●2004年6月●

6月30日(水)

さて、六月ラスト。相変わらずネーム全体を何とか読めるレベルに仕上げる為の作業で手一杯です。それが出来たら内輪に通しで読んで貰って、修正個所には手を加えて、そして少しづつ更新開始、といった所ですね。これはまあ遅くとも七月十日までには終わるでしょう。そして更新をしながらまだきちんと描いていない残りを描く、と。・・・・・・・。敢えて言葉にしてみるとまだまだ作業が残っていてちょっと遠い目になってしまいました。


世界初の青いバラが開発されたみたいですね。これまで百%青い色素のバラは存在しなかったのですが、ようやくほぼ百%のそれに成功したみたいです。うーん、当然新品種なだけに、花言葉が何になるかが少し気になる所です。
赤いバラは「愛情・熱烈な恋」、白バラは「尊敬・私はあなたにふさわしい」、黄色いバラは「君の全てが可憐・嫉妬・薄れ行く愛・美」と、それぞれに花言葉があったりするのですが、青いバラだと何だろう…。花言葉は「バイオテクノロジー・科学の勝利」とかかな(何か違う)。
ところで花言葉って、直接言葉で語らなくても相手に意志が伝わる所が、少しお洒落というか、スマートですよね。これが誰にでも分かりやすい言葉による伝達だと、ぐぐっと地に足が着いたものになってしまいます。前者は芸術に近く、後者はどちらかというとエンタテイメント寄りです。



6月29日(火)

昨日寝るのが遅かったせいか、目覚ましが鳴ったにも関わらず遅刻しそうになったり、仕事中に一、二度記憶が飛んだりしましたが、まあ単なる睡眠不足なので今は大丈夫。でも大丈夫とか言ってる人が本当は一番危なかったりするんですよ!光野水人です。
いや全然大丈夫ですよ?(汗)


昨日日記でリンクを貼った「『姑獲鳥の夏』の映画化」記事ですが、今確認したら何故か消えてますね。ちょっと気になる話があったので引用しようかと思ったんですが…。まあぶっちゃけた話、『姑獲鳥の夏』の紹介記事に「名探偵物」と書かれていたのですが、実際は「名探偵物」じゃなくて「憑き物落とし」の話なんですよね。何て言うか、人の心理的な歪みというか、状況の間違いというか、そういうのを、極めて論理的に解明して、解きほぐす。それをこの作品では「憑き物落とし」と称していたりするのですね。はっきり言って、従来のミステリーにはほとんど存在しなかった概念なので、分かりやすく名探偵物といっても必ずしも間違ってはいないとは思うし、光野でももし人に紹介する機会があれば、そう説明するとは思うんですけども。

新しすぎる概念にはそれを説明する言葉が無くて、きちんと説明しようとすると結構な時間と労力を費やしたりします。例えばリンゴを見たことも聞いたこともない人にそれについて説明しようとすると、まず「赤くて丸くて…」といった所からスタートしなければなりませんよね。新しすぎるものの宿命といえば宿命なのですが、それでも従来の概念と全く同じ物として扱ってしまっては、折角の新しい概念の意味が誤解されてしまうだけなのではないかと思うのです。かつてインターネットを解説する時「TVで読める雑誌みたいなもの」だとか色々な説明があったりした訳なのですが、そもそも従来に存在する概念で説明しようとする事がおかしいんですよね。「インターネットはインターネットでそれ以外の何物でもない」。理解したければ直接触ってみれば良い訳で、実際それ以外に、そのものをきちんと理解する方法なんて存在しないのでないかと思います。

ガンパレの時にも、似たような事を考えたなあ…。あれもゲームとしては新しい概念でしたから。



6月28日(月)

本日もギャリギャリと漫画作業(原稿が破けそうな擬音だな)。予定より少し遅れ気味なので(いつもの事ですが)少しあせってはいるのですが、まあ、急ぐとどうなるかは二日前の日記参照なので、可能なペースを維持しつつ、ゆっくり目に、しかしハイスピードに、最適な動きで…。拳法の極意でも書いてるような気になってきましたね。結局は、無心ですよ、無心!それに尽きます。(何の話だ?)「ミナトよ…フォースの力を信じるのヂャ…」話が横に逸れましたね(それもいつもだ)。
そういえば、今回はまだ来月分のトップ絵を用意していないのです。漫画更新の方が、優先というかギリギリというか、トップ絵に構っている余裕が無いというか。どうしたものか。まあ、多分、何とかするとは思いますけど、何とかならなかったら、それはそれで…。エヘヘ!
変なカタカナで誤魔化してもダメです。

特に関係ない一コマ


まあその、いつも通りのような、そうでないような、そんな日常。


…と思っていたら、ドラマ「眠れる森」で有名な作家の野沢尚さんが自殺していたり、京極夏彦の「姑獲鳥の夏」が映画化したりと、光野にとってはショッキングすぎる事件がよりによってほぼ同時に。どうコメントしたらいいんだろう…。



6月27日(日)

「凄すぎる作品は、楽しむのに疲れる」
という事が、時々あります。

例えば凄すぎる絵画、凄すぎる映画、あるいは凄すぎる漫画など、通常を遙かに上回る労力をかけられた作品というのは、大抵その情報量も半端ではなく、見る側もそれを理解するのに相応の苦労をさせられる訳です。大抵そういう作品は、何時間もの超大作だったり、あるいは長期に渡って続いていたりなんかする訳ですが、短い作品でもその中に異常に情熱が詰まっている事もあったりして、何というか、きちんと正当に評価しようとしたら、見る側にもそれ相応のエネルギーが必要な訳ですね。例えるなら、近所の公園に遊びに行くには大して労力がかからない代わりに少しの面白さしかなく、遊園地だとか本格的に遠出をする時には労力がいる代わりにそれに見合った面白さがある(まあ時と場合によりますけど)、みたいな感じでしょうか。実際、光野が子供の時にはドラマといった物が大嫌い「どうして好き好んでTVの登場人物に感情移入して、辛い思いや哀しい思いを味わわなければならないのか。疲れる!」とか思っていたりした訳で(やな子供だな)。まあ今考えてみると、この頃は単純に本格的なお話の中に入り込めるだけの体力の余裕みたいな物が無かっただけな訳なんですが。

