2018年02月


 2018年02月15日 ダンス考

 ダンスが今ほどのブームになるとは思わなかった。今子供にも人気のダンスはなんというのか知らないが、ブレイクダンスの流れをくむような、パラパラもちょっと入ってるようなイメージだ。

 TVで良く見るダンスは、男女アイドルグループのダンスだが、幼児のお遊戯のような簡単な振り付けで、かわいい分にはいいのだが、女性グループでは媚を売るしぐさが鼻につき、男性グループは自己陶酔に見えることが多くて閉口する。これが幼児だと自然体だからひたすらかわいいのが高校生ぐらいのほぼ大人がゆるいダンス、それを稚拙な歌付きで見せられるとうんざりするのは私だけではなかろう。これが昔の韓国グループの「カラ」みたいにうんとセクシー側に振ってもらうか、マルモリ、PPAP、フォーチュンクッキーのように動きや楽曲が広く受け入れられてちょっとムーブメントになればまあ許せるのだがこれらはダンスというより楽曲の力だろう。。ところで、フォーチュンクッキーの大島優子は実際、幼児のように楽しそうに踊っていて、この人の人気に納得したものだ。

 ダンスの魅力は、1961年のミュージカルの「ウエストサイドストーリー」は衝撃だった。ミュージカルの主役が音楽よりダンスだと感じさせた。ジーンケリーという人もこのころのミュージカルのダンスを盛り上げた人だ。1977年のジョン・トラボルタの「サタデーナイトフィーバー」は映画のダンス自体は新しくなかったがディスコブームを作り、それまでの国内のディスコのむずかしいステップが終わるきっかけになったと思う。80年代のパラパラの軽薄さがディスコ衰退の原因かな。私もディスコに行かなくなった。1983年アイリーン・キャラの「フラッシュダンス」は美しい映画だった。ダンスは代役だったが仰向けにのけぞったダンサーの動きが止まったところにバシャンと水が落ちてくるシーンは、「ウエストサイドストーリー」の3人がきれいにならんで開脚するシーン同様にポスターに使われたこともあって誰もが記憶に残る美しいシーンだ。

 バレエでは、わたしがずっとヌレエフのボレロだと思っていたのだが、大劇場でずっと正面の一点から撮影した上半身裸のバレエダンサーのボレロはヌレエフではなかったのか。ウェブで調べると1981年のジョルジュ・ドンの「愛と悲しみのボレロ」やもっと新しいものは出てくるのだが私の記憶の中のボレロが出てこない。バレエ系では草刈民代の「シャルウィダンス」はいわゆる社交ダンスのケバい感じがなくクラシックバレーの草刈の透明感が社交ダンスのファンを増やしたと思う。

 昔のマルセルマルソーのパントマイムはダンスではないが人間の体を使った表現だ。言葉でなくとも体で悲しみも喜びも伝えられることが衝撃だった。しかしピエロもそうだが、言葉が無いとつきまとうペーソスのようなものがあることを知った。してみるとダンスも人の感情を伝える手段なのだ。パントマイムが純粋な体だけの表現だとしたら、音楽とダンスの関係を考えてみるのも面白そうだ。

 今のダンスに大きな影響を与えたと思うのは、ムーンウォークのマイケルジャクソンだ。マイケルの「「スリラー」はゾンビの踊りという設定も良いが独創的な振り付けにインパクトがあった。日本ではエグザイル「チューチュートレイン」のグループが縦一列でグルグル回るダンスやランニングマンの動きが楽しくて人気を集めた。流行っていたころのモーニング娘のダンスは、アイドルとはいえ見ごたえがあった。

 最近すごいと思ったのは菅原小春だ。身体能力の高さゆえに強い訴求力がある。美しさと力強さに満ちている。登美丘高校の「ダンシングヒーロー」は、しなやかで体力のみなぎる高校生を優秀な指導者が十分に訓練した結果だ。昨年秋に一度見て感動した。すると瞬く間にこの歌が溢れ、年末には紅白にでた。今やドンキで一日中鳴ってるからパチンコ屋でも絶対やってる。紅白ではアイドル達のダンスがみすぼらしく見えた。こういうダンスを子供たちが見てあこがれるのだろうな。

 日本のミュージカルや演劇はほとんど見たことが無いので私にとってのダンスの話はこんなところ。以上還暦を過ぎたぐらいの日本人が記憶に残るダンスシーンを眺めてみた。年代はウェブで調べた。

END