外の何物でもない。だがカウルにとっては、
それこそ地球上に重力があり、酸素があるのと同じように、それは当たり前の力、当たり前の理である
のだろう。
だが、もしそこにトリックを仕掛ける事が出来たならば。
それは、カウルにとってさえも不思議な力――まるで魔法のように映るに違いない。
そして、もし戦いにおいて、そんな得体の知れぬ力を相手にする事になったとしたら――。
「……無茶苦茶不利だな」
「そうであろう」
カウルは創の理解の早さに感心するが、しかしその感情は表に出さない。
「そういった理由により、奴ら『虚空の月』の連中はそんな仕掛けが存在する事件の周辺に現れ、
犯人に取り憑き……そしてそのトリックに込められた力を利用するのだ」
「……秋姉は、その力に嵌められたっていう事か?」
「まあそういう事になるな」
そう言うとカウルは懐から、創を襲った時の小型の金槌を取り出し始める。
「先程、念の為に確認しておいたが――少なくとも貴様の姉は『虚空の月』には取り憑かれておらん。
故に、貴様の姉は事件の犯人では有り得ない」
「殴ったのか!?」
「いや、殴る必要はない。もしその人間が奴らに取り憑かれているのならば、この聖槌に触れるだけ
でもダメージとなる」
「じゃあ僕の時は何で殴り掛かってきたんだよ」
「貴様は簡単には触れさせてくれそうになかったからな。力ずくで意を通そうとしたまでだ」
カウルはそれが当然であるかのようにさらりと述べる。
「……その聖槌で事件関係者を全員調べれば、それで済む話じゃないのか?」
「いや、なかなかそういう訳にもいかん。手当たり次第に魔力を消費していては、いざ戦いとなった
時に魔力が底を突いてしまうからな。今はこれ以上の使用は危険だ」
「じゃあ僕と秋姉とで打ち止めって事か」
「いずれにせよ『虚空の月』だけを見つけた所で、貴様の目的が達成される訳ではないだろう。
きちんとこの世界の理に沿って謎を解き、犯人の犯人たる証拠を見つけない限りは、貴様の姉の
無実が証明される事はないのだからな。――そしてそれは、我の目的とも一致する。事件の謎を
解かない限り、我が不利な事には少しも変わりがないのだからな」
「……オッケー、分かったよ。確かに僕らは、相互に協力すべき関係にある。君の目的に協力しよう。
だから、君は僕に事件について知っている事を教えてくれ」
「うむ、良かろう。……では、我が知る限りの情報を、貴様の脳に教え込んでやろう。覚悟するが良い」
「まず、被害者殺害の凶器は金属製の細身のナイフ――これは、貴様は知っているか?」
「いいや。……死体に傷があったらしい事は人づてに聞いて知っていたから、まあ刃物の類だろうとは
思ってたけど」
「ふむ、この世界の人間の事件に対する認識というのはそんな物か。まあ少なくとも斧や戦槍の類
でない事が分かっただけでも、捜査が一歩進められるという物だ」
「……言っとくけどな、この世界の一般的な空間には斧や槍なんて存在しないぞ?せいぜいナイフか
包丁くらいが関の山だ」
「そうなのか?まあ、その辺りは貴様が判断すれば良い。我はただ、貴様に知る限りの情報を与える
だけだ。……正直な所、我らはいわゆる推理といった類の発想の飛躍は苦手なのでな。それが慣れぬ
世界の理であるなら、なおさらだ」
「……そんなだから、『虚空の月』にそこを付け込まれるんじゃないのか」
「いや、その手の発想の飛躍というのは基本的に『虚空の月』も苦手としておる。故に、奴らがそこに
目を付けたとも言えるがな。いずれにせよ我らも、そして奴らも、その点に関しては貴様ら人間に頼らざ
るを得ないのが実情だ」
カウルはそう言って創の顔をじっと見つめる。
「話を続けるぞ。……遺体は発見時、何故か蔓で体を巻かれ、中庭の木に固定されていた。
故に、警察はこの事件を自殺や事故ではないと判断したようだ」
「蔓で固定……?確かに中庭の木の中には、蔓が巻いてた木があったとは思うけど……。随分
変わった状況だな。でも確かにそれなら、事故や自殺の可能性はないと判断せざるを得ないだろうな」
「木霊や食人植物の生息地帯でなかったのが幸いしたな」
「そんな生き物はこの世に居ません」
体から力が抜けそうになるのを何とか堪えて、創はカウルに言い放つ。
この先会話に修正を入れる回数を考えて、創は大いに嘆息した。
「……木の蔓で体を巻いてたって事は、犯人は少なくとも中庭には入ってるって事だよな」
創にとっては当たり前の事実ではあるが、改めて突きつけられるとそれは非常な難問に思えてくる。
犯人が最初から中庭に潜み、事件の発覚のどさくさにまぎれて逃げた可能性も考えたが、遺体が
発見されて警察がやってくるまでの間もずっと女子生徒たちは入り口に居たのだ。彼女らが共犯でも
ない限り、中庭から逃げ出すのは不可能だった。
「……中庭の外からじゃ、蔓を巻いたりとか出来ないだろうしな……」
「いや、別にそうでもあるまい。自動魔法人形の類を使う事が出来れば、庭の外からでもそれくらいは
十分に」
創はカウルの目を思い切り睨みつけて黙らせた。
「う、う、うるさいわ!我はまだこの世界に来てから数日しか過ごしておらんのだ。そんな事、
いちいち知った事か!」
カウルは駄々っ子のように言い訳する。
だが、待てよ……?遠隔操作出来る装置か。
創は頭の中で考えを巡らせる。ゴーレムは無理でも、この世界にはラジコンやリモコンと
いった類の機械が幾らでも存在するではないか。
…………………………。
不可能だ。
創はそう結論付ける。
「もしそんな怪しい装置があったら、流石に警察が気付いてるよな」
それに、中庭の入り口には相変わらずお喋りをしている女子たちが存在していたのだ。
彼女らにまるで気付かれずに、そんな物を持ち出せる筈もない。
そもそもラジコンの小さな力では、人一人を持ち上げて中庭の木に固定する事など不可能だ。
「では次に行くぞ。……遺体は死後、何故かしばらく経ってから再び凶器によって傷付けられて
いたのだそうだ。つまり、遺体には殺害時に付けられた傷と、殺害後しばらくしてから付けられ
た傷との二箇所が存在する事になる」
「……そうなのか」
ていうか、そんな詳しい情報を一体どこから仕入れてきたのだ。
「ふむ。我はこの事件の発生直後から『虚空の月』の気配を察知していたのでな。警察がやって
くる頃には、既に現場に潜り込んでおったのだ」
カウルは魔法で姿を隠し、堂々と警察の話を盗み聞きしていたらしい。
「いずれにせよ、先の話と合わせて犯人が中庭に入り込んだのは確定であろうが……、最たる問題は、
犯人が何故そんな事を行ったかという理由ではないか?」
「…………………………」
確かに、それはそうかもしれない。
現場の状況が非常に特殊であった以上、犯人にはそれを行う必然性があったという事である。
創もその点は最初から気にはなっていた。
だが、まだ何かが足りない。
おそらくは、事件にとって決定的とも言える、何かが。
「……とりあえず、先を続けよう。詳しい事を考えるのはそれからだ」
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