人それぞれに余裕というかエネルギーの絶対値に違いがあって、その点から見てみると、人生の全てをそそぎ込んだような超大作を必ずしも全ての人々が面白いと思うかというとそうでもなく、それぞれのエネルギーに見合った面白さが必要だったりもするのですよね。例えばほとんど遊ぶ時間の無い人に、超大作の全百巻の漫画を読めと言ってもこれは無理な話。しかし、一分で読めそうな軽い四コマくらいだったら、読める。気軽な内容には、気軽な内容としての価値が十二分にある訳です。そう考えてみると、どんな作品にも、出来るだけ多くの人々に受け入れられる為の「最適の長さ」というのが存在するのではないかと思います。長すぎず、短すぎず。読破に千時間もかかるような小説作品は、流石に読み手を選ぶでしょうが、二、三時間くらいの作品であれば、読む人の数はもう少しは多いのでないかと個人的には予測します。まあ、受け手を選ぶ場合にはこの限りでは無い訳ですけど…。


本日もゆっくりとゆ〜らゆら。何だかクラゲになったような気分です(笑)



6月26日(土)

昨日は漫画作業に必死だったせいか体調が最悪になったので、適当な所で切り上げて気絶するように睡眠。今は一応可動していますけど、体力が底辺側っぽいのでゆらゆらと、ふらふらと、意志の流れるままに日常を送っているというか、ようするに体を休めている状態。とりあえず七月始めというのは七月十日までという事にしておいて下さい。光野水人です。


PS2「絢爛舞踏祭」の情報が公開され始めたみたいですね。企画がPSガンパレード・マーチを作ったアルファシステムとなっているので個人的にはドキドキ感炸裂(炸裂?)なのですが、どうもまたワールドシュミレーターのようです(笑)ガンパレ、エヴァ2と続いて(?)いるだけに、システム的にどれくらい進化しているかが見所という事になるでしょうか。うん、まあ、流石にワールドシュミレーターの面白さの軸みたいな部分はこれまでで理解しつつありますからね。今回はどう来るのかな…。どちらにせよ、発売が楽しみです。


とりあえず今日はここまで(笑)



6月25日(金)

せんぱいとこうはい(その1)(続くのか)


突発的に四コマなんてやってみましたが、やっぱり思いつきでやるものじゃないですね!光野水人です。


さて本日も必死こいて漫画作業。六月中に完成しようとしまいと、七月始め頃には第八話の更新を始める予定ではあるのですが、やはり事前に話の整合性だとかをチェックするにはまず内輪に通しで読んで貰うのが一番良いという事で、とにかく更新前までに最低限読める形に仕上げてしまおうと躍起になっています。ていうか、よく考えたら数ヶ月かかって描いているのにまだ誰にも読んで貰ってないんですよね〜…(遠い目)
・・・・・・・・・・・・・・。
大丈夫なのか。



6月24日(木)

今朝方「とんぼだま」という名称を聞いて、「あれ?とんぼだまって何だっけ?確か聞いたことがあるような気がするけど一体どんなものでしたかしら」みたいな状況になってしばらく考えこんでしまったのですが、帰ってきて調べて「ああ、これか!」とようやく納得してみた次第。うん、まあ、確かに忘れそうで微妙に忘れなさそうなラインでしたね(笑)光野水人です。


さて久しぶりに推理物の感想でも行ってみましょう(笑)本日紹介するのは有栖川有栖。綾辻行人と並んで新本格では有名な作家さんで、ドラマ「安楽椅子探偵」シリーズでは、綾辻氏と組んでドラマの原作なんかもやっていたりします。有栖川氏の特徴を述べるならば、とにかく堅実な推理物を書かれる方ですね。主に、単発の発想、あるいはトリックで作品を書かれる方なんですが、装飾を省いているというか、悪く言えば地味なんですが、逆に言うと実質本意。実に本格らしい本格推理小説を書かれます。あと、作中のキャラがよく関西弁を喋る事が、特徴と言えば特徴でしょうかね〜。いえ、氏の作品には大きく分けて二つのシリーズがあるんですが、そのどちらのシリーズも、探偵役の人が関西弁を喋るキャラだったりするもので…。普通の小説に慣れていると、結構違和感があるかも(笑)
そんな有栖川有栖の作品の中で、光野が一番面白かったと思うのは、短編集「ロシア紅茶の謎」の中の表題作(タイトル同じ)。いわゆる毒殺をメインに描いた短編なんですが、シンプルな中にキラリと光る発想があるのがいいですね。この手の話の中では、多分光野は一番好きかも…。



6月23日(水)

さて、先日発見された口内左上奧の親知らずですが、当然のように肉に埋もれていた状態から生えてきている為、歯肉の部分はいわゆる微妙に裂けている状態というか傷口っぽいので飲み物が割と染みたりして水分補給が微妙にアイタタな今日この頃。光野水人です。


何だかアメリカの方で、民間初の有人宇宙船の打ち上げに成功したみたいですね〜。宇宙空間といっても大気圏外ギリギリのラインを三分間飛行しただけみたいなのでもしかして宇宙じゃないんじゃないかというような気もしなくもないですが、それにしたって凄い事です。その内となりの山田さんが自家用木製ロケットを作って宇宙に飛び出したりする日が来てもおかしくないのかもしれません(いつだ)
「あらー、お宅のご主人また宇宙に?
「いえいえ、今日はちょっと自爆したみたいですの」

ハイレベルだなあ…(何がだ)



6月22日(火)

さて、本日は台風一家、もとい台風一過。それにしても、昨日は久々に本格派の台風でしたね〜。ミステリーに対する本格ミステリーくらい本格的でした(意味が分からない)。そういえば、日本では台風は「一号」「二号」とか呼ぶ訳ですが、アメリカでは台風を「ジェーン」とか「キャサリン」とかの女性名で呼ぶのだとか。日本で言うと「台風の花子さんが来たぞー!」とかいう風になったりするのでしょうかね。「花子のヤツめ…オレの家を壊しやがって、畜生!」なんて呟いたりする訳ですよ。・・・・・・・。何か面白いな。

気が付いてみれば、何だか昨日また一つ年を取ったみたいです。まあ、カレンダーを捲るように、時の経過を表す記号の一つなのだと割り切る事にしましょう。ていうか、この台詞自体が年齢を表してるみたいでヤだなあ(笑)


そんなこんなで今日は昨日の事ばかりを書いています。明日は一昨日の事を書いて、明後日は三日前の事を書いて…、と続けていくと、日記なのにずっと同じ日の事ばかりを書く事になるという不思議不思議。ていうか不思議でもなんでもないな…。毎日同じ事を書いて、それが果たして日記と呼べるのかどうかという事が気になりますね。ああ、そういえば、成長しない人の日々の記録を付けたアルバムを作るとき、ずっと変化はしない訳だから同じ写真を百枚くらい撮って未来分のアルバムに貼っておく、みたいな話があったなあ…。といった感じにお茶を濁して今日の所は終わりにしましょう(笑)



6月21日(月)

本日のコント♪

私の名は石油王・アブダラ・アブラーダ。砂漠の真ん中で大規模な油田を掘り当て、世界有数の大金持ちに上り詰めた男だ。金の力で欲しい物なら何でも手に入った。だが、全てを手に入れてしまったからだろうか、油田の仕事も、その他の事も、私には価値ある物だとは思えなくなってしまった。今の私にとっては、こうやって仕事を忘れ、ただひたすらにボーッとしている時間こそが、最も貴重な…。
A「あーっ!社長!何こんな所でアブラ売ってるんすか!
B「しまったまたアブラを売っていたか!


本日も漫画をカリカリ。さあ六月もあと一週間程度ですが、今月中に第八話を完成出来る可能性は年末ジャンボ宝くじ一位の当選確率より低いです(泣)予定通り、完成はしなくてもぼちぼちと更新は始めていく予定ですけどね〜(^^;
とりあえず、今は目の前の作業にひたすら集中する事にします。
カリカリ…カリカリ…。
あ、喉乾いたな…。ゴクゴク…。
カリカリ…。
あ、CDが止まった。別の音楽に…。
カリカリ…。
…集中してますよ?(汗)



6月20日(日)

何だか気が付いてみると、昨日の内に新しいテレビが届いていたようですね。ほとんど同じ大きさと形だったので、入れ替わったのにしばらく気付かなかったですよ(笑)一昔前に「これからはワイドテレビの時代だ!」みたいに言われてたんで、てっきり今は横長のしか売ってないのかと思っていたんですが、案外そうでもないみたいですね。良かった良かった(笑)


本日のコント♪

やっぱり剣先かなあ

A「ちわ〜」
B「ちわ〜、暑いっすね〜」
A「いや〜、暑いっすよ〜。特に私なんか、二十四時間ですから。お陰で日に焼けるの何のって!
B「そりゃまあ、スルメですからね!
A「いや〜、それを言われちゃうとハッハ!そちらは、涼しそうでいいですね〜、何せ、一年中海の中!
B「や〜、でも最近はアレですよ、地球温暖化?海の中も、思うほど涼しいって訳でもないですよ!それに、やっぱり食物連鎖ですから、身を守るのもこれが結構大変で。あなたが羨ましいですよ!」
A「いや、それがそうでもないんですよ。何て言うんですか、ネコ?あと、カモメ?油断してるとああいうのにさらわれちゃうので、やっぱり注意が必要なんですな!」
B「注意するのは貴方じゃないでしょう!
A「や、それを言われるとツラいですな!ハッハ!
B「いや、それにしても暑いですなあ〜」
A「暑いですねえ〜」



6月19日(土)

またも台風が近付いてきたせいか、帰宅する頃には大雨ざあざあな和歌山。しかし光野は折り畳みの傘を持ち歩いているので突然の雨くらいは全然平気!という訳で傘を差して帰宅しつつもどうも前の方から雨が降り込んでいるので前寄りに傘を差して帰ったら背中側がだだ濡れていることに気付きました。
傘の意味無し。


本日のコント♪

A「あっ、雨だ!しまった置き傘してないよどうしよう!」
B「ふっふっふ。これだから庶民は困るなあ
A「何だとこの金持ち野郎。どうせお前は車で送り迎えされてるから濡れないとかきっとそういうのか」
B「ふふふ!金持ちはそんな当たり前の事はしません!うちの研究機関が開発した「時を止める装置」があれば、雨が降っていようと全然平気!
A「あっそうか、それで雨を止める気か!」
B「スイッチ、オン!
・・・・・・・・・・・・・・・・
A「あっ、いつの間にか居なくなってる!そうか時が止まったから
B「戻ってきたぞ!
A「早!ていうかずぶ濡れ!
B「まあ何というか、時が止まっても雨は空中で制止してるから結局傘は要る訳で
A「考えてみりゃ当たり前だな!



6月18日(金)

アナログとデジタルについて考えてみます。
アナログというと斜めの坂道、デジタルというと階段みたいなもので、アナログは坂道の一ミリ単位だとかの細かい移動が出来る代わりに正確には行動がしにくく、デジタルは一段昇ったり二段下がったりと正確に行動が出来る代わりに細かい自由さが失われる、みたいな感じだと光野は認識している訳ですが。
例えばアナログというとレコードとかテープですよね。CDなんかと比べると限りなく生の音に近く、デジタルでは表現できないきめ細やかさがある代わりに、使うごとに情報が劣化して行きます。
例えばデジタルというとCDとかDVDですよね。レコードなんかと比べると、細かい部分の情報は劣化していますが、しかし何度使ってもその情報は失われる事がありません。

言葉について考えてみます。
例えば人間が使う言葉の意味は、これはほとんど変化しません。勿論長い年月の間に微妙な変化は出てくるでしょうけど、その本質は、ほぼ、不変。しかし不変ではありますが、だからといって言葉が万能であるかというと、案外そうでもありません。
例えば会話をしている時にお互いの言葉の意味が微妙に違っていたりして、上手く言葉が伝わらない場合があります。つまり言葉は、ダイレクトに、伝えたい情報を伝えられる能力ではない。もし頭の中にある情報をアナログだとするならば、言葉は、それを口に出した時点で既に劣化している情報、つまりデジタルに近い物なのだという事が出来るかもしれません。皆の共通情報として選ばれた「言葉」は、その大方の意味合いにおいては、全員でほぼ共通している、しかし、使う人によって微妙にニュアンスが違って来る。そういう風に考えてみると、「言葉のデジタル」に対して、何がアナログ的な情報を伝える手段になるでしょう?


なんて事を考えつつ今日も漫画作業。気が付けば六月も既に後半ですね〜。早い早い…。早過ぎ(泣)



6月17日(木)

本日のコント♪

A「てるてるぼうず〜、てるぼうず〜
B「うお何だこのてるてるぼうずの山は!
A「これはね、明日どうしても天気になってほしいから、ありったけの紙で作ってみました」
B「明日って何かあるのか?」
A「エコロジー関係の集会が」
B「エコロジーな奴のやる事じゃないなあ


相変わらず居間のテレビが壊れたままなので、光野の部屋のテレビを居間用に差し出したりしてみました。どうせ見ないし(笑)とはいえ、土曜日には新しいテレビが来るらしいです。ていうか今は家電リサイクルで、壊れたテレビを捨てるのにもお金がかかったりするのですね〜。難儀な、というか、ゴミを捨てるのにお金を払う、っていうのはエコロジー的にいいのかもしれない、と少しだけ考えたりしてみました。少なくとも、余計な物を買おうという気にはならなくなるだろうし、あらゆる物を使い切ろうと努力も出来るようになるでしょう。使い捨て商品やパック自体、そもそも物が有り余っている状況だからこそ可能な訳で、その内余らなくなって来たら嫌でもそういう方向に向かって行くでしょうね。まあ、生活していく上で今のままの生活の方が便利なのは当たり前の話ですけど。



6月16日(水)

ここしばらくは、一時期暑くなった時に比べると比較的涼しい日が続いたのですが、やはりというか段々と蒸し暑くなってきているような気がします。ていうか外を歩いていると空気がまとわりついてる気分ですよ!光野水次郎です(誰?)もとい、光野水人です。


さて最近は本の感想を少しづつ書いたりなんかしていて、その内アキイロは書評サイトになってしまうんじゃないだろうかとか密かに思ったりなんかしてしまいます今日この頃。実際にその手の専門サイトに行ってみると、実に色々な感想があるというか、皆凄い深い読み方をしています。ていうか光野の感想って浅いよ!大陸棚くらい浅いよ!(比喩が分かりにくいな)他にこんなにいい感想があるなら自分は何のために本の感想なんか書いてるんだろうかとか少し思ったりしてしまいますが、まあ、一応マンガサイトなので専門外って事で(いいのか)でも感想というのは適格に書評出来ているかよりもその人の視点でどう見えたかが重要な部分もある気がするので、多少は意味があるような気がしなくもないと言えなくもない。つまり実際に見られているのは語っている本の感想じゃなくてそれを語っている自分自身という訳ですね。
あー、よく考えてみたら漫画とかの創作も一部にそういう部分があったりするのやも…。

というか。
「本の感想」は本に対する個人的な意見の事で。
「書評」は感情を抜きにして的確にその本を批評する事。

なのだと書き終わってから気付きましたが。


最近「今日この頃」を余りに使いすぎている気がする今日この頃(またか!)



6月15日(火)

スパゲッティのイタリアンとナポリタンの違いが気になったので検索で調べたらますます分からなくなりました今日この頃。光野水人です。
日曜日に自転車で街灯にぶつかってから何か右肩に微妙な違和感があるなあ( ̄ω ̄;)


何だか推理小説の感想文(?)も段々と定型化してきたというか、どこかで聞いたような感想しか書いていないような気がするので今日は昔読んだ推理物じゃなくて最近読んだ小説の話なんかを試しにやってみます。え〜とつまり普段の訪問者に加えて推理小説好きな人も置いてけぼりって事ですか?

という訳で講談社ノベルス・奈須きのこ「空の境界(上)(下)」なのです。
「新本格」という単語を使い始めたのがそもそも講談社ノベルスの方であったので、自然と光野もここの出版物を比較的良く見ていたりする訳なのですが、この小説は何だか「伝奇小説」という分類になるらしいです。いや光野はこの「伝奇小説」というジャンルをほとんど知らなかったりするのですけどね?何だか雑誌(メフィスト)とかでやけにマイナーにプッシュされているので読んでみた次第。作者は同人ゲームの原作とかで有名な方らしいです。
この「伝記モノ」というジャンルですが、光野のあり合わせの知識だと多分「超能力とか魔法とか妖怪とか怪物とかありつつ現代を舞台にしたような小説」みたいな感じなのではないかと思うのですが、本編の方も何だかそんな感じです。超能力だったり魔法だったり学園ものだったり人間止めちゃってるバトルだったり世界の謎を追い求めてたりラブラブロマンスだったり。ていうかとにかく長いです。連作短編型式の作品なんですが、一話一話が長い。通常の文章はそうでもないんですけど、作者の方が「コレだ!」と思う文章部分をやけに修飾しちゃってるというか盛り上げているというか、そんな特徴の文章なんですが、その盛り上げ方が長くて上手い。結果、光野的には割とすんなり読めたような感じです。ストーリーも全体的に盛り上がっていて、講談社ノベルス的にプッシュされるのも分かるな〜といった感じ。ただ、全体が盛り上がりすぎていて、一番の盛り上がり所が何処かといった焦点があまり合っていないかな〜と感じたのは、多分光野が推理小説的な盛り上がりに慣れているせいでしょうか。ていうか短編型式なんだから一つ一つの話ごとの盛り上がりでいいのか、うん。


PS2の「鉄人28号」がギガンティックドライブを作ったのと同じ製作チームなので、ちょっと楽しみな今日この頃。



6月14日(月)

うちの居間にあるテレビのモニターが壊れてラジオになってしまいました今日この頃、皆さんは如何お過ごしでしょうか。光野水人です。買い換えるにしてもワイドTVだけは絶対に見たくないなあ。


さて、皆さんは「館もの」という言葉をご存じでしょうか?
一言で言うと、現場が館だったり城だったり奇妙な屋敷だったりする推理小説の総称で、警察の介入出来ない限定状況を作ったり、あるいは作品に奇妙な雰囲気を作ったりと、本格推理物の定番とも呼べるジャンルの事です。
そしてそんな「館もの」の第一人者にして新本格最初の作家さんと言えば、やはり綾辻行人(あやつじ ゆきと)でしょう。新本格の流れのきっかけを作ったのが島田荘司氏であるならば、まさしく新本格を生みだし、共に歩んできた作家さんが、この綾辻行人氏。代表作の「館シリーズ」と言えば、推理小説をある程度知っている人ならば知らない人はいないのではないでしょうか。あくまで本格であろうとする氏の姿勢は、時に「人間が描けていない」とも言われる事がありますが、それもこれもあれもどれも全ては読者を騙すトリックの為。純粋に「本格推理小説ってどんなのですか?」と問われたら、多分この人の作品が最も模範的な本格推理小説であると言えるのではないかと思います。ただ、まあ、その、最近は刊行ペースが異常に落ち込んでいるみたいですけど…(汗)

そんな綾辻行人氏の作品の中で、光野が最も好きなのが「時計館の殺人」。光野が知る中でも十指に入る大トリックを、何というか、熟練の技ですよ、きちんと納得出来るカタチに自然と納めてしまうのは、力量というか、職人技というか。ちなみに、関西ローカルのTV番組「安楽椅子探偵」原作の一翼を担っているのもこの方。


TVは相変わらず音だけははっきりとしたラジオ風。何とかモニターだけ直れば良いのですが…。



6月13日(日)

さて、本日朝起きてつらつらと新聞などを眺めていますと、テレビ欄の「名探偵コナン」のタイトルの所で
名探偵コナン「双子同時刻!シンクロにシティ事件(前)」
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新聞の誤植かなと思いつつ名探偵コナンならこんなタイトルも付けてしまいそうで微妙すぎる。

多分こんな格好だ


そんなこんなでいつもの如く仕事に出掛ける光野ですが、通勤途中に上の絵みたいなフワフワでヒラヒラの乙女回路全開な方が歩いているのを発見。ああいう格好の人は和歌山にも居るんだな〜、とボケ〜っとしながら自転車を走らせていると
街灯に激突する光野。
誰がビックリしたって一瞬自転車ごと倒れそうになった光野が一番ビックリしましたよ!漫画か自分!Σ(T□T)
そんな朝の一コマ。



6月12日(土)

少し本屋に寄ってみたら、ミステリーズ!というミステリーの雑誌があったのでパラパラと立ち読み。ていうか懸賞付き犯人当て小説企画をやっている所にびっくりΣ( ̄□ ̄)
やる所ではやっているんだなあ…。しみじみ。

そういえばこんなCMあったなあ

最近、歯を磨いていて(電動ですけど)何か違和感を感じるので口の中に手を突っ込んでみると(指ですけど)左上奧の歯茎の所からどうやら親知らずが生えかけているような。え〜っと、これって抜いた方が良いんでしょうかね?最近よそ様の日記で、親知らずを抜いたら酷い熱と痛みに襲われて一週間ほど寝込んだみたいな話を読んだので、あれです。折角懸命に生えようとしているカルシウム君を医療のチカラで無理矢理に排除してしまうのは人として許されざる行為なのではあるまいか?とか考え込んだりしてしまう訳ですよ!いわばカルシウム君の冒険談の序章な訳ですよ!いえ別に怖いとかそういう訳じゃないですけどね!?怖いものか!ちょっと恐ろしいだけです(待て)
ていうか、ここ数日前に発見して、それっきり何故かすぐに忘れ去ってしまっていたので(嫌なことはすぐに忘れ去ると言いますけど)、ちょっと調べてみましょう。
調べました。変な生え方をして炎症を起こしたりとか、あるいは斜めに生えてきて歯並びが悪くなったりする場合には抜いた方がいいみたいですね。うん、まあ、今の所どっちでもないみたいなのでとりあえず忘れる事にします(いいのか)。まあ経過を見てみるっていう事で…。


漫画の進行の方は相変わらずぼちぼちやってます。



6月11日(金)

「人を嫌いになる方法」について考えてみました。
小学校なんかでは「ケンカをしちゃいけません」とか「仲良くしなさい」とか言う風に大抵は教えていると思うのですが、けれども実際にクラス全体が一人の漏れもなく一致団結して仲良くしている状態というのは少なくとも光野はあまり知りません。やっぱりケンカをするとか仲の悪いグループが生まれるみたいになる事は、或る程度確率的には避けられないだろうと思うのですよね。勿論、例外はあると思いますが…。
で、実際どうしても性格が合わない人というのが居て、「仲良くしなさい」だけでは解決しない状況というのもこれはあるのではないかと思うのですよ。そういう時にはどうしたらいいかというとやはり嫌いになるしかない。でも嫌い方にも、良い嫌い方と悪い嫌い方があると思うのです。その辺り、「人を嫌え」なんていう話は光野は聞いたことがないので、どうやって嫌ったらいいか分からない場合もあるのではないかと思うのですよね。嫌い方を知らないが故に、最悪の嫌い方をしてしまう。これって、考えようによっては最悪の結果ですよね。「人を好きになりなさい」って教えるのは、確かに最高の結果を求める教え方なのかもしれませんが、場合によっては最悪の結果を招く場合もある訳です。「嫌っても良いが、必要以上には嫌わない」。少なくとも、社会生活を維持していく上で最低限のコミュニケーションの取り方を教える事には、それなりに意義があるのではないかな、と個人的には思ったりする訳ですが…。


本日は金曜日。体調を少し崩しているせいかマンガのペースは少し遅めです(汗)
…マンガの嫌い方も時には必要なスキルなのかなあ…(遠い目)いや総合的には嫌いになんてなりゃしませんけれど。



6月10日(木)

雨が降ったり止んだり台風が来たり来なかったりのまさしく梅雨の季節な感じの今日この頃、皆さんは如何お過ごしでしょうか。光野水人です。梅の雨っていうくらいだから、やっぱり今の季節は梅の実が良く採れたりする時期なのかなあとか思ってしまいます。いや、知りませんけどね?(汗)

大乱闘スマッシュブラザーズでこんなボスキャラ居たなあ

何だか最近、あちこちのサイトでWeb拍手という物を見かけます。ボタンを押す事で「面白いよ!」とか「頑張れ!」みたいに応援の気持ちを表すというかなんかそんな感じのシステムらしいですが、成る程ボタンを押すだけで済むので、感想を掲示板に書き込むとかより遙かに気楽。回数制限もないみたいですしね。とりあえずウチではやる気は全くないですけど(笑)でも、そのシンプルさに妙に感心した次第。HPの型式も、何となく、段々と進化というか複雑というか、そういう方向に向かっているのかな〜という気がします。
アキイロは一応Webコミックサイトという事にはなっている訳ですけど、その方面でも、雑誌形式とか、Webならではの表現形式とか、昔と比べると遙かに色々なパターンが多くなってきていて、何て言うか、凄い。
ネットというものが出現してからもう結構年数が経っているような気がしますが、まだまだ序盤というか、これからもどんどんと変化を遂げていくメディアなんじゃないかなという風に感じたりしてしまいます。


とりあえず、明日だか明後日だかに関西に来るらしい台風を警戒しつつ過ごす日常です。



6月9日(水)

昨日の日記は我ながら暴走しまくってますね(汗)やっぱり、好きな作品ほど冷静な目では見れないというか、この手の感想という物自体がなかなかに難しいです。光野水人です。
今日はもう少し冷静に行きましょう!(ていうか今日もやるのか)


という訳で光野水人の「ドキッ!本格推理小説の旅〜旅情編〜」第二回です(待て)。
新本格の産みの親といえばやはり島田荘司(しまだ そうじ)氏ですが、国立大学現役助教授で推理作家の方と言えばやはり森博嗣(もり ひろし)氏です(そうなのか)。
大学の研究の傍ら小説を書いている方なのですが、理系というか無機的というか、とにかくクールな印象と発想の文章を書く作家さん。鋭い文章、と言うのが一番適格かな…。普通の推理小説にありがちな、生々しい復讐とか、おどろおどろしい人間関係といったイメージがほとんどなく、ひたすらに、理性的。
この人の著作も死ぬほど沢山あるのですが、光野が一つだけ選べと言われたら、やはり第一長編の「全てがFになる」でしょう。とある孤島の研究所で起こった密室殺人事件に、工学部の助教授が嫌々挑みます(待て)。完全密室状況で行われた事件の謎もさることながら、殺人事件では無い部分の面白さがやはりこの人の作品の特徴でしょうね。思想が込められているというか…。

今の所、光野が最も好きな作家さんです。



6月8日(火)

上下巻の小説で、上巻だけ完売してて下巻がまるまる残った状態が何だか理不尽というか、いっそ全部売り切れててくれた方がすっきりしている気がします。光野水人です。
という訳で今日も推理物の話などを…。


先日日記でも語りましたが、やはり「新本格」といえば島田荘司氏です。多分一般的にはあんまり知られていないだろうというか、知った当時の光野も「誰それ?」って感じだったので現在の世間的知名度も推して知るべしなのでしょうが、とにかくその道(どの道?)では有名な方。現在の本格ミステリーについて語る上では絶対に外せない作家さんです。
実際この人が居なければ新本格の流れは生まれていなかっただろうと思う訳ですが。

そんな訳で新本格が生まれてから今年で確か十五年くらい(あやふやだな)。その初期から活躍していた島田荘司氏の作品もまた数限りなくある訳ですが、光野が好きなのは何と言っても名探偵・御手洗潔シリーズ。「おてあらい きよし」じゃないですよ、「みたらい きよし」です。「こんな変な名前の探偵はきっと内容もキテレツに違いない!」と思われるかもしれませんが、光野も最初はキワモノ探偵に違いないと思いました。いや実際おかしな人なんですけど!でもそういうおかしさじゃないんですけど!(汗)ええい話が逸れていますが、とりあえず名前のおかしさは内容とは全然無関係です。内容的には、至極まっとうなトリック中心の本格ミステリー。人間関係のドロドロっぷりや、時々人情臭すぎる部分が少し古いかな、と感じますが、それを補って余りある不可思議すぎる謎がやはり好きです。
で、その御手洗潔シリーズの中でも光野が最高傑作だと思っているのが、シリーズ第二長編「斜め屋敷の犯罪」奇天烈な館の中で謎の連続殺人という、あらすじだけを聞いたら何処にでもありそうな推理物ですが、直球の本格推理小説でこのレベルの作品を光野は他に見たことがありません。あちこちに手掛かりが十二分に散りばめられているのに、読んでいる途中でこれはファンタジー小説かって思うくらいの恐ろしさがあります。ホラーって訳じゃなくて、強烈な謎の恐ろしさです。そして「これは絶対に不可能だろ!有り得ないよ!」と思っていた状況が、名探偵によってどんどんとひっくり返されて行く訳です。特に、犯人の指摘シーンと来たら…。あー、もう!名探偵はこうじゃなきゃいけませんよ!(笑)
あらゆる推理物の中で、光野が最も好きな作品です。



6月7日(月)

本日のコント♪

A「くっそ〜今日は蒸し暑い!だから我慢大会をしよう!
B「唐突だな!」
A「暑いときにこそ熱い事をして、英気を養うもんなんだよ!という訳で用意しました鉄板焼きステージ!この上で一時間座っていられたら合格です」
B「ちょっと待てこれは明らかに我慢してどうなるとかそういうレベルの熱さじゃないだろ!?
A「え〜?これくらい大丈夫だよ〜。ほら、どこかの修行僧は火を付けた焼けた石を並べた道を歩いても、ヤケド一つ負わないって言うし
B「あれは足の裏にかく汗が火で蒸発して熱さをセーブするから一瞬だけなら出来る事なんだよ!液体窒素の中に手を突っ込んでも一瞬だけなら手の温度で液体窒素が蒸発するから低温火傷しないのと近い理屈!
A「ふ〜ん成る程。じゃあ止めよう
B「あっさり!?
A「何だよ!あっさり止めたらいけないってか!?
B「いや、我慢大会やろうってヤツが全く我慢しないのもどうかと思う


という訳で本日は月曜日。天気予報では雨なんですが、何だか晴れまくっていたような気がします。昨日も確か予報では雨だったのに朝は晴れていたんですよね〜。何だか、日単位で予報をするのが既に時代遅れになっているような気がします。時間単位でやってる所もありますけど。



6月6日(日)

朝出掛ける時には目一杯晴れていたのに帰ってくる時にはどしゃぶり模様の和歌山。雨が降って滅茶苦茶に蒸し暑い状況なのに、どこからか打ち上げ花火のような音が聞こえてくるのは何故?あ、今は雨は止んでいますけど…。光野水人です。
新手の妖怪か何かじゃろうか…。

という訳で今日はいつも通りの日記ですね(笑)いや、まあ、そもそもがまともな日記じゃなく思いついた事を書いているだけなので、昨日一昨日もまともと言えなくもないですが。それにしても、暑い…。本格的に夏です。でも朝方は何故か寒い。夜に暑くて布団を投げっぱなしにすると、朝方に冷え込んで風邪を引いたりするという理屈です。ていうか今もどちらかっていうとヘロヘロ側だったりするんですが(汗)こういう時期は、アレですね…。布団をかぶるべきか、かぶらざるべきか、判断が難しい所です。推理物の謎より遙かに難しい、永遠の命題と言わざるを得ないかもしれません。冗談ですが。



「ウマイ」と書かれた箱があって、何がウマイのかと思っていたらシウマイのシの字が物陰に隠れていただけでした。そんな日常。



6月5日(土)

さて、推理話の第二回目。
ていうか、知っている人は知っている内容な訳ですけど、一応知らない人の為に基本から押さえておくという事で…(汗)


皆さんは「新本格」という言葉を知っているでしょうか?
「新本格」とは何かというと、ぶっちゃけ新しい本格ミステリーの事なのですが、それだと一行で話が終わってしまうので、一応それらしく説明をする事にします。
「本格ミステリー」と「ミステリー」の違いについては昨日語りました。
「ミステリー」の中に「本格ミステリー」というジャンルがあり、「本格」の方は「ミステリー」全般と比べると、少しというか、大分マイナーなジャンルです。
ていうか、一昔前までは「本格ミステリー」という小説は、明智小五郎や金田一耕介といった古典、あるいは外国の作品を除けば、実はほとんど存在していなかったのです。

ここで少し、推理物の歴史について触れたいと思います。
昭和の初め頃ですが、推理小説は大いに賑わっていたらしいです。
はっきり言ってうろおぼえなので相当脚色が入ってるかもしれませんが、外国からシャーロックホームズだとかの有名な推理小説が国内に入ってきていたからでしょうか、江戸川乱歩や横溝正史といった今でも超有名な作家さん達が明智小五郎や金田一耕介といった有名な探偵をどんどこ書いて、いわゆるトリック的な仕掛けを施した謎や事件を中心とした推理小説が結構流行っていた訳です。
しかし、栄枯盛衰というか何というか、そういう状況も長くは続かず。松本清張という作家さんが、いわゆる「社会派」と呼ばれる小説を書き始め、一大ジャンルを築きます。呼んで字の如く「社会問題をテーマとして扱った」推理小説です。
丁度その頃、トリックだとかを扱った推理小説もそろそろネタ切れになっていたのか飽きられ始めていたのか分かりませんが、社会派の推理小説がどんどんと勢いを伸ばして行きます。
「社会派は社会問題を扱った大人の小説で、トリックを使った小説なんて子供だZE!」といった感じだったのかどうかは不明ですが、とにかく「トリックを使った推理小説はもう駄目」みたいな雰囲気になり、実際売れやしなかったので、その手の小説は一時完全に沈黙してしまう事となります。
その手の小説の愛好家にとっては、まさしく地獄の状況です。

さて、そんな状況が何十年続いたのか正確には覚えていませんが(調べろよ)、ある一人の新人作家が、とある推理小説を書き上げます。
小説の名は「占星術殺人事件」、そして作家の名前は「島田荘司」。
前代未聞のトリックを用いたその推理小説は、「トリックなんて子供だZE!」といった社会派一辺倒の批評をも乗り切り、何か色々あった末に本として出版され、その手の小説の愛好家達に大絶賛されたりします。
「俺達は、ずっとこんな推理小説が読みたかったんだYO!」
続いて第二作の「斜め屋敷の犯罪」も、これまたその手の人達に大絶賛。
しかしながら「こんな小説を書いてる野郎なんて子供だZE!もっとちゃんとした社会派とかそういう真面目な作品を書いてみやがれYO!」と批判する声も多く、実際その手の小説が売れるような状態ではなかった為、島田荘司氏は一旦その手の創作を中断。「いわゆる社会派とかそういった小説も書けるんですよ!」みたいな感じの方向に一時手を伸ばす事となります。
そんな中、しかし確実に、島田荘司氏の書いた作品は徐々に影響を広げていったのです。

そして島田荘司氏の作品に影響を受けた新人作家達が次々と世に現れ、トリックや謎に満ちあふれた推理小説を書いて行く事となります。
その最初の作品が、綾辻行人の「十角館殺人事件」。
「やっぱり俺達は、長い間こんな推理小説が読みたかったんだYO!」
そして、有栖川有栖、我孫子武丸、法月綸太郎、歌田晶午といった小説家が姿を現し、その手の推理小説の大きな流れがここに形成される事となります。
それがいわゆる「新本格」。古典の推理小説とは違った、また新たなる本格推理小説、という訳です。
要するに、新しい本格ミステリーですね!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最初の解説そのままでも良かったような気がしなくもない。


…とまあ、どこまで正確だかかなり怪しいもんですが(汗)とりあえず、光野の認識している「本格ミステリー」、そして「新本格」に関する話はこんな所。ちなみに、光野が読んでいる推理小説のほとんどが、この「新本格」というジャンルになります。

ずっとこの話題を続けていくのも恐ろしくなってきたので一旦この話題は中断するとして(汗)、まあ、あとは、時々、ぽつぽつと。日記の中で、お気に入りの作家さんや作品について、語っていく事になるやもしれませぬ。
…しかし、気が付けば滅茶苦茶長くなってますな今日の日記(笑)



6月4日(金)

え〜、という訳で(どういう訳で?)今日はちょっと推理物の話をしてみます。あくまで光野の認識している所の内容なので、正確さには欠けるかもしれませんが…。


まず、俗に言うミステリーと本格ミステリーとの違いについて。

ミステリーという言葉を聞くと、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか?
名探偵がカッコよく登場して難事件を解決する話でしょうか?
女子大生が何故か温泉に浸かってあちこち名所めぐりをしながら事件を追って、最後には海岸の崖の所で犯人を追いつめ、自白した所で都合良くパトカーがやってくるような話でしょうか?
ホラーな殺人鬼が登場して殺戮を繰り返すような話でしょうか?
幽霊やミステリーサークルなどといった怪奇現象の謎を追求した話でしょうか?

実は、このどれもが俗に言うミステリーと呼ばれる物です。そして、その中には、推理物、サスペンス、ホラーetc...といった様々なジャンルが存在しています。
そしてこれらのジャンルの中でも、主人公が事件の謎を解く物語、分かりやすく言うと、名探偵や名刑事が活躍するような物語の事を、本格ミステリーという名前で呼びます。
探偵物、あるいは推理物などと言ったりもします。

しかし、では探偵や刑事が活躍しないと本格ミステリーではないのか?というと、決してそうでもありません。
本格ミステリーは「謎が提示され、その謎が論理的に解明される事を主眼とした物語」と定義されています。
つまり、一見ホラーな殺人鬼や幽霊、UFOあるいは未知の力が関わっているSF作品などであったとしても、その作品世界の中で論理的に話が展開され、提示された謎が解かれる事がメインに据えられた物語であれば、それは本格ミステリーであると言う事が出来る訳なのです。
とはいえ、あくまでこれは定義としてはギリギリのラインなので、やはり探偵役が何らかの事件の謎を解く物語である、と表現するのが一番分かりやすいかもしれません。

ミステリーは「ホラーやサスペンス等といった様々なジャンルを含んだ謎のある物語」
本格ミステリーは、ミステリーの中でも「謎が提示され、その謎が論理的に解明される事を主眼とした物語」

こんな所で、ミステリーと本格ミステリーとの違いが分かって頂けたでしょうか?

そんなこんなで、この話は明日に続きます(続くのか)



6月3日(木)

部屋の空気穴の向こうに謎の生物が巣を作っていて、時々「ガサガサ」と音が聞こえる程度なのですが、割と気になるというか、昆虫にしては音が大きすぎるので多分鳥か何か。でも姿をはっきりとは確認出来ていないのでやはり謎の生物と言わざるを得ないミステリー。正体が九十九%確定していても、やはりきちんと確認しないと落ち着かないのが人間というものなのでしょうか。光野水人です。

推理物でも時々はっきりと謎を解明していない作品というのがあって、それは勿論そういう作者の意図に基づいて作られている訳なのですが、やはりというか、一般的には「ちゃんと最後まで謎を解明しないと不親切だ!」みたいに思う人が結構多いみたいですね。懇切丁寧にきちんと説明するのはそれはそれでエンターテイメントとしてある意味正しい形なのですが、少し考えれば分かる、あるいははっきりとはしていなくてもほのかに感じられる内容の方が、時として物語をよりスマートにする場合があります。自力で何かを達成した方が、他人から色々言われて達成するよりも充実感がありますよね?勿論、作品は楽しむための物なので必要以上の苦労なんていうのは大抵の人はしたくない訳ですが、分かり切っている事を懇切丁寧に説明されてもげんなりする人が多い、というのもまた一つの事実。その辺りのさじ加減がまた難しかったりするのですけどね。必要以上に説明に拘らず、なるべくシンプルな内容でスマートに。より少ない情報からより多くの情報を得られるようになる、感じるようになるのが多分理想的なのではないか、と個人的には思います。情報の圧縮行為、とも言い換える事が出来るかもしれません。まあ、逆に圧縮しすぎてもまた色々と問題があったりする訳ですが…。

コカコーラのアロマワークス ボディスタイルウォーターを飲むと、グレープフルーツの皮を水で煮出したような味がします。そんな木曜日。



6月2日(水)

昨日の日記で「明日も涼しい環境で作業が出来れば良いポロリン♪」と書いたせいかどうか知りませんが(書いたか?)今日の夜も比較的涼しいです和歌山。これはアレですね「信じていれば、いつか夢は叶う」っていうヤツに違いないですよ!安い夢だな。光野水人です。

という訳で昨日の日記は微妙にというか普段とは違った人格で書いてみた訳ですが、何て言うかしっくり来ないというか書くのにえらい時間がかかりました。あの内容でですよ?ネットゲームなんかでキャラを演じる際に、自分とは全く違ったキャラを演じるのはえらい体力を使うのですが、多分なんかそれと同じ違和感。普段乗り慣れていない乗り物に乗って通勤致しますよーみたいな感じですか。運転覚えるだけでも結構大変だったりするんだよ!何気ないようでも、気の向くままに文章を書くのが一番楽って事ですね。あっはっはっ。当たり前だ。
しかし、少し自分らしくない物を書くだけでもこれだけ違和感があるのなら、俳優さんなんかはきっととても大変でしょうね。場合によっては自分と全く違う人格を演じたりする訳ですから。よく自分を見失わない物です。ひょっとすると、表に出る自分という物とその本人の本質というのは、基本的に違う物だったりするのかもしれません。いや、違うというか、ずれているっていうのかな…。表に出る自分があずきとするなら、その人の本質はあずきパン、みたいな。何か例えを間違えた気がしないでもない。

TVを最近はあまり見ていないのですが、塊魂のCMだけはやけによく見るような気がします。何故だ。



6月1日(火)

五月末日に大きい雨が降ったせいか、六月一日は比較的涼しい和歌山ライフ。表現を変えただけで随分と日記の雰囲気が違ってくる物ですね。光野水人です。


トップのイラストを更新致しました。雨の季節らしく、タイトルは「雨の魔法陣」。イラストとタイトルが噛み合っていないように感じられるかもしれませんが、まあ、感じられる方にだけ…。しかし、今回は中央の人だけしか色塗りをしていないのです。他は、PC上で作った素材を、描くというよりは「デザイン」して製作したもの。先月のイラストが全て手描きだったのとは対照的ですね。けれども、これは、やはり自分の求めているスタイルとは僅かに方向性がずれているのかな、という風に感じます。でも、色々なやり方を試してみるというのは、自分の位置を確かめる事にも繋がって、なかなかに面白いです。


今日も、「都島燈理は推理する」第八話の製作を進めています。六月末までに日数が少ないから、という訳ではありませんが、比較的、進行速度が上がっています。もしかすると、暑い方が調子が出てくるのかもしれませんね。けれども、予定よりも大分遅れている事には違いありませんので、油断は禁物。明日も、涼しい環境で作業が出来れば良いのですが…。



